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第三章 逆一本背負いと消失する拳01★

 オレは一足先にリングへ上がり、コーナーへ寄り掛かるようにして相手が来るのを待っていた。


 そして、ジャンケン五回勝負を三セットという激戦を制して勝ち上がって来たのは――


「へっへぇ~っ! 残念だけど、お前らまで順番は回んねぇぜ」


 オレとは反対側のリング下で悔しがる二人を尻目に、自信満々で勝ち誇る江畑さん。

 身長こそ荒木さんには若干及ばないけど、上半身と腕の太さは、その荒木さんをも上回っている。


 何度か練習を見学した限りだと、ファイトスタイルは柔道をベースにしたパワーファイター。得意技は逆一本背負いからの、裸絞め(スリーパーフォールド)(*01)。そして、オレとの身長差が25センチ以上――


 う、羨ましい……身長10センチくらい分けて欲しい。


 って、いやいや、そんな事よりどう戦うかだ。


 事前情報を元にして、彼女に対する作戦を考えていると佳華先輩がエプロン――リング上のロープ外側の僅かなスペースに上がり、オレの耳元に口を寄せてきた。


「佐野――自分のやるべき事は分かっているな?」

「はい。オレがボコボコに惨敗して、かぐやとの試合を白紙にする事ですね」

「そうだな。今月の給料と夏のボーナスがゼロでいいならそうしろ」

「すみませんでした!」


 オレは、営業マンばりに深々と頭を下げる。


「それで、お前のやるべき事は?」

「新人達をボコボコにヘコませて、鼻っ柱を折ってやる事――ッスかね?」

「その通り――あとのフォローはあたしと智子さんの仕事だ。お前はルーキー達をボコボコにて、余計な自信をへし折ってやれ」


 余計な自信か……


 入団して約三ヶ月。智子さんの鬼のシゴキに耐えて、ある程度自信が付いた頃だろう。当然、自信を持つのは良い事だし大切だ。

 ただ、その自信が増長になってしまっては意味がない。この辺で一度、その自信をへし折っておこうという事だ。


 さっきのナメたような態度で憎まれ役を演じていたのも、実はその為である。


「それじゃ智子さん、レフリーお願いします。あとで一杯奢りますから」

「あいよ」


 佳華先輩はリング中央で待つ智子さんに声を掛け、エプロンを降りる。そして、少し離れた位置でリング上を見上げているかぐや達の所へと移動し、傍らの長机の上にゴングと一緒に並べて置いてあった木槌を手に取った。


 それを確認した智子さんは、オレと江畑さんへ交互に目配せをする。


「二人とも、用意はいいか?」

「オッスッ!」

「ウィッス……オレは、いつでも」


 智子さんが挙げた手を振り下ろし、佳華先輩が無造作にゴングを叩く。


 さて、久し振りの試合だ、少し気合い入れてやりますか。


 お互いにユックリとリング中央へと進んで行くオレ達。


「へへっ……アンタ、可愛い顔して自分のことオレって言うのかい? なんか仲間が出来たみたいで、俺ッチも嬉しいぜ」


 あっ、そう言えば、自分の呼び方なんて考えてなかったな。


 リング下では、佳華先輩達が『あのバカ……』的な目で見ているけど……

 まあ、いいか。女子プロの選手には、自分の事をオレって言う選手も結構いるし。


「…………ん?」


 江畑さんは中央少し手前で立ち止まった。そして右腕を斜め上に突き出して、手のひらを向けながら指を小刻みに動かし始める。


 不敵な笑みを浮かべる江畑さん。どうやら力比べを誘っているらしい。


「どうしたい、優月ちゃん? 怖いのかい?」


 優月ちゃん……ね。

 歳は上でも、あとから入団した事になっているオレは、江畑ヒエラルキーに置いて彼女の下にいるらしい。


 オレは彼女の誘いに乗って、上方で彼女と手のひらを合せて指を組む。


 そして反対側の手のひらを合わせた瞬間。江畑さんは両手を捻りながら腰のあたりに移動させ、オレを持ち上げるように力を込めてくる。


「くっ……凄い腕力だね……上体もシッカリ鍛えてあるみたいだ……」

「はっはっはっ! ベンチプレスなら200キロはイケるぜぇ~!」


 言うだけの事はある。単純なパワーでは全く歯が立たない。


 しかし……


 オレは一歩後ろに下がりながら、押し合っていた手を一気に引いた。


「でも、バランスが悪い!」

「うおっ!?」


 間合いが開いた瞬間に、右足の内側へローキックを叩き込む。


 痛みに顔を歪める江畑さん。


「上半身に対して下半身の鍛え方が足りないから、すぐにバランスを崩すんだよ」


 オレは手四っつ状態のまま、今度は大きく一歩踏み込むと、江畑さんの上体を押し倒すように軸足となっている右足の脹脛を踵で後に蹴り払う。


「うぐっ!?」


 勢いよく背中からリングに落ちる江畑さん。変形の大外刈り――柔道の試合なら文句ナシの一本だ。


 しかし、プロレスは綺麗に投げたからって終わりではない。すぐさま仰向けに倒れる江畑さんの足を取り、膝十字固(*02)めに入る。


「ぐあぁぁああっ! いてて、いてーっ!」


 柔道において認められている関節技は肘関節のみ。元が柔道畑の江畑さんは、足への関節技など(ほよん)ど受けた事はないだろう。


「ぎゃやぁぁあああーっ! ギブ、ギブ、ギブア――」

「柔道の試合じゃないんだから、関節が極まったくらいで簡単にギブアップするなっ!」


 膝十字を極めながら、江畑さんのギブアップ宣言をかき消すように声を上げる。


「周りをよく見てっ! 右上方、少しガンバればロープに手が届くだろ!」

「い、いててててててっ! そ、そんな事、言ってもよ……」

「技を掛けられてんだ、痛いのは当たり前っだ! プロレスラーなら、技を掛けられ『痛い』とか言うなっ、恥ずかしいっ!! それに、相手は吹けば飛ぶような軽量級だぞ。ご自慢の腕力で引きずってみろ」

「くっ……!」


 額からは滝のような汗を流し、歯を食いしばる江畑さん。少しだけ上体を起こし、立てた両肘でロープへと進み出す。


「そう、その調子。ガンバレガンバレ~」

「う、うるせぇ……」


 引きずられながら声を掛けるオレに、悪態を吐きながらも少しづつロープへと進んで行く江畑さん。


「そうだ、あとは思いっ切り腕を伸ばして、ロープを掴む――はい、よく出来ました」


 江畑さんがロープを掴んだのを確認し、オレは膝十字を解いてスクっと立ち上がる。


「おい、佐野ぉ……これ、わたし必要ないんじゃないか?」


 やる事の無かったレフリーの智子さんがヒマそうに呟いた。


「いやでも――最後にカウントをとってくれる人が居ないと、困るでしょう?」

「まっ、仕事が少ないのは、楽だからいいけど」


 そう言って、腕組みをしながらオレから距離を取る智子さん。

 そして、その直後――


「試合中に、何をペチャクチャお喋りしてんだいっ!!」


 勢いのよい体当り。

 さすがは重量級のタックル。オレの身体は一気にロープ際まで押し込まれた。


「うおりゃゃゃややぁーーっ!」


 そのまま両手で左手首を掴まれると、押し込んだ時のロープの反動を利用し、一気に逆一本背負(*03)いで背負われる。


 しかし……


(*01)スリーパーホールド

挿絵(By みてみん)

相手の背後から首に腕を回し、頸動脈を絞め上げる。

この際に、喉(気管)を絞めるのは、チョークという反則になる。



(*02)膝十字固め

挿絵(By みてみん)

腕ひしぎの足バージョン。

相手の足を両足で挟み、可動方向と逆に捻りあげる。



(*03)逆一本背負い

挿絵(By みてみん)

通常の一本背負いが、左手で相手の右腕取るのに対し、逆一本背負いは左手で相手の左腕をつかみ一本背負いの要領で巻き投げるのがポイント。通常に一本背負いと違い身体が横向きになるので、側頭部から落ちやすい。

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