日曜日のその後
「ただいまー、って、なんスか、これ……」
移動魔法でカメラ前から速攻退散して部屋に戻ったオレ様は、その様子に自分の目を疑った。
「お帰り-。軽く片付けといたから、あと細かいトコは自分でやれよー。」
頭にバンダナを巻き、どこから見つけてきたのか、ハタキを手に、本棚をパタパタしながら勇者が言った。
「もう充分綺麗ッスよ。あざーっす。マジ大助かりッス。勇者より、こういうコトのがむいてるんじゃないッスか?」
ふざけんな、的な返しがくるかと思いきや、
「……ああ、そうかもな。」
自嘲気味な笑みでそう返され、戸惑った。
「あれ? 後ろにいる人、さっきの……」
「うん、リポーターさん。タイプだから連れてきたッス。」
「おいおい、誘拐はヤバいだろ。」
「まあまあ。紹介しまーす。度胸座りまくりのリポーターさん……の姿形声仕草を完全コピーで変身した……」
「えーっ! イッコマエ・ノ・チューボスぅ!?」
「そ。オレ様にインタビューしてたの、イッコマエさんだったんスよ。」
「イッコマエさん、そんな能力あったのかよ。すっげぇ!」
「……本気発言ッスか、それ。」
「えっ? なんかヘンなコト言ったか? 俺。」
「イッコマエさんとの戦闘、思い出してもみるッス。」
「えっと……自分が魔王だ、ってバトル始まって、倒してみたら別人だった……って、ああっ、アレ! あの能力か!」
「……ホント、残念勇者ッスね。」
「悪かったな、残念な勇者で!」
あ、今度は反発してきた。
「ホンモノのリポーターさんはちゃんと向こうにいるッス。あ、イッコマエさん、代役、おつかれっしたー。」
「魔王さんも初のテレビ出演、お疲れさまでした。」
「超緊張したッスよ~、カメラの前。思ってたことの半分も言えなかったッス。」
「どこが超緊張だよ。めっちゃノリノリでしゃべり倒してたじゃねぇか!」
「え、そう見えたッスか?」
「バッチリカメラ目線で、なぁ、イッコマエさん。」
「そうですね、いつも通りの魔王さんでしたね。」
「マジッスか?」
「マジッス、です。それでは、そろそろ夕食の準備に行きます。」
「飯、イッコマエさんが作るのかよ!?」
「勇者さんの分も用意しますね。」
「ゴチになります!」
馴染みのある勇者の様子に、なぜかホッとしているオレ様がいた。
「しっかし、驚いたぜ。急に呼び出されて、何かと思ったら、派手な戦闘シーンで死ね、って。」
「迫真の演技だったッスよ。」
「わりと本気だったっての。しばらく動けなかったんだぞ、あの後。」
「えっ、オレ様1割の力も出してなかったッスよ。」
「えーっ、マジかよぉ~。」
バンダナを外し、髪をくしゃくしゃっとしてため息をつく勇者。
「バトって死ね、もビックリだけど、何よりも驚きなのは、お前の世界征服計画な。魔王城を観光スポットにして、村起こし町起こし、豊かで明るい世界を!……って、これ、征服っつーか、救済じゃね?」
「そうかもだけど、イヤなんスよね、オレ様。暴力で制圧、とか、恐怖で支配、とか、そういう陰湿なの。そんな世界を手に入れても楽しくないなぁって。ダメッスかね?」
「いや、ダメじゃねぇけど、ホントに魔王か? お前。」
「らしくない魔王でゴメンねー、残念勇者さん。」
ついさっき誰かに向けたようなセリフを吐いて、その時と同じくニヤリとしてみせる。
「あー、それそれ! 笑ってるけど笑ってないその悪そうな目! やっぱ魔王だわ、お前。」
「先祖代々魔王の家系ッスからね。」
少しの沈黙のあと、勇者がポツリとつぶやいた。
「……なんか、いいな、そういうの。自分が何者なのか、ってのがはっきりしてる感じ。」
「えっ?」
「俺さ、親の顔知らねぇんだ。物心着く前に亡くなったって聞いてんだけど、詳しいことは全然。」
「…………」
「教会で面倒みてもらってて、10才の時里親に引き取られたんだけど、里子というか、労働力、奴隷扱いみたいな? 朝から晩まで、休みの日なんてもちろん無しで、打っ倒れるまで、いや、打っ倒れても働かされた。おかげで、掃除洗濯重労働、すっかり得意になったけどな。」
この顔。
さっきの自嘲気味な笑みと一緒……
そうか。
あの時、昔のことを思い出させちゃったんスね……
「……ごめんッス。」
「ん? なにが?」
「なんでもないッス。」
「……ま、いっか。で、5、6年くらい前、16才の頃、世の中がなんか騒がしくなって。魔王が降臨しただの、魔王城が降ってきただの、凶悪なモンスターが世界中で暴れてるだの、って。」
「その降臨した魔王っていうの、オレ様のコトッスね。」
「あ、やっぱお前だったのか。その魔王降臨ってのが、何のために生きてんのか、自分は何者なのかわかんねぇ、モヤモヤした毎日に絶望してた俺には物凄い希望に思えた。魔王打っ倒してくる、っつって、すぐさま飛び出した。で、現在に至る……って、何気にお前の救済的世界征服って、当初からだったんだな。」
「?」
「お前の登場がなかったら、俺、今もあの家で、死んでるみたいに生きてたか、この世から消えてたか、ろくなコトなかっただろうからさ。知らないうちに、世界征服計画に救われてた。」
「感謝してくれていいッスよ。『魔王様、あざーっすっ! マジ感謝!』って。」
「調子に乗んな!」
あーあ、と特大のため息をつきながら、勇者はゴロンと床に寝転んだ。
「打っ倒しにきた魔王はバカみてぇに強いし、いいヤツなんだか悪いヤツなんだかわかんねぇから倒し辛いし、どーすっかなぁ、これから。」
「一緒に来るッスか? 『ニコマエ・ノ・チューボス』として。」
「だぁれが、魔王の手下になんかなるかよ!」
差し出した手を、バシッと払われる。
「でも、新天地で、お眼鏡にかなう勇者が来なかった時のためになら、着いていってやってもいいぜ。」
勇者のほうから手を差し出される。
「派手な戦闘シーンを演じる、勇者役俳優として。」
その手をグッと掴んで、引っ張り起こす。
「よろしくッス!」
「おう。」
「魔王さーん、勇者さーん、ごはんですよー。」
「はーい。ほら、行くッスよ、残念勇者。」
「いい加減その呼び名、やめろよ。」
「おっと失礼。行くッスよ、残念。」
「後半部分略すなっ!」