初球 / 第一の犠牲者
「よし。これで大体の準備は整ったな!」
田島と共に夕食の皿を食卓に並び終えた後、俺はいち早く椅子に腰をかけた。
「それにしても豪勢だよな! こんなご馳走、バイト生活の俺じゃまずお目にかかれられないぜ」
俺はテーブル上の料理を舐め回すように眺めながら、独り言のように呟いた。
「ご飯のおかわりもたくさん準備してありますから、どんどん召し上がってくださいね」
その言葉が聞こえたのか、室戸の声も弾んでいるように聞こえた。
「それにしても、藤川さんはこんな無人島のいったいどこを見物しに行ったんだろうな」
田島が不思議そうな顔で、俺に話しかけてくる。
「意外と名所のようなところがあったりしてな。それよりも今は飯だ、飯」
香ばしい料理の匂いに我慢し切れず、他のメンバーが集まるのを今か今かと待っていたそのとき、上の階から何やら激しく扉を叩く音が聞こえてきた。
「監督! いらっしゃるんでしょう? 扉を開けてください!」
居間から上階を見上げてみると、ノックを繰り返しながら大声をあげている金本の姿が見えた。
「そんなに大騒ぎして。いったいどうしたっていうんですか?」
野口が欠伸をしながら金本に尋ねている。
「それがさっき一度、嶋さんに腰の痛み止めの薬を持っていったんだが、中から応答がなくてね。今も食事が始まる時間だってのに、全く返事が返ってきやしない」
「まだ寝てるんですかね。わ、良い匂いがするなあ」
丸ノ内も、野口の隣で大きな欠伸をしながらそう答えた。
「あの、実は昼食の際にもお声をかけたのですが、お返事がなくて。てっきりお休みになられているものだと思っていたのですが」
先ほどまでとはうってかわって、室戸の顔にも心配の色が現れていた。
「室戸さん。嶋さんの部屋の合鍵のようなものはありますか? もしかしたら何かあったのかも」
金本が神妙な面持ちで室戸にそう告げた。
「合鍵はフロントに置いてあるはずです。いま取ってまいりますね」
「あー、室戸ちゃん。良いよ、良いよ。俺も鍵の場所知ってるから、すぐに取ってくるわ」
野口が室戸を制しながら階段を下っていく。
先ほどまでとは一転して、重苦しい空気が場を包み込んでいた。
沈黙に耐えかね、何でも良いから何か喋らなくては、と思っていたその矢先に、野口が左手にマスターキーを持って現れた。
そして再びその場にいた全員が、嶋の部屋の扉に向き直る。
ガチャリという音と共に扉が開いた。
「監督! どうされました? う、うわっ、これは──」
真っ先に部屋の中へと飛び込んでいった野口の動きが、開いたドアの先で止まった。
「雄飛さん? どうかしたの?」
普段とは違う野口のその声色に、ただならぬものを感じたのか、背後にいた丸ノ内が声をかけた。
「ダメだ、入ってくるな!」
部屋の中を覗き込もうとした丸ノ内を、野口が声を荒げて制止する。
後から続けて部屋の中へと入った俺も、その凄惨な光景にしばらく言葉が出てこなかった。
部屋に敷かれていた真っ白なカーペットは血で真っ赤に染まっており、その中心には仰向けのまま微動だにしない、嶋宗介の変わり果てた姿があった。
だが、この状況にどことも知れない違和感を覚えた俺は、遺体のそばへと歩み寄った。
「これは、フォークか?」
おびただしい量の血は左胸から流れ出たもののようだ。そして、その中心には、銀色のフォークが突き刺さっており、部屋の明かりに照らされて不気味な光を放っていた。
このフォークが凶器か? いや、まさかな。さすがにこんなもので人が死ぬはずがない。
「監督、嘘だろ。ありえない、こんなこと」
真っ先に部屋へと駆け込んだ野口は、よほどショックを受けたのか、放心状態のまま動けなくなっている。
「ついこの間まであんなに元気だったのに。一体どうしてこんなことに」
田島もまた呆然と立ち尽くすようにして、嶋の遺体を見つめていた。
目の前で殺人事件が起こっている。
俺は何とか平静を保ちつつ、部屋の中を一通り見渡してみた。
すると嶋の遺体のそばに、便箋が落ちているのが見えた。そして、手のひらには、手紙のようなものが握られている。
俺は指紋が付かないように気をつけながら、その手紙を広げてみた。
おそらくこれは何かのメッセージなのだろう。そこには、血文字でこう記されていた。
『九回裏、二死満塁。初球、内角真ん中フォーク。カウント、1ボール』と。