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第三章 逆一本背負いと消失する拳02★

「力に頼り過ぎっ!」


 投げられる瞬間に自らジャンプ。空中で一回転して、そのまま足から着地する。


「ついでに投げたあとの姿勢が悪いから踏ん張りが効かず、簡単にバランスを崩される!」


 掴まれていた手首を逆に掴み返しつつ、投げられた勢いを利用して同じ技――逆一本背負いで投げ返す。


「ぐへっ!」


 仰向けにダウンする江畑さんの背後から上体を起こしつつ、首に腕を回してスリーパーホールドで頸動脈を絞め上げる。


「ち、ちょ……テメェ……逆一本からの裸絞めって……俺ッチの……」

「その通り。自分の得意技でヤラレたく無かったら、ガンバってロープまでエスケープしようか」

「くっ……くそ……」


 スリーパーホールド――裸絞めは元々柔道の技だけあり、防御の基本は出来ているようだ。しっかりアゴを引き、ジリジリと身体をズラしながら懸命に右足をロープへと伸す。


「よし! よく頑張りました。今のエスケープは80点」


 再び、智子さんからブレイクのコールが掛かる前に技を解いて、間合いを開けるオレ。


「はぁ、はぁ、はぁ、けほっ……」


 江畑さんは不足した酸素を脳に送り込もうと、小刻みな呼吸を繰り返す。そしてロープに捕まり、頭を振りながらユラリと立ち上がった。


「でもそのあとがダメ、不用意に立ち上がらないっ! 立ち上がる時は、相手の位置を確認して視線を外さずに立ち上がることっ!」


 オレは江畑さんの視界から死角になる、斜め後ろから右腕を取りつつバックへと回る。

 そして、左腕を――って、これは危険か……


 取っていた右腕を放して、後ろから腰に抱きつくように腕を回す。


「ジャーマンいくから、しっかり受身を取りなよ」


 ジャーマン――正式名称、ジャーマンスープレックスホールド(*01)。背後から胴回りを両手でクラッチして、ブリッジをしながら反り投げ、そのままフォールを奪う大技。


「ジャ、ジャーマンって……そのちっこい身体で、重量級の俺ッチを――」

「しゃべるなっ! 舌噛むぞっ!!」


 胴に回した腕をシッカリとクラッチして、江畑さんの身体を斜め下に引き寄せバランスを崩す。そしてその勢いを使い、ヘソで投げるイメージで後方へと持ち上げた。


「投げ技は力じゃなく、バランスとタイミングッ! バランスさえ崩したら、相手の力と体重を利用して投げればいい!」


 そして逆に重量級の選手は、一度投げられる体勢に入られると自分の体重がそのままダメージになる。


「かは……っ!」


 豪快に後頭部からマットへ落下する江畑さん。オレは、胴に回したクラッチを切らずブリッジの姿勢をキープしてフォールの体勢に――って!


「智子さん、仕事して下さいよ!」


 フォールに入っているのに、カウントを取らないでいる智子さん。


「あぁ? 落ちてるみたいだし、必要ないと思うがな――ほれ、ワン、ツー、スリー」


 手ではなく足踏みで、正に手抜きなカウントを取る、手抜きレフリー……って結構、上手いこと言った?



  ※※  ※※  ※※



「全然うまくないわよ、バカ……」

「はぁ? なんか言ったかい、かぐや?」

「なんでもないわよ」


 佐野の頭の中にツッコミを入れるかぐやと、そのかぐやにツッコミを入れる絵梨奈。

 試合中、殆ど会話する事なく試合を観ていたかぐや達四人。


「あの男の娘――バックに回る時、最初は腕を取りましたよね?」

「ああ、タイガースープレックス(*02)に入ろうとして、やめたんだろ。確かに佐野のタイガーは、ルーキーにはキツ過ぎる」


 タイガースープレックス。ジャーマンスープレックスの派生技。

 投げる時に両腕をチキンウイングにロックして投げるので、充分な受け身が取れずダメージも大きい。


 当然その分、技の難易度も高くなるわけだが――


『ルーキーにはキツ過ぎる……』


 佳華の言い分では、投げる気になれば投げられたと言う事だ。


 この中で言えば、詩織の次に小さい佐野。その彼が、身長にして二十センチ以上の差、体重は倍近い相手を投げるなど、簡単に出来る事ではない。


「投げ技はバランスとタイミング……柔道で言うところの『柔よく剛を制す』ですか……」

「まっ、実際には『言う易し行う難し』だかな」


 柔よく剛を制す――柔道の創始者である嘉納治五郎が説いたとされる柔道の理論。決して机上の空論ではないけれど、口で言うほど簡単なモノではない。


 しかし佐野は、それをみんなの前で体現して見せたのだ。彼のファイトを見慣れている佳華や智子、それにかぐやはともかく、初めて見る者には少なからず衝撃を与えていた。

 特に、重量級を相手にする大変さをよく知っている詩織には、その衝撃が大きかった。


「なるほど……佳華さんや栗原が、あの男の娘に固執する気持ちが分かりました」

「だろ?」


 詩織の呟きに、佳華は無邪気な笑顔を見せる。

 そんな感情を素直に見せる佳華に対して、詩織はその内心を隠すように無表情でリングを見つめていた。



  ※※  ※※  ※※



 気絶していた江畑さんは、智子さんに活を入れられ目を覚ました。


「大丈夫か美幸?」

「ウッス……問題ないッス……」


 智子さんに肩を借りて立ち上がる江畑さん。ちょっと意識が朦朧としている感じだ。


「じゃあ、明日から下半身の強化な。ランニング五キロとスクワット五百回追加だ」

「うっ……ウッス……」


 智子さんの提示する追加メニューを、顔をしかめながらも承諾してリングを降りる江畑さん。


「舞華っ! そっちのベンチに寝かせて、首をアイシングしてやれ」

「は、はいっ!」


 テキパキと指示を出す智子さん。こうゆうところは、頼れるお姉さんといった感じだ。


「で、佐野――ご休憩はするか?」

「いえ、必要ないッス」


 てか、変なところに『ご』を付けるのは、別の意味に聞こえるので、やめて下さい……


「愛理沙は? 準備出来てるか?」

「ええ、問題ありませんわ」


 オープンフィンガーグローブ――いわゆる拳サポを着けて、リングへと上がって来る新鍋のお嬢さま。


 基本的にプロレスは、素手の拳で相手を殴るのが反則となっている。なので、拳での打撃を行うのであれば、その拳にサポーターを着けるのは必須なのだ。

 キックボクシングがベースの新鍋さん。高校時代にはアマチュアの大会で、何度も優勝の経験がある。また、総合格闘技の経験もあり、ファイトスタイルは打撃で倒して関節を取るタイプだ。


 得意技は自称、消失する拳『バニッシュメント・ナックル』。長いリーチを活かして、相手の死角からノーモーションで繰り出されるアッパーカットだ。


 さて、どう戦おうかな?

 と、考えがまとまる前に、試合開始のゴングが響いた。


 お互い間合いを測りつつ、左回りにユックリとリングを回って行くオレ達。

 そして、、ちょうどリングを一回転した辺りで新鍋さんは歩みを止めた。上体を軽く反らし、両の拳をコメカミ辺りまで上げる。いわゆるアップライトの構え。


 対するオレは、それを見て軽く左手を突き出しつつ、右腕を引いて構えた。


(*01)ジャーマンスープレックスホールド

挿絵(By みてみん)

相手の背後から、相手の腰を両手でしっかりとクラッチする。そして、ブリッジしながら相手を後方に反り投げる。そのままブリッジを保つ事でフォールを奪う大技。



(*02)タイガースープレックス

挿絵(By みてみん)

ジャーマンスープレックスの派生技。相手の腕を背後からダブル・チキンウィングに極め、そのままブリッジしながら相手を後方に反り投げる。投げられた相手は腕を固定されているために受身が取れず、大ダメージとなる。


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