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無二の親友

 少女と帯刀はエレベータで上階に向かう。その中で、少女は自分の装束(しょうぞく)を見直す。

「ねえ、どこかおかしな所はない」

「お綺麗ですよ」

「そう、ありがとう。貴方もね、帯刀」

「どうも」

 エレベータから廊下に出る。受付係に、少女は「後見(うしろみ)秋子(あきこ)」と名乗って、腕輪の掛かっている手首を差し出す。受付係はそれを読み取り機に掛けると、秋子たちを先へ促す。二人は周辺の摩天楼の頭を目下に眺める社交会場に入る。その姿に気付いた別の少女が、秋子たちに駆け寄って来る。彼女こそは、今日の主役、この誕生日会の主人公、灰鰓(はいえら)麻千花(まちか)だ。

「あきちゃん!」

麻千花は秋子の許に着くと早速手を摑む。青と赤の腕輪が擦れ合う。

「麻千花、遅れて御免なさい。でも宴はまだなのね。もう始まっていると思っていたけど」

「うん、お父様とお母様が遅れているの。急いでくれていると思うけど……。あきちゃんが来てくれて良かった、お話ししていられるから」

「そんな事なら、幾らでも付き合うわよ。早くお二人が来ると良いわね」

「まったくだよ、実は設営のお手伝いに根を詰めたから、もうお腹がぺこぺこで……」

「貴方が手伝ったの? 今日の主役なのに」

「うん。早く会が始まらないかな。あきちゃんは平気なの」

「わたし? 勿論――」くぅ、と秋子の胃袋が返事をする。「胃に空気を詰めてきたから、平気よ」

麻千花がくすりと笑う。

「ほら、こっち」

麻千花が食事の並ぶテーブルの一つに秋子を案内する。

「ここのお料理はね、わたしが作ったんだ」

「え」喫驚(きっきょう)する秋子。「料理までしたの」

「簡単なものだけだよ。ここの食べ物ならつまみ食いしても怒られないよ、ほら」

色々と食材の乗ったクラッカーを麻千花が食べる。食う食う鳴るお腹を押さえて、羨ましそうに見る秋子。今にも涎が落ちんばかり。

「貴方は今日の主役で、それでなくともこの家の主人側でしょう。使用人の仕事を盗るものじゃないわ」

自制心を発揮して空腹と関係のない事を言ってみる。麻千花は微苦笑する。

「わたしたちは対等だよ。人の上に人はいないし、人の下に人はいないんだよ」

「馬鹿ね。誰かの受け売りでしょう、それ。すぐそこから下を覗いて御覧なさい。有象無象の人畜生が(ひし)めき合っているから」

麻千花はむっとする。

「そんな事を言うあきちゃんには、これあげないから!」

「あっ!」

麻千花がクラッカーを次々口に入れていく。あまりにも情けなく悲しそうな秋子の顔に、遠巻きに見守っている帯刀が失笑する。

「わかった、わかったから、ごめん、ごめんって、謝るわよ。謝るからわたしにも分けて!」

「もう人畜生なんて言わない?」

「言わないわよ」

「なら、はいっ」

手渡されたクラッカーを早々と口へ運ぶ。良く噛んでから飲み込む。

「おいしいわ」

「良かった」

「でも麻千花、本当に駄目よ、人の分を侵すのは。貴方は上の人、それに仕える使用人は下の人、貴方は貴方、わたしはわたし、そういう区別が、物事を上手く動かすんだから」

「でも、一番良いのは、皆が対等で、皆が幸福な事じゃない?」

「それはそうかも知れないけど、現実はそういうものじゃないのよ」

「うん、今はあきちゃんの言う通りかも知れない。うんう、きっとあきちゃんの言う通りだよ。でも、悪い世の中にしたいと思う人はいないんだから、辛抱して待っていれば、少しずつそういう世界にしていけるよ」

「貴方は、本当に――」秋子は二つ目のクラッカーに手を付けて、今の言葉を中断する。「まあ、いいわ。貴方に何かあれば、わたしが助けてあげるから」

「フフ、ありがとう、あきちゃん」

クラッカーを咀嚼(そしゃく)する秋子の口唇(こうしん)へ、麻千花が新しいクラッカーを近付ける。吃驚(びっくり)する秋子は味わっていたクラッカーを一気に飲み込む。麻千花は手を下げない。照れて頬を赤らめ、じろりと麻千花を秋子は睨むが、観念した様子で口を開ける。麻千花は満足気に秋子の舌へクラッカーを乗せる。秋子は粗雑に咀嚼する。

「恥ずかしいからやめなさいよね」

「照れているの可愛いね」

「やめなさい」

「はい、あーん」

「やめなさいって!」

へそを曲げてそっぽを向く秋子。その様子に麻千花はまた微笑む。その後の一息に、憂いが少しく麻千花の顔に表れる。秋子は横を向いていて気付かない。

「お父様たち、まだかな」

麻千花がぽつりと呟いた。

「麻千花……?」

秋子が顔を覗く。麻千花は笑顔を作る。

「なんでもないよ。あ、そうだ」

麻千花は秋子の手を引いて歩く。

「ちょっと、どうしたのよ」

「いいから、いいから」

麻千花は「先生」と或る男性を呼び止める。彼は首から撮影機を提げている。

「なんでしょうか」

「この子は、わたしの親友の、後見秋子です。あきちゃん、この人はわたしの家庭教師をしてくれている先生。先生、写真を撮って下さい」

「わかりました。では並んでください」

「ほら、あきちゃん」

「え、ええ……」

撮られる事に不慣れな秋子の笑みはややぎこちない。比して親友との記念が嬉しい麻千花の笑顔は華やか。写真は即座に現像されて、撮影機から産まれる。先生から写真を受け取った麻千花は写りを確かめると、秋子に手渡す。

「はい」

麻千花の(かん)たる笑みに、秋子の凜とした顔は和らぐ。

「大事にするわ」


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