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#20 異世界お風呂事情

「湯加減はどうですか?」


 シトリが訊いてくれる。


「うん、丁度いいです」


 酒樽のような形の木桶の縁に両腕を引っ掛け、のんびりと湯に浸かる。木桶風呂とはこれまた古風な。しかし風情がある。木桶に鉄製のパイプで薪を燃やす為の小さな釜が接続されていて、そこを熱が通って桶の中の水を沸かす仕組みになっているみたいだ。つまり薪をくべ過ぎると湯温が際限なく上昇してしまうわけで、人の手による調整が必須である。


 裸で入浴する俺をしり目に、シトリは釜を覗き込んで薪の燃え具合を見てくれている。本当にきめ細かなサービスだ。


「こんなお風呂に入ったのは初めてだよ」


「えっ、そうなんですか!? サックさんの世界だと、一体どんなお風呂があるんです?」


 ガスや電気で沸かすって言っても理解されるのだろうか?

 こういう異文化の説明って難しいもんだな。


「ほら、こっちでいう魔法みたいなもんだよ。ガスとか電気でお湯を沸かすんだけど」


 そう、知らない者からすれば魔法だ。俺がこちらの世界の魔法を“魔法”としか理解できないのと同じ。

 案の定、シトリが首を傾げている。


「ガスや電気で? それって薪をくべるより効率いいんですか? 原理がよくわかりませんね」


 そりゃそうだよな。“ガス”や“電気”の概念はあっても、これらをエネルギーとして活用していない社会なら原理はわからなくて当然だろう。


「でもどんな方法で湯を沸かそうと、風呂の気持ちよさは同じ」


 大事なのはここ。方法よりも結果。素朴なやり方でも、機械式でも、それがたとえ魔法によるものであろうとも、風呂が気持ち良ければ問題なし。


「あら、それは良かったです。リラックスできてます?」


「うん、とても。こっちの世界の人は毎日お風呂に入るの?」


「王都では、綺麗好きな人は結構多いですね。毎日お風呂で体を清める方もそれなりにいらっしゃいますね。でも田舎の方だと自由に使える水も限られますし、一週間に一回くらいじゃないですかね。こうやってお湯を張らず、川で沐浴されるだけの方が多いです」


「へぇ~」


 何気ない雑談だが、重要な情報だ。人間が生きてゆく為には欠かせない水。王都では毎日入浴できるくらい簡単に手に入るようだが、そこから外へ出るとそもそも確保が難しいとわかった。恐らく、王都には用水路が整備されているのだろう。


 大通りは人でごった返していたし、よくよく観察して回ったわけではないが、全体的な印象としては街路はとても清潔であったように思う。中世から近世にかけてのヨーロッパなら、糞便はその辺で垂れ流しだったはず。臭いもキツかっただろう。それが無いということは王都ロメリアにはもしかしたら上下水道まで完備されているのかもしれない。


 俺のスキルがどれだけ有用であろうと、それとは別に、生活してゆくには食糧や水が必要不可欠だ。飢えはこの世界では最大の敵であると言える。日本は飽食の社会であり食う物には困らなかった。あの世界の感覚をこちらへそのままに持ち込むのは危険であろう。王都から離れる場合は充分に注意が必要なのは言うまでもない。


「ところでサックさん、明日からはどうなさるんですか?」


「えっ?」


「自由に行動されても大丈夫だってイリヤさんからは聞いていますけど、何かしたいこととか、見ておきたいものとか、あります?」


「えっと、そうだなぁ……とりあえず王都の散策には出てみるつもりなんだけど」


 特に何も決めちゃあいない。自分の足でウロウロしてみて、見識を深めようと思う。が、手持ちが無いので買い物はできないけど。


「あ、いいですね。私もこの町を初めて訪れた時は毎日新しい発見の連続でしたよ。ここまで栄えた町って他にはありませんから」


「シトリはもう長いの? この町での暮らし」


「2年くらいですね」


「2年かぁ」


 俺は、死んでこっちの世界に転生したのではない。唐突に転移してきただけだ。だからいずれは元の世界に戻されるのだろう。トラックの目の前にね。……あの状況、回避できるのか?


「異世界の危機を、救って欲しいの」


 という女神の言葉がそのまま、俺が異世界で成すべきこと、そして帰還の条件だ。それまでにどれくらいの時間がかかるのか。数か月か、数年か。


「どうしたんです? のぼせちゃいました?」


「あー、いや、考え事を」


「異世界転移、というのはよくわかりませんけど、きっと戸惑うことだらけですよね。私でよければ何でも訊いてくださいね」


「あぁ、ありがとう。助かるよ」


「どういたしまして。釜の火は消しましたけど、しばらくは温かいと思います。冷める前に上がっちゃってくださいね。それと私はそろそろお(いとま)しますけど、タオルと着替えは脱衣所に用意してありますんでご自由にどうぞ」


 ニッコリとほほ笑んで一礼し、シトリは風呂場から出ていった。宿を一人で切り盛りしているのだから、顔には出さないがきっと相当忙しいのだろう。


 考えたいことも、やりたいことも、山ほどある。

 今日は早く寝て、明日はまず町へ繰り出してみよう。

 だがその前に、今しばらく温かいお風呂でのんびりするのも悪くないかな。

 

 疲労が湯に溶けてゆき、ふわぁーっと脱力した声が漏れる。

 凄く和風で異世界らしくないけれど、このバスタイムは最高である。

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