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第四章 オネエ様と間合い 04★

「なあぁ、かぐや。あのニィちゃんのデビュー戦、アタイと代れよ」

「はぁあ? ふざけんじゃないわよ! 同じ団体なんだから別にあたしの後で、いつでも出来るでしょうが!」

「そうは言ってもよー。オメェが負けたら、あのニィちゃん選手辞めんだろ?」

「負けないわよっ!」

「んなの、分かんねぇだろうがっ!」


 絵梨奈とかぐやのやり取りを聞きながら、詩織は佳華の方へと顔を向けた。


「と、栗原は言ってますけど、負けた場合の対策は有るんですか?」

「んん~。一応は考えてはいるけど……まあ、かぐやが勝ってくれるのが一番丸く収まるな」

「だから負けませんよっ! 絶対っ!!」


 そう断言して、かくやはリング上へ目を向けた。

 睨むような目付きで――それでいて、どこか翳りのある瞳で……


 そして、誰にも聞こえぬよう口の中だけで呟く。


 ――そう、絶対に負けない。やっと優人と一緒に……


 そんなかぐやにつられるよう、全員の視線がリングへと向けられた。



  ※※  ※※  ※※



「ふぅ~……」


 オレは大きく息を吐いて、額の汗を拭った。


 ヤバ……この程度で息が上がってくるとは。この三ヶ月、少しは自主トレしていたけど、結構スタミナが落ちてるな……

 まあ、スタミナでいえば彼女の方は、もう限界だろう。


 目の前では肩で大きく息をしている舞華が、片膝を着いたままロープに手を掛け何とか立ち上がろうとしている。

 いや、限界はとうに過ぎているはず。今は気力と精神力だけで意識を保っているのだろう。本人も言っていたけど、根性は大したものだ。


 新人にこれだけの根性を見せられたら、オレももう一踏ん張りしないとな。


 舞華はどうにか立ち上がり、ロープへともたれ掛かった。そして呼吸を調えるように大きく息を吸い込むと、目を見開きリング中央にいるオレに向かって走り出す。


「たぁぁああっ!」


 なんだ……?

 その体勢からは何を仕掛けるつもりなのか、全く読めない。玉砕覚悟の体当たりか?


 オレは衝撃に備えて、両足を開いて腰を落とし――


「なっ!?」


 オレは一瞬、舞華の姿を見失った――


 視界から消失した舞華は、スライディングの要領でオレの両足の間をすり抜け、素早くバックへと回ると腰へ抱き付くように組み付いた。


「やぁぁああーー!!」


 舞華の上げる気合いの掛け声と共に、身体の重心がわずかに後ろへと傾く。


 マズイ、崩された! 持って行かれる――


 そう思った時には、身体が浮遊感に包まれていた。


「ぐっ!」


 肩口から後頭部にかけて衝撃が走る。


 ジャーマンスープレックス(*01)――相手をバックから捕え、後方へ反り投げでブリッジしつつ後頭部からマットに叩きつける大技。

 そのままブリッジを保ちフォールを狙う事も出来るが、そこまでは体力も気力も保たなかったらしい。すぐにブリッジは崩れ、腰に回っていた腕のクラッチも切れた。


 オレはそのまま後転して立ち上がり、天地が逆転していた視界を戻す。そして、足元で大の字にダウンする舞華へと視線を落とした。


 瞳は閉じられ、胸が大きく上下するくらいの激しい呼吸――それでも、ヤリ切ったと言わんばかりの笑顔を浮かべる舞華。


「や、やった……やっと優月……さんを……」


 息も絶え絶えにそう呟いてから、眠りへ落るようにカクンと全身から力が抜けた。


「舞華っ!?」

「舞華さんっ!?」


 心配そうに声を上げながら、江畑さんと新鍋さんが舞華へと駆け寄って来る。

 オレは二人と一緒に、横たわる舞華の傍らに片膝を着き、その顔色を確認した。


 うん、唇の血色もいいし、呼吸も安定している。


「大丈夫、心配はいらない。緊張の糸が切れて、気絶しただけだ」


 そう言って舞華をそっと抱き上げて、ゆっくりと立ち上がった。


「お疲れさん」

「タンカはいるか?」


 背後からオレの肩にフワリとタオルが掛けられた。

 振り向かなくても分る。オレのよく知る二人の声だ――


「いえ、とりあえずこのままベンチまで運びます」


 そう答えながら振り返るオレ。そこに居たのは予想通り、優しい笑みを浮かべている二人の先輩であった。


 二人とも厳しいように見えるが、なんだかんだ言っても気配りは出来るし根は優しいのだ。

 正直、なんで結婚出来ないのか不思議なくらいだ。そろそろ誰か貰ってや――


「ひでぶっ!!」


 再び智子さんのハイキックがオレの顔面に炸裂。やはり一回転して、ロープにシャチホコ状態にされるオレ。

 ちなみに腕の中にいた舞華は宙を舞い、佳華先輩の腕の中に収まっていた。


「ホント、お前は考えている事が顔に出るヤツだなぁ……」

「という訳で、来月はもう一万減給な」


 いやぁぁぁぁぁーっ!!


 凍り付くような冷たい視線で見下ろす二人の言葉に、オレはガックリと崩れ落ちた――

 てゆうかアンタらエスパーか……?


(*01)ジャーマンスープレックスホールド

挿絵(By みてみん)

相手の背後から、相手の腰を両手でしっかりとクラッチする。そして、ブリッジしながら相手を後方に反り投げる。そのままブリッジを保つ事でフォールを奪う大技。

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