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#11 サンロメリア城

 ロメール帝国の首都である王都ロメリア。東西南北に存在する城門から真っ直ぐに伸びる4本の大通りが交わる場所にサンロメリア城は建っている。外周を覆う石壁は3メートルほどで、南側と北側に通用門がある。俺たちを載せた馬車は南側から城の敷地内へ入った。


 石壁によって外からは見ることができなかったが、中に入ると多くの兵が隊列を組んで一糸乱れぬ行進をしているところへ出くわした。


「あれは?」


「これから出兵する一団だ。ロメール帝国は広大な領土を持つが、決して安寧を貪っているわけではない。繰り返し侵略を仕掛けてくる敵国もあれば、好戦的な遊牧民族もいる。略奪行為を働く山賊が出ることもあるし、魔物が出現したり昨夜のように異人種が反乱を起こしたりもする」


 兵士達は槍を手に士気を高揚する歌を歌いながら、通用門から続々と外へ出てゆく。通用門の外側にはたくさんの馬車が停まっていた。きっとあれに乗って戦地へ向かうのだろう。


「さ、降りるぞ」


 イリヤさんに促されて馬車から降り、歩き出す。城の威容が眼前に迫る。遠くから見ている時も壮麗な眺めではあった。しかしいざ目の前に立ってみると、サンロメリア城の意匠の凄まじさがありありと伝わってくる。


 アーチ状に作られた正門の鋼鉄製の扉は細部まで繊細かつ大胆な模様が彫られている。その至る所に埋め込まれているのは宝石の類だろうか。ルビーのように真っ赤なものや、サファイアのように青く澄んだものも、ある。


 見上げると針葉樹林を思わせる乳白色の石造りの尖塔が無数に並び立ち、その一つ一つに異なった模様が浮き彫りされている。そこから更に巨大な塔が林立し、それぞれが渡り廊下や階段で繋がっている。立体的な巨大迷路みたいだ。俺のいた世界で似たような建築物と言えば……スペインのサグラダ・ファミリア、かな多分。ガウディも真っ青の超建築である。


「これがロメール帝国の中枢だ。50年かけて建設された、国内最大の城だ」


「ほぉ、50年も。……たった50年!?」


 俺の記憶では確かサグラダ・ファミリアは現時点でまだ未完成で、完成予定は……覚えてないけど当分先だ。建造に100年以上、かかってるんじゃなかったっけ。それに比べこの城は、工期がたったの50年とは。どんな建築技術だ。


「そこまで驚くことか? 魔導師達が手を尽くしてくれたからな」


「あ、そっか! 魔法があるんだ!」


 何も専用の重機なんか無くたって、魔法でちょちょいのちょいってわけか。それで50年かかったってことは、こっちの世界においても一大事業だったんだろうなぁ。


「魔法だ魔術だと口では簡単に言えるが、実際に行使するには熟練の技が必要だ。これだけ大掛かりな工事になれば尚のこと」


 イリヤさんと二人並んで、天衝くサンロメリア城を見上げる。俺のいた世界も、こっちの世界も、結局のところ人の技と努力によって成り立っている。使う技術や道具は違えども、人間の意志や想いに、違いは無いのだろう。


「ゆっくり城を眺めるのは、ジュークの奴に会ってからだ。急かして悪いが」


 イリヤさんが正門へと続く低い階段を上り始める。正門の前ではフルプレートアーマーの兵士が二人、槍をクロスさせて待ち構えていた。


「私の客人だ。通してもらおう」


 チラリと俺を一瞥してから、イリヤさんは兵士にそう言った。俺のことを誰何(すいか)せず、兵士は槍を引いて門扉を引き開けた。重厚かつ巨大な門扉は観音開きになって、その向こうに城の内部構造が覗く。


 長大な廊下が、ずぅーっと先まで続いている。ペルシャ絨毯のように上等そうな敷物が廊下の中央に敷かれていて、その左右の壁際にたくさんの窓。一歩中に足を踏み入れれば更に壮観だ。頭上は楕円形のドーム状で、至る所にはめられたステンドグラスを透過した光が七色に輝いて建物内を美しく彩っていた。


「おぉ……これは」


 言葉に尽くせない驚き。ステンドグラスから差し込む光が床にどのような模様を描くのか予め計算された上で設計されている。未知の意匠が床を壁を埋め尽くしている。


「大したものだろ? 美的感覚に乏しい私でも、美しいと感じる」


 イリヤさんが廊下に靴音を響かせて進む。周囲の景色と彼女の後姿の嵌り具合が凄い。ランウェイと闊歩するトップモデルのように研ぎ澄まされたスタイルと歩き方をする女剣士、その全身に纏うは七色の光。思わず見惚れてしまう。

 イリヤさんのやや後ろをついて歩いていると、廊下ですれ違う兵士がおしなべてイリヤさんにお辞儀をして過ぎる。その様には仕事上の上下関係を超えた敬意が感じられた。誰もが彼女を深くリスペクトしている。


 イリヤさんは迷いない足取りで廊下を行き、階段を上がり、渡り廊下を抜け、一目散に目的地へと向かっている。だが外観以上に複雑な内部構造は、俺のような新参者にはまるで迷路だ。キョロキョロと辺りに視線を彷徨わせると、廊下に置かれた調度品の一つをとっても、高価なものであろうことが一目でわかる。この城は隅々にまで金と手間がかけられているようだ。


 やがて、イリヤさんはある部屋の前で立ち止った。


「ロメール王の居室だ。今は王が不在だから代理としてジュークが使っている」


 王の代理人を務めるほどの魔導師か。相当な傑物なのだろう。


 イリヤさんがドアをノックした。

 

「はい、どなたでしょう」


 扉が薄く開き、中からタキシードに身を包んだいかにも執事風の初老の男性が顔を覗かせた。そしてイリヤさんを見、続いて俺に視線を移動させて眉根を寄せた。


「イリヤ様、このお方は?」


「私が拾ってきた男だ。この者の処遇について、ジュークと話がしたい。ノルド、通してくれ」


 執事はまだ事情がよく呑み込めていない様子だ。それもそのはず突然見ず知らずの、しかも身なりの小汚い(でも服はちゃんと着ている。新調したからね)男を接見させろなどと言われても判断に困るだろう。だがさすがイリヤさんである。執事は扉を大きく開け、


「……わかりました、どうぞ」


 と俺を招き入れてくれた。女剣士の、帝国における絶対的な信頼の証だ。


 王の部屋は思いの外、狭かった。ちょっとしたホテルの一室程度の広さ。20畳くらいであろうか。重厚感があり、上品に光沢を放つマホガニー製と思しき事務机。安楽椅子に深く腰掛け本を読んでいた少女が顔を上げ、破顔した。


「やぁ、イリヤ」


 黒を基調としたゴシックロリータを纏う少女が、立ち上がり巨大な机を回り込んで近づいてくる。膝ぐらいまでの丈のスカート。繊細な動く度パニエが揺れる。


 第一印象は、小柄。身長にして150センチメートルは無いだろう。そして華奢。40キロ台前半だろうか。スキップするようにふわふわと歩いてきた黒髪の少女はその完璧に左右対称な造形の相貌を崩し、見る者の魂を吸い取るようなある種の寒気を感じさせるレベルの笑みを浮かべた。


「ジューク。仕事の邪魔をしてしまったかな?」


「ううん、魔導書を読んでいただけだから。それよりも、この人は?」


 俺の前に立ち、じっと上目遣いに見つめられると、その澄んだ瞳の奥に吸い込まれそうだ。深く清冽な泉を思わせる丸い瞳。眉毛の上部(オン眉)で切り揃えられた漆黒の髪の艶めき。


「あ、ええーっと、俺は……」


 アイドルでもこんな美少女はいないだろう。小首を傾げるとさらりと繊細な細さの髪が揺れ、鼻腔を麝香(じゃこう)のような甘ったるく脳を痺れさせる香りが突き抜ける。香水か。胸が妙にざわつく匂いだ。


「私が拾ってきた。お前に、そいつのことを見てもらう為にな」


 しどろもどろの俺に代わってイリヤさんが言う。


「見る? 何を?」


 もちろん、いきなり言われても意味不明に決まっている。不思議そうな顔をしている美少女に対しイリヤさんは言葉を継いだ。


「そいつは異世界転移者、すなわち我々のいる世界とは別の世界からやってきたらしい。ジューク、お前の言っていた“第3の領域”というやつだ」

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