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第六章 乙女心と腐女心01

 六月最終日――


 ひと月後に旗揚げをすると決めた日から半月。そして、旗揚げ日までも残り半月。

 つまり、オレが試合に出ると決めたあの日から、丁度折り返し地点である。


 経緯(いきさつ)はどうであれ、観客(ファン)の前で試合をすると決めた以上、醜態を晒すわけにはいかない。オレは内勤業務を少しずつ減らしていき、ようやくここ数日はトレーニングだけに集中出来る様になった。


 ちなみにオレの抜けた内勤の穴は、今のところプロレス部の後輩達がバイトで入ってくれている。正直、時給が二百五十円という、明日にでも厚労省が怒鳴り込んで来そうな悪条件のバイトだけど男子部員からは希望が殺到した。

 佳華先輩の人徳もあるのだろうけど『空き時間は練習の見学OK』というのと、『トレーニングのサポートと、もしかしたら……スパーリングの相手も頼むかも』という、悪魔的誘惑が効いたようだ。


 佳華先輩は、ああゆうオヤジ的性格だから、大学時代やOGとして見学に来た時にも平気で男子とスパーリングをしていたけど、基本男女の練習は別々である。

 そんな彼等が、現役女子レスラーとのスパーリングと聞いて飛び付くのを誰が責められよう……


 特に人気の業務は、技の受け役である。

 プロレス部(ウチ)男子部員(バカ)共ときたら、揃いも揃って嬉しそうな顔で愛理沙に蹴られまくり、恍惚とした表情で木村さんに締め落されていた。


 そして更に人気なのは、実戦練習(スパークリング)パートナーであろう。

 あまりに人気のため、佳華先輩から――


「スパークリング希望者は、時給10%カットにサービス残業三時間な」


 というお達しが出たが、それでも希望者は後が絶たない。


 ただ、受け役として一方的に攻撃を受けるだけならともかく、そんな飢えた狼共とアルテミス(ウチ)の女子達に実戦練習などせるわけにはいかない。

 そんなワケで、連中のスパーリング相手はもっぱらオレだけである。


 えっ? それじゃ詐欺だろって?

 知らんっ! 騙されるヤツが悪いっ!!


 だいたいっ! 一年はともかく二年以上のヤツは、部活で一緒に練習していただろ? なのに、スパークリングして誰もオレの正体に気が付かないって、どうゆうことだよっ!


 特に三年の深津っ! テメッ、首四の字で首絞められってんのに、嬉しそうな顔して人の太腿に頬ずりすんなっ、気持ち悪いっ!!


「はあああぁぁぁぁぁ……」


 オレはロッカールームのベンチで一人、大きなため息をついた。

 練習が出来るのは嬉しいけど……このあと、あのバカ共の相手のするのかと思うと、かなり憂鬱だ。


 ちなみに、オレはこんなトコで何をしてるのかと言えば、待っているのである。

 何を? と、聞かれると色々あるが、差し当たっては新人達の練習が終わるのを、だ。


 ウチは旗揚げ前の貧乏団体である。一階にあるジムには全員が揃って練習出来るほどの広さなどないので、ローテーションを組み交代で使っているのだ。


 今、ジムを使っているのは新人達。そしてコーチの智子さんに、指導役のかぐやである。


 その(あいだ)、オレと荒木さん、木村さんはロードワークに出ていたワケだが……

 途中にあった、たい焼き屋の前でピタリと動かなくなってしまった二人。オレは、そんな二人を置き去りにして、一足先に戻って来たのだ。


 ちなみに佳華先輩は、只今社長業務中。それが終わり次第、オレ達の練習に参加する予定である。


「さて……ルーキー達の練習、荒木さん達の間食(おやつ)、佳華先輩の事務仕事。どれが一番最初に終わるかな?」


 ベンチで軽く伸びをしながら、そんな事を独り言ちっていると、入り口のドアが無造作に開かれた。


「お、お疲れ様ですわ……」

「あっ、お兄ちゃん……お疲れ様……です……」

「ゼェ~ゼェ~ゼェ……」


 現れたのは、息も絶え絶えに憔悴しきった新人達。

 オレはその様子に苦笑いを浮かべながら、傍らにあったタオルを三人へと放った。


「お疲れさん。だいぶシゴかれたみたいだな?」


 ファミレスのお絞りで顔を拭くおっさんの如く、受け取ったタオルで汗を拭う三人娘。


「は、はい……それはもう、親の仇の様にシゴかれました……」

「かぐやさんの指導は初めてですが……正直、ナメていましたわ……」

「ゼェ~ゼェ~ゼェ~……」


 ふむっ! かぐやは大きな胸を、親の仇の如く憎んでいるからなぁ……


 汗で張り付たショート丈のTシャツ越しに浮かぶ六つの大きな山々に目を向けながら、オレは真顔で頷いた。


 てゆうか、練習中は気にならないけど、ショート丈のTシャツに生足ショートパンツって露出高過ぎじゃないか?

 特にTシャツは、ギリギリスポーツブラが隠れる程度の丈しかないし、トレーニングで激しく動くとブラ丸見えだし。


 ただ、当人達の弁では――


『トレーニング用としてのスポーツブラは水着と変わらないし、むしろビキニの水着と比べれば、露出は少ないくらいだ』 との事だけど……


 正直、健康な成人男子からすれば目の得……じゃなくて、目の毒だ。


 まあ、かく言うオレも、みんなとほぼ同じ格好をしてるんだけど……

 違いと言えば、Tシャツの下が特注のシリコンパット入りハイネックスポーツブラで、更にショートパンツの下にスパッツを着けているくら……って、おいっ!?


「おいおいおいおいっ!? お前ら、何やってんのっ!?」


 突然目の前で起きたあり得ない光景にオレは声を荒げ、慌てて立ち上がった。


「何って……? シャワーに行く準備ですわ」


 オレの飛ばした質問に、自分のロッカーの前に立ちキョトンと首を傾げて答える愛理沙。


 まあ、それは理解出来る。それだけ汗だくなのだ、早くシャワーの一つも浴びたいだろう。

 重ねて言うが、それは理解は出来る。


 出来るのだが、しかし……


「服は脱衣所で脱ぎなさいっ!!」


 オレはロッカールームの奥にあるシャワールームを指差し、声を張り上げた。


 そう、事もあろうにこの三人娘達は、汗に濡れたTシャツをオレの目の前で(おもむろ)に脱ぎだしたのである。


「何を言い出すかと思えば……別に女性しかいないのですから、良いではありませんか」

「そうですよ。それに汗がベタベタで気持ち悪いし、早く脱いじゃいたいです」

「ゼェ~ゼェ~ゼェ~(コクコクコク)」


 呆れ顔を浮かべる愛理沙に、困り顔の舞華。そして息切らせながら無言で頷く美幸。

 しかし今の発言は――特に愛理沙の発言は、色々とおかしいだろ?


「いや、いるからな。女だけじゃなくて、しっかり男もいるから」

「はぁあ?」


 訝しげに眉を顰め、揃ってオレの顔へと視線を向ける三人。

 そして、その視線はゆっくりとオレの顔から足元へと移動。更にそこから折り返して、再びオレの顔へと戻ってきた。

 まさか、忘れていたわけじゃ――


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