#2 やったね!大当たり!楽しい異世界ライフを満喫してね!
まさかスキルガチャと称してダーツやらされることになるとは。この俺、酒井雄大35歳、まさに人生最大の危機、あるいはチャンスだ。
ダーツの的が高速で回転している。もう、どこにどんなスキルが書かれているのか読めない。
「たわしは嫌やで……たわしは嫌やで……」
念仏を唱えながら心を鎮める。手が勝手に震えてくる。落ち着け……落ち着け、この俺よ!
「もぅ、早く投げなさい! 次の人来ちゃうじゃない」
「えっ、そ、そんなに異世界転移って多いんですか!?」
「ええ、でもみんな別の世界に行くから同じ世界線で転移者同士が巡り合うことは無いけどね」
「みんな、このダーツを!?」
「いいえ、現世で高額納税者だったらスキルは選択制よ」
「クソッタレの拝金主義が!」
神界まで……金で全てが決まるのかっ!?
ええい、わかった、やってやる……!
底辺労働者を……舐めんなよ!!!
「フッフッヒーッ! フッフッヒーッ!」
ラマーズ法で乱れた呼吸を整える。ええっと、この呼吸で合ってたよな!?
左目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。
いける……いけるぞ、頑張れ、俺!
「さぁ、投げて!」
秘書さんが急かす。が、気にしない。
「早く!」
わかってる。もうどう考えてもチートスキル、俺はチートスキルしか引かない。決まってる。当然だ。だってそうだろ、俺は主人公なのだから。たわしじゃお話が盛り上がらないじゃないか。
“異世界転移した俺のチート武器はたわしでした”なんてタイトルのラノベ、誰が読みたいんだ!? ……ちょっと読んでみたいじゃねぇか。
「投げます!」
「うん、頑張って!」
ええい、ままよ!
「あやあぁぁっ!!」
気合いを発しながら俺はダーツを投擲! 脱力に失敗して肩に力が入っちゃった気がするが、問題ない! 勢いよく飛んでいった矢は、完璧に、大丈夫、きっとうまく、チートスキルのところへ……頼む頼む頼む!
ブスッ!
突き刺さった!
「おめでとう。とりあえず的には当たったわね」
秘書さんも拍手して褒めてくれている。
「フーッ!」
第一関門、突破。これでスキル無しの状況は回避できた、か。
的の回転が徐々にゆっくりになってくるにつれ、矢が刺さったポイントがはっきりしてきた。
「たわしは嫌やで……たわしは嫌やで……」
お願いします! 神様! お金じゃなくて清廉潔白な心で人を判断する清らかな神様!
やがて、的は静かに止まった。
「じゃあ、一緒に確認しにいきましょう」
秘書さんとともに的へと歩いてゆく。心臓が、すごく心臓が痛い。
近づくにつれ、俺は絶望的な気持ちになってきた。
「う、嘘……だろ」
たわしエリアの端っこの方に、俺の投げた矢が……。
「おお、ガッデム!」
祈りを捧げる神など……いない!
なんという厳しい現実……!
俺はその場で膝を折った。
「たわ……たわし……はっ、はははっ……」
「待って、よく見てみなさい」
的の前まで歩いていき、秘書さんが指で示す。
「……えっ?」
「たわしじゃないわ。ギリギリ、その横のエリアに刺さってるみたいよ」
「……えっ、ええっ!? ということは、もしかして、チート、チートなんですねっ!!?」
「ふふふっ、こんな凄いスキルを当てた人、久しぶりね」
秘書さんが……微笑んでいる。大当たりなのか、信じていいんだな!?
「お、教えてください! 俺の、俺だけのチートスキルのその名前をッッ!!!」
「酔えば酔うほど地獄耳……通称“アルコール・コーリング”よ」
……ん?
「酔えば酔うほど地獄耳……通称“アルコール・コーリング”よ」
……んんっ?
強い、のか?
「お酒を飲んで酔いが回ると聴覚が凄く鋭敏になるチートスキルよ。使用者のセンスに左右されるスキルではあるけど、間違いなくチートです」
「本当にー?」
地味な印象しかねぇぞ?
「ふふっ、そうね、使ってみないことにはわからないわね。じゃ、この神界のワインでもいかが」
秘書さんが右手を俺に向かい差し出すとそこに、真っ赤な液体が入ったワイングラスが出現した。
「さぁ、スキルはもうあなたの中にあるわ。これを飲み、異世界への扉へ飛び込みなさい」
「は、はぁ……」
まぁとりあえずお試し、だな。ワインを受け取り、広口のグラスにそっと鼻を近づけると途端に芳醇なワインの香りが鼻腔を満たした。うまく言えないが、とても上品そうな香りではある。一口、飲んでみる。……うん、フルーティで飲みやすく、端的に言ってうまい。
「おいしいでしょ?」
「ええ、まぁ」
「じゃあ、頼んだわよ。あなたがこれから行く異世界は命が軽いから、うっかり死んじゃわないように充分気を付けてね。身体能力は異世界人仕様になっているから今のあなたよりはずっと動きやすいはずよ。それと……」
えっ、なんかこの話の流れだと……もういきなり転移するのか!? 心の準備等々は!?
「異世界には余計なものは持ち込めないから、装備は現地調達でお願いね。じゃ、行ってらっしゃい!」
「待って、早っ……!」
突如、眩い光が俺を包み込んだ。そして足元の雲が裂け、俺の体は自由落下を始める!
「うわっ……うわあぁぁぁっ!!!」
飛び降り自殺のように、光線に包まれた俺は高速で落ちてゆく。夜。視界一面に広がる大森林。生い茂る樹木を光線が薙ぎ払い、拓けた空間に俺は墜落した!……かに思われたのだが。
着地の瞬間、全身に感じていた重力が消え、ふわりと俺の両足は大地を踏んでいたのだ。落下のダメージは一切、無い。
やがて光は収束し、掻き消えた。するとそこに漆黒の闇。光線により無残に破壊されつくした木々。
「おいおい……マジで降ろされちゃったよ。なんて適当な神なんだ……」
見た目だけは物凄く好みだったが、やってることは滅茶苦茶だな。
「ふぅ……まぁ、やるしかないならやるしかないか」
一歩踏み出そうとしたその時、俺は周囲の異変に気付く。
死体が……散乱していた。緑色の筋骨隆々な体躯、醜い顔。棍棒も落ちている。ゴブリンの群れ……か? しかしどうして皆、死んでいるのだろうか。
「おい」
その声は背後から聞こえた。凛とした若い女性の声。振り返るとそこに……。
「お、おおっ……」
絶世の美女がいた。髪留めで1本に束ねられたプラチナブロンドの長髪。透明度の高い水色の瞳。剣を手に、まさに女騎士といった出で立ちをした女性が、眉間に深い皺を刻んで佇んでいた。
なるほど、そうか。この女剣士がゴブリン達と戦っているまさにその場面に、俺が登場したということか。わかる。
しかし解せぬのはなぜ、この女騎士はこんなに嫌そうな顔をしているのか、である。
「あれ? 転移早々、俺、何かやっちゃいました?」
すると女騎士は実に不快そうな表情のまま、俺の体を指さした。
そっと、視線の下に向けてみる。
「お、おわぁ!?」
全裸。すっぽんぽん。フルモンティ。モロ出し。
嘘だろ……異世界に余計なものは持ち込めないっていうのは、こういう意味かよ!?
服すらも、現地調達なのか。そりゃ、怪訝な顔されるわな。
「隠せ!」
女剣士は心底迷惑そうに言った。