第3話 この世とあの世の行き来
今回は、末若 亜友未の視点で話が進みます。
「お疲れ様でーす!」
「あら、聖君に風花ちゃん!お疲れ様」
タルタロスの扉を開けて聖君と風花ちゃんが中に入ると、受付にいた私が二人を出迎える。
9月上旬の月曜日。時計は17時35分を回っているため、18時より勤務開始の百合君と櫻間さんは、いつもこの時間帯にスタジオへ到達していた。
「それにしても、一緒に来るとは…貴方達、仲いいのね?」
「へ…?あ、いや…」
「変な誤解しないでくださいね、末若さん!彼とは大学が一緒で、今日も偶然キャンパスで会ったから一緒に来ただけですから…!」
私が顔をニヤニヤしながらそう告げると、二人は頬を赤らめていた。
この二人…まんざらでもないかもね
私は、頬を赤らめながら否定している聖君と風花ちゃんを見て、そんな事を思ったのである。
そして、頬が真っ赤に染まった聖君が、一度咳払いをした後に口を開く。
「あれ…。末若さん、零崎さんはどこにいますか?」
彼は、優喜がその場にいない事に気が付いたようで、周囲を見渡しながら私に尋ねる。
「あぁ…彼なら今は、Aスタジオにいるわ。今日来る利用者が、確かピアノを使うらしいの。その関係で、来る前に軽く磨いているみたいね」
「成程…」
私が説明すると、風花ちゃんが納得したような表情で呟く。
「では、後ほど。今日は、僕が末若さんと組むんですよね?」
「そうよ!じゃあ、後ほどね」
私がそう告げて見送ると、二人はスタッフルームの方角へ足を動かしていく。
毎週ライブビューイングを行う際は、従業員は2人ペアで毎回取り組んでいる。人間社会でいう“正社員”である私と優喜のポジションはいつも固定だが、アルバイトである彼らは毎週交代で私や優喜の補助につくという仕組みになっている。
また、ライブビューイングの中継元となるAスタジオには、他のスタジオにもあるドラムセットと一緒にグランドピアノも設置されている。無論、このピアノがあるスタジオはAスタジオのみで、他のB・C・Dスタジオには設置されていない。
また、普通のロックバンドでピアノ奏者は滅多におらず、いたとしてもキーボード奏者くらいだろう。
ただし、近年では音楽練習スタジオもロックバンド以外のジャンルにあたるプレイヤーが使用するようになったらしく、うちのタルタロスでもピアノが導入されているのだ。
ピアノって、オーケストラの一部とかのクラシック音楽のイメージ強いけど、今日来る団体は確か…
私はそんな事を考えながら、バイトの二人が用意万端になるのを受付で待っていたのである。
「お待たせしました、末若さん」
「大丈夫よ、聖君」
それから数分後になると、準備ができた聖君が私に声をかけてくれた。
「それじゃあ…」
私が風花ちゃんに声をかけようと口を開いたが、彼女の名前を口にすることはなかった。
それはちょうど、今回Aスタジオを利用するグループが受付に顔を出していて、風花ちゃんが対応をしているのを目撃したからである。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい!」
受付に人員がいることを確認した私は、聖君に出発することを告げる。
その後、私はスタッフルーム内にある調味料の入った四角いボックスに視線を落とす。いつものように、4つの調味料ボックスを並び替えし、幽世にあるタルタロスへ行くための入口を開く。
地面にある蓋を外すと、そこには下に降りるための梯子が存在し、それで一歩ずつ下へ降りるのである。
よし、鍵は持ったよね…
私は、自分がはいているジーンズに引っかけているキーホルダーにスタジオの鍵が付いている事を確認し、梯子に足をかけて下へと下っていく。そうして私が少しずつ降りていくと、それに続いて聖君も降りてくるのだ。
梯子で下に降りている間、私と彼は黙ったままだった。もちろん、いつも黙ったままという訳でもなく、その日その時によっては、世間話をしながら下りるときもある。
それにしても、聖君と風花が霊媒体質でなくて良かったわ…
私は、梯子で下りながら考える。
というのも、今行っている行為は、人間界とも云える現世から、スタジオがある“現世と幽世の間”へ行き来している事になる。優喜か十王の誰かから聞いたかは定かではないが、人間の場合だと霊媒体質といった普通より霊力の優れた人間がこの下っていく行為をすると、体調に異常をきたすと云われている。私や優喜は人間ではない人外の者のため、特に問題ないが、このライブビューイングを実施する仕事というのは、現世側も幽世側も一人でできる仕事ではないため、必ず補助をする存在が必要なのだ。
しかし、地獄側では、このスタジオ運営のために既に6人は現世に派遣しているため、日本も含めて各スタジオは鬼を二人までしか配置できないらしい。
それゆえに、現世で人間の従業員は必ず必要となっているのである。
「にしても、普通の人間である僕や櫻間さんが、度々この世とあの世を行き来するのって…倫理的にも、いいんでしょうかね?」
すると、ずっと黙っていた聖君が、ポツリと呟く。
「…だから、バイト入ってもらってすぐに“ここで働いている時に見聞きした事は他言無用にして”と、指示したの」
「多分、言って大丈夫でも言わないですよ。そもそも、信じてもらえない可能性の方が高いし…」
「まぁ、それもそうね」
私は、彼の呟きに答える。
それとほぼ同時に、私達は梯子の最終地点にたどり着く。降りている間は、梯子自体に蛍光塗料が塗ってある関係で見えていたが、この梯子から降りた場所は、周囲に何もない真っ暗闇だ。本来は電灯か何かを置きたい所だが、“この場所”はあまり現世の物質を置くべきでないと優喜に言われているため、私も設置をしなかったのである。
「鍵開けるから、これ持ってて」
「はい」
私は、ウエストポーチに入れていた小さな懐中電灯で灯りをつけた後、聖君にそれを手渡す。
彼に前を照らしてもらうと、私の視線の先に一つの鍵穴が見えてくる。視認した後、私はジーンズにくくりつけているキーホルダーに着いた鍵を手に持ち、鍵穴に差し込む。
金属の鍵って、現代日本では古典臭いけど…。この仕組みは、人間の科学では難しいでしょうね…
私がそう思うのには、理由がある。
この鍵は地獄の職人だかが作った特殊な鍵で、触る事を許された者――――――ここでは、私と優喜を指すが、その許された者が鍵を手にして鍵穴に通すと、その扉を開けることができる物だからだ。そのため、例えば風花ちゃんがこの鍵穴に鍵を通しても、開ける事はできないという事になる。
その後、扉を開けた私達の視界には、ライブビューイングスタジオのタルタロスが映っていた。因みに、私達が出てきた場所はタルタロスの裏口に当たる場所につき、スタジオを訪れる死者達も知らない場所といえる。
「あ…今日も結構、観客が集まってきていますね」
「あらー…そうね。本当だわ」
耳を澄まして周囲の音を聴いて居たのか、聖君が不意に呟く。
それを聞いた私も耳を澄ますと、確かに少し離れた場所から死者達の気配が多く蠢いていた。それを確認した私達は、裏口の扉を開け、中に入っていく。
そして、時計の針が18時30分くらいになった後、私は機材の音声チェックを聖君に任せ、タルタロスの外であり入口となっているゲートの場所へ様子を見に向かっていた。向かうといっても、スタジオから徒歩で1分かからないくらいの距離にある。高校の時にギターをやっていた聖君の話だと、“ゲート”と聞いて浮かぶのは、夏フェスという音楽のイベントで見かける巨大な物だという認識らしいが、この地にある物はそんな大それた物ではない。枝のように細い木で構成された実にシンプルなゲートだ。
「あ…看板がある…」
このゲートを通った死者が、不意に呟く。
一方、至ってシンプルなこのゲートは死者を守るとされ永遠を意味するイチイの木と、生きとし生ける者と死者との間に佇むと云われるヤナギの木でできている。
そのため、ゲートには“死者にとって見えやすいものが見え、聞こえやすい音が聴こえる”術が施されている関係で、ゲートをくぐるとその“看板”が目に入るのだ。また、これは言語が異なる魂同士にも効果的で、たとえ違う国で生きていた人間が出逢って話したとしても、相手の言っている言葉の意味がわからないという事態にはならない。それは、スタッフである鬼にとっても、ありがたい術であった。
「どれどれ…。“この先では、ライブビューイングという形で、どなたでも演奏を聴く事ができます。参加するには、看板の横に設置された箱から葉っぱの形をした紙を取り出し、演奏終了後にそこへ聴いた感想を書くこと。もし感想を書かずにこの場を立ち去ろうとした際は、地獄行きを含む罰が課せられます。しかし、聴くのは個人の自由です。聴くつもりのない方は、来た道を戻り、逝くべき道へお進みください”だぁ…?」
看板の内容を読んだ50代くらいの中年男性が、首を傾げながら不服そうな表情をしている。
あれは…あまり信じていないのかもしれないな…
私は、看板を読んでいた死者達を遠目で見つめながら考えていた。
「これ、本当かな?」
「何かのヤラセじゃないっすかね?」
看板を読んでいた死者の内、10代や20代と思われる青年達が口々に話す。
「でも、感想書くだけでいいなら…お金払うよりは、マシかもしれないわね…」
そんな事を呟きながら、30代くらいの女性は箱に入っている紙を取り出す。
取り出した後、迷うことなくスタジオの中へ入っていく姿を、私は確認した。因みに、私や優喜はこの開演前や閉演後にスタジオの周囲を確認する事も仕事の一つとなっている。その業務が入る理由は、もし死者同士で争ったり、それこそ迷惑行為をしそうな死者が紛れた場合に対処できるようにするためだ。
それについてバイトの二人は普通の人間である事もあり、彼らの業務にこの内容は含まれていない。古来より、「生きている人間は死者の魂と長く一緒にいるのは危険」という思考が世界各国で知られているため、日本のスタジオも、この見回りをバイトにさせないよう配慮しているのである。
さて…。異常もないようだから、そろそろスタジオに戻ろうかしら…
そう思った私は、スタジオの方へ向き直して歩き出していく。また、今宵は普段はあまりお目にかかれないジャズバンドによる演奏なので、どんな曲を利用者達が披露するのかの期待を胸に、舞台下手側にいる聖君の元へ戻り始めるのであった。
いかがでしたか。
今回は、亜友未視点のみでの話でした。これについては、幽世側で仕事をしている彼女視点で書いた方が、この”現世側から幽世側への移動”がリアルに書けると思ったためです。
また、今回は結構説明文的な部分が多かったかもしれませんね(><)
ただ、ある程度今のうちに書いておかないと、話が進むにつれて基本がわからず?になりそうなので、多少説明っぽい文が多くなる点は、ご了承ください。
さて、次回はライビュの本番が始まる所からスタートすることになると思います。
どの辺りを描くかによって誰の視点で書くかわからないですが、次回あたりで今まで皆麻が執筆してきた作品ではやっていなかった事を実現させるかもしれないです。
お楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。