兄と再会
ローブのフードを目深にかぶり、町に紛れ込む。
ハンター街なら誰も私を意識して見る事なんかない。手配された今はそうでもないが…
しかし、領主館に近づくにつれ、ハンターは特に目立つ事は分かっている。なので、よく悪ガキ達と駆け回った路地裏をゆっくり歩き、領主館裏の自宅を目指した。
自分の今の怪しさを考えると笑えてくる。
こんなとこ見られたら、誰だろうと不信に思うだろう。
だがしかし、このスリルがたまらん。
もうすぐ大通りを渡らなければ…と思った、そのときだった。
「カナメ?」
あっ、エリー!!ヤバッ逃げっ
「カナメぇぇええ!!」
ヤバいヤバいヤバい!
エリーの口をふさがねば!
「しっ!静かに!バレるだろうが!」
『だ・れ・に?』
「!!」
怖ろしく軽やかな声が聞こえた…
エリーではない。私が口を塞いでいるのだから。
聞き覚えがない…訳がない。
今覗きに行こうとしていた家の子。
会わないと決めた愛しの家族。
「カナメ…」
エリーが出てきた角からゆっくりと出てきた長い足。
「…エヴァ」
急ぐでもなく近寄り、私はエヴァから目を離せず、逃げ遅れ捕らえられた。兄の腕の中に。
「カナメ…カナメ……会いたかった…」
会いたかった。会いたくなかった。
元気な姿を一目見たかった。
少しやつれた悲しそうな顔を見たくはなかった。させたくはなかった。
「私も。ごめんな…怒ってるか?」
「怒るに決まってるだろ!……俺がどれだけ…どれだけ…くっ…」
「泣くなよ〜。しょうがねぇなぁ、うちの兄ちゃんは…皆も心配かけたな。ごめん。」
抱きつかれたまま、エディの後ろにいるいつものメンバーにそう言うと、全員が笑顔で頷いて去っていった。
「ちょっ…どこに…」
去り際のエリーの含み笑いが鼻につく。
おい…エヴァはどうすんだよ…
一緒にいたんじゃねーのか?
てゆうか、まだ朝っぱらなのに家の手伝いしねぇで何やってんだアイツら……
呆れながら、エヴァの身体を離し2人で木箱の上に座った。
「家に」
「行かない。」
「なんでっ!?」
「…ごめんな。エヴァ…手紙の事シスルに聞いてないのか?」
「聞いた…っていうか貰った…でもはいそーですかって、受け入れられるかっ!!ふざけんな!」
「…そうか。でも私はまだ帰らない。拾われただけじゃ家族とは認めてもらえないんだよ。」
「嫌だ!行かせない。俺が大人になれば守ってあげられる。後一年で結婚出来る。」
「…は?」
「だから、後一年」
「結婚って?誰かいたのか!?いつのまに!!」
「……違うって…」
「あ、エリー達の中にいたのか?ハンナか?うわぁなんで気づかなかったんだろ!?悔し」
「黙れ」
いつになく凄むエヴァは恐くはないが真剣で、思わず口を噤んだ。
エヴァは目線を落として私の手を口元に運び……
ーーーーチュッーーーーーー
「俺が好きなのはカナメだよ。」
「…………わ、わたし?」
「うん。家族の好きじゃない、男と女の。…ずっと一緒に居られると思ってた。大人になって、ちゃんと男と意識してもらう時間はまだまだあるんだと思ってた!」
「エヴァ…」
「だけどカナメは出て行く、離れていく!…嫌だよカナメ。カナメが外に出たら俺はどうしたらいいの?側にいたくて、笑った顔が見たくて、抱き締めたくて、キスしたくて…こんな気持ちでずっと待たなきゃならないのか?……王都で別れてから生きてるか死んでるかもわからない……」
エヴァの目からはポロポロと涙が流れて、私の手は痛いぐらいに握られ震えてる。
「お、追いかけたくても止められて、苦しくて、ツラくて…どうしようもなかったっ!…またあんな気持ちで待ってろって言うのか!?嫌だよ!永遠に…永遠に会えなくなったら、死んだら、俺っ」
「エヴァっ!!もういい。わかった、わかったから…泣かないでくれ!」
エヴァの言葉を聞きたくなくて、手をほどいて震える肩を抱き締めた。
エヴァを苦しめたのは私だ。
私の自分勝手な行動が、私の愛する兄を悲しませた。私のせいで、辛そうに顔を歪ませているのだ。
何より綺麗なこの子を傷付けた。
ごめん、ごめんな。
すべて私が悪い。
私があの時王都から逃げなければ…
私がナハルで待っていれば…
私がウィルナードに会わなければ…
私がこの世界に来なければ…
エヴァも、ウィルナードもシルエラも…幸せだったんだ…
「家に…俺達の家に、帰ってきてくれるのか?」
「ごめん。私は、帰るべきじゃない。」
「ど、どうして…分かってくれないんだ!!
「エヴァ…エヴァの気持ちは分かった。けど私は、エヴァを兄弟として好きだ。恋とかまだわからない。でも私の一番大切なものはエヴァと、家族だよ。お前等が幸せなら私は幸せだ。例え離れていようとな。」
「そんなわけない!俺は」
「聞け…エヴァンシール。お前はナハルの外を知っているか?エヴァは後一年もすれば出ることになる。色んな奴に会う。それなのに私、と決めるなんて早い。」
「違う!カナメみたいな女なんていない。カナメがいいんだ!」
「エヴァ…私はエヴァのこと、兄としか思えない。」
「くっ…」
「ごめん。ごめんな。色んな奴に会え!悪い奴もいい奴も見極めて、仲間を増やし他の女も見ろ。それでも私のことをそう思うなら、私はエヴァのものになろう。エヴァ…それまでは離れる。ウィルナードは政略結婚させはしないだろう?お前が決めろ。今ではなく…そうだな…家督を継ぐ時返事を聞こう。」
「そ、そうしたら、カナメの気持ちは…」
「正直、兄弟の方が絆は強いと思っている。離れようが、誰かと結婚しようが、嫌いになろうが一生兄弟なんだから。忘れることはない。何かあれば助ける。繋がりは消えない。変わりはいないんだ。」
「……」
「エヴァ…視野を広げろ。私のせいで苦しめ、狭めてしまったんだ。私が悪いんだ。エヴァが思う気持ちは、私の気持ちとは違うんだろうが、お前を好きなことは本当だ。分かるよな?頑張れるよな?…ウィルナードとシルエラを支えられるよな?…お前等が幸せじゃないと私は生きてる意味なんてないんだよ。拾われなければこうならなかった。幸せなシュベルド家だった」
「違うよ!もっと楽しくなったんだ!もっと」
「うん。私も楽しくて幸せだった。無かったことにはしたくないし、もう会う前には戻れない…なら、せめて何の憂いもなく家族に戻れるために…させてくれ!頼む。私の思うように…」
エヴァが私の体をソッと離す。
キラキラと綺麗な目は真っ赤だ。でもこの困った顔は、いつも私を許してくれる。悪戯しても、危ないことをしても、いつだってこの顔をして頭を撫でて許してくれた。
「もう…仕方ないなぁ。わかったよ。何でかなぁ…どうしても嫌なのに…」
「エヴァ…ありがとう。ウィルナードとシルエラのことは頼んだ。」
「うん…でも、俺はカナメを思ってるからな!」
「…私みたいな変わり者が好きなんてホント悪趣味だな…ま、それはこれからだ。周りを見ろ。頑張れよ!怠けてやがったらお前の部屋に虫放してやるからな!」
「いつの話だよ…」
「ハハハハッ!じゃあな。また会おう。手紙も出すからな。」
「…字、相変わらずへたくそ過ぎだよ…」
「うるせーよ。今度は絵にするよ。ふふ…私は死なない。仲間もいる。私が先に周りを認めさせるか、エヴァが先に立派になるか勝負だ!私の方が有利だからな。頑張れよ!」
「いや、立派の基準がわからないから…」
「それは自分で考えろ。私にすごいと思わせてみろよ。じゃあな、エヴァ。」
ギュッと抱き締めると、エヴァも同じ様に抱き締めてきた。
「……カナメ…死ぬなよ…」
「死なない!私は、牙熊を狩れる女だ!ふふ」
「それは…え?」
唖然としているエヴァから飛び退き、かかとを返す。
「またな、兄ちゃん!」
ーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
「エヴァ!今戻ったのか?少し話がある。」
「父上…俺も話があるんだ。」
「…とりあえず、シルエラを」
「ウィル、何か…カナメの事ですか?!」
「うむ。座ってくれ……今フレデリック侯爵の世継ぎ…ギルバート殿から書簡が届いた。カナメの保護者になっていただけるらしい。」
「「えっ?…」」
「カナメの言う仲間とは、ギルバート殿とハリストン伯爵の三男アルベルト殿だと。」
「な、何で…カナメはハンターじゃないの?」
「…なぜ知っている」
「カナメにさっき会ったんだ。」
「カナメは、カナメは無事だったの?ケガは…元気だったの?」
「うん…連れて帰れなかった。ごめん、父上母上…」
「…そうか…何か話せたか?」
「うん…振られた…いや、保留かな?ハハハッ…」
「エヴァ…」
母上がソッと肩を抱き寄せてきた。
「結婚したら大丈夫だって言ったんだ。俺の気持ちも…じゃあ、周りを見ろって、色んな奴に会えって…俺が立派になって父上の後を継ぐ時もまだ好きだったらカナメは結婚してくれるってさ。兄弟としか思えない癖に…」
「「………」」
「なんか、勝負挑まれてさ…周りに認めてもらうのが先か、俺が立派になるのが先かって…私の方が有利だとか言ってたよ。またな、兄ちゃんって走って行った。俺は好きだって言ったのに、兄ちゃんなんて呼ぶカナメは酷いと思わない?」
「カナメは相変わらずカナメだな。振られたのにスッキリしているじゃないか、エヴァ。」
「いや、保留だよ!私に凄いと思わせろって言ってたから見返す。今まで勉強以外勝てなかったからな…あ、ウィルナードとシルエラを頼んだって、偉そうに言ってたよ!」
「ハハハハッ!」
「ふふふ…エヴァは大丈夫?無理してない?」
「大丈夫…カナメは約束してくれた。…で、何で侯爵様と仲間なの?…」
「おう。なんかな、フレデリック家は特殊で、成人した嫡男は旅をさせ、腕を鍛えるらしい。その途中、リーンでカナメと一緒になり、事情も分かってくれているようだ。」
「……」
「ご迷惑にはなっていないのかしら…」
「腕を買っていると…」
「…牙熊を狩れる女…」
「なんですって!?」
「…クハハハハッ!カナメ…さすがだぞ!じゃじゃ馬娘め!ハハハハッ」
「何を!…ま、まぁそうね…あの子なら大丈夫よ。強いもの。体も心も…ふふふ」
「…クククッ」
どこに牙熊を狩る14歳の女の子がいるんだよ。
そう言えば、こんなに父上と母上が笑うのは久しぶりだ。
カナメの話題ってだけでこの家はこんなに明るくなるんだ。
俺、早くカナメに帰ってきてもらえるように頑張るよ…
勉強も、父上の手伝いも、武術も、度胸も、カナメに負けない!
もう情けないところなんて見せられない。
帰って来たとき、驚かせるために。そして、好きになってもらえるために…
「父上、母上…頑張るよ、俺。」
「ええ、やりましょう!エヴァ」
「ああ、カナメには負けんぞ!今回はエヴァの味方だ!ハハハハッ」