そして始まる大問題 1-06
ざわつく教室、好奇な視線、ヒソヒソと耳打ちする姿。
あぁ、有名人ってこんな感じなんだろうな、
『野田昌也』と大きく書かれた黒板の前に立たされ
ペラペラとご丁寧に経緯を話してくれる原口先生の横で
昌也はそんな事を思っていた。
良い噂、悪い噂、どっちかは分からない。
だけど今この教室では
様々なニュースから記憶した昌也に対する情報を
みなで共有するように小さく言葉が飛び交い、
交差し、そこからまたあらぬ話しが飛び出していた。
そんな光景に内心辟易しながらも
諦めるしかないかと小さくため息をついた時、
「……って事で野田君、挨拶」
「……あっ、はい」
話が振られた事で現実へと戻ると定番の言葉を述べていた。
「野田昌也です、よろしく」
何の面白みもない、ただただ平凡な挨拶と同時に頭を軽く下げる。
その姿に教室内の生徒は一瞬躊躇しつつ、
いちおの歓迎を示すため拍手を起こした。
ただ、一人を覗いて
「ハイッ!ハイハイハイッ!」
拍手に劣らず、むしろ勝ちすぎな声を上げながら
一人の女性が手を挙げている。
その様子と耳への負担で顔をしかめる原口が
「ハイは1回でいい!それと声でかすぎ!佐々田っ!」
「ハイッ!」
怒られているはずなのに
嬉しそうに返事をする佐々田と呼ばれた女生徒。
ニコニコと笑顔がどこか眩しい彼女に
昌也は不思議な気持ちになる。
(はて、どこかで見たような……)
そんな疑問を余所に佐々田と呼ばれた女性は続ける。
「私っ!野田君に質問がありますっ!」
ザワリ、教室に瞬間動揺が走る。
それは昌也とて同じだった。
こんな状況でいきなり質問するとは
どういう精神構造をしているのかと昌也が思っていると
それは日常茶飯事なのか原口が半分諦めたように言った。
「分かった分かった、ただ時間もないからここでは一つだけな」
「ハイッ!」
元気な声で返事をし、
ぎゅっと握りしめた手を胸元へとやりながら視線が降りる。
何かを決意するかのように、気持ちを整理する姿。
その姿に昌也が逆に緊張する。
まるで絶体絶命の満塁のピンチを迎えたかのように
喉がカラカラに渇き始める。
それを少しでも改善しようと静かに唾で喉を潤すと
彼女の視線が上がり、同時に驚愕の一言が放たれた。
「甲子園でのあの一球……どうやって読んだんですかっ!」
「……はっ?」
シーン、と静まりかえる教室内。
ある者はいつものかと諦め顔で、
ある者はやれやれと呆れ、
ある先生は怒りで身体を震わせて、
また質問されたある者は状況が分からず戸惑いながら答えた。
「あの一球、って甲子園で?」
「ハイッ!あの逆転満塁本塁打のやつっ!」
そこまで言われて納得する昌也。
甲子園で放ったサヨナラ打、ノーボールツーストライクと追い込まれていた。
通常であればストライクゾーンから大きく外した
一球で打者の様子をみるのがセオリー。
特に一打同点、あるいはサヨナラの場面、
さらにはクリーンナップである3番バッター。
勝負に逸るのはあまりに危険なのだが、
「あれはだ……」
「さぁーさぁーだぁー……」
昌也が答えようとした矢先、隣から重厚でずっしりとした低音が響く。
それは昌也も驚愕する姿と声であった。
あれほど明瞭で女性特有の高音だった原口から
まるで閻魔の如く深い闇の音と
がっしりと捕まれた教卓が震えていたからだ。
瞬間、室内の生徒が自分の机を持ちながら脇へと退散していく。
そう、佐々田と呼ばれた女性を一人教室の真ん中に残しながら。
「おーまーえーはぁー……まーた、どうでもいい事をぉー……」
「どうでも良くないですっ!私にとっては大切な……グハッ!」
瞬間、佐々田はまるで150kmの直球を身体に受けた選手のように
その場で悲鳴を上げ崩れ落ちていく。
原口の言葉にムッとしながら抵抗した佐々田の身体には
どこから取り出したのか硬球の白球が深々と突き刺さっていたのだ。
「だからそれがどうでもいい事なんじゃっ!ワレッ!」
原口の言葉と共に鳴るチャイム。
それはまるでボクシングの勝者を告げるゴングのようだな、
と、昌也は冷静を装いながら渇いた笑顔で思うのだった。
こんばんわ、作者です。
先週より再会しましたこの連載、
今のところ前作と同じように週一での更新、になりそうです。
なので前回に引き続きの方、新規の方、
いつも通り活動報告やツイッターでお知らせしていきますのでよろしくお願いします。
ここまでお読み頂きありがとうございます。