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運命の先

 逃げる僕らを誰も追いかけてはこなかった。


 たくさんの人たちが燃える城を目の当たりにして、その場で動けなくなっていた。オロオロと家の中に隠れる人もいるけれど、国の外に逃げようと考える人はいなかった。

 平和な日常に捕らわれてしまうと、突然の非常時に、どう行動したら良いのかなんてわからなくなる。


「……うっ……っく……っ」


 ルリア様は、声を押し殺して泣いている。


 森の中は静かで、城の方からズシン、バラバラ、と何かが崩れ落ちるような音が僅かに聞こえてきた。何も聞こえなくなるまで、森の奥へ奥へと歩き続けた。森の奥は陽の光もそれ程多く届かず、寒く鬱蒼としている。


 やがて歩き疲れて、大きな木の根元に僕とルリア様は、寄り添うように座り込んだ。ここまで来れば、彼等も追いかけては来ないだろう。


 ルリア様の頭を撫でようとして触れると、その手は払い退けられた。ルリア様は何かを考えるようにじっと、一点を見つめていた。


「シュウ……わらわは、城を襲った奴等を知っている、そんな気がする」

「僕もです。恐ろしい、魔法使いのような気がします」


 ルリア様は、深紫の瞳で僕を見上げる。


「……父上は死んでしまっただろう」

「そうですね……」


 気休めなど、通用しないことはわかる。彼等は国王様を殺してからルリア様を探し、城下街にも魔法を放ったのだろう。


「夢の中で、わらわは彼奴らに何度か殺された。あれはただの夢では無かったのだ」

「そうですね。僕も同じ夢を見ました。でも、僕は……」


 僕は、彼等に殺された夢よりも、ルリア様を守りきれず、その道半ばで命を落とす夢を何度も見ていた。その度にルリア様に悲しい顔をさせてしまい、申し訳ない気持ちと無念さでいっぱいだった。ルリア様に抱きしめられながら、僕の体は動かなくなり、意識が遠退いていく記憶……。


「シュウ、わらわはひとりで生き残りたくなどない。父上もおらず、シュウもいないこの世に……生きる意味など無い」


 僕は何も言えなかった。ルリア様には生きて欲しいと思うけれど、僕もルリア様がいない世界で生きることなど無意味だと思う。ルリア様も……僕を失う夢を何度も見ているのかもしれない。


 ふと、左手に光る指輪を見つめた。ルリア様とお揃いの、永遠の愛を誓う指輪。


「ルリア様。先程、何かを言いかけていましたよね。続きを聞かせていただけませんか?」

「……先程?」

「僕が、ルリア様を愛していると、言った後です。」


「あ……」と呟くとルリア様は視線を泳がせる。


「……わ……わらわが……」


 ルリア様を見つめる。ルリア様は僕を見つめると、少しだけ恥じらうように微笑んだ。


「わらわが大人になる前に、シュウを他の女に取られたら困ると思った。わらわがシュウを守ってやろうと思ったのじゃ」

「他の者など、ルリア様の足元にも及びません。僕には、ルリア様しか見えておりません」


 僕のすぐ横で、ルリア様は嬉しそうに微笑みながら視線を落とす。他の者など、もう存在しないのだ。そっと、その柔らかな頬に触れると、ルリア様は真剣な眼差しを僕に向けた。


「わらわはもう、王女ではない。国は滅びた。シュウとわらわは主従関係ではない」

「……はい」


 返事をしながら、目蓋を閉じた。国王様や、仲間の兵士たち、使用人たち……たくさんの関わりあってきた人たちの顔が思い浮かぶ。こんな平和な国が何故滅びなくてはならないのか、理解できなかった。夢に見た二人の魔法使いの目的は何なのだろう……いや、どんな理由があったとしても、そんなことが許されるとは思えない。


「……もし、次に生まれ変わることが出来るなら、わらわは王女になどならぬ。シュウと同じ身分で、シュウと旅をする……世界をたくさん見て……たくさんの思い出を……」


 ルリア様は、そこまで言うと僕の手をぎゅっと握り、涙を零した。僕はルリア様の頭を引き寄せ、その小さな体を抱きしめる。いつも見る夢と同じ結末を迎えてしまうのならば、僕らはもうすぐ、彼等に殺されてしまう。もし、運良く彼等を倒せたとしても、僕はまた、ルリア様を残して死んでしまうのかもしれない。


 僕らは二人きりになってしまった。そして僕は、死が近いことを……感じている。


 逃げることなど、ほんの僅かな時間稼ぎでしか無いのかもしれない。


「城に戻ろう……シュウ」

「わかりました。ルリア様」


 僕は、ルリア様をゆっくりと解放すると、深紫の瞳を見据えた。


「一つだけ、約束をしてください」

「約束……?」


 僕は頷く。ルリア様は分からないといった様子で首を傾げる。


「もし、ルリア様より先に僕のこの命が尽きたとしても――」

「シュウ!!」


 ルリア様は目の色を変えて僕を怒鳴りつける。


「二度とそのようなことは口にするな! わらわを一人にすることは許さない……わらわより先に死ぬことは許さない!」

「僕にはルリア様を守り抜くことは出来ないのです。どんなに僕が強くなっても、それはきっと変えられないのです」


 ルリア様は目に涙をいっぱいに浮かべて、僕を睨む。愛おしいルリア様。僕も、ルリア様を残して先に尽きるのは……嫌です。そう言うことは簡単だけれど、それは余計にルリア様を追い詰める。


「もう……ひとりになるのは夢の中だけでたくさんじゃ! シュウ、約束してくれ……その時はわらわを殺せ……殺してくれ!!」


 僕に泣きつくルリア様に、僕は……返事をすることが出来ない。ルリア様をこの手で殺すことなど……できるはずもない。


「シュウ!! 返事をしろっ!!」

「ルリア様……でも僕は……」


 突然、ルリア様は僕の言葉を遮るように、ぎゅっと僕の肩にしがみついた。


「わらわたちの運命など、決まっておらぬ。わらわたちの生きる目的も死ぬ目的も、わらわたちが決めて良いと、わらわはそう思う……。同じことを繰り返す意味などない。わらわは、シュウと共に生きてシュウと共に死にたい。わらわの望みを、叶えてくれ……」

「ルリア様……」


 僕は、ルリア様を抱きしめた。強く、強く抱きしめた。


「約束します……その時は、僕がルリア様を殺します」


 そうだ。ルリア様の仰る通り、これ以上、同じ辛い思いをさせる必要なんてない。


 そう、僕の一番の望みもルリア様と同じだ。もう二度と、同じことを繰り返したくない。


 



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