ようこそ!①
どこかに駄文を投稿したいという気の迷いです。
少しタイトルに難がありますが、中身はきちんと理解出来る物を書いてゆくつもりです。一瞥くださるととても嬉しいです。
今回はまずイントロの半分を。もう一人の方も直ぐに上げますので、そちらもどうか。どうかお願いいたします。
「……なんだこれ。見たことも聞いたこともねえぞ」
汚物を見るような目でそのパッケージを観察した後、桜庭は言った。こいつが知らないということはこれは相当マイナーなゲームなのだろう。
「てかそもそも、ギャルゲエロゲには興味ねえんだよ」
こちらの心を読んだかのように、桜庭はじとりとした瞳をこちらに向けた。
「そうなの?」
「機械とよろしくして何が楽しいんだよ。現実見やがれ」
彼は素っ気なく言った。意外だった。桜庭は、自分の知る限り一番『機械とよろしく』している人間だから。
「で、用ってのは?」
「ああ、ズバリそれ!そのゲームやりたいなって思って」
「……家でやれよ」
「このハード俺んちに無いんだよー。一緒に見てて良いからさ」
「俺にメリットがねえ。帰れ」
「良いじゃんかー」
俺は帰宅の指示を無視してコップの麦茶を飲み干し、にたにた笑った。こういう時、桜庭は何だかんだで折れてくれる奴だ。
案の定、彼は小さなため息の後、頬杖を解いて立ち上がった。
「……今刺さってるやつ抜くからちょっと待ってろ」
「サンキュー!」
明らかに途中だった格闘ゲームをプツンと切って、ビデオの入力を切り替える。
「で?」
テレビから延びたコードの川を掻き分けながら、桜庭が尋ねた。
「で、って?」
「そのゲーム、どこで買って来たんだよ」
一見いつもの興味無さそうな顔だが、桜庭は本当に気になっているのだろう。俺は正直な所を答えてやった。
「買ってないよ。拾ったの」
ハーレム学園ラブラブラバーズ
大きな画面いっぱいに、えらく賑やかなタイトル。
「品のねえ名前」
桜庭がずばり口にした。俺も思っていたことだ。
「主人公名何にする?」
「『鶴見駿介』でいいだろ」
「えー本名?もっとあだ名とかさ」
「なもん別に設定出来るだろ」
「『桜庭ひろ……」
「止めろ」
カラフルな五十音表のカーソルを動かす。ポムンポムンと音を立てながら自分の名前が出来ていく。
「漢字には出来ないのか?」
「出来ないみたいだ」
「……ポンコツ」
桜庭が言い放つ。無表情を装っているが、少し嬉しそうなのが読み取れる。
「『しゅんす……け』っと」
ーーピシュコーン!
完了のボタンを押した時にも間抜けな効果音。
「うわ」
打ち込み終わった瞬間、桜庭が小さく呻いた。
「うわってなんだよ。お前が……」
文句を言おうと振り向く。……が、そこに桜庭は居なかった。
「……桜庭?」
『ようこそ!「ハーレム学園ラブラブラバーズ」の世界へ!』
1人の部屋。テレビから高い声がするが、それに文句をつけるであろう桜庭がいない。トイレだろうか。
「……何なんだよ」
『ようこそ!』
画面が催促する。……あいつの許可なんてもう必要ないが、見られていないのは少しつまらない。俺はコントローラーを置いた。
なんだろう。興味を無くして出て行ったのか?……あいつが、見たことのないゲームを前にして?
「ようこそったら」
話しかけてくるそいつを左手で払いのけ、俺は取り敢えず外にでようと……
……そいつ?
存在しなかった筈の“そいつ”に俺はゆっくりと振り返る。
「あなた、『つるみ しゅんすけ』さんでしょう?ほら行くよ、ハーレム学園ラブラブラバーズの世界へ」
上半身をテレビの液晶から生やした女は、さっきのゲームと同じ声をしていた。
「……は?」
「ようこそ、って言ったじゃんか」
突然の事に動けない俺に向かってそいつの手が伸びてくる。
「……よろしくね?」
指先が俺の腕に触れた。冷たかった。
教室で目が覚めた。目が覚めたということは、今まで眠っていたことになる。変な夢を見た。内容は覚えていないが、変な夢だった。
寝ぼけ眼で時計を見る。8時半、始業時刻だ。女の先生が見えるから今日は水曜日で、一限は歴史か。
「じゃあ、一学期最初のホームルームを始めるわね」
……あれ、ホームルーム?それに一学期最初、って、今は夏……。
「3年生になったとはいっても、担任は引き続き私、高瀬川あゆがつとめるわ。クラスの皆も顔馴染みばかりだろうけれど、改めて1年間よろしくね」
……は?
おかしい。明らかにおかしい。3年生になった?引き続き?高瀬川あゆ?
めちゃくちゃな事を言う教師を咎める者はいない、どころではない。よく見れば教室の何もかもが俺の学校と異なっていた。うちは緑色の制服なんかじゃないし、居るはずのない女子はいるし、本来俺の席はもっと窓際だ。
ーー学校を間違えた、のか?
慌てていると、見覚えのない女教師、高瀬川はにっこりと微笑んだ。
「……それから、転入生を紹介するわ。つるみ しゅんすけくんよ!」
「は、はいぃ!?」
思わず立ち上がってしまった。教室中の顔が此方を向く、が、知っているものはない。っていうか、転入生!?
「俺はそんなこと聞いてない!」
「え?そんなことって、どれのこと?」
「転入なんて……ていうか、今は7月の中盤で、俺は男子校に通ってて、それから……」
「何を言っている?」
たどたどしい俺の言葉は鋭い声に両断された。
「ここは晴霧学園。今は4月で、貴様は転入生。そんなことは誰もが知っている。貴様が開示すべき情報はそれではないだろう?」
斜め前の席。声の主は凛とした女だった。少し吊り上がった大きな目が此方を刺すように見つめている。
「そんなことって言ったって、俺は本当に……」
「『本当に』、なんだ?貴様は本当に今が7月であると主張するのか?誰かに信じてもらえると良いがな」
彼女の言い方からは絶対の自信が感じられる。ーー本当に今は4月、なのか?
「うっ……ええっ、でも」
「これ以上品位を落としたくなければ、その稚拙な口を慎むんだな。最も、貴様にこれ以上落とす品位があるとは……」
「7月っすよ」
新たな声は真横から。
「何だと?」
見ると、立ち上がっていたのは茶髪に大きなヘアバンドをした女の子。凛とした女をに不敵に睨んでいたが、此方の視線に気付くと顔を向け、任せろとばかりにウインクをした。
俺は安心する。彼女は俺と同じで正しい時間を認識しているようだ。となると、この教室は一体どういう訳で?
「バカな事を言うな。今は……」
「7月っすよ!」
凛とした彼女が少し押される程強い言い方だ。
「……何故にそう思う」
「だってしゅんくんが7月って言うんすもん!自分には何のことかさっぱりっすけど、しゅんくんが言うんだから間違いないっす!」
は?
……信じられないことだが、彼女は自信満々にそう言い放った。
「……貴様は一体何を」
「ねっ!!しゅんくん!」
彼女は勢い良く首を回し、キラキラした瞳が俺を映す。俺は慌てて視線を逸らした。
「……」
「……」
「……」
「……はい、そういう訳だから。皆仲良くしてね」
教師の一言を幸いと、俺はおずおずと席についた。
その後の授業は淡々としていた。1人として『転入生』の俺に異を唱える者もなく、俺は知らない学校の、それもどうやら4月にいるのだった。
……どういうことなんだ?休み時間になって俺は考える。
夢かな、やっぱり。試しに頬をつねってみる。とても痛かった。
「何やってんすか?しゅんくん」
気付くと例の女子が正面に陣取っていた。
「それ自分もやった方が良いっすか?」
「なあ、あんたは……」
「両国マキっす。マキで良いっすよ」
「両国は、その……不思議に思わないのか?」
「ああ、7月の謎のことっすよね。授業中ずっと考えてたんすけど、自分には何のことやらわからなかっす。どうゆうことなんすか?しゅんくん」
両国は首を傾げる。やはりさっきのは話を合わせてくれていただけのようだ。
「いや、わかんないなら良いんだ」
「もう少し前に、そうして口を閉ざすことを覚えておくべきだったな、転入生」
馬鹿にするように口を挟んだのは隣の席の女。
「ついでにこれも覚えておけ。その両国という女、大間抜けだぞ」
「なっ!?ちょっとガコちゃん!」
「その珍妙な呼び方を止めろ。それとお前はいちいち声が大きい。馬鹿に拍車がかかっているぞ」
「それはそうかもすけど、人のことをそうやって……そうやっていうのはよくないっすよね!」
少ない語彙力で反論すると、両国は頬を膨らましてそっぽを向いた。……なんというか、実にバカっぽい。
「貴様にもわかるだろう、転入生」
「……まあ。でもそこまで言うことは……」
「しゅんくん!ガコちゃんと話しちゃダメっすよ!どー転んでも嫌な気分になるっすからね!いつもこんなだから、ガコちゃん友達全っ然いないんすからね!」
「私は牙光寺だ。変な徒名を刷り込むな……尤もそいつに名前を呼ばれる機会などないだろうがな」
「ガコちゃん!そんなだからダメなんす!はじめましての時は、目と目を合わせてよろしくお願いしますっすよ!」
両国の的外れな指摘は、すでにこちらへの興味を失ったらしい牙光寺に黙殺された。
「……ふんだ!しゅんくん、学食行くっすよ」
「あ、ああ……」
「富月はまだ待っているだろうかなあ」
授業のノートを広げながら牙光寺が独り言のように言った。声に怪訝な顔を向けた両国は少しの間の後、慌て始めた。
「って、あああ!今日トミちゃんと約束してたんだった!しゅんくん急ぐっすよ!」
「は、ええ?ちょっと待て!」
こちらの静止には応えず、両国はばたばたと走っていってしまった。
「ええ……」
「……学食なら階段を一つ降りて左だぞ」
牙光寺が感情のこもらない声で零した。
「……ありがと」
癪だから、こちらも感情のこもらない声を試みた。
牙光寺が小さく息を吐くのが聞こえた。
「しゅんくーん!!こっちっす!」
学食に着くと、少し奥まった机で両国が大声とともに手を振っていた。周りの生徒から明らかに煙たがられているけれど、本人は全然気にしていないようだ。何というか、そういう人なんだろう。
にしても学食かー。ざっと見渡しただけでも、周りの机にはカレーと、ラーメンと、定食と……。俺の学校には無い施設なので勝手はわからないが、こういう所は何とはなしにわくわくする。
……というか、今はここが俺の学校なんだっけ。どういうことなんだろう。本当に。
「おー、きたきたー」
両国の机には空のカレー皿と丼が1つずつ散らかっていた。
「しゅんくんは存外とのんびりさんっすねー」
両国はナフキンで顔を拭う。教室を出てから5分と経っていないはずなのだが。
と、隣の席に手付かずのカレーが置かれているのに気付いた。
「両国。これ、俺の分?」
「違うっすよしゅんくん。それは見ての通りトミちゃんのやつ……あれ?トミちゃんは?」
両国はキョロキョロと首を動かした。
「トミちゃん?」
「さっきまでここに座ってたはずなんすけど……」
言われて、ほんの少し前を思い出してみる。初め両国が手を振っていた時……確かにここに誰か座っていた、ような気がする。
「消えたのか?」
「はい……」
しかし、その椅子に荷物の類は一切ないし、カレーは手付かずだ。水もあるし、トイレなどにしても食品を買った後というのは少し不自然な気がする。
いきなり人が消える、そういえば……
「まいっか!トミちゃんもともとそういう人だし!」
ゆらりと湧いた考えは、底抜けに明るい彼女の声に押し出された。
「……は?」
「自分が言うのもなんなんすけど、トミちゃんって結構落ち着きないタイプなので。きっと今も何か急用を思い付いたのに違いないっす!」
「ええ……」
「そうと決まれば、これはしゅんくんが食べて構わないっすよ!」
彼女はずいとカレーを差し出した。難しいことを考えるのは性に合わないのだろう。悪戯な小学生のように笑う彼女には、手に持ったカレーがよく似合っている。
「いや、それは流石に……」
「良いから良いから!」
カレー皿がまたずいと押し出される。
「……わかった、貰うよ。怒られる時は一緒にだからな」
「トミちゃんが怒るわけないっすよ~」
言って、彼女は手の平をヒラつかせた。
俺はカレーを口にした。