『赤い月が上る夜、血に塗るポセイドンの三ツ又の――』
こんにちわ(^-^)現役女子高生の藤峰男です(*´∀`)♪
愛車『キャデラック エルドラド』
チリーン、とベルの音が鳴りました。どうやらお客様が来られたようです。
わたしはすっかり脱力しきっていた頬をパンと叩くと、表情を引き締めます。出勤してから、実に8時間後のことでした。
私の表情は浮かないものです。勤務開始8時間。この時間からの対応は、確実に残業です。はぁ、小うるさい上司から小うるさいお説教を受けるのは必至です。
しかしお客様に罪はありません。わたしは天使として精一杯、お客様の要望に沿った転生サービスを提供するまでです。
……出来れば、『サービス評価アンケート』にお答えください。対応スタッフの名前欄に『女神』とお書きになって、その下のチェック欄は全て一番右の枠に……、あっ、真ん中辺りで引っ掛け項目があるので、釣られてチェックしないようお気を付け下さい。そこだけ一番左です。
お客様が起きられたようです。外見は……、鉢巻きをされてますね。丸渕眼鏡、男性にしては長い髪、厚い唇、失礼ですが、ちょっとお太りになられているというか……。もしかして、お相撲取りの方でしょうか。お相撲取りの方なら前に対応したことがあります。それならあの長い髪も髷を結う為なのでしょう。
「おはようございます。突然ですが、あなたはお亡くなりになりました」
「詳細キボンヌ」
「はい?」
えっと……。いけないですね、わたしは女神失格です。この空間に移送されたばかりのお客様は、ストレスやパニックで不安定な状態にあります。わたしたち女神がお客様の前で取り乱すと、お客様に一層不安を与えてしまうのです。
確か今の言葉はミムヌック諸島の島語で『どういうことですか?』。落ち着くのです女神、通訳をこなしながら、お客様のご要望を叶えるのです。
それにしてもミムヌック諸島……、女神の研修期間に、同期30名でお邪魔しました。
ミムヌック諸島といえば、ヨイヨイヒ王国に一番近い島国で、天界ドーム30個ほどの広さに約80万ほどの人間が暮らしている、常夏の楽園です。中でも国技として有名なのが、球野。18人を2つのチームに分け、ボールでバットを打つ球技の一種です。わたしと数人の同期が参加したのですが、全治2週間の怪我を負ったのはいい思い出です。
わたしはお客様に視線を戻します。まずはお客様のお名前を尋ねます。
「kwsk」
「はい?」
わたしは思わずお客様の履歴書を呼び出しました。これ以上の狼狽は、お客様に失礼だと判断したからです。
お客様の名前は『川崎ゆうすけ』。なるほど、川崎を略してお伝えになられた訳ですね。これもわたしの失態です。お客様のお心を把握できるよう、一日一日を大切に精進していきます。それにしても、職業欄『香具師』か、かぐし……、でしょうか。最近わたしの勉強不足が顕著に現れています。
さて、次は転生サービスの選択です。例によって3枚の紙を取り出すと、机の上に並べました。『帰還』『現世転生』『異世界転生』。お客様はどのサービスをお選びになられるのでしょうか。
「これでFA」
そう言って、『現世転生』の紙を持ち上げられました。しかしよろしいのでしょうか。『これでFA』はミムヌック語で『異世界転生でお願いします』の意。わたしは悩みました。悩んだ末、お客様の手を信じることにしました。ミムヌック諸島には『手は口ほどにものを言う』ということわざがあります。意味は分かりませんが、なんとなく手>口のような気がします。きっとそうです。
ということで、『異世界転生』を念頭に置いて話を進めます。次は異世界の選択です。また例によって、数枚のアンケート用紙を机の上に並べました。
果たして、記入済みのアンケート用紙に視線を走らせ、お客様にぴったりの異世界を提案します。
「ここなんかいかがでしょう」
『赤い月が上る夜、血に塗るポセイドンの三ツ又の――』
「ガッ!」
「はい?」
「スマソ」
い、いきなり愛の告白を受けたのでビックリしました! 大丈夫かな? わたし今、愛の告白を受けちゃってます!
ですが女神に私情は禁物。お客様の言葉も聞き流して、お仕事を遂行せねばなりません。
どうやらわたしの選んだ異世界は、お客様の要望にはお応えできていなかったようです。
「でしたら、備考欄に詳細な要望をお書き下さい」
しばらく待つと、お客様は記入した用紙を差し出してきました。な、なんということでしょう!
『お金持ちの家に生まれて豪遊生活』
これをミムヌック語に訳すると……、口にするのも憚られます! お客様、まさかこの世界の全てを1人で背負われるおつもりですか!?
わたしはしかと頷きました。お客様の瞳に一切の迷いはありません。しばらくして、お客様を光の粒子が包みます。
「乙カレー」
お客様はこう言い残して、異世界に転生されました。わたしの頬には一筋、光るものがありました。