#10 王都ロメリア
城門のアーチを抜け、いよいよ馬車はロメール帝国の王都ロメリアに入った。すると途端に視界の左右に広がる無数の住居、商店、公共施設と思しき建物。軒を連ねる露店に群がる人々の活気。駆け回って遊ぶ子供達。そして行き交う馬車の多さたるや!
ここはカオスの坩堝だ。なんという陽のエネルギーだろう。日本の、例えば東京であってもここまでの熱は感じない。俺のイメージでは都会とは、無表情で無機質でただ大勢が俯き歩いているだけの場所だ。
「おおっ、こりゃ凄い!」
俺が素直に感嘆すると、イリヤさんがニヤリとした。
「王都ロメリアは帝国の中心地でかつ、東西南北の都市・国家を結ぶ交通の要衝でもある。交易の通過地点となっているから、様々な国の行商人も多く立ち寄ることになる。いくつもの文化圏が交わり、世界でも稀に見る多様な種族が暮らしている」
だからこれほど、混沌とし、生き生きとしているのか。人間だけではない。ゴブリンやコボルトといった異人種の姿も見える。尖った長い耳を持つ美しい女性……あれはエルフか。その横にずんぐりむっくりな体系の男が歩いている。ドワーフ、かな?
「ここで生活をしていると、退屈することが無い。私は、とても気に入っている」
俺は圧倒されつつもすぐにこの町に好印象を抱いていた。ワクワクした気持ちが胸にこみ上げてくる。まるで海外旅行に来たみたいだ。しかも海外へ行くよりずっと遠く、距離すらわからないほど遠方の町に、俺は実際に存在しているのだ。
「本来であればお前の処遇の決定する為に、ロメール王に報告するのが筋なのだろうが、生憎外遊中で不在だ。よって最初に私の知り合いの魔導師にお前を紹介しておく」
馬車の荷台の窓から外を、街路の向こうを指差すイリヤさん。目抜通りの向こうに聳え立つ、巨大な城。
「サンロメリア城、王都の中心にしてロメール王の居城だ」
それはつまり、国家にとっての中枢ということだ。針葉樹林を思わせる乳白色の石造りの尖塔が無数に並び立つ、壮麗な城。一目でこの国の建築技術の水準が理解出来る。城の高さは、100メートルは優に超えていよう。
「王都ロメリアはサンロメリア城を始点として東西南北へまっすぐ大通りが伸びている。そして城壁にも東西南北の4ヶ所に門と一体化した城塞が設けられている。これら以外の場所からは、王都へ出入りすることは不可能だ」
強固な守りだ。さすがは世界最大の国家の中心地である。先ほど門を通過する際も長槍を携えた兵士がすぐに駆け寄ってきて俺のことをまるで不審者のようにジロジロ観察してきた。ってまぁ、俺まだ素肌にボロ布一枚纏っただけの姿をしているんだけどね。そりゃ怪しいか。「こいつは大丈夫だ」とイリヤさんが言ってくれたのでスルー出来たが。
「まずは城へ向かう。アイツは人界にも魔界にも属さない“第3の領域”が存在するのではないかという仮説を以前より立てていた。だから私はお前が別の世界からやってきたという言葉を、ある程度信じられる」
「アイツ、というのは」
「帝国領内ひいては人界の魔導師の頂点と称される、ロメール帝国魔導部隊の長にしてロメール王の相談役、ジューク・アビスハウンド」
「魔導師の頂点、ですか。なんか凄そう……」
「しかもジューク様はとんでもない美少女ですぜ、旦那!」
と兵士が横槍を入れてくる。
「何っ!? 美少女!!?」
「ええ、そりゃあもう。イリヤ様はクール系の美女ですがジューク様は可愛い系ですぜ」
「ほぅ……」
可愛い系の美少女、か。良き。イリヤさんは怜悧冷徹で眼光鋭く俺を見下してくるタイプでとても好みではある。が、猫っぽいゆるふわ妹系の美少女とのイチャラブというのもこれはこれで悪くない。ぐふふ……。
「……はぁ」
イリヤさんの呆れたような深いため息が聞こえた気がする。
「お前、肝心な事を忘れていないか?」
「えっ? 何です?」
「その服、だよ。まさかそんなみすぼらしい恰好で城を出入りするつもりではあるまいな?」
「あ! 忘れてました!」
身に着けた当初はあまりの臭さに顔を顰めたものだが、いざ着てしまうと途中から臭いは全く気にならなくなっていた。人間の適応能力ってやっぱ凄えー。あと兵士達も結構体臭キツいし。
「そこらの服飾店か、露店でもいい。適当に停めてくれ。こいつに服を買ってやろう」
このイリヤさんの計らいで、俺は遂に念願の普通の服をゲットすることが出来たのである。これで油断して女性に全裸を晒すような事態にはもうきっと絶対に確実にならないだろう。めでたしめでたし。