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協力しようぜ

 灰被りは地下に居る。かつて使われた地下鉄駅の廃構内だ。言うまでもなく動力は通じておらず、設備も残っていないので、駅の照明等は使えない。壁に凭れてへたり込む灰被りには、腕輪に附属する照明機能が唯一の灯りだ。床に置いた腕輪から投げ掛けられる光。照明の灯りを浴びるように、「可乎蝶」が灰被りの靴の爪先に留まっている。灰被りがここへ潜った際に紛れ込んだ。草花のない場所へ迷い込ませてしまったと、灰被りは少し申し訳なく感じるが、焚火の炎がゆっくりゆらめくような、「可乎蝶」の翅の動きに、慰みを得ている。

 「可乎蝶」からは声が聞こえない。

 久方振りの静寂に、灰被りは安らかに目を閉じる。しかし眠りたくはなかった。悪夢を見るから。

 暗闇に、灰被りの腹の音が響く。灰被りは目を開けて、腕輪を手に取る。「ユートピア」へ私柳の位置情報の捕捉を要請してから暫く経つが、未だ情報は来ていない。普段ならば既に届いていてもいい頃だ。灰被りはまた腕輪を地面に置いて、深い溜め息を吐く。

 灰被りから離れた箇所で、物音がする。しかもその後に、階段を下りる足音。二人分だ。灰被りはすぐさま灯りを消して、腕輪を腕に嵌め直す。息を殺す。足音は段々と近付いてくる。灰被りは次の手を迷う。このままでは見付かるが、素性をしらばっくれるか、或いは相手を捻じ伏せてしまうか。可能であるなら前者を選びたかった。だがこんな場所では、選択の余地などない。

 黒社会の一隅。負は地下口を塞ぐ蓋を発見した。周縁に積もる砂埃に反して、その蓋の上の砂埃は僅少量。近く蓋の開いた事が推察せられた。負と帯刀の二人掛かりで蓋を開けると、地下への階段が現れた。腕輪を点灯、暗闇に白光が注がれた。冷えた感じのする階段が、明かりに触れた部分だけ良く見えた。

「ちょっとわくわくするな」と負。

「俺が先に行く」と帯刀が言った。

 帯刀は深部へと一段一段、足を下ろしていく。電灯としての腕輪と一緒に、「守護者」の拳銃も構えている。その後ろに負が付く。

 明かりに階段の終りが照らされる。帯刀の足が、構内の床に着く。負はまだ階段に足を置いている、その時。

 天井に気配を感じた負が上を向く。落ちる人影は負の肩に衝撃を与えて続け様、負の首に腕を回す。

「動くな」

という声と、帯刀が振り向くのは同時。灯りが灰被りを照らす。灰被りは負の首を絞めたまま「守護者」を起動する。篭手が片腕を覆う。帯刀の銃口は灰被りを捉えてはいる。先手を取る能力なら灰被りよりも帯刀が上。その事は、灰被りと帯刀の両者が共に理解する。尤も、帯刀の「守護者」に殺傷能力は期待できない。よって帯刀の動きは完全に防御の為で、しかも負を拘束から解放し得た所で、ここに逃げ場もないのだが、それを知らない灰被りには、拮抗感と緊張が身体を這い回っている。

 首の苦しい負は、背中に付く柔らかい感触と、聞き覚えのある声、見覚えのある篭手とその尖った部分と硬さによる痛み、更に熱、銃を向ける帯刀、仄かな薫香、肩の痛み等々の情報によって、状況は把握できている。

「待ってくれ」と声を上げた。「喧嘩をしに来た訳じゃない」

「なら何をしに来た。どうしてわたしの居場所が分かった」

耳元に灰被りの声。息遣いも分かる。

「居場所は物知りの友達に助けてもらった。ここに来たのは、君に用事があったからだ」

「用事だと」

「そう。ずばり、敵の敵は味方作戦だ」

「言ってみろ」

「君の狙いは私柳景だろう。広場で戦っていた。で、俺たちはあいつに狙われている。そこで共闘して、あいつをやっつけようという話だ」

「必要ない」

「あー、ええと、俺たちが私柳の位置情報を摑んでいると言っても?」

「必要ない」

「俺たちが君に協力すると言ったら。俺たちに出来る事なら何でも」

「必要――」灰被りは帯刀の腕輪を見る。黄色。「……ある」

「良し、何をして欲しい」

「そいつの、その、腕輪だ。黄色の腕輪の権限が欲しい」

私柳の腕輪を奪うのも手だが、その為には私柳と争う必要がある。それよりも、負たちに協力し、あわよくば負たちに戦わせ、自分は安全に黄の腕輪の権限を得る方が賢い。

「用途は」と帯刀。

「情報統制局の端末を使う」

 三者に三様の沈黙が去来する。帯刀の心臓は早鐘を打っていた。狙い定めた銃口の手振れが苛立たしい。この交渉と負の命が握られている状況に、脳内で思考と注意が二人三脚で駛走(しそう)する。灰被りは心悸亢進(しんきこうしん)、捕える腕の力が強まる。想定外の闖入(ちんにゅう)と、思いも寄らない提案に、人質に取った男が先生の教え子という事実の想起が重なって、恐怖と猜疑と罪悪感が錯綜している。負は胸の高鳴りを覚える。頬が燃え、手汗が滲む。身体の反応が何に惹起されたのか。首が絞まっている他の理由を思い付けない。

「分かった」と帯刀。「目的を達せば、一時的に権限を貸与する。だからそいつを離してやれ」

灰被りは躊躇するが、そっと負を離す。体が楽になる負は、しかし残念な気持ちが残る。やはり理由には見当が付かない。

 負が軽く咳払いをした後で、灰被りが言う。

「作戦とやらを説明しろ」

「こいつを使う」

負はそう言い、自分の雑嚢から、防塵防毒マスク一体型ヘルメットを取り出し、被って見せる。

「コーホー」

笑いを誘おうとしたのかどうかも良く分からない負の動作に、当惑の灰被りと帯刀は、図らずも目を見合わせた。


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