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魔界で一番、死ぬ奴ら  作者: ミゾロゲシン
第三章 「決戦、シュナイダーシュツルム」
31/31

31. それゆえに、君は絶対、私に勝てない

「……11、12、13」


 歩数を声に出して数えながら、僕は一人、水底のような暗闇を歩いていた。

 傾斜がなく、段差もない道だったが、この道が地下水路から地上へ向かうための道であることを思えば、1歩の間違いが命取りになるともかぎらない。

 慎重に足を動かした。


 目の前にぼんやりとした光の文字が現れたのは、地下水路で花頭と別れた直後のことだった。


 直進5歩。右40度8歩。

 反時計回り、1と1/4回転。

 直進20歩。


 その文字は、僕が正しい位置に移動すると消え、次の動きを指示するように浮かびあがった。

 今は直進・20歩を目指して、同じ歩幅を意識しながら歩いている。


「……19、20」


 カウントと同時に、僕は闇の中で地面を踏みしめた。

 すると視界に光があふれた。

 まぶしさに閉じた目をゆっくり開くと、建物の中らしい景色があった。

 整然と並ぶ木製の長椅子があり、中央を貫く通路があり、その奥に金色の柱で囲まれた祭壇があった。

 僕は唖然として口をあけていた。

 それから気づいて、あわててしゃがみ、椅子の陰に倒れこんだ。


 ――なんで、いきなり中に出るんだ!


 そう心で叫んでいた。

 教会に行きたいと彼女に告げたのはもちろん僕だ。

 だが教会の正面か、離れた場所に出るものだと勝手に思いこんでいたのである。

 普通の下水ならばマンホールが出入り口になっているように、あの地下水路からの空間転移も、最寄りの定位置に移動するだろうと思ったのだ。


 僕は花頭の顔……ではなく、彼女の言動を思いだした。

 実直で、物事を厳粛に処理する揺るぎなさが彼女にはあった。

 つまりは、その揺るぎなさが、教会に行きたいという僕の要望を、地図上の教会の座標に1ミリのずれもなく転移させるという形で発揮されたのかもしれなかった。

 迷惑すぎる実直さだが、詳しい場所を指定しなかった僕も悪い。


 考えながら、全身を床に密着させた姿勢で、僕は椅子の隙間から周囲をうかがった。

 焦りから、ふっ、ともれた息が、たまっていたホコリを勢いよく鼻先で舞いあげた。

 僕はむせた。

 その咳が、教会の優れた音響効果によって堂内にまんべんなく響き渡った。


 ――。


 咳の余韻が消えるまで、僕は目を見ひらいて黙っていた。

 誰かが今にも駆けこんでこないかと固唾を呑んでじっとしていた。

 だが、こちらの焦りとは反対に、誰かが動くような気配はなかった。

 時間が過ぎた。


 もしかして、べつの教会に来たのか……?

 そう思って視線をめぐらせると、入口付近の壁に「ALL SOULS LANGHAM PLACE」と書かれた銘板が見えた。

 漆喰しつくいの白壁や金色の装飾など、明るく開放的な雰囲気も、調べておいたオールソウルズ教会の内装と一致している。


「……まさか、ここの衛兵まで、シンシャの相手に出払ってるのか」


 つぶやいてから、それほど意外なことではないと気づいた。

 この教会には、シュナイダーシュツルムの無線通信を維持する、特別な機材が置かれている。

 普通に考えれば重要拠点の1つではある。

 だが、この情報は一般にはまったく知られていない。

 警備を固めて目立つリスクを考えれば、数人を残して、あとは無人を装った方が安全なのだろう。


「それなら、派手に動くのは逆効果だな」


 目下のところ、僕のすべき仕事は3つあった。

 1つは、教会の通信設備を破壊して敵の連携を阻害すること。

 2つ目は、20人の敵と顔を合わせてハローポイントを一にすること。

 3つ目は、前述の2つをこなした上で生存すること。

 どれも重要だが、順序としては通信設備の破壊が最優先だった。

 そのために僕はバルブロの焼夷弾を使って、混乱に乗じて設備を破壊する算段でいた。

 だが敵の守りが極端に薄いのならば、あえて目立つ必要もない。


 僕は教会の翼廊よくろうに移動した。

 鏡があればより精度は上がるが、ないものをねだっても仕方がない。

 壁際の死角にしゃがんで、変装のための詠唱をはじめた。


「汝、幻影まぼろしにてたかき模様を見るに等しく、

 点と線と円をたらしめ、重ねて惑い、

 本源たる火と青玉と硫黄いおうさいを混ぜ、

 相悩ましくることを得よ。

 我が外相うわべに正しくまみえるは、

 盲目めしいなる者ひとりのみ」


 ――絶え間なく(ペルグロフ)水面に揺らぐ(・スタニスス)何者でもない者(・アニフイム)


 その魔術は、シンシャたちに施した仮粧けわいの魔術とはべつの、観測者の思いこみを増幅させる高位の幻惑術だった。

 1番の違いは、相手の誤認を導くための特徴さえ用意できれば、相手が勝手に僕を別人だと認識してしまう点にある。


 たとえばAという人物が、5分前に指を怪我したとする。

 Bはそのことを知らず、Cは知っている。

 僕がこの魔術によってAに変装すると、Bから見た僕は無傷だが、Cから見た僕は指を怪我している。

 怪我の情報がBにも伝わると、2人が見るAの姿は同じものになる。

 こうした現象が外見のみにとどまらず、声や本人特有の仕草など、あらゆる面において瞬時に反映される。

 なぜならそれらは僕が用意したフェイクでなく、相手が勝手に想像し、現実に重ねている幻影だからだ。


 僕は腰にさげていた円筒の容器をあけ、マスクを取りだした。

 シュナイダーシュツルムの正規のガスマスクである。

 これはアストリット☆ファンクラブのグッズの1つで、上級会員になると入手できるものらしい。

 と同時に、マスクは彼らのトレードマークでもある。

 それゆえに、彼らはマスクを見ると無意識のうちに味方を連想し、その一瞬のイメージに引きずられて、ただマスクをかぶっているだけの僕を味方の誰かだと信じてしまう。


 もう1つ、ふと思いついた僕は、手帳から白紙を1枚破り図形を描いた。

 それから紙を丁寧に折り、ポケットにしまった。

 この紙はあとで使うことになる。


 無人の教会に足音が響いたが、気にせず歩き、正面玄関へ向かった。

 シュナイダーの通信基地は高所を選ばれて設置されている。

 では教会堂でもっとも高い部屋はどこか。

 それは音を響かせるために鐘を吊した鐘楼しようろうである。


 玄関の戸を開き、顔だけをわずかに出すと、冷たい風が吹きすぎた。

 銃声が、遠くから薄く届いていきた。

 だが中と同様に、教会の周辺にも敵の気配はないように思えた。

 外に出て、鐘楼の外観を確認した。

 オールソウルズ教会の鐘楼は、特徴的な形をしていた。

 教会堂と同じ高さを持つ列柱廊の上に、円錐型の巨大な尖塔が乗っている。

 3段のウェディングケーキの1番上が、アイスクリームのコーンに替わっているような格好だった。

 シュナイダーはこの鐘楼の2階部分を増設し、基地局にしている。ただ各階の露台にも見張りはおらず、およそ外部を警戒している様子はなかった。


 中に引きかえし戸を閉めた。

 教会の前室から鐘楼へとのぼる螺旋階段を見つめた。

 心を決めると、僕は一気にそこを駆けあがった。


 螺旋を2周し、1階屋上の露台を無視してさらにのぼった。

 階段の曲がり方が小さくなった。2階は、土台となる1階より二回りほど小さいからだ。

 壁面の窓から周囲の建物の屋根が見えたとき、階段の突きあたりにドアが見えた。

 ドアの前には兵士がいた。

 彼は駆け寄ってくるこちらを認め、びくりと肩を震わせたが、僕はかまわず大声で言った。


「伝令、伝令だ!」

「どうした」

「我々の通信が、敵の魔術によって妨害されている。味方の報告には偽の情報がまぎれている」

「なんだと? そんなはずは……」


 彼は背後をふりかえった。

 もちろん今まで異常はなかったはずだ。

 そもそもシュナイダーの装備は人間界の軍事技術によるもので、他者から干渉を受けにくいことが強みでもある。

 だが僕は、「たしかな情報だ!」とさらにたたみかけた。


「東地区の部隊はすでに壊滅している。司令部はそれを把握してないのか?」

「いや、報告は受けている。先ほど、大佐がロスペインとの戦闘に入ったとも……」


 大佐? フランツは負傷しているから、エルネスティーネか。


「いつの情報だ! エルネスティーネ大佐はすでに敗北した。ロスペインはもう西のトラファルガー広場に向かって進んできている」

「馬鹿な!」

「至急、司令部に確認を取れ!」


 まだ動揺している兵士を押しのけて、ドアをあけた。

 中には兵士が3人いた。

 さすがにガスマスクはつけておらず、かわりに各々が耳当てのような機材を首にかけていた。

 こちらの騒ぎに気づいていたのか、彼らは椅子から腰をあげたところだった。


「何事だ」


 近づいてきた彼らに僕を疑う様子はない。

 幻影の魔術は正しく作用している。


「敵から魔術による通信妨害を受けている。みんな、これを見ろ」


 僕はポケットから紙片を取りだした。


「なんだこれは。紋様……目か何かか?」1人が言った。


「そうだ。この印が通信障害の原因だ。ここに来るまでにもいくつか確認した。

 この教会にも、これと同じものがどこかの壁に刻まれているはずだ」


「まさか、やつらにそんな工作をする時間は」


「事実だ。すでに街の東と西で情報が錯綜している。

 全員、よく見ろ。この印を見つけて壁から消すんだ」


 ドアの前にいた男も、マスクを外して紙をのぞきこんだ。

 紋様は、目と夜を簡略化したもので、夜の女神ニュクスを表している。

 僕は、彼らの視線と紙のあいだに指をかざした。


しじまをまぶせ。――夜を撫でる蒼き指(シト・ソムヌス)


 詠唱と同時に指をふると、紋様の目から青黒い風が吹き、男たちの顔をなでた。

 すると、彼らはいっせいに脱力し床に倒れた。

 死んではいない。深い眠りに落ちただけだ。

 個人差はあるが、少なくとも2日はナイフで刺されても目覚めないだろう。


「人数が少なくて助かった」


 僕は大きく息をついた。

 不意打ちで眠らせるならば、機会は一度しかない。

 もう2、3人多くいれば同じようにはいかなかっただろう。


 マスクを脱ぎ捨て、あらためて周囲を見やった。

 金属製の箱が机の上に積まれ、それぞれに複数の計器やスイッチレバーが並んでいた。

 正直、どこをどうすれば機能を停止させられるのか見当もつかなかった。

 となれば、物理的に破壊するしか方法はない。


「えーと……。まあ、通電してる機械だから電流がいいのか。で、あんまり派手じゃない魔術の……」


 考えたが、適当なものが思い浮かばなかった。

 次善の策として電撃を弱めに出すことにした。

 意味はないが、気分的に詠唱の声が小さくなった。


「聖なる、聖なる、聖なるかな。

 互いによびいひけるは、世を照らし地を震う至上者いとたかきもの御稜威みいずのささめき。

 わが声の響きおよびその口振りよりいづる言葉は、

 彼の者のおそれる公儀ただしき祝詞のつと

 さればその鳴聲なりおとは雷光をもてわが手を包み、

 かずしげき矢となりての者とわが敵に報いを与えん。

 轟きを聞く者よ、汝戦慄をもて……」


 そこまで唱えて、僕は自分の右手を見た。

 すでに、とんでもない熱量の電気が手のまわりに集まっていた。

 このまま続けると雷鳴のような音が響きはじめ、矢として放つ前から周囲への被害が甚大になる。

 ただ最低限の形はもうできている。

 ここで詠唱を破棄しても、比較的安全に魔力を解放できる頃合いだった。

 深呼吸をして、僕は右手をふりあげた。


「――|この術はここで破棄する《リリクエレ・プロエヴェーレ》」


 高らかに言って、机に並ぶ無線機器に右手を思いきり叩きつけた。

 このとき、もっとも意識を集中させたのは、解放された魔力が、できるだけ手元から離れないようにすることだった。

 その甲斐あってか、手元で弾けた雷光は、正面の機材を弾き飛ばし箱の表面を融解させただけで、閃光の余韻を残しほどなく消えた。

 寄せ合うように積まれていた他の機材には、さほど外見に変化はなかった。

 煙をあげ、ときに火花を散らしてはいるが、内部の回路だけが電流でほどよく焼き切れたように見えた。


 僕は荒くなった呼吸を落ちつけて、痙攣して動かない右手ではなく、左手の甲で汗をぬぐった。


「久々にやったけど、こんなの途中で破棄するもんじゃないな。

 下手な魔術よりよっぽど反動がきつい」


 だるさにくわえて、突き抜けるような寒気が一瞬走った。

 このあとハローを済ませて敵から逃げなくてはならない。

 また賢者の歩方を使うことになるのだろうか。嫌だな……。


 そんなことを考えて少し笑ったときだった。

 先ほどの寒気とは違う、全身をローラーで引き延ばしたような痛みが走り、視界が飛んだ。

 気がつくと、なんの衝撃も感じずに、僕は床に倒れていた。

 揺れる視界と、あやふやな五感の中で誰かが言った。


「素晴らしい才能ですね。

 君ほどの魔術師は、恐らくこの街でも数えるほどしかいない。

 それゆえに、君は絶対、私に勝てない」


 男の声だった。

 穏やかだが、弱々しいとさえ思えるその声の方を、目だけを動かして見あげようとした。

 直後、脳が揺れ、僕は意識を失った。

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