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第二章 副社長とルーキーズ01★

 穴があったら入りたい――二十年以上も生きていれば、そんな風に思ったことは一度や二度ではない。


 しかしだ! 今すぐこの場に穴を掘りたいくらい、そう思ったのは今回が初めてである。


「「「………………」」」


 佳華先輩に連れられ、ロッカールームに向かってから約三十分。再びオフィスに戻って来たオレを見て、かぐや達はポカンとして言葉を失っていた。


「ア、アンタ……ホントに、優人……なの?」

「他の誰に見えるってんだよ!」


 それでもなんとか声を絞り出すようにして尋ねるかぐやの問いへ、ぶっきらぼうに答えるオレ。


「どうだい、あたしのコーディネートは?」


 オレの隣でドヤ顔をしていた佳華先輩が、一歩前に出てその大きな胸を張った。


「正直、驚きました……新宿二丁目のお店で、スグにでもナンバーワンを狙えるレベルです」

「おうっ! このまえ佳華さんに連れてってもらったニューハーフパブのナンバーワンより、可愛いんじゃねぇか?」


 ぜんぜん嬉しくねぇ……


「そうだろう、そうだろう。ちなみに、どんな風に手を加えたか、説明をしてやろう」


 佳華先輩はそう言いながら、もう一歩踏み出してオレの方へと振り返る。


「まず髪は束ねた後ろ髪を下ろして、前髪を少しカットしつつ、サイドに軽くシャギーを入れてみた。続いて顔の方は、瞳が大きく見えるようにラインを引き、唇に透明感のある薄めのリップ。そして何よりの自信作はこの衣装っ! 実はあたしのデザインによる特注品だっ!」

「「「おぉおお……」」」


 感嘆の声を上げ拍手するかぐやたちに対し、オレは青を基調にした自分の衣装を見下ろして、ため息をつく。


「まず、トップスは首元から胸元まで隠せる半袖ショート丈のブラウス風で、伸縮性があり身体にシッカリフィットタイプ。ちなみに胸の裏側部分はトップスと一体型の特殊なジェルパット入りで、どんなに動いてもパットがズレることはない。そしてその上からチェック柄の大きな襟付きのショートベスト。更にボトムはショートスパッツに、ベストの柄と合わせたチェックのキュロット。これで万が一の横からポロリも完全ガードだ!」


 横からポロリって……まぁ無いとは言い切れないけど……


「なあ詩織。横からポロリって、ナニがポロリするんだい?」

「ナニがポロリするんです」

「んんっ??」


 木村さんの答えに、ますます首を傾げる荒木さん。

 そんな荒木さんをスルーして、木村さんはオレの直ぐ目の前まで歩み寄って来る。そして無感情な表情のまま、見上げるようにジッとオレの顔を見つめて来た。


 木村さんが少し背伸びをすれば、唇が触れ合いそうな距離――その人形のように綺麗な顔立ちと、吸い込まれそうな黒い瞳に思わず見蕩(みと)れて――


「てい、ローキック」

「っいたっ!?」


 下段蹴り(ローキック)とは名ばかりの爪先蹴り(トーキック)が、オレの向こう脛に炸裂。


 突然走る激痛に、オレは蹴られた所を抑えて片足立ちに――


「水面蹴りーっ!(*01)」

「うおっ!?」


 そう、片足立ちになった瞬間だった。

 かぐやに超低空後ろ回し蹴りで軸足の踵を払らうように蹴られ、仰向けに倒れ込む。


「ギロチンドローップッ!(*02)」

「サンセットフリップッ!!(*03)」

「グホッ!」


 更に仰向けに倒れるオレの喉元に荒木さんの脹脛(ふくらはぎ)が、そしてボディに空中で前方回転した佳華先輩の背中が同時にメリ込んだ。


「ゴホッゴホッ……い、いきなり、ゴホッ、な、なにすんッスかっ!?」


 見事な四連コンボを決めた四人に、咳き込みながら抗議の声を上げるオレ。

 しかし、四人はまったく悪びれる風もなく声を揃えて――


「なんか、わたしより可愛いような気がして、つい……てへっ♪」

「なんか、わたしより可愛いような気がして、つい……てへっ♪」

「なんか、あたしより可愛いような気がして、つい……てへっ♪」

「なんか、アタイより可愛いような気がして、つい……てへっ♪」


「てへっ♪  じゃねーよっ!!」


 歳を考えろっ!

 と、思わず続けそうになったけど、さすがにそれはグッと飲み込んだ。


 もし口にしていたら、今度はダブルタイガーかぐやスペシャルとしおりんクラッチ、バイソン鉄腕ラリアットとバンブーハンマーの四連コンボで、オレの魂は勇者達の魂が集うと言われる『ヴァルハラ』へと導かれていたであろう。


 別にオレは女性相手に――特に佳華先輩相手に、歳の事でツッコミを入れてまで勇者になりたいわけではない。


「お前、何か失礼な事を考えていないか?」

「な、ないですよ……」


 くっ……す、鋭い。ここは話題を変えるべきだ。


「つ、つーか佳華先輩――マジでこんな量産型アイドルグループの制服みたいな格好で試合をするんですかオレ?」

「量産型とは失礼な。色が違うだろうが! 色がっ!」


 まあ、確かにコチラの衣装は青が基調になっているけど……


「それに、なんでワザワザ髪にアホ毛を立たせたと思っている?」


 オレの頭に一房だけ立っている髪をピンピンと引っ張りながら、訳の分からない質問をする佳華先輩。


 なんでと言われても……サッパリわからん。


 頭に『?』を浮かべるオレを見て、佳華先輩はニヒルに笑みを浮べ、シブい声で一言――


「ザコとは違うのだよ、ザコとは」


 イヤイヤイヤ。青い陸戦型のツノ付きも、十分に量産型じゃないか?


「ちなみにそのコスチュームは、先日一人でフラリと立ち寄ったアダルトショップのコスプレコーナーで『会えるアイドル制服風コスプレ』というのを見かけてな。これは佐野に似合いそうだなと思って、それを参考にしてデサインしたんだよ」


 女子のコスプレ衣装を見て、オレに似合いそうって……

 いやいや、それ以前に――


「なんでそんな所に、一人でフラリと立ち寄ってるんで――」

「優人ぉーっ!!」


 オレのツッコミを遮るように声を張り上げるかぐや。


「な、なんだよかぐや?」


 声の方へ振り返ると、なぜかかぐやは悲しげな笑みを浮かべていた。


「優人、それは聞かないであげて……二十代後半で独り身の女っていうのはね、色々と寂しいものなのよ」


 オレの肩に手を置いて、ゆっくりと首を振ふかぐや。

 そしてよく見ると、悲しげな笑みを浮かべていたのは、かぐやだけではなかった。


「おう、アタイも佳華さんを教訓に、今のウチから頑張らねぇーと……」

「木村家の一人娘であるわたしには、毎月お見合いの話がダース単位で来ているというのに――分けられるモノなら分けてあげたいです」

「それからね、優人。四捨五入とか適齢期なんて言葉も禁句だからね。口にしたら殺されても文句は――」

「いい加減にしとけよ、お前らぁぁぁぁーっ!!」

「「「きゃあぁぁぁ♪」」」


 佳華先輩に一喝かれて、楽しそうにオレの後ろへ隠れる三人の勇者達。


「だいたいあたしは二十代後半ではなく、まだ半ばだ!」


(*01)水面蹴り

挿絵(By みてみん)

超低空の後ろ回し蹴り。

身体を横に回転させながら軸足を畳んで膝を着き、そのまま回転し背後から相手の足を刈って薙ぎ倒す。



(*02)ギロチンドロップ

挿絵(By みてみん)

仰向けで倒れている相手の喉元や首筋等へ、自身の太ももまたはヒザ裏を落としていく技。

その場でジャンプして尻もちをつくように足を落としたり、トップロープからダイブしたりと、色々とバリエーションがある。



(*03)サンンセットフリップ

挿絵(By みてみん)

仰向けに倒れた相手対して、空中で前方回転しながら背中から落下する技。

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