#13 酒井雄大、出撃!
イリヤさんと一緒に王の間を出、廊下を早足で進む。武者震いにも似た痛痒感と共に、強い闘志が湧き上がってくる。こんな風になったのは、ほんとうに、生まれて初めての経験だ。転移直後のあの戦いからまだ半日程度しか経っていない。ゴブリン、ケルベロス、そして魔族の魔法使い。恐らくいずれも、一介の兵士では手に余る相手だろう。俺はそんな奴らと戦い、勝った。勝てるだけの力を手にしている。
「敵の武装は?」
イリヤさんは後ろからついてくる兵士へ振り返らずに訊く。
「大型のファルシオンが一本」
「幅広の大剣だ。直刃、斬る用途と叩き付ける用途を兼ね備えている。大型のものは相当筋力に優れた者でなければ持ち上げることすら困難だ」
イリヤさんの解説は俺に向けたものだろう。相手の武器の性質を、要点をかいつまんで教えてくれた。
「酒が必要だな?」
「はい、是非」
「おい、何でもいい。コイツに酒を用意してやれ」
兵士は一瞬、逡巡したようだ。イリヤさんの意図がわからなかったのだろう。この兵士は俺が何者なのかも知らないわけだし。しかしすぐに恭順した。やはりここでも、イリヤさんに対する兵士の信用が垣間見える。廊下をバタバタと兵士が走り去ってゆく。
「武器庫へ寄るぞ。素手ではさすがに分が悪すぎるからな」
「はい」
イリヤさんはきっと、無駄死にするとわかっている人間を前線へ出したりはしないタイプだろう。俺に充分な勝算があると踏んでくれている。同行を許してくれたのは信頼の証。嬉しい。人から頼られることも、求められることもほとんど無かった空気みたいな存在だったこの俺。それが今はどうだ。状況が一変した。一晩で俺は戦士になった。
廊下の向こう、重厚な鉄の扉が見えてきた。
「あそこだ」
「なんだかドキドキしますね」
「一応、お前にしてみれば初陣ということになるか。にしては妙に肝が据わっているな」
「自分でも変な気分です。俺、誰かと争ったり戦ったり、ましてや殺し合いなんて一度もしたことがありませんから」
日本は平和だ。どことも戦争はしていないし治安もすこぶる良い。だから当たり前だ。そもそも暴力なんか振るったら逮捕されてしまう。
「やはり、お前は私と同類だな。一般人が越えられない一線を、簡単に飛び越えられる」
「道徳観が欠如しているんですかね?」
「いいや、単に素質だ。私と同じ、戦いに向いた……」
武器庫へ辿り着くなりイリヤさんの細腕が扉を引き開ける。これほどスリムな体型をしていながらどこにそんな力があるのだろうと思わせるほど易々と、鉄製の扉はイリヤさんによって開放された。
「選べ、どれにする?」
壁をくりぬいて作られた燭台の、ろうそくの灯りが揺れる武器庫。そこに無数の武器が所狭しと並んでいた。
剣、槍、斧、鎚、弓、モーニングスターも、トンファーのようなものもあった。
「俺は……」
アルコール・コーリングは対峙する相手の動きを丸裸にする。そしてソナーのように空間に存在する音の反響を利用して特定の人物の位置を正確に捉えることも出来る。距離を問わず戦いに応用できるスキルだ。だから恐らく遠距離から矢で射抜くことも不可能ではないのだろうが、ターゲットと俺の間に障害物があれば当然、矢は放てない。しかも今回は街中での戦闘になる。まかり間違って無関係の人間を巻き込んでしまわないようにしなくてはならない。だから、弓矢や投擲武器の類はダメだ。
やはり剣だろうか。だが俺の腕力では大剣は扱いきれないだろう。脇差のような、短剣ならばどうか。相手の攻撃をかわし、懐に潜り込んで斬りつけることはきっと出来る。だが、それよりも……。
いいことを思い付いた。そしてお誂え向きの武器も、発見した。
「コイツで、戦いましょう」
俺はその武器を拾い上げ、装備した。
「おい、お前……そんなので大丈夫なのか?」
「まぁ、見ていてください」
かつて、1年くらいだけキックボクシングのジムに通っていたことがある。なにも格闘家を目指そうとしたわけじゃない。なんとなく職場の同僚に押し切られたような形で体験しにいって、その場でもジムのトレーナーの押しに負けて契約した。
体を動かすのは嫌いでは無かったが、同僚が行かなくなっってすぐ俺も辞めてしまった。基礎の基礎すらままならない。試合に出たこともない。だがあの時学んだ動きは俺の中にしっかりと残されていた。
構え方、殴り方、蹴り方。
シャドーすらしなくなって久しい。錆びついたまま消えていこうとしていた技術は今、俺が授かったスキルによって再び息を吹き返した。
打撃。
得物を握るくらいなら俺は、この“武器”を信じる。
握りしめた両の拳。
ガキィン!
強く打ち合わせ、硬質な音を響かせた。
それは拳にはめて打撃力を強化することを目的とした武器。
であると同時に打突の反動によるダメージから拳を保護することをも目的とした武器だ。
ナックルダスター。
本邦においては通称、メリケンサック。
「さぁ……行くぜ」