土曜日
『誕生月うらな~い』
……
『今日の激ガッカリンは、8月生まれのアナタ!』
…………
『長年の夢に迷いが生じそう。一度立ち止まって考えてみて。』
………………
『そんなアナタのラッキープレイスは 』
……………………
「おーい、どう? 悩み解消した?」
いつも通りの無駄に重い扉を開いて中を覗いてみる。
誰もいない。
「あれ? おーい魔王-。どこ行ったんだ、あいつ。」
何年ぶりッスかね、城の外に出るの。
「みなさーん、こちらにお集まりくださーい。」
やたら明るい女の人の声が聞こえる。
目をやると、小さな旗を持った女性の周りに、たくさんの人が集まっていた。
「ご覧下さい。こちらが今話題の魔王が住んでいるお城、魔王城でーす。」
えっ?
「ああ、中には絶対に入らないでくださいねー。どんな仕掛けがあるかわかりませんし、なにより、魔王のおうちですから、勝手に入ったら不法侵入で逮捕されちゃいますよー。」
えっ、えっ、なにごと?
「写真を撮るなら、ここからがおすすめ! お城全体がバッチリ収まるんですよ-。これからお城の周りをぐるーっと1周歩きますが、絶対、ぜーったい、敷地内に入らないでくださいねー。あ、フリじゃないですよ。ホント、入らないでくださいね。では出発しまーす。」
女性を先頭に、オレ様の城の周りを歩き出す人達。
時折写真撮影したりしながら。
もしかして、観光地化されてる!?
良く見たら、道とか整備されてるし、大型バスOKな広い駐車場できてるし、
「あらーっ、ちょっとちょっとそこのカッコいいお兄ちゃんっ!」
バッチーンと背中に衝撃が走る。
振り返ると、ふくよかで豪快そうなおばちゃんがニコニコ顔で立っていた。
「お兄ちゃん、観光? これ、どうどう、これ。ちょっと食べてみて-!」
差し出す紙皿の上には、試食用と思われる、爪楊枝の刺さった何か。
余談なんスけど、この『おばちゃん』という種族が勇者として現れたら、ちょっと勝てる自信ないかもッス。
「これね、一番人気のおみやげ、魔王城まんじゅう。」
「ま、魔王城まんじゅう……」
辺りを見ると、露店やら土産物屋やらがそこここに。
もしかしなくても、観光地化されてるッス。
「8個中甘い餡が入ってるのは1個だけ。あとの7個は激辛やら激ニガやらで、もぉー、大っ変!」
「うわー、鬼ッスねー。」
「これもね、人気。魔王せんべい。」
「それもとんでもない味なんスか?」
「味は普通。でも、岩のように堅いの。」
「鬼ッスねー。」
「鬼っていうか、魔王ね!」
バッチンバッチン背中に決まるおばちゃんパンチ。
ちょっとHP減った気が……
「あー、ゴメンね、おばちゃん。オレ様持ち合わせがなくて。」
「あっらー、ざーんねん。じゃあこれ1枚あげちゃう。STP48クッキー。」
「STP?」
「下っ端よぉ、し(S)たっ(T)ぱ(P)!」
「あー、なるほど。」
「味も堅さもフツーのクッキーだから、ささささ、どーぞ。」
「あざーっす。また今度お邪魔するッス。」
これ以上HP削られないうちに退散ッス。
目的地に向かう途中の森の中、一際大きな木の前を通りかかった時、微かに聞こえたしゃくり泣きの声に足を止める。
木の後ろに回ってみると、根本に空いた大きな穴の中で、膝に顔を埋めて肩を上下させている子供がいた。
「大丈夫ッスか?」
声をかけると、子供はビクッとなり、恐る恐るという感じで顔をあげた。
「あー、大丈夫、怖くないッスよ。どうしたんスか? 迷ったんスか?」
手で涙を拭いながらうなずく子供。
「おうちはどこッスか?」
「……きょう、かい」
「きょうかい? 教会ッスか?」
コクリ
「ちょうどオレ様も教会に行くトコなんスよ。一緒に……」
「行くっ!」
勢いよく飛び出してきた男の子は、よほど心細かったのか、オレ様の腕にギューッとしがみついた。
「そんなにくっついてたら動けないッスよ。あ、これ、もらったヤツだけど、食う?」
「STP48クッキーだ。」
「有名ッスね、このクッキー。ほい。」
「ありがとう!」
男の子はクッキーを半分に割り、オレ様に差し出した。
「はんぶんこね。」
「あ……あざっす。」
教会の前には、数人の子供がいて、その中の一人がこちらに気付き、声をあげた。
「あっ! 帰って来たー!」
こちらに向かって走ってくる子供達。
迷子少年も、オレ様の手をパッと離し、仲間の元へと駆けだした。
仲間達にもみくちゃにされながら、泣き笑い顔の迷子少年。
「こっちこっち! あのお兄さん!」
女の子に引っ張られ、教会の後ろから修道服姿の女性がやってきた。
「うちのコがお世話になりまして、ありがとうございました。」
「いえいえ、オレ様もここに来るトコだったんで。」
「あら、そうでしたか。どのようなご用でしょう?」
「用ってか、今日のラッキープレイスが教会だったんで。」
「まあ。それで、何かいいことはありましたか?」
「そうッスねぇ……いいコトっつーか、久々にここら辺歩いたんスけど、にぎやかになっててビックリしたッス。」
「そうですね。以前は本当に何もない寂れた田舎町でした。魔王城が現れてからですね、この辺りが活気付いてきたのは。」
「えっ、そうなんスか?」
「城が現れてすぐの頃は、逃げ出す人達も多くて、さらに貧しい町になったんです。でも、魔王城を目指す冒険者が世界中からやってくるようになって、その方々の為の施設が作られ、それを好機とみた商売人の方々が集まって……」
「それであんなににぎわってるんスね。」
「この教会も恩恵を受けているんです。戦いで傷付いた方の治療、解呪、蘇生などの際に納めていただく寄付のおかげで、身寄りのないあのコ達に、今までよりずっといい暮らしをさせてあげられるようになりました。シスターの身で、本当に不謹慎だと思いますが、少し、魔王に感謝してるんです。」
「……魔王が聞いたらビックリするッスよ、きっと。」
「ですね。」
シスターと共に、元気いっぱい走り回る子供達をしばらく無言で眺める。
「うん、ラッキープレイスだ。来て良かったッス。」
「あ、魔王さん、どこへ行ってたんですか?」
城に戻ると、イッコマエ・ノ・チューボスが玄関ホールで待っていた。
「ん、ちょっと散歩? てか、なんかあった?」
「残念勇者が来てたんですけど、ちょっと前に帰りました。これ、おみやげだそうです。」
「残念勇者来てたのかー。悪いコトしちゃったッスね。」
手渡された袋から出てきたのは
「何ですか?『銘菓 魔王せんべい』って。」
「人気のおみやげらしいッスよ。ほい、一枚。」
二人で同時にかじってみる。
ガギッ
「っったぁ~、めちゃめちゃ堅いじゃないですか、これぇ~。」
「魔王でも歯が立たないって、これ本当にせんべいッスかね。」
おばちゃんが本気でレベル上げて挑んできたら、勝てそうにないッス、冗談抜きで。