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親子

 殺された嶋の手に握られていた謎の一通の手紙とそこに記されたメッセージ。


『九回裏、二死満塁。初球、内角真ん中フォーク。カウント、1ボール』


 野球の試合を、そしてピッチャーの球種を指し示しているように見える。だが一体、何のためにこんなメッセージを。


「け、警察! すぐに警察に連絡だ!!」


 星が我に返ったように叫び声をあげ、電話のあるロビーへと駆け下りていった。




「な、なあ。酒々井、お前大丈夫か。仮にも嶋さんはお前の──」


 田島が気遣うような口調で俺に声をかけてきた。


「田島、前にも言ったろ。俺はこんな奴、親父だと思ったことなんて一度もないんだって」


 俺はため息をつきながら、そう答える。


 そう。俺と母さんを捨てて出て行ったこんな奴のことなんて。


 この男の血が自分の身体中に流れていることすらも忌々しいというのに。




「それよりも田島、これ何だと思う?」


 狼狽えている田島をよそに、俺は嶋が握っていた手紙を見せた。


「何だこれ。ピッチャーの配球か何かか? まさか、フォークだからってこの食器のフォークとかけている訳じゃないよな。ガキじゃあるまいし」


 その時、横にいた野口が焦燥しきった顔で声をあげた。


「馬鹿な。これは、十年前のあの試合の? ま、まさかあいつが? いや、そんなことはありえない」


 野口が震えるような声でそう呟きながら、遺体のそばから後ずさりした。


「野口さん、十年前の試合って一体どういう」


 そう聞き返そうとしたそのときだった。


「電話がぁ、で、電話線が切られていて使えないんだ」


 星が今にも泣き出しそうな顔で部屋に駆け込んできた。



「一体どういうことだ、これは。ミステリー小説の世界でもあるまいに」


「何なのこれ。私、ただ雄飛さんとバカンスしに来ただけなのに。聞いてないよ、こんなことになるなんて」


「ですが、金本さん。少々困ったことになりましたね。この島では携帯電話が繋がりませんので、本土と連絡を取るにはフェリーが来るのを待つしか」


 室戸いわく、迎えの船もこちらから連絡しない限りは、二日間はやって来ない手筈になっているようだ。



「冗談でしょ。殺人犯が潜んでいるかもしれないこの島で、あと二日も過ごさなきゃいけないっていうの?」


 丸ノ内が震えながら、か細い声をあげる。


「ぼ、僕らはこの島に来てから、監督と接触する機会なんて、全く無かったんだ。 なら犯人は、その子しかいないじゃないか! 食事に睡眠薬を盛るなり、やりようはいくらでもあるはずだ」


 そう言って、星が室戸を指差した。


「そ、そんな私はそんなこと」


「いや、もう一人だけいる。慎太郎君が、昨夜からこの島に来ているようだ。信じたくはないが、彼の犯行という可能性も」


 金本が、室戸を庇うかのように口を挟む。


「室戸さん。今朝、藤川さんがいらしたと仰っていましたよね? そのとき、何か変わった様子とかは、ありませんでしたか?」


 室戸が、すっかり怯えきった様子で答える。


「あ、えと。いえ、特には。あ、でもそういえば慎太郎さん、いらした際に何やら嶋さんに渡す手紙がある、とおっしゃっていましたが」


 その場にいた全員が、ハッと息を飲み込む。


「それ、どんな手紙だったかは聞いていないんですか?」


「いえ、まさかそこまでは。こんなことになるなんて思いもしませんでしたし」




 嶋の遺体の手に握られていた一通の手紙。それは失踪中の藤川さんが渡したものなのだろうか。


 その手紙に記されていた謎のメッセージ。


 そして、まるでそれを体現するかのように心臓にフォークを突き立てられ、死んでいた嶋。


 金本の言うように、ミステリー小説の世界に紛れ込んでしまったかのようだ。




「とにかく、今日はもう遅い。各自、軽く食事をいただいて、体を休めよう。それと、各部屋の戸締りも忘れないように!」


 そう気丈にふるまう金本の声も、どこか強張っているように聞こえた。

 

「俺はパスだ。先に休ませてもらう」


 そう言って野口は、一足先に部屋を出て行った。


 重苦しい空気の中、夕食を済ませた頃には、時計はすでに夜の23時を指し示していた。


 俺は部屋に戻ってベッドの上に倒れこんだ。

 それにしても、なんという長い一日なのだろうか。


 モヤモヤとしたこのもどかしさを払拭することが出来ないまま、俺はいつの間にか吸い込まれるように眠りに落ちていった。


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