先触れ
公衙の高楼は情報統制局、その駐車場で、唐栗令奈は車内に居る。彼女は「守護者」を起動している。その機能によって視るは各所の様子だが、うち一つには会議を終えて此方に戻る主人の姿がある。秋子の乗ったエレベーターが近付くと、唐栗令奈は「守護者」を停止し、整然たる居住まいを作る。それを目睹するのは、車内に居残っていた「可乎蝶」一頭だけだ。
秋子が車に乗り込む。
「ご苦労様でした」と唐栗令奈。
「大した話もしていないわ。出して」
「御自宅まででよろしいでしょうか」
「ええ」
発車すると、秋子は自身の腕輪を操作して、視界に幾つかの画面を表示させる。手早い動きに、画面に表示された内容が次々に切り換わり、画面の数も増減を繰り返す。
「あら、負から電話なんて珍しいわね。会議中で出られなかったわ」
言いつつも、不在着信の通知を留保して自らの作業を続ける。
「見付けた」
独り言ちた秋子の手指が止まる。
「何をです」
唐栗令奈が秋子の方に視線を流す。
「前を見て運転しなさい」
秋子はラムネバーを取り出だして齧る。
「さっきの負たちの話が気になって調べたわ。地下の再開発と言っていたけれど、それだけではないかも知れない」
「と言いますと」
「負たちの作業現場には、先日、火災で灰になった箇所が含まれている」
「それが何か」
「火災よ? 人が死んでいない」
「結構な事です」
「それはそうだけど、火災はこの数年で頻発している。そして大抵、要人が亡くなっているのよ」
「火災で要人が死亡、そう言えばいつ頃からか、そんな話を度々耳にするようになった気もします」
「この数年に、火災で月に一人か二人はあの世に送られている」
「物騒ですね」
「物騒? ええ、そうね、物騒だわ。だって、今時は火災なんて滅多に起きるはずがないのだもの。調べたわよ、火災が起きた場所、周辺物品や建造物の耐火性、被害時の状況……」
「放火だと?」
「放火なんて生温いものじゃないわ。焼却よ。都合の悪いものや不要なものを燃やしまくっている奴がいる」
「犯人をお探しに?」
「まあね――」秋子は一通のメールを開く。「でも、どうやら尻尾を摑み損ねたらしいわ」
「何か御座いましたか」
「情報が入ったの。『紛紜処理係』についての。奴らの根城は、先日、灰になったわ」
「それは、つまり、宿世さんの仕事先の……」
「そういう事」
秋子は更にもう一通のメールを開ける。
〈 お嬢へ 〉
▼「紛紜処理係」の使用機器から多少の情報が回収できた。
▼一連の火災の実行犯は「灰被り」と呼称されている。
▼断片的な情報しかないが、彼女が推測される。
▼仔細は追って伝える。
「秋子様」
時間が停まったかのような秋子の沈黙に、唐栗令奈が声を掛ける。
「何か御座いましたか」
「いいえ、何でもないわ」
秋子は全ての画面を閉じる。我知らず溜め息を吐いている。「可乎蝶」が秋子の眼前を、はたはたと泳ぎ、それに指を差すと留まる。秋子は少し驚いたような表情をする。その後、胸元のロケットを握り締めていた。