ひよこ、推理し、導く
大広間のベンチに僕と三根くんは考え込むように座っている。その光景は周りと見比べて明らかに場違い。捜査員たちが必死になって指紋を取ったり犯人の痕跡を探しているのに対して僕らはただベンチに座っているだけなのだ。
靴は捜査員が用意してくれたビニールに覆われて頭も現場に髪の毛が落ちないようビニールの帽子で保護して手には手袋を握っている。格好だけは周りに同調はしている。
「ロリ刑事」
「何だい?」
「僕らは今ここで何をしているの?」
「さぁ?」
出るに出れない状況になってしまった。この場にいる警察官たちはみんな僕らのことを警視庁直属の組織の者だと本気で思っている。目が合って軽く会釈される。みんな僕らに異常なまでの頭の低さ。そんなに警視庁の人って偉い人なのだろうか。僕には全く分からない。
「あの刑事、従業ひとりひとりに話を聞いてる」
三根くんが見ている先にさっきの白髪の刑事が責任者の武藤さんに話を聞いている。その後ろには複数の従業員がいる。
「あのさ。ひとつ気になったこと言っていいかな?」
「なんでさ、証拠が残されているのかもしれないこの建物に捜査関係者以外入れているんだろうね」
「それはさっき武藤って人が言っていたみたいにいつでも営業を再開できるように」
「でもさ、一日でも営業を再開したいのならこの建物から出て捜査の邪魔しないようにするのが一番の手助けだと思うんだけど」
「それは確かにそうだ」
藍澤さんや武藤さんの他にも数人の従業員が奥にいるみたいだけど、そんなにたくさんの人が必要な理由も分からない。まるで奥の部屋に何かを隠しているかのように。
「み・・・・・・ロリ刑事行ってみよう」
「行くってどこに!」
僕は立ち上がってベテラン刑事の横をスルーして従業員用の入り口を使って受付内部に侵入する。
「ちょっと困りますよ」
武藤さんが止めに来る。
「奥の事務所に何か見せてはまずい物があるのですか?」
僕は問いかけて迫る。
「いえ、そういうわけじゃないんですが」
言葉を濁す。怪しい。
その怪しさにそばにいたベテラン刑事も気付いたようだ。
「武藤さん。日夜古刑事の言うとおりに奥の事務所を見せてあげてください」
本物の刑事さんにも問い詰められても断固して奥の事務所に入れようとしない。この様子だと今のところこの事務所の中を捜査員が入った形跡はなさそうだ。それもそのはずだ。警察は犯人を面識のある身内か知人の犯行であるとほぼ断定している。だから、事務所を調べる必要性はない。でも、僕は知っている。あの言い合いの仕方。犯人が出したタカシという名前を被害女性は本当に知らない感じだった。だから、あれは人違いをした犯人が問い詰める内容に被害女性が完全に否定されたことに対して腹を立てて殺してしまった。おそらく、犯人は自分が刺したのは憎き恋敵ではなく全く別の女性だったということだ。何の達成感もないままただ人を殺してしまった罪悪感に駆られているはずだ。そんな女性がこの事務所の奥にきっといる。
「どいてください!武藤さん!」
僕が大声をあげて武藤さんを問い詰める。その表情は苦しそうだ。すると武藤さんの周りを固めるかのように捜査員が集まって来た。これは警察が武藤さんをこの事件に関わった重要人物だと確信したのだ。
「武藤さん!」
次に僕が名前を呼ぶとがっくりと腰を落とした。
「降参だ。私の負けだ」
「え?」
武藤さんは僕に背を向けて事務所の方に入って行った。僕も三根くんもベテラン刑事もいっしょに事務所の中に入って行く。中は白を基調とした清楚な壁紙にステンレス性の事務用の机椅子が並べられている。壁には机と同じような素材でできた本棚がありそこに資料が山のように入っている。この事務所を映した監視カメラは従業員用通路に続く扉の上にありその扉の隣には給湯用のコンロがある。事務所の中には藍澤さんを除く3人の女性スタッフがいたがどの人も美人だけどあの映像に映っていた女性じゃない。
すると武藤さんは事務所の一番奥にぽつんとだけ配置されている自分の机にやってきポケットから鍵を取り出すと引出しのカギを開けた。
「日夜古刑事とか言いましたよね?」
「は、はい」
本当は刑事じゃないけど。
「あなたは何か他の警察の方と違うみたいで何かを知っているみたいですね」
そうだとも。だって犯人知ってるもん。
「ならば、私にとって最大の敵ですね」
「何を言っているんですか?」
その瞬間、ベテラン刑事が誰よりも早く何かに気付いて三根くんを突き飛ばして走り出す。そして、僕も武藤さんが引出しから出したものを目の当たりにしても体が言うことを利かなかった。武藤さんが引出しから出したのはべっとり赤黒いものが固まって付着した・・・・・・。
ナイフだった。
「日夜古!危ない!」
ベテラン刑事が咄嗟に僕を突き飛ばして身代わりになってくれた。武藤さんのナイフを握る手首をつかんで軌道をそらしても武藤さんのナイフは無残にもベテラン刑事の服を斬り破りそこから血がにじみ出る。
ベテラン刑事はしかめた顔で痛みを必死に抑えて武藤さんのナイフを動かせないように肘で武藤さんの腕をしっかりと固定させる。
「は、離せ!」
暴れる武藤さんを無数の捜査員が果敢に飛び掛かる。そして、ベテラン刑事が武藤さんからナイフを奪い取ってそのまま尻餅をついて倒れる。
「刑事さん!」
ベテラン刑事は奪った凶器のナイフを持っていたハンカチにくるんで僕に渡してきた。
「これを科捜研に頼む。これから被害女性の血液が検出されたらあいつは間違いなく黒や。わしらの勝ちや。これであんたら未解決防止も必要なくなったな」
「そんなことはいいから早くお医者さんを!救急車を!」
すると一人の捜査員から10分ほどで来ると伝えられた。
「お前さんは本当に本庁の派遣員か?」
「い、いや・・・・・・それよりも怪我が!」
「大したことない。かすり傷や」
「どこが!」
すごい血の量じゃないか。今にも息が小さくなって行って弱くなっている。
「まったく流石本店さんの刑事や。いつから従業員の中に犯人がいると分かってたんや?」
「そ・・・・・・それは」
言えない。女風呂を覗いて園から推理した何て言えない。
「勘ってやつか。ハハハ。わしの勘も薄れたもんや。でも、これで最後や」
どんどんしゃべる力も弱くなっていく。
「これで思い残すことはない。これでわしも胸を張って引退でるってもんや」
こくりとベテラン刑事は気を失った。
「刑事さん!」
僕の問いかけにベテラン刑事は答えることはなかった。
すると捜査員が救急箱を持ってきて応急処置をしますと言われて僕はベテラン刑事から離れる。遠くから救急車のサイレンの音が聞こえる。外に数人の捜査員が出て救急車が迷わず来れるように誘導している。
一方のベテラン刑事を刺した武藤さんは手錠を掛けられてベンチに拘束されている。付近には数人の警察官がいる。そのひとりは今朝見張りをしていた若い警察官だ。
「ちょっと君。彼とふたりっきりにさせてもらえないかな?」
「いいですよ。でも、気を付けてください。拘束されているとはいえ油断は禁物です」
そういうとステテテと無邪気に少しばかり離れた場所まで移動してくれた。これなら僕らが何を話しているか分からないだろう。
「武藤さん。作戦は成功したみたいだね」
「どういうことですか?」
僕は知っている。
「あなたは犯人じゃない」
その僕の発言に武藤さんはピクリと反応する。
「どこにその根拠が?」
「僕は犯人の顔を知っている。犯人は藍色の髪でポニーテールをしていた。おっぱいの大きな魅力的な女性だ。その特徴を合わせ持っている人物はこの建物の中に一人だけいる」
そう僕らが刑事に扮してこの建物に入って最初に合った人物。そして、あまりにも大きな生おっぱいに目が行ってしまいその顔や髪の特徴を鮮明に覚えていなかったのがすべてのミスだった。
「藍澤さん。彼女が犯人だよね」
しばらく武藤さんは何も答えないでいたが大きなため息をついて話し始めた。
「なんで藍澤だって分かった?」
何て答えるか迷ったが覗いて知ったとは口が裂けても言えない。
「勘です」
「勘だけそこまで予測したのはすごい」
「なんで藍澤さんの身代わりに?」
僕の問いかけに武藤さんは素直に答える。
「彼女は結婚を約束していた人がいたんですよ。確かタカシって人です」
口論にも出てきた人物の名前だ。
「でも、すぐにそのタカシって人が浮気したんですよ。説得しても何も話を聞いてくれなかったらしくて、彼女は夫になったかもしれない彼氏を奪われたことに腹を立てた彼女はここにそのタカシを奪った女性を招待して証拠が残りにくい浴場で殺害したらしいんです。全部聞いた話です」
なるほど、殺害動機には当てはまる。でも、妙な部分があるぞ。警察は身内の犯行だって言っていた。被害女性の彼氏の元カノは身内に入るし殺害動機も明確になるからすぐに犯人が藍澤さんじゃないかと疑うはずじゃないのか?それが藍澤さんにまで捜査の手が伸びてきていないのはなんでだ?そもそも、藍澤さんと被害女性は面識がないみたいだったぞ。
「彼女は殺人をした後、私に頼ってきました。彼女とはここを立ち上げる前からの知り合いでして、私しか頼れる人がいないとか言って。そこで私は以前ネット上でたまたま見つけたカメラに映っている物を消す技術があることを知りまして、もともと大学でパソコン研にいたので技術的には問題はありませんでした」
そこでまず監視カメラから藍澤さんの姿を消した。
「彼女はまだ若い。刑務所に入って人生を無駄にさせたくはない。妻も子供もいない私なら掴まっても何も問題はない」
「だから、身代わりになった」
武藤さんは無言でうなずく。
「でも、僕が彼女を犯人だと思っている」
「大丈夫だと思います。あなたの話していることは憶測です。どこに証拠にもない彼女はぜったに捕まらない」
「それで彼女は幸せだと思いますか?」
「そうであってほしいと願います」
そこで僕は席を外す。
これでこの事件は身代わりとなった武藤さんが容疑者で事件は収束するだろう。でも、僕の仕事はまだ終わっていない。何か変なんだ。あの清楚で可憐な藍澤さんはまだ何かを隠している気がするのだ。何かとんでもない大きなものを。
「ひよこく・・・・・・ひよこ刑事」
今一瞬自分で設定した役を忘れかけてただろ。
「これでいいのかい?」
「犯人は武藤さんじゃないだろ」
「分かってる。でも、結局武藤さんは刑事さんを刺した傷害の罪には問われる」
救急車が到着して多くの捜査員が心配そうに距離をとってベテラン刑事の容体を心配している。
「犯人は分かってるよ」
「え!本当に!」
僕は小さな頭をフル回転させて考えてある作戦を立てる。
「ロリ刑事」
「なんだい?ひよこ刑事」
「ある作戦を考えた付き合ってくれないかい?」