日曜日
「大型連休最終日の今日はこちら、今話題の魔王城前にやってきましたー。ご覧下さい、この大勢の人、人、人。」
「あらーっ、お姉ちゃんべっぴんさんねー! これ、どうどう、これ。魔王城まんじゅう!」
「なんだかとっても元気なお母さんに声をかけられましたよ。こんにちは-。え、何ですか? 魔王城まんじゅう? 見て下さい、ほら、おまんじゅうにお城の焼き印が捺してあるんですよ、ほらー。」
「一番人気のおみやげなのよぉ。あとね、これも人気。」
「魔王せんべいに、こちら、何ですか? STP48クッキーって?」
「下っ端よぉ、し(S)たっ(T)ぱ(P)! そこいらにいる、かわいい感じのモンスターをイラストにしてね、プリントしたの。48種類あるけど、なかなか揃わないって、何度も買いに来てくれる人も結構いるのよぉ。」
「商売上手ですねー、お母さん。こんな感じで、露店とかお土産屋さんもたくさんあって、キャッ!」
突如響く爆音。
テレビカメラがいち早く爆音の原因を映し出す。
「今、何かが爆発したような音がしました。魔王城の上のほう、煙が上がっています。」
冷静に実況を続ける女性リポーター。
「みなさーん、お城から離れてくださーい! こちらに集まってくださーい!」
冷静に客を誘導する添乗員。
「爆発音が聞こえた辺りなんですが、壁に大きな穴が空いています。中の様子なんですが、カメラで捉えられるでしょうか。人影が……魔王? 魔王ですか、あれ!」
「魔王だって!」
「えっ、ホンモノ?」
「『速報 魔王城、なう。爆発で穴あいた。』」
「もう一人いるようです。あれは……」
「勇者じゃない? 最近、あんな格好の青年を見かけたわ。」
「えー、目撃者の情報によりますと、魔王と対峙しているのは勇者ではないか、とのことです。」
「なになに? 勇者と魔王、バトってんの?」
「写真写真!」
「動画だろ、動画!」
「『特報 勇者と魔王のバトル ライブ配信!!』」
「えー、大型連休最終日、大変な事が起こりました。魔王城で、魔王と勇者のバトルが始まったようです。あっ、勇者が剣を大きく振りかぶり、魔王に斬りかかりました! 魔王、剣で勇者の攻撃を防ぎ、ああっ! 勇者が飛ばされましたっ!」
城周辺にいる人々からどよめきが起こる。
「勇者、圧されてる?」
「このまま魔王が勝ったらどうなるの?」
「魔王が支配する世界になるんじゃね?」
「え、それヤバくない?」
剣を支えにするようして立ち上がる勇者。
肩を大きく上下させ、かなり消耗した様子だが、剣を構え直し、魔王をキッとにらみつける。
対する魔王は、
「勇者、なんとか立ち上がったようです。魔王のほうは……左手の辺りに光が集まって来ているような状態、何かしらの攻撃呪文でしょうか、どんどん光が強くなっていきます!」
「ここにいて大丈夫かな?」
「離れた方が良くない?」
「ツアー参加者のみなさーん、バスに戻ってくださーい!」
「あっ、勇者が魔王に向かって駆け出しました! 床を蹴り、大きく跳躍! 魔王も左手を勇者に向けました、凄まじい光です! キャーッ!!」
城全体が光に覆われ、辺りが真っ白になる。
初めのものとは比べ物にならないほどの爆音が轟き、城はおろか、町全体を揺らす。
突然の出来事に、人々は逃げることも出来ず、頭を庇うようにしてその場にうずくまる。
少し顔を上げると、リポーターが倒れているのが見えた。
実況に集中していたため、防御する間もなく、衝撃をもろに受けたのだろう。
「大丈夫ですか?」
脈も呼吸もある。
目に見える大きな怪我もないようだし、気を失っているだけのようだ。
私は揺れが小さくなるとすぐ、カメラを手に立ち上がり、魔王城にレンズを向けた。
さらに壁が崩れ、見通しが良くなった魔王城。
だが、先ほどまでの二人の姿がない。
「どこに行ったんだ?」
「オレ様ならここッスよ。」
「うわぁっ!?」
目の前に突如現れたその顔に、カメラを構えたまま、尻もちをつく。
「大丈夫ッスか?」
差し出された手に助け起こされたが、コイツって……
「あ……あなた、もしかして……」
いつの間にか復活したリポーターも気付いたらしい。
そう、この男は……
「ども、オレ様、魔王ッス。」
屈託のない笑顔が逆に怖い。
「きょ、許可も取らずに撮影してしまってすみませんっ! あ、あの、今からでもカメラとめま……」
「全然OKッスよ、撮ってくれて。ああ、一般の方もどーぞ。写真も動画もSNSにバンバン上げちゃっていいッスよ。」
「あ、ありがとうございます。厚かましいお願いですけど、ちょっとお話お伺いしても……」
おいおい、そりゃ無理だろう、リポーター!
「いいッスよ。」
軽っ!
本当に魔王か? コイツ。
と、思った瞬間、
『チャラい魔王でゴメンねー、カメラさん。』
「!!」
な、なんだ?
脳に直接声が届いてきたような……
カメラ越しではなく直接見ると、男はニヤリと笑った。
だが、その目はとてつもなく冷たい。
慌ててカメラを構え直すが、不覚にも手が震える。
そんな見えないやりとりを知るよしもない、度胸の座ったリポーターは、マイクを手に、魔王の横で笑顔を見せる。
「大型連休最大のサプライズ、今話題の魔王様ご本人が、なんと、カメラの前に来て下さいましたよー! どうも、初めまして-。」
……本っ当ーに度胸座ってんなぁ、コイツ。
「どーもー。あ、『様』なんてガラじゃないんで、呼び捨てでいいッスよ。なんかすんません、城見に来てくれたのに、騒がしくしちゃってて。」
「急にお城に穴が空いちゃってビックリしたんですけれど、なにがあったんですか?」
「なんか、勇者だとかいうヤツがケンカ売ってきて、オレ様的にもビックリッスよー。」
「私達も外から、勇者さんと戦ってるのかなぁ、って見てたんですが、やはりそうだったんですね。で、今ここに魔王さんがいらっしゃるということは?」
「きっちり始末させていただきましたーっ!」
「さすが魔王さん、強いですねー!」
「あざーっす!」
おいおい、軽いやりとりを繰り広げてくれちゃってるけど、とんでもない発言てんこ盛りだぞ!
「勇者さんとのバトルに勝利したということは、明日からこの世界は魔王さんの物、ってことですか?」
「そうッスねぇ、明日、いや……」
リポーター寄りだった視線をまっすぐカメラに向け、魔王は言った。
「今、この瞬間から、オレ様のモンっしょ。」
笑顔だが、目は、笑ってない。
その変化を感じ取ったのか、和やかだった周辺の空気が瞬時に凍りつく。
「って、思ったんスけど、あっけなく勝負ついちゃって、不完全燃焼なんスよねー。つーワケで、引き続き、勇者募集ッス。」
「……えっ?」
魔王のあっけらかんとした物言いに、張り詰めた空気がフッと緩む。
「オレ様が納得のいく闘いができるまでは、世界は今まで通りみなさんのモノ、ひとまずみなさんに預けとくッス。」
リポーターから再びカメラに向き直る魔王。
「今回の勇者は一人で乗り込んで来たけど、何人で来ても構わないッスよ。でも、100人とかはさすがに無理ッス。オレ様の部屋、それほど広くないんで。どっかの空き地でならありッスけど。つーワケで、我こそは!ってヒト、どんどん来ちゃってくださーい。オレ様、城で待ってるんで。」
勇者募集の告知をする魔王の笑顔は無邪気そのもので、先ほど一瞬見せた冷たさは一切感じさせない。
どちらが本当の貌なのか。
「あ、そうそう。オレ様、この城を卒業するッス。」
「えっ? どういうことですか?」
「ここに城を構えて結構経つけど、なっかなか来ないんスよねー、勇者。オレ様のトコまで辿り着いたの、さっきの人がお初ッスよ? しかも、劇弱ッスよ? だから、もっと手応えのある勇者を探しに、オレ様のほうから出向いちゃおうかなーって。」
「お引っ越しってことですか?」
「そうそう。まだどこに行くか決めてないんでー……これも募集しちゃっていいッスかね? 魔王城カモンっ!って市町村、都道府県、州、国、ご連絡くださーい! 場所さえ提供してもらえれば、城はこっち負担で建てるんで。じゃ、そろそろ戻りますね。部屋ん中、めっちゃくちゃだから、片付けないと。」
「そうですね。長々とお付き合いいただいてありがとうございました-。以上、魔王城前から、魔王さんと一緒にお送りしましたー。」
「引っ越してもこの城は残しておくんで、お好きに利用してくださーい。」
中継が終わると同時に、魔王は姿を消した。
なぜかリポーターも。
背後からうめき声が聞こえ、振り返ると、さっきまで魔王と漫才さながらのトークを展開していたリポーターが倒れていた。
わけがわからないながらも、リポーターに駆けより、抱き起こす。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫です。……えっと、どうなりました? 勇者と魔王の対決。」
本当にわけがわからない。
私以上にわけがわからず不安げな顔のリポーターに、かける言葉を必死に探す。
「圧倒的な力の差で、魔王の勝利です。」
「えぇーっ!!!!」
……再び、気を失わせてしまいました。