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スターティングラインアップ

 気分を落ち着かせ、トイレから戻ってデッキに上がってみると、田島が1人の小太りの男と話している姿が見えた。


 俺の気配に気が付いたのか、田島がこちらを振り向き手を挙げた。


「酒々井、おっせーよ。腹でも下してたのか? ほらもう島が見えてきたぜ」


 すると田島の隣にいた男が、驚いたような顔でこちらを振り返った。


「まさか! 酒々井君だって? なぜ君がこんな所に。あ、失礼。僕はジャーナリストをしている星というものです」



「あの、えっと俺のこと、ご存知なんですかね?」


 俺はしどろもどろになりながら、そう答えた。


「あ、当たり前だよ。四年前の甲子園で旋風を巻き起こした不動高校の四番打者の田島君! そして、その当時の不動高校のエースピッチャーは酒々井君、君だよね?」



 四年前のあの夏。懐かしいボールの感触。


 そうだ、あのとき俺は、確かに甲子園のマウンド上に立っていた。


 決勝戦、あと一人を抑えれば優勝という場面で、キャッチャーの田島が俺の元へとやってきた。


「いいか、勝とうが負けようがこれが最後の一投だ。お前の投げられる最高のボールを俺めがけて投げてこい」


 ふとそんな昔のことを思い出していたら、思わず笑いが込み上げてきた。



 星の問いかけに何と答えようか考えていると、突如フェリーが動きを止めた。



「お、到着したみたいだな。星さん、ではまた後ほど。行こうぜ、酒々井!」


 田島は星にそう告げると、搭乗口の方向へと目を向けた。


 星は何か言いたそうな顔をしていたようにも見えたが、俺は構うことなく田島の後を追いかけた。



 見渡す限り、どうやらさほど大きな島ではなさそうだった。


 だが入江からでも分かるぐらいに、その中央部にそびえ立つ嶋の豪邸が大きな存在感を放っている。



「うわっ。またでっけー屋敷だな、おい」


 田島も、どうやら俺と同じ感想を抱いていたようだった。


 砂浜を少しばかり歩いた先にある屋敷の入り口。


 その屋敷の前では、俺や田島と同い年か、やや年上ぐらいの女性が立っていた。


 おしとやかそうに見えるその女性は、先ほど会った丸ノ内とはまた違ったタイプの美人だ。


「室戸さん、お久しぶりです」


 金本がその女性に向かって声をかける。


「あら、金本さん。いらしていたのですね。皆さまお待ちしておりました。私は嶋さんの家事手伝いをしております、室戸と申します。お食事まではまだお時間がございますので、ごゆっくりなさってください」


 そう言って、室戸は丁寧に頭を下げた。


「ウヴーッ。ワン! ワンワンワン!」


「うわっ! 何だ何だ!?」


 俺は背後から聞こえた突然の唸り声に驚き、思わずその場で尻もちをついてしまった。


「こらキム! またお客様に向かって吠えて! 駄目だって何度も言ってるでしょ。本当に申し訳ございません」


 室戸が今度は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。



「はは。情けないなあ、酒々井くん。ほら、おいで、キム!」


 そう言って、金本が目の前の大きな犬を呼び寄せて、頭を撫でる。



「随分と懐いていらっしゃるんですね」


 ジーンズについた砂を振り払いながら立ち上がる。



「なーに。こいつは、一度匂いさえ嗅がせれば誰にでもすぐ懐いちまうからな! まあ、番犬としては全く役に立たん」


「あら、そんなことはありませんよ。この子、よほど馬が合わないのか、慎太郎さんにだけは、今だに懐かないんですから」


 そう言って、室戸が苦笑いする。


「そういえば、そうでしたね。それにしても慎太郎君は、一体どうしたんだろうなあ」


 金本のその言葉を聞いて、室戸が不思議そうな顔で答える。


「あら? 慎太郎さんなら、昨日の晩にいらしていますよ?」


「え、慎太郎君が? もうこの島に来ているんですか?」


 室戸のその言葉に驚きを隠せないといわんばかりに、金本が繰り返し尋ねている。



「はい。昨日にお一人で。嶋さんと二人でお話したいことがあると仰っていました。その後は少し島内を見て回ってくると、ここを出て行きましたが」


 ロビーには、室戸いわく彼の荷物だというスーツケースが置いてあった。


「ふむ。確かにこのスーツケースは慎太郎君のものだな。しかし、屋敷にはいないとなると、一体どこをうろついているのだろう。全く本当に自由人だな、彼は。それなら連絡ぐらいよこせば良いのに」


 金本が呆れたように言い放ち、キムの頭から手を離す。


「ワン! ワンワンワン!」


「キャーッ! ちょっとなになに? このワンちゃん! 誰か、助けて」


 ほんの少し目を離した隙に、今度は丸ノ内がキムのターゲットにされているようだった。


 その光景を眺めながら、野口と田島の2人が談笑している。

 


「ほら、キム。戻って来なさい!」


 室戸がなだめるようにして、キムを呼び寄せた。


 それにしても、彼女のような女性がたった1人であのおっさんの家事手伝いをしているとは思えないが。


 こういう女性が好みなのだろうか。全く良い年をして趣味が悪い。


 俺は下世話な妄想を浮かべ、溜息を漏らした。



「それでは、私は部屋で少し休ませていただきますね」


 そう言い残し、金本が階段を登っていく。


 それに続くようにして、他のメンバー達も各々の部屋へと向かっていった。


 気がつけば居間には、俺と田島と室戸の3人だけが残されていた。


「室戸さん、何かお手伝いさせてください」


 田島が室戸の前に立ち、そう申し出た。


「いえ、とんでもございません。夕飯の下準備は整っておりますし、お食事までもそうお時間は取らせないと思いますので」


「いえ、一人では何かと大変でしょうし、一応これでも料理は得意なんですから。ほら酒々井、お前も手伝え」


 田島に気付かれないように、こっそりと自分のあてがわれた部屋へと向かおうとしたところで、背後から呼び止められた。


「あー、分かった分かった。俺も手伝うよ」



 室戸のそばでは、キムが尻尾を振りながら座っていたが、もう先ほどのように彼に吠えられることはなかった。

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