殺戮へと向かう一球
虚ろな目をした丸ノ内は、星の頭に拳銃を突きつけたまま話し始めた。
「そうよ、その通り。私の本当の名前は真田 沙奈。そして、私の父の名前は真田 太郎! こいつら三人の悪魔の手によって殺された男の娘だ!」
真田 太郎。 『シンタロー』の愛称で多くの野球ファン達から親しまれていた聖蹟ライオンズの四番バッター。
誰もが認める日本球界一を誇る大打者、だった。そう、あの悲劇的な事件が起こるまでは。
そこにはもう先ほどまで、野口の死を悲しむようにしていた彼女の表情はどこにもなかった。
「君があの真田君の娘だったなんて。だが、ちょっと待ってくれ。殺された? あれは不運な事故だ。野球じゃ投手の手元が狂うなんてことは、よくあることだ。そのくらい君だって分かるだろ!」
金本が声を張り上げ、必死に説得を試みようとしている。
「じゃあ、もしあれが事故ではなかったとしたら?」
「なっ、どういう意味だ。まさか」
「そう、そのまさかよ! あれは事故なんかじゃなかった。父はね、殺されたの」
「あの試合でファルコンズが日本一にならなければ、監督としての自らの進退が危ぶまれていた嶋が、野口に大金を積んで、故意に父の身体にボールをぶつけさせたのよ!」
金本が信じられないというような表情で、丸ノ内のその言葉を聞いていた。
「その日本シリーズの七連戦、父が、四番打者のシンタローさえ離脱してしまえば、優勝できるとでも嶋は考えていたのでしょうね」
「私はあの事件の真相を確かめるために野口に近づいた。死球は野球ではよくあることだ。そんなことは知っている。あれは事故だ。そう何度も自分に言い聞かせた。少しでも、野口に自責の念があれば、何もしないつもりだった。でも──」
─数年前 都内某所─
「ああ? シンタローへの死球だって?」
都市の中心部にある洒落たバーのカウンターで、すっかり酔い潰れた野口は、私の前で陽気に語り出した。
「ハハハ。あれは、監督様のご命令だったんだよ! 奴にぶつけろってな。にしても、まさか死んじまうなんて、あのおっさん、もうすでに身体ボロボロだったんじゃねえのか?」
その言葉を聞いたとき、私の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
こいつは、こいつらだけは、絶対に許せない。
殺してやる、どんな手を使っても。そう心に決めた瞬間だった。
「まあ、でも安心しろ。暴力団の奴らに金も積んだし、星の奴にも、でっち上げの記事を書かせたからな。ほとぼりなんて、あっという間に冷めちまった! 全く逆にいい迷惑だぜ。ハハハハハ」
──
「父の死後、しばらくして急にニュースで、父の評判を失墜させるような記事が多く出回った。ありもしない野球賭博の疑いや、薬物使用の疑惑。気が付けば世論は、シンタローは死んでも仕方ない人間だった、あいつは、野球の神様に見放されたんだ、という方向に傾き始めていた」
丸ノ内の声は、小さく震え始めていた。
「父はそんな人間じゃない! 誰よりも、野球に真剣に向き合い、そして私をずっと一人で育てあげてくれた」
「父の復讐のために嶋と野口の二人を殺したのは私! あとは、この男さえ殺せば、全て終わりだ」
「ヒイッ。待ってくれ。僕は悪くない。野口の奴に脅されて仕方がなかったんだよ。頼む、殺さないでくれ」
星は立ち上がることも出来ず、泣き叫びながら、命乞いをしている。
俺がすべきこと。それは──
「丸ノ内さん。どうして嘘なんてつくんですか?」
俺のその言葉に、丸ノ内の肩がピクッと震える。
「嘘? いったい何を言っているのかしら?」
「僕は、あなたが二人を直接殺した犯人だなんて一言も言っていませんよ」
「何が言いたいの?」
「あなたには、確かに二人を殺す動機がありました。シンタローさんの娘であるということもその通りなのでしょう。でも、今回の犯行を、あなた一人で行えるとは到底思えません」
「何言ってるの。違う。違う違う違う! 全部私が一人でやったんだ!」
叫び声を上げる丸ノ内に、目をやりながら、俺は言葉を続ける。
「なあ、もういいだろ? 丸ノ内さんと協力し、二人を殺害した本当の実行犯は──」
「田島、お前なんだよな?」
俺の目線の先には、俯いたまま何も言葉を発することなく佇んでいる田島 耕一の姿があった。