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三様の戦

 広場の炎は已んでいない。私柳の顔は強張る。張り付く仮面のように硬い表情。余裕がないのだ。灰被りの篭手は咬み付いてくる、火の息を吐く、まるで竜を思わせる難敵だ。形状自在の槍で抗する私柳だが、竜殺しの称号には程遠い。光炎を防ぎ避けるだけでも手一杯。逃れ得ないでこれを継続したならば、焼尽する身に命が消え去るのも必定。逃走の意欲は燃え上がり、私柳の周囲も燃え上がる。火に囲まれた。

 灰被りは笑う。皓歯が覗く。獲物を追い詰める竜の眼をして、追い詰められる者は恐れと怒りで心を燃やす。

 火の壁の一部を液体金属が押し伏せて、私柳がそこを駆け抜ける。背中を襲う炎熱の篭手の牙。――ZAP!――顧みもせず撃つ光線が、竜の(あぎと)を遅らせる。当たる自信もなかったが、一か八かの賭けに勝つ。私柳は広場を脱け出した。

 猛然、走る私柳を、当然、捨て置く灰被りではない。「浮行装置」を動作させ、付け狙う。光線と鋼槍の妨害に時間を少々奪われる。その隙に、私柳は高架道路に上る。追い付く事は造作もないが、灰被りの表情は苦い。

 幾らかの通行人、断続する車両、間を縫って走り逃げる私柳。灰被りは篭手の掌を向け、能力を行使、爆炎が竜蛇の様に私柳へ向かい、進路の通行人や車両が逃げ惑う。私柳の背後で液体金属が壁となり、熱を遮る。灰被りは忌々し気にそれを睨む。周囲一帯、(ことごと)塵灰(ちりはい)とするのは易く、私柳のみ灰燼に帰するのは難い。仕方なしに接近を試みる灰被りに、私柳は光線で応える。

 そうしてやがて、私柳の粘りは運を捕える。私柳の目に飛び込んでくるバイクが一台。鳥を仕留める射撃のように、液体金属の槍が乗り手を仕留め、バイクに取り付き、制止させる。私柳はバイクに飛び乗ると、車という車を追い越し逃げていく。

 追う灰被りは、徐々に引き離されていく。炎熱も届かなくなっていく。取り逃がした。必要としていた腕輪も手に入らない。灰被りは追跡を中止する。小さくなる姿を、中空で眺めている。ここで追い縋っても埒は明かないだろうと判断し、次の機会を狙おうと思う。妥当な判断ではあるが、敗北でもある。灰被りの面持ちに焦りと不安がしがみ付いている。やはり行く先だけでも、可能な限り確かめようと、私柳の行った先に向けて移動する。

 突如、下方から黄色の光線が伸びてきて、灰被りの前方を抜けていく。まかり間違えば灰被りに掠る所だ。灰被りを狙ったものだが、当てようとしたのではない。警告だ。

 灰被りが下を見遣る。「浮行装置」で上がってくる二つの人影。

「動くな、治安部隊だ」

二人は光線銃を灰被りに向けている。灰被りの目線まで上昇してくる。

「貴様を『守護者法』違反の現行犯で逮捕する」

「『ユートピア』に申請、こちら市民番号5358979323846264名称ナンリョウ。対象『守護者』の機能停止せよ」

治安部隊員の黄の腕輪が情報を処理している。それが終わる。処理結果に、隊員は我が目を疑う。

「検知失敗、なんだ、これは」

「どうした」

「分からん。どういう訳か、奴の腕輪を検知できない。黒の癖に『守護者』を起動しているし、不気味だな」

「殺すか」

「応」

二人は光線銃を撃つ。仮に事情の説明を要求されれば、抵抗したので止むなく撃ったと言うつもり。だが光線は、篭手に防がれ、華麗に避けられ、そこに居るのは柳眉倒豎(りゅうびとうじゅ)の灰被り。

「邪魔をするな」

灰被りの視界から、私柳はすっかり消えてしまっていた。

 私柳は盗んだバイクで疾走しながら、「焚書官」に連絡を取る。

「俺だ。厄介な邪魔が入った。お前らは例の腕輪を確保しておけばいい。ああ、それか宿世負を一つ所に留めさえすれば、後は俺が始末する。任せたぞ」

私柳はこのまま灰被りから距離を取り、手下が負をどうにかするのを待つ腹積もり。目標の達成は難しくない。

 ふと、後ろから、横から、号笛を鳴らすバイクが現れてくる。拡声器を通した声が響く。

「そこのバイク、停まりなさい」

警察だ。私柳は不敵な笑みを浮かべる。腕輪に指を滑らせた。

「宿世負の前に、ゴミ掃除だ」

 負と帯刀は高架道路を歩いている。歩道の往来は歩みを邪魔しない程度にあり、車道には景気良く車が走っている。負は若干、億劫気(おっくうげ)。私柳に出くわす危険がある以上、広場に後戻りする訳にもいかず、迂回しながら秋子邸を目指している。

「荷物を家に置いておくべきだったか」

広場から退散するどさくさに回収した雑嚢を相手に、負が愚痴を零す。

「捨て置けば良かったろうに」と帯刀。

「これは貸与品(たいよひん)なんだよ。紛失したら弁償だ」

等と話し合っていると、前から後ろから、往く人を押し退けて、ぞろぞろと黒市民が負たちに近付いてくる。二人は六人に囲まれる。

「宿世負だな」

「痛い目に遭いたくなければ付いてこい」

帯刀は溜め息を吐き、光線銃に手を伸ばす。

「おい何をするつもりだ」

と負が帯刀に言う。

銃把(じゅうは)を取って遣る事と言ったら一つだろう」

「頼むから止してくれ」

「貴様は、こいつらが穏便な話し合いで決着を付けようとする人間に見えるか」

帯刀が光線銃を構え、黒市民たちが怯む。

「あー、もう」

負は腕輪に指を滑らす。忽ち帯刀が消え去る。動揺する黒市民たちに、負が声を掛ける。

「俺を探していたと言う事は、お前らは『焚書官』とかいう(やから)だろう。目的は何だ」

「お前の腕輪だ。それを寄越しさえすれば、命ぐらいは勘弁してやる」

「そうか、そうか」負は懐から腕輪を取り出す。「因みに俺の居場所を突き止めたのは、『可乎帳』か」

「さあな」

「教えてくれないのかよ」

言いながら、負は腕輪を操作し、蜂須賀などの昵懇(じっこん)の仲にある人物を対象に着信拒否を設定し、次いで登録されている連絡先や着発信の履歴を削除していく。

「お前らこれが何か分かっているんだろうな」

「お前には関係のない事だ」

「そうかよ。まあ、いいや。そら、お望みの物をくれてやる」

そして、負は腕輪を放る、車道側に。

 喫驚する「焚書官」たちの注意が腕輪に逸れる。負は腕輪を追って地面を蹴る。狼狽して負に続く「焚書官」。腕輪は元気に跳ね転がって、向かいの歩道へ向かう。腕輪を追う負たちの側面に車が迫る。

「うげっ」

負の後ろで一人が撥ねられる。車は何事もないかのように走り去っていく。

 転がる腕輪に負の指が伸びる。だが「させるか」と言う声と共に「焚書官」が体当たりして、負は吹っ飛び反対側の歩道に転がる。そして腕輪は、その「焚書官」が捕まえる。

「よし!」

誰かがそう叫んだ直後、腕輪を手にした「焚書官」が撥ねられる。黒市民を撥ねた所で、一々気にする者も珍しい。続々と突進してくる車が、「焚書官」の足を止め、或いは撥ねる。その隙に、負はそそくさと逃げ出した。

 何とか歩道に逃れた時、六人居た「焚書官」のうち無傷なのは三人だった。とは言え腕輪を手に入れて、彼らの気分は悪くない。

「これがあれば、この社会を変えられるのか……」

「ああ。俺たちの努力が報われる」

「黒から搾取し続ける上位市民に、一泡吹かせてやれるぜ」

彼らは腕輪の情報を確認する。腕輪には多少の金銭が入っている。それ以外には、これといった情報がない。普通の腕輪に見える。

「さっき奴は、腕輪に指を滑らせていたよな?」

「うむ、それで黄の男が消えた」

「つまり、もう一度、同じ事をやれば、奴が出てくるのか」

「可能性はあるな」

「じゃあ出てきたところの不意を突いて、滅多打ちにしてやろうぜ」

「いいな、それ。やろう。で、金を奪って、やられた奴らの治療費に当てよう」

「よし、じゃあ行くぞ、身構えろ……」

一人が腕輪に指を滑らす。しかし、何も起こらない。

「やり方が違うのかな」

暫く腕輪をいじくり回して、唐突に一人が言う。

「これ偽物じゃないか。と言うか、普通の腕輪じゃないか」

「元々あいつが持っていた腕輪か」

「クソが! 追うぞ」

しかし、負はとっくのとうに消えている。位置を摑もうにも、負の腕輪はここにあるので、「可乎帳」も用を成さない。

「私柳さんに報告しろ。奴を探さなきゃならん」

 バイクで走る私柳と警察。「停まりなさい」という警察の警告は、私柳の耳に入らない。業を煮やした警官たちが、光線を撃ち始める。しかし白の光線は、私柳の腕輪に吸収されて、一同を驚愕させる。そこで彼らは、各々の「守護者」を起動する。道路で飛び交う矢弾や光線、火花に水流までもが交錯する。それを私柳は、己の「守護者」を母衣(ほろ)として、いとも簡単に防いでしまう。まさに鉄壁。さらに進路上に先回りした車両による阻塞までもを、私柳は「守護者」によって造形した、踏み台によって軽く飛び越える。味方の築いた障害物で、却って足止めを食う警官たち。私柳の後ろに付けた一人は、自分の腕輪を口元に構える。

「くそっ、『ユートピア』に申請、こちら市民番号3383279502884197名称コノシタ。対象『守護者』の機能――」言っていた警察官の喉元を鋼槍が刺す。安全な停車など叶う筈もなく、彼は進路を大きく曲げて、道路沿いの建物へ突っ込んでしまう。彼を刺した液体金属は忽然と消え、私柳の許に現れて、別の警察官を刺す。それが繰り返されていく。私柳は「守護者」の停止と起動で、液体金属を引き戻し、追走する警察官を攻撃していた。

 次々に脱落する仲間。巻き込まれる歩道上の市民。それに恐怖し、躊躇い、警察官と私柳の距離が空いていく。それを見計らい、私柳が「守護者」で坂を作って、高架道路から跳び下りる。警官たちは、完全に私柳を見失う。後には惨憺たる有り様の道路があるだけだった。

 高架道路の上空で、摩天楼の迷路を行き来しながら、灰被りの機動に翻弄されているのは治安部隊員。「浮行装置」での飛行について、治安部隊員は一定の技量に達するよう訓練を積んである。だが灰被りのそれは平均的な治安部隊員の飛行技術を圧倒的に凌駕していた。何度も光線を撃つが、避けるつもりの灰被りに対しては、掠る希望すら持てない。十名近い応援が到着したのは十数分前、攻撃の激しさは二人の時と比較にならない程なのに、灰被りにはまだ余裕が見える。

 時折、灰被りは爆炎を生じさせ、治安部隊員の目を惑わせる。何度目かのそれで、或る治安部隊員は灰被りの姿を見失う。

「何処に行きやがった」

飛びながら下を見回す。

「上だ!」

と彼に掛かった声で、彼は身を反転させ上方を向く。が、その時にはもう間に合わない。炎熱の篭手が彼を殴る。隕石にぶつかるような威力によって、地面へ叩き付けられる。命があるのは、治安部隊員の防備に依った。

 そうやって、灰被りに手も足も出ないまま、気付いた時には、治安部隊員の人数は半分以下に減っている。そして更なる爆炎が宙に生じて、今度は治安部隊員の全員が、灰被りを見失う。呆然とする隊員、忸怩する隊員、気絶している隊員……。

 灰被りは既に潜伏先へ向かっている。灰被りのその姿を目にするのは、至る所に舞い漂う「可乎蝶」くらいだった。


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