1話 ありえない再会
──春。
桜の花びらと、今年一番の暖かさを風が優しく運んでくれる入学式の今日。
この日を春と呼ばずして何と呼ぶか。
本日、この『桜高校』に入学する立花春斗は校門前でスマホの画面を見ながら人を待っていた。
「遅いな……」
時間は既に8時10分。
今日は友達と8時にこの校門前で待ち合わせをし、早めに教室に入っておこうと約束をしていたのだが、その言い出しっぺの友達が既に10分も遅刻している。
「まぁあいつが時間通りに来た事なんて無いけど……」
因みに朝のHRが始まるのは8時半からなのでまだ時間に余裕はあるが、流石に予鈴が鳴る5分前には入っておきたい。
その時、さっきまで音信不通だった友達とのチャットに通知が届いた。
『悪い!遅れる!今から家出る!もうちょい待て!』
「いやもう遅れてるの分かってるしめっちゃ上から目線じゃねぇか!」
思わず届いた内容にツッコミを入れてしまい、春斗の横を通りかかった生徒が訝しげにこちらを見たのが分かったが、何事もなかったように華麗にスルー。
友達の家からこの高校まで然程遠くはない。
全力で走れば10分程度で到着するだろう。
「まぁ遅くとも5分前には教室に入れるから良しとするか…」
──さて、春斗が友達を待っている間にこの物語の主人公、『立花春斗』について説明させていただこう。
先述した通り、本日は春斗が入学する桜高校の入学式。
今年の3月に誕生日を迎えた春斗は16歳で入学式に臨む形だ。
───そう。
早生まれの3月に誕生日なら、高校に入学する時は普通『15歳』のはずであるが春斗は既に16歳になっている。
理由は単純。
春斗は中学三年の時に一度留年しているからだ。
留年の理由については今回は端折るが、兎も角春斗は他の同級生よりも一つ年上の状態でこの高校に入学する。
待ち合わせをしている友達も春斗より一つ年下で、中学三年の時に同じクラスだった人だ。
本人には言わないが、春斗は親友だと思っている。が、絶対に調子に乗るから絶対に言わない。なんかムカつくもの。
勿論、留年する前の同級生──今では高校二年になっている友達もこの桜高校に何人かいる事は分かっているので、久し振りに会えるかもしれない不安と期待が自然と春斗の胸を高鳴らせる。
そして説明が遅くなったが春斗の特徴について記述しておこう。
春斗を一言で表すとしたら『普通』と言う他に思いつかない。
顔は悪くなく、世間一般的に見たら中の上と言ったところだろう。
しかしイケメンと言うには何か物足りなさを感じ、どちらかと言えば可愛い寄りの容姿である。
髪は薄く茶色がかっているが母譲りの地毛であり、その髪を長くもなく短くもなく自然な形で伸ばしている。
一つ特徴を上げるとしたら前髪を春斗から見て左に流している程度だろう。特徴でも何でもねぇや。
他の人よりも一つ年上ということもあって身長は既に170cmを超えており、体型は普通。
口はそこそこ悪いが基本的にかなり優しい性格をしている。言い方を変えれば身内に超甘い。
それこそ今みたいに遅刻した友達がちゃんと来るまで待っててあげているあたり、その甘さが窺える。
───友達の遅刻癖が治らない要因の一つでもあるのだが、甘々な春斗は気付けない。
その友達というのが──
「おーい!はーるとー!」
「うわ、マジで全力で走って来やがった」
校門へと続く坂道、その道路の両脇に車道と歩道を隔てるように桜が立ち並ぶ道を全力疾走でこちらへ向かってくる大きな影──。
他でもない、春斗が待ち合わせをしている友達───いや、親友の『緑川 夏月』である。
夏月は全力疾走の後にもかかわらず、特に息を切らした様子もなく春斗の前で立ち止まり、全力の笑顔を向けて──
「いやーお待たせ!待った?」
「俺が待つ側じゃなかった事なんてあったか?」
対する春斗も笑顔で夏月にそう言った。
──まぁもちろん目は全く笑って無かったが。
「無いな!全く!いやさ、これでも遅れたのにはちゃんとした理由があってだな、ちゃんと待ち合わせに間に合う時間に目覚ましで起きたんだよ?そしたらさ、今日って今年一番の暖かさを醸し出しまくってるじゃん?それにより起きたは良いものの悪魔的な誘惑が……そう、二度寝と言う──」
「ごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「よし、その素直さに免じてフルボッコで許してやろう」
「あれ?それ全く許して無くね!?」
まぁ勿論本気でフルボッコに等する訳もなく、後でジュースを奢ってもらうことで今回の遅刻はチャラという結論に落ち着いた。
「8時20分……まぁ10分前だし夏月にしては上出来じゃね?」
「だろだろ?まぁこの程度の事、俺にとっては造作もないことで───」
「反省」
「してます」
絶対嘘だが今日はこのぐらいで勘弁してやろう。絶対に繰り返すが。またいつか100%遅刻するが。
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──ここで一度春斗の親友である緑川夏月について説明しておこう。
夏月を一言で表すなら『バカ』である。
第一印象がバカから始まり最終的にバカに落ち着くぐらい根本的に解決しようがないぐらいにバカの象徴。バカ代表。バカチャンピオンである。Congratulations。
さてそんな酷い評価を受けている夏月だが、彼は誰よりも人望が厚い。
バカ素直でバカ正直で変なところでバカ真面目、バカに正義感が強く───絶対に人をバカにしない。
要はそういうやつなのである。
それこそ、留年して同じクラスになった春斗にいの一番に話しかけて来たのもこの夏月である。そりゃもううざいぐらいに。
底抜けに明るく、常にポジティブに物事を考えられ、周りのみんなをどんどん巻き込んでいくタイプなのだ。
そんな夏月だからこそ、春斗は誰よりも信用し、信頼し───憧れているのだ。
………あ、遅刻しない事に関しては端から信用してないが。
兎も角夏月は春斗だけでなく、色々な人から頼られ、信頼されており、リーダー気質である事も相まって中学の時は学級委員長としてクラスのみんなを引っ張っていた事もあるぐらいだ。バカだけど。
そんな夏月の特徴についても触れておこう。
本文の方にチラッと書いたが、夏月は身長がかなり高い。
それこそ、中学卒業時点で180cmに届かないぐらいの高身長であり、本人曰くまだ伸び続けているらしい。
体型は見た目スリムだが、かなりの筋肉質で体重はそれなりに重い。
そんな夏月をいざ見上げて顔を見てみると、これがかなりのイケメンである。──が、しかし様々な残念な理由により、信頼は生まれるが恋愛が生まれる事は皆無と言っていいだろう。
これについては後々嫌でも分かるので今回は割愛。
そして夏月の髪はおでこが出るくらいの短めカットで、その髪をなんと金髪に染めている。
中学卒業時点までは校則により黒髪で3年間を過ごしていたが、この高校の校則がかなり緩いこともあり(てか夏月がこの高校に入学した理由が大半それ)春休みの間に見事な金髪へと変貌していた。
パッと見完全に不良である。
勿論夏月の性格の話をすれば、不良と呼べる要素は全くと言っていいほど無いのだが、まぁこれについては直接夏月と触れ合ってみなければ説得力の欠片もない。
だってパッと見完全に不良だもの。
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「さて、と。そろそろ教室に入りますかな?」
「そうだね、本来なら20分前には席に着けていたはずだったんだけど誰かのせいで予定より遥かに遅れたからね。誰とは言わないけど」
「全くだな、ホント、マジで一体誰のせいで──」
「後悔」
「来世までします」
「強く生きろよ、来世では」
「今世まさかのここで最終回!?」
と、春斗と夏月が不毛なやり取りをし終えていざ教室に向かおうかと思ったところでふと──校門へと続く坂道をこちらへ向かって歩いてくる2人の女生徒に気が付いた。
向かって右側を歩いて来る女生徒は、見知った顔だ。中学の時に同じクラスだった──
「夏月、あれ太陽じゃないか?」
「ほへっ!?ま、まままマジで!!?ちょお待って!まだ心の準備が──」
等とやり取りをしている間にこちらに気付いた女生徒が手を振りながら声をかけてきた。
「夏月ちゃんと春斗ちゃんだ〜、久し振りだね〜」
「よぅ太陽、卒業式以来だな。」
「そうだね〜。2人共全然変わって………無い訳ではないんだね〜。びっくりしちゃった〜。」
手を合わせながら太陽と呼ばれた女生徒が柔らかく微笑む。言わずもがな夏月の金髪の事である。
「ひ、ひひひまわりさん!おはようごぜぇやすでござる!ご、ご機嫌麗しゅう!」
「うん、おはよう夏月ちゃん」
ありえないぐらいにキャラが変わってしまった夏月に対して何の違和感も持たないのか、と思ってしまうぐらい太陽はいつも通り挨拶を返してきた。
このやり取りも久し振りだな、等と温かい目で見守っている春斗はさて置き、そろそろこの女生徒について説明させていただこう。
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彼女の名前は朝日奈太陽。
『太陽』と書いて『ひまわり』と読む、所謂キラキラネームと言うやつだ。
太陽を一言で表すとしたら満場一致で『天才』と言うだろう。
彼女は今までテストで満点以外を取ったことがない。
彼女自身、「答えが見えるんだ〜」等と言っていた。もう頭の良さの次元が違う。
学校のテストは疎か全国模試でさえ満点を取り、学業において彼女に敵う者はいないと断言しても良いレベルだ。
そんな『天才』の名をほしいままにする太陽であるが、これが学業以外となると全くそんな事はない。ハッキリ言って並以下である。
中学の時の副教科の技術面全てが普通。一気に凡人へと早変わりするのがこの太陽なのだ。因みに一番苦手なのは体育である。
が、頭はめちゃくちゃ良いので期末テストでは普通に満点を取る。何なのこの子。
続いて太陽の特徴について。
全体的にウェーブがかかった栗色の髪の毛を肩まで伸ばし、ひまわりの形をしたヘアピンを付けている。因みにウェーブはクセッ毛らしい。
目は少しタレ目で、常に優しく微笑んでいるのが彼女のデフォな表情である。
てか春斗も夏月も微笑んでる表情以外見た事が無いぐらいに太陽は一切表情を崩さない。
身長は155cmぐらいで、体型は見た目普通。因みにEである。何がとは言わないが。
そして性格はマイペースで、天然で、鈍感。
ふわふわゆるゆるな雰囲気を常に纏っていて、頭の中は完全にお花畑が完成している。手入れもバッチリだ。
そんな頭の中のお花が外にまで溢れて来そうな勢いでふわふわオーラを常に全開にさせている太陽に対して、明らかに好意を抱いている人物───言わずもがな夏月であるが、あれだけテンパって話しているにもかかわらず太陽は全く気付かない。何故か。鈍感だからだ。そりゃもうあり得ないぐらい。ドンマイ夏月。
───まぁ夏月本人も誰にもバレて無いと本気で思ってる辺りお互い様なのだが。
因みにこれが夏月がモテない理由その①。
『太陽への圧倒的好意』である。
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「えっと……太陽ちゃん?そろそろ私の事も紹介してもらえるとありがたいな」
いつもの2人のやり取りが一段落したところで、太陽と一緒に登校してきた女生徒が声をかけてきた。
「あ〜、そうだったね〜。えっと。春斗ちゃんと夏月ちゃんに〜、ご紹介します。私の〜、新しいお友達の───」
と、太陽が話し始めたところで春斗は初めてその女生徒に意識を向けた。
「───えっ?」
思わず声が出た。
いや、声が出ただけではない。その女生徒を見た瞬間、目を見開き、心臓が大きく鼓動した。
見間違いかと思った。夢なのかと思った。二度と見る事が出来ないと思ってた。絶対に──もう会えないと思ってた。だが確かにここにいる。
「春斗?」
「春斗ちゃん?」
「えっと……春斗くん……でいいんだよね?どうしたの?」
誰の声も、今の春斗には聞こえていない。
もう───春斗は彼女から目を離す事が出来なかった。
そして───
「─────ッ!?」
自然と涙が溢れてきた。
その涙に一番驚いたのは他でもない──春斗自身だ。
だが、止まらない。止まらない。止まらない。止められる訳が無い。
だって───
「は、春斗くん!?大丈夫?」
────目の前に花咲桜が立っているのだから。
その出会いを祝福するかのように──予鈴が鳴り響いたのだった。
たまに自分でも『太陽』を『たいよう』って読んじゃいます。誰だこの名前付けたやつ。自分じゃん。