第11話 ウィングルド初日
「改めて近づくと大きいね!」
アリスも俺もテンションが上がっている。
ついにウィングルドについた。
見張りの人数や、見張り台が石材であったりとアーリオとは門構えからして圧倒的に違う。
馬車のおじさんと、別れて門に入る。
聞いていた通り、特に身分証とかは求められなかった。
遠方には城も見えるがウィングルドは城下街ではないらしい。
なんでも馬車のおじさんいわく、ウィングルドは城の西側に位置しているが色んなやつが来るから城を守るための処置として、間にさらに頑丈な塀でウィングルドと、その他の城下街と城を別けて管理しているらしい。
まあ冒険者の街っていうぐらいだから色んな事情を持ってるやつを受け入れないといけないのはなんとなく想像がつく。
「落ち着いたら色々見て周りましょ。とりあえず冒険者ギルドにいかないと。」
パパさんの知り合いとは明日に落ち合う予定なので今日は特に予定がないはずだが、アリスは冒険者ギルドにとにかく顔をだしたいらしい。
『確かにどこもかしこも活気であふれていて観光にはもってこいだな。』
俺の返事はそっちのけでキョロキョロしているアリス。
意外なことに、人に道を尋ねてささっと冒険者ギルドに向かうのかと思いきや尋ねられないでいるらしい。
「もしかしてカイルの娘か?」
キョロキョロしていると、肌がやけたボンッキュッボンな人が横から話しかけてきた。
落ち合う予定の人はカイルさんがボンッキュッボンだと言っていたが本当だったらしい。
「え、ええと、あなたがクレアさんですが?」
「いかにも! そっちはアリスで良かったかな。確かに君は二人の面影があるな。」
「はいあってます。でも、あの、どうして? 明日落ち合うと父からは伺っていたのですが。」
アリス……敬語できるのか。父とか言ってるぞ。
「ああ、さっき偶然にも君を見かけてね。その黒髪と聞いていたとおりの身長から、もしや? とおもって尋ねたが正解だったみたいだ。……あー、引き留めておいてあいにくだけど今日は予定があるんだ。キョロキョロしていたけれど、どこかに行く予定があったのかい? あまり時間はないけど私で助けられることがあれば聞いてごらん。なに、ここでは私をママだと思ってくれればいい。」
少しせわしない印象を受けるが優しい人のようだ。
パパさんとはどんな関係だったのだろう。
昔の恋人だろうか?
あーでも、少しパパさんとは年齢が若く見える気もするからそういうわけでもないんだろうか。
この世界では色んな種族がいるし見かけの年齢はあてにならないか。
なんにせよ無粋だし考えてもしょうがない。
よく見るとクレアさんの耳はとがっているし人族ではないな。肌の色も種族的なものだろう。
知っている知識で行くとダークエルフ的な感じだ。
「実はちょっと、冒険者ギルドを見てみたくて」
「なんだ。それくらいなら時間もある。着いておいで。」
そう言われてついていく。
クレアさん足早いな。アリスは軽く小走り状態だ。
なんというかクレアさんは姉御気質で男勝りな印象だな。
俺ってこういう人が好みなんだよなぁ。
「ねぇクレアさんカッコいいよね」
『ああ、ついでに美人だ。』
「ああいう冒険者になりたいの、私は!」
『アリスとはだいぶ違う気がするが、男勝りな感じは共通しているな。』
「私はこれからなのよ。というか男勝りって失礼じゃないかな。」
そんなやりとりをしていると、冒険者ギルドについた。
大通りにあったんだな。一回道を曲がって後はまっすぐだった。
冒険者ギルドはイメージ通りの冒険者ギルドだ。
ただ一つ思ったのは想像以上に大きい。3階建てである。
中に入ると冒険者たちがごろごろいる。
少女のアリスがギルドに足を踏み入れてもみんな目もくれない。
少年や少女がここに顔を出すことは大して珍しくないんだろう。
それにしても思ったよりも軽装備のやつが多いんだな。色んなところ歩き回るからだろうか。
冒険者たちの喧騒の中、クレアはそのままツカツカと子気味のいい足音を連れていき受け付けの中央で止まった。
「マスター、噂の娘が来たぞ。私は出かけるから登録とかいろいろ面倒みてやってくれ。」
「んん? おお、来たか。明日って話じゃなかったのか? まぁいい、そこの列で待っててくれ。」
がたいの良いマッチョなじいさんが応える。
あれが、マスターか。頬に傷とかあっていかにもだな。
指示された通り列に並ぶ。
「アリス、今日はここでお別れだ。明日の朝に約束通りここで落ち合おう。」
「うん! クレアさんありがとう!」
さっきからアリスの心拍は上がりっぱなしだ。
列に並んでもあたりをキョロキョロ見て楽しんでいる。
「ねぇみて、武器とか薬とかいろいろ売ってるみたいよ。」
『あっちには張り紙があるな。あれが依頼書か?』
ちなみに冒険で使うような消耗品はここで買ったほうが良いというのをママさんからアドバイスとしてうかがっている。逆に消耗品でも一級品だったり、ずっと使うような武具は専門店で買うのがよいらしい。
消耗品を安いからとあちこちで買って同じ品質を期待しているといつか痛い目にあうから一定の品質で販売している冒険者ギルド産のものがよいらしい。
「待たせたな!」
周りに夢中になっていて気づかなかったか。いつの間にか自分たちの番になっていたらしい。
あわてて、受付へ。
「初めまして。」
「おう、話には聞いているよ。黒虎の子供だろ? えーと、名前はなんていったけな。すまねえ忘れちまった。」
「アリスです。」
「あーそうだったかもな。よしアリスだな。早速だが冒険者登録をすませよう。」
「ありがとうございます。」
「俺はマスターのジェイクスだ。本当はこんな雑用は俺の仕事じゃねえんだが。黒虎の子なら話は別だ。おいっちょっとフローラ!、登録用紙持ってきてくれ!」
フローラと呼ばれた眼鏡の受付嬢があわてて登録用紙を持ってくる。
「おう、さんきゅ。嬢ちゃん自分で書けるのかい?」
「あ、うん。書けます。」
椅子にあがって登録用紙に記入を始める。
「おお、黒虎の娘にしちゃあずいぶんお行儀よく育ってんだな。あいつが字を本格的に覚えたのは十九の時だったはずだぜ。」
「母が教えてくれたんです。」
「なるほどな。ところでどうして冒険者になりたいんだ?」
「夢です。生まれたからには色んなところを見て周って死にたいの。」
きっと冒険者だったパパさんの影響もあるんじゃなかろうか。
「10歳の子の口からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。夢か、悪くねえ。」
少しだけ、マスターは感慨深げに遠い眼をする。
しばし沈黙があった。
アリスが登録用紙の記入にあたる。
「でもな、嬢ちゃん。いや、アリスだったな。アリス、冒険は夢だけじゃねえってことを肝に銘じてくれ。冒険は死と隣あわせだし、大けがでもすりゃまとまな生活を送れなくなる。毎年、死ぬやつがたくさんいる事実を決して忘れないでくれ。」
きっと色んな人と出会い、永久の別れとなってしまった人の数も両手じゃ足りないんだろう。
さっきの沈黙がそれを示していたように感じる。
「それから、大抵のやつはアリスと違って金を稼ぐためにここに顔をだしている奴が大勢だ。そういった思想の違いで思わないトラブルを生まないようにな。」
「うん、慎重に慎重を重ねるつもりだよ。色んな景色をこの目に納めるためにも。」
アリスもそのことは気にしているようで、お金を稼ぐことを目的にする人とは一緒にクエストにいかないなと言っていた。こういったところは良く気が回るんだよな。
そういって書き終えた登録用紙をマスターに渡す。
「いい心意気だ。おい、フローラ! これ、頼む。あー前言っておいた記載も忘れずにな。」
慌ててフローラさんが駆け付け登録用紙の処理にあたる。
マスターさっきから手を動かしてないぞ。管理者なんてこんなもんかもしれんが。
しばらく、今のパパさんがどうしているかなど他愛のない話をしているとフローラさんがやってきた。どうやら登録処理が終わったらしい。
「おう、さんきゅな。」
マスターがフローラさんから何やら銀色のプレートを貰っている。
「こいつは身分証明だ。登録用紙に書いた暗証番号はだれにも言うんじゃないし、忘れてもいけねえからな。忘れると面倒だぞ。身分が証明できなかったり知名度もないような奴は再発行もできねえんだ。」
「大丈夫です。ありがとうジェイクスさん。」
そういって受け取ると、そこには以下の記述があった。
【冒険者名】アリス・ラファート
【冒険者ランク】G
【クエスト達成件数】 -
【特記事項】"黒虎"カイル・ラファートの娘
ついに俺たちは正式に冒険者となった。
というか特記事項にパパさんの娘って書いてあるんだが。
「ついに私は冒険者になったんだ。あ、ところでマスターこの特記事項って?」
少しばかりアリスのこころがイライラしている。
パパさん有名だとか言ってたもんな。
何か書くことで恩恵があるのかもしれないが、アリスにとっては親の威光をここぞとばかりに利用しているようで不満なのだろう。
「黒虎の娘ってのはこの辺じゃちょっとしたバリューネームだ。あいつに恩を感じている奴は多いだろう。何か困ったときに、そいつを見せれば親切にしてくれる奴もいるだろう。念のためってやつだ。なぁに、その記載が悔しいなら冒険者アリスの名をウィングルドに轟かせばいいのさ。そういうのは悪くねえだろ?」
じいさん人を乗せるのうまいな。もうすでにアリスはその気だ。
「ええ、こんな記載を気にかけるほど私の心の器は小さくないし。せいぜいありがたく利用させてもらうとします。」
「良い心意気だ。俺はお前のことを気に入ったぞアリス。」
それからアリスはマスターに色々と冒険者のシステムについて習った。
最初に冒険者ランク。
冒険者ランクとは総合ポイントという隠しステータスが一定数以上になることで上がっていくもので、その階級は以下に分かれているらしい。右側はおおよその人口分布だそうだ。
【SS】:上位0.01%未満
【S 】:上位0.1%未満
【A 】:上位1%未満
【B 】:上位10%未満
【C 】:上位25%未満
【D 】:上位50%未満
【E 】:上位70%未満
【F 】:上位80%未満
【G 】:上位90%未満
隠しステータスは、クエスト達成件数や、信頼度、多少だが経験年数や種族年齢、ブランクなどを加味される。
この基準に応じて、魔獣やダンジョンの難易度も分かれている。
つまり、Cランクの人にとってBランクの魔獣を倒すのは困難であり危険を伴うという指標になるわけだ。
またランクの昇格には試験を受ける必要があるらしい。
もっとも試験は実務なので改まって何か学習を必要とするようなものでもない。
これは冒険者の人口全体の実力が下がったりすることで各ランクと実際の実力に変化を生じさせないための処置だそうだ。
次に許可制度。
どのダンジョンに潜るとかどの地方にいって何をしてくるなどをギルドに説明し、ギルド有識者からの許可を得てクエストや冒険を行うのが基本とされている。
もっともクエストはともかく冒険の場合は守らない奴らも多いそうだ。
確かにどこに行こうがそいつの勝手だというのも分かる話ではあるけどな。
娯楽でなく本気で稼業としている奴らは報告する人が多いらしい。
ランクシステムにしても許可制度にしても人の命を大事にしているのがよくわかる。
冒険者ギルドは人が財産なんだろう。
次にクエスト。
クエストは3種類に分類できる。
1:定期クエスト
ギルドが特定の品物を仕入れたりするためクエスト。
こちらは依頼者がギルドになるし納期や期間が長く品物さえ納品すれば良いだけで、クエストを受ける必要もないそうだ。
2:依頼タイプのクエスト。
ギルドの顧客がギルドに対して特定の品物の納品や護衛業務、雑用などを依頼する。
ギルドがこれをクエストとして発行し冒険者に依頼を行う。
依頼を達成した際にギルドが達成料金のマージンを得る仕組みである。
当然、納期が発生するし依頼を達成できなかった場合、ギルドが赤字となるためギルドはその分の保険としてクエスト受注料金を冒険者からもらう仕組みである。
つまり冒険者はクエストを買う必要があるわけだ。
またクエスト失敗時にも契約違反時の料金を支払う。
そう考えるとなかなか手がだしずらい。
いい加減にクエストを受注することもできないしよく出来ていると思う。
3:緊急クエスト
こちらも購入するのではなく勝手に進行されるクエストである。
冒険者ギルドの拠点や地域の存続にかかわる重大インシデント(例えばモンスターの大量襲来)が発生すればこれに対処する義務を冒険者は負う。自身のランクと難易度が乖離することも多く危険をともなうため、報酬はかなり多いらしいが人生に2回あれば多い方らしい。
……ていうか人生に1回は命の危険があるのかよ。
あとクランか。
クランは簡単に言うと冒険者集団のことだ。
同じ思想をもった冒険者の集団になることで個人でなくクランがブランドを持つことになる。
これによりクエストを依頼する人が「〇〇の狩りが得意なあのクランに頼みたい」とかいう受注者が限定されるようなことがあるらしい。
ギルドの定期クエストにも特定のクラン限定があったりするそうだ。
ちなみにクランとパーティは同義だが、パーティのがより小規模の集団をさす。
公式な定義ではギルドにクラン設立の登録をしているかそうでないからしい。
他にもいろいろ聞いたが、まぁ大きい見出しはこんなところだろう。
マスターに礼を言って、周辺を少し観光したのち俺たちは、伝手の宿へ。
「ふーん、あなたがカイルの子なのね。しばらくよろしくね。」
宿の受付は、人族のやさしそうなおばちゃんだった。どうもこの人がパパさんの知り合いらしい。
「はい、これで手続きと説明は終了よ。ああ、あと同じような年齢の冒険者の女の子がここでお泊りしていいるの。いつも一人みたいだからよかったら声をかけてみて。」
やっぱりアリスみたいな子はいるんだな。
冒険者ギルドでも少年や少女はちらほら見たが。
「ありがとうございます。お会いしたら声をかけてみようと思います。」
しっかしいつも一人か。俺と同じ心に闇を抱えてしまったコミュ症の女の子かもな。
そんな子が冒険者稼業をやっているとは思えないが、いずれにせよアリスとなら大抵の子は会話もはずむだろうしそんな心配は不要か。
2階の1室で少し寝るとあたりはもうだいぶ遅くなっていた。
連日の馬車で疲れがたまっていたらしい。
目が覚めたアリスは空腹を感じていたので夕食をとることにした。
1階は食堂になっているので、すこし遅いかもしれないが向かうこととなった。
食堂に向かうと遅い時間なのもあってか2人しか食べている人はいない。
その一人がアリスの目に留まった。
一人の耳の長い少女が、もくもくとシチューを頬張っている。
おそらくエルフだ。
想像上のエルフは金髪のイメージに対して、この少女は淡い白色といった感じだ。
食堂の人に夕食代を渡してシチューを受け取ると、アリスはエルフっ娘のもとに向かった。
俺に真似できない行動力だ。
「あなたも冒険者なの? よかったらご飯一緒にさせてもらってもいいかな。」
当初、エルフっ娘は自分のことと思わずシチューを食していたが、アリスの目線に気付いて周りを見渡したのちに自分が声をかけられたと分かったらしい。
「……構わない。……でも話すのは苦手。それでもいいのなら。」
自らコミュ力ないアピールとはやるな。前もって事故を抑止するのはできるコミュ症である。
あるいは単にめんどくさいから私に近づくなアピールか。
アリスとは違って、すごくマイペースな印象だな。
まつげが長く伏せているのもあって、少し眠たそうな表情に見える。
「構わないよ。私はアリス。よろしくね。」
「フラウ。よろしく。」
「私も冒険者なの。今日なったばかりなんだけど。宿屋のおばさんに同じ年くらいの冒険者がいるって聞いてて、きっとあなたのことだと思って声をかけてみたの。今日からここで私も泊まるんだ。」
「そう。……なんだ。私は1カ月ぐらい前から冒険者をやってる。」
あかん、こいつかなりコミュ症や。頑張れアリス。
アリスも若干この空気を敏感に感じ取っているようで緊張し始めている。
「そうなんだ。これからお互い頑張ろうね。今はランクいくつなの?」
「…ランクはD。」
「一カ月で!? すごい何したの。」
「定期クエストでランクの高い納品を繰り返してた。」
この子、相当実力あるのか。
それとも周りに実力者がいるのか。
「えーと、一人で?」
「……一人で。大人は私を利用しようとしているように見えて怖いから一人。」
だめだ俺は心が折れそうだ。無言の区間が悲しみをおびていて俺まで切なくなってくる。
でも一人で1カ月でDって相当すごいんじゃないか。
「うーん、そういうのは分かる気がするな。じゃあフラウのランクに近づいたら、私と一緒にクエストにいこうよ。フラウはいつまでここにいるの。」
「……うん。待ってる。少なくとも3カ月は滞在する。ご馳走様。……今日はありがとう。」
そういってさっさと行ってしまった。
「あ、う、うん! また!」
なんというマイペースな子だ。
けどフラウにとってアリスは好印象なのかも、わざわざ滞在期間も教えてくれているし。
また出会えるのを期待しよう。
「私たちも早く食べて、もうひと眠りね。」
『そうだな。』
「もう! 最近「そうだな」が口癖になってない?」
質問してくれれば相槌はうたなくてすむのだが。っていうと怒りそうだからやめておいた。