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#15 酔狂なる拳

 大剣の振り下ろしを回避しながら表通りへと跳び退る。まだ日中だから往来する人通りは多い。突然現れた剣を振り回す錯乱ゴブリンの姿に悲鳴を上げて逃げ出す人々を尻目にして、俺は奴と正対する。幸い、相手も俺以外は眼中にないようだ。


「殺スゥ……」


 荒い呼吸をしながらゴブリンは呟き、また剣を持ち上げた。剣闘士、という割には得物の扱い方が雑だ。ただ単に質量を振り回して叩き付けているだけ。これでは一角(ひとかど)の人物になれまい。


「うるせぇよ、いいからさっさと来い」


 アルコール・コーリングが発動している限り、ゴブリンの動きは手に取るようにわかる。一歩踏み出す前に筋繊維が絞られる音、足と地面の摩擦、攻撃の前の息を止める音、剣を握る腕の緊張、他にも情報は無数にある。ゴブリンの体内の音だけでなく周囲の音も同時に脳内で処理。俺はこの場を掌中に収めているに等しい。スキル発動下では、あらゆるフィールドが俺のホームグラウンドと化す。


 今回はデモンストレーションの意味合いが強い。俺がどう戦うのか、どこまで戦えるのか。それをイリヤさんに再確認させる。そして俺自身も、理解しておきたいことがたくさんある。

 ナックルダスターを選んだのは、相手を殺傷してしまうリスクが低いからである。これが剣や槍などの刃物であれば、間違って斬り殺してしまう可能性も出てくる。それに、俺はそういった得物を扱った経験がない。スキルの補助があればまぁまぁ使えると思うが、それでも不安は残る。

 その点、ナックルダスターなら実質自分の拳で殴っているのと変わらない。手加減もしやすい。


 上体をよろめかせながらゴブリンが歩いてくる。瞳孔が開いて血走った目。到底まともな精神状態には見えない。返り血がその身を染め上げていることから既に、多数の市民や兵士が犠牲になっていると推測される。

 俺が、確実にここで止めなくてはならない。


「合成魔薬だ」


 蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく人の波に逆行し近づいてきたイリヤさんが、そう言った。


「麻薬!? こっちの世界にもあるんですね」


「筋力、攻撃衝動の増大、そして痛みに対する鈍化」


「なるほど、ね。簡単には倒れてくれないわけだ」


 さっきのボディーブローは結構深くゴブリンの脇腹に入った感触だった。だが少し呻いただけで平然と向かってきた。麻薬によってこいつは、痛みに鈍くなっているのか。

 ならば……。


「ガアゥ!!」


 咆哮しながら大剣を振り下ろすゴブリン。もちろん、俺には当たらない。ファルシオンが空を切って石畳に激突しゴブリンの頭部が下がったところを、俺の右フックが強かに捉える。頬を思いきり打ち抜いた。

 ゴブリンの顔が衝撃で横を向く。折れた歯が数本、宙に舞った。ガクンと、ゴブリンの膝が折れる。が、踏みとどまった。大剣が翻って俺の胴体へ。


 もちろん、そう来ることは察知していた。俺は小さく跳んで幅広の大剣に左足を乗せて踏み台とした。ゴブリンの増大した筋力が俺を持ち上げてくれる。錯乱状態のゴブリンは、剣による振り払いがかわされたと認識するのが遅れた。俺の体はゴブリンの頭部より高い位置へ。体幹を捻り、右拳を固く握り込む。


「オラァ!」


 斜め下方へ、拳が空間を(はし)る。ぼんやりと俺を見上げるゴブリンの間抜けな顔面へ、強烈な振り下ろしのストレートがめり込んだ!


 グチャアッ!


 肉を潰す柔らかな感触が拳から腕を伝わる。同時に生々しい音が、スキルによって俺の脳に直接流れ込む。ゴブリンの肉体と交差するように着地。血飛沫。仰向けになって天を見上げ、ゆっくりと倒れゆくゴブリン。俺は鼓膜で、音の情報によって、まるで見ているかのように正確に相手の状態を捉えている。


 鼻骨を完全に砕いた。パンチの衝撃は更に奥深くへ通ったことだろう。ゴブリンの脳をも揺さぶっているはずだ。これで倒れない道理が、


 ――否、太い腕が俺の頭部へ向かって伸びてきた。


「チッ!!」


 転がって回避。素早く膝立ちになる。まさかまだ、反撃に転じる余地があるとは。


 ふらつきながらも辛うじて、ゴブリンはダウンを免れていた。


「カハッ、カッ……」


 潰れた鼻からは空気を取り込めない。口元をだらしなく開いて血液と唾液を垂らしながら口呼吸をしている。


「おい、もうその辺にしとけよ。これ以上やっても勝てないことくらい、わかるだろ?」


「殺……殺ス……殺……」


 目の焦点が合っていない。意識が混濁しているのだろう。ここまでのダメージを負いながら未だ剣を手放さないのはさすがだ。鬼気迫る執念である。


「イリヤさん」


 振り返り、静観している女剣士に呼びかける。イリヤさんは静かに顎を引いて認可した。

 

 殺すつもりは毛頭ないが、まだ止まらないというなら追撃するしかない。その結果、ゴブリンに後遺症が残ることになろうが、それはこいつ自身の責任だ。今動けているのはあくまで麻薬のおかげだ。普通ならとっくに痛みに悶絶しているか、気絶しているだろう。


「悪く、思うなよ」


 拳を固めて再度ゴブリンと向き合う。


「おい、待ちな」


 その声はふいに、錯乱ゴブリンの後方から投げかけられた。

 視線を素早くそちらへ。


 遠巻きに戦いを眺めている人間達の中に、一際巨大な図体のやつがいることはわかっていた。アルコール・コーリングは周辺情報も全て漏らさず伝えてくれるからだ。だが特段注目すべき情報ではないと今まで聞き流していた。声は、その巨体から発されていた。


 灰色の筋骨隆々の肉体。上半身は裸で下半身にゆったりとしたハーフパンツを穿いている。色は違うし言葉も流暢だがこいつも……ゴブリンなのか。

 のっそりと、巨体のゴブリンは一歩踏みだした。


「ここからは俺に、任せてもらおうか」


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