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第三章 逆一本背負いと消失する拳04★

「タイガースープレックス99ぅ? そんな技あったかい?」


 プロレスラーである絵梨奈でも、あまり聞き慣れない技の名前に首を傾げる。


「あったさ。四代目タイガーが考案した、チキンウイング・フェスロックからのスープレックス。ミレニアムスープレックスなんても呼ばれているな。もっとも、彼以外の使い手はほとんど居ないから、知らなくても無理はない」

「ミレニアムスープレックスねぇ……でも、何で99年式なのにミレニアムなんだ?」

「さあ……まあ、あの頃は猫も杓子もミレニアムだったからな」


 本当の理由は、二大プロレス雑誌がお互い張り合って違う名前を着けたのが理由であるが、そんなトリビアを知っていた所で何の役にも立たない。


 佳華はトボケるように説明を端折(はしょ)った。


「とはいえ、そんなマイナーな技まで使えるなんて――小器用な男の娘ですね」

「そうだな。持ち技の数は、あたしやかぐやよりも多いぞ」

「それに優人は昔からタイガーマスクの大ファンだったからね。タイガーって名前の付く技は一通りこなせるわよ」

「一通り? じゃあかぐや。オメェのダブルタイガーも使えるのかい?」

「うっ……」


 絵梨奈の言葉に、声を詰まらせ顔をしかめるかぐや……


 ダブルタイガーかぐやスペシャル。タイガードライバー91(*01)と呼ばれる、垂直落下式タイガードライバー決めてから、クラッチを切らずに再度持ち上げてオーソドックススタイルのタイガードライバーでフォールを奪うという、落下角度の違うタイガードライバーの二連発である。


 現在ピンフォール率100%を誇る、栗原かぐやの代名詞とも言える大技だ。


「ま、まあぁ……使えるんじゃないの……多分」

「くくくっ……」


 ふてくされたように、投げやりに答えるかぐやを見て、佳華は声を殺して笑った。


「どうかしましたか?」

「いや、別に――なっ、かぐや?」

「知りません!」


 からかうような笑みを浮かべる佳華と、口を尖らせるかぐや。二人のよく分からない行動に、詩織も絵梨奈と一緒に首を傾げた。



  ※※  ※※  ※※



「はい、お疲れさん」


 新鍋さんの右足がサードロープに掛かると同時に、技を解いて立ちがる。

 さっき江畑さんにしたアドバイスを、ちゃんと聞いていたらしい。新鍋さんは間合いを取るオレから視線を外す事なく起き上がって片膝を着く。


 苦しそうな顔で右腕を抑える新鍋さん。多分痺れていて、腕の感覚が無くなっているのだろう。


「強引に技を外そうとするからだよ。まあ、五分もすれば感覚が戻ると思うけど――どうする? ギブアップする?」

「誰がギブアップなどっ! 拳打が打てずとも、わたくしにはまだ華麗な蹴り技がありますわ!」


 いや、自分で華麗な蹴りって……


 そんなのツッコミを入れる間もなく、新鍋さんは即座に立ち上がり自称、華麗なミドルキックを放つ。


「くっ!」


 腹筋に力を入れ、その蹴りを敢えてノーガードで受け止めるオレ。


「いっつぅ……でも、ヤッパこの程度か……」

「ど、どうして……?」


 オレの行動が理解出来ないお嬢さまは、警戒するように後ろへ下り間合いを取る。


「さっき打撃を捌いている時から思っていたんだけど、攻撃が軽いよ。バニッシュメントなんちゃらは中々の威力だったけど、それ以外は当たっても大したダメージにはならない」

「なっ、なんですってっ!!」

「確かに新鍋さんの打撃は、型が綺麗だしスピードもある。けれど重さが無い――型の綺麗さを意識し過ぎて、上手く体重が乗ってないからだ」

「くっ…………」


 歯を食いしばり、鬼のような形相で睨み付ける新鍋さんをスルーして、オレは尚も続けた。


「ヘッドギアを着けて、ポイントを稼ぐアマチュアのリングならそれでいい。でも、綺麗なだけの打撃なんて、プロレスのリングじや通用しないぞ」

「あ、貴女だって、デビュー前の――それも全く無名の新人ではありませんかっ! 何を知った風な事をっ!」


 ちょっと痛い所を突かれたけど再びスルーして、オレは右足を引き、空手の構えを取る。


「上段回し蹴り行くから。ちゃんとガードして」

「上段回しって……ちょっ、まっ……」


 慌てるお嬢さまをみたびスルーして、間合いを詰めながら回し蹴りを放つ。


「くっ!」


 まだ右腕は痺れているのだろう。新鍋さんは、左手一本でガード姿勢を取る。


 しかし――


「きゃぁぁあっ!」


 悲鳴を上げる新鍋さん……

 オレの蹴りは、ガードの上から新鍋さんの身体をロープまで吹き飛ばした。


「くっ……」


 ロープに寄りかかるように、尻もちを付く新鍋さん。痺れている右手で左腕を抑えながら、奥歯を噛み締めて痛みを堪えている。


 オレはその足元に立ち、その姿を見下ろしながら問い掛けた。


「まだ――続ける?」


 新鍋さんは一度、オレを睨むように見上げてから顔を伏せる。そして、まるでため息のようにゆっくりと息を吐いてから緊張を解いた。


「いえ、ギブアップいたしますわ」

「そっか……」


 試合終了のゴングが響くと同時に、オレも大きく息を吐いて緊張を解く。


「よっと! 歩けるか?」


 両腕が使えず座り込む新鍋さんに肩を貸し、ゆっくりと立ち上がらせた。



  ※※  ※※  ※※



「へぇ~。あの男の娘、なかなか紳士ですね」

「むっ!」


 詩織の何気ない一言に、かぐやは顔をしかめた。


「まあぁ、相手は新鍋財閥のお嬢さま。そしてリアルに金髪(ブロンド)で巨乳――いえ、爆乳ですからね。多少の下心はあるのでしょうが」

「いや、胸ならアタイの方がデカイって」

「だから、アンタのは乳じゃなくて大胸筋だってぇの!」

「あんだとコラッ!」

「あによっ!」


 一触即発の雰囲気になる二人。

 さっきまでなら、ここで佳華がさり気なくフォローに入るのだろう。しかし、今はその佳華の姿が消えていた。


 二人の争いを我れ関せずとばかりにスルーして、佳華の向う先へと目を向ける詩織……


「胸と言うなら、あの娘も随分けしからん胸をしてますけどね」


 佳華の向かう先。新人達のコーナーで呆然とリング上を見上げる娘を見ながら、詩織はポツリと呟いた。



  ※※  ※※  ※※



「ありがとうございます――でも、一人で歩けますわ」


 新鍋さんは、フラフラとした足取りで、自分のコーナーへと歩き出した。


「愛理沙。ちゃんと腕のアイシングしておけよ」


 そんな新鍋さんの背中に、声を掛ける智子さん。


「はい……」

「それと明日から筋トレ追加だ。あと自由練習の時の、鏡を使ったシャドーの時間を削れ。体重を乗せた打撃の打ち方を教えてやる」

「はい……ありがとうごさいます……」


 智子さんの言葉に振り返る事なく、意気消沈(いきしょうちん)でリングを降りる新鍋さん……


(*01)タイガードライバー

挿絵(By みてみん)

リバースフルネルソンの形から相手を持ち上げ、図の状態から両腕を放すと同時に相手の胴を両腕で抱え込み開脚ジャンプ。そのまま尻もちをつきながら、足の間に相手を逆さまに落下させてフォールを奪う。

また、腕も持ち替えず、上の図の状態から垂直に頭から落とすバージョンを、タイガードライバー91という。

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