終章
実のところ、この僕の湯煙『覗』殺人事件は終わっていなかった。
「ハハハハハ!」
「笑い事じゃないですよ!」
「いや、すまない。でも、爆笑もんだろ」
シャアハウスの共同スペースであるリビングに住民が勢ぞろいしている。今日はちょっとしたパーティーを開催しているのだ。高笑いをしているのは仕事から帰ってきたばかりの藤見さんだ。帰ってきてパーティーをやるのを知ってさらにパーティーを行う理由を知ってこうして笑っている。
それを良しとしないのが刑事の山下くんだ。
「どう考えてもおかしいだろ」
「おかしいから笑い事じゃないんですよ!」
山下くんはご立腹だ。
まぁ、確かに怒るのも無理はない。僕としてもパーティーという気分じゃないのだ。ちなみに主催したのは女性陣だ。こういうお祭りごとは大好きな八坂さんが言い出してそれに榎宮さんが賛同して途中で連絡が取れたお仕事中の喜海嶋さんにもOKは出てしまい、三根くんもほぼ無理やり賛同させられて賛成多数で行うことになった。僕と山下くんは絶対に連絡が取れないことをいいことに・・・・・。
「は~い。料理が出来たよん」
奥のキッチンから出てきたのはエプロン姿で黒髪を後頭部に束ねてポニーテールにしている女性。このパーティーの主催者である八坂さんだ。瞳は大きく目力があり身長は高く僕より高く肩幅もあり筋肉質な女性だ。筋肉質でも出ているところはしっかり出ていてスタイルもいいのだ。ちなみにこれはすべて覗映像で確認している。
「おお!いいねいいね!」
「ちょっと藤見さん!何盛り上がっているんですか!」
これは三根くんを無理やり賛同させなくてもこのパーティーは行われていた。もう、どうしようもなかったみたいだ。
「でも、ここまで来たらしょうがないわ。あきらめなさい」
「喜海嶋さんまで・・・・・・・」
僕の隣に座っているのは藤見さんより数分前に仕事から帰って来たばかりの喜海嶋さんだ。少し青みかかった髪は腰あたりまであり榎宮さんや八坂さんよりどこか大人びは雰囲気のあるポーカーフェイスの女性だ。ちなみに胸はこのシャアハウスで最も大きい。
榎宮さんが最後の料理らしきものを持ってきて席に座ってシャアハウスの住民7人が全員集まったことになった。実のところ7人全員がそろうことは結構珍しいことなのだ。山下くんは仕事の関係上帰ってこなかったり、八坂さんも部活の関係でいなかったり、藤見さんもたまに帰って来なかったり、喜海嶋さんも実家に戻っていなかったり、このシャアハウスにちゃんと帰ってくるのは僕と三根くんと榎宮さんくらいなのだ。
「え~と、久々に全員集まったわけだし、さっそく始めるわよん!」
盛り上がりを見せる女性陣と藤見さん。テンションが低いのは僕を含むその他男性陣3人だ。
さて、ここまで引きずってしまったがこのパーティーが行われた理由を説明しよう。というか八坂さんが説明してくれるようだ。
「このパーティーの主役!ひよこくん!例の物をよく見せてよん!」
僕は大きくため息をつく。本当に予想外だったよ。
僕は立ち上がり額縁に入った賞状をみんなに見せる。その症状には大きくこう書かれている。感謝状。その宛名は現警視総監の名前がしっかりと刻まれている。
「すごいですよね。ひよこさんがそんな賞もらえるなんて」
榎宮さんが冷静に驚く。いや、実際のところ驚いているのかよく分からない。この人も結構表情をあまり表に出さない人だし。
「なんで自分よりもひよこ君の方が先にもらえるんだよ」
と山下くんがぶつぶつと文句を言う。
まぁ、これのおかげで僕は今もこうしてこのシャアハウスに戻って来れているわけだ。本来だったら、公務執行妨害とかいうので逮捕されていたところだったんだけど今回はマスコミにも大きく報道される事件を一般人でありながら解決したことで大目に見られた。さらに未解決事件になりえたかもしれない事件を解決したということが警視総監の目に止まってまさか本人が直接こんな小さな町にやってきて感謝状を贈ってくれたのだ。僕の汚名は一気に名誉へと変わったのだ。
「それにしてもすごいじゃん。刑事のふりをして捜査の中に紛れ込むなんて一体なんでそんなことをふたりでやってたのよん?」
「え・・・・・・えっと、それは・・・・・・」
言えない。覗映像で殺人現場を見てしまったからなんて言えない。
「み、三根くんが行ってみたいとか言ってそれに巻き込まれたんだよ!」
「ちょっとひよこくん!巻き込まないでよ!」
「こうなったのは半分以上君のせいだろ!」
「ひよこくんのためを思って行った行動だ!」
「自分の欲求を満たすためだろ!」
ぬぬぬぬぬぬとふたり睨み合う。
「お前ら落ち着け」
藤見さんに間に入られる。このイライラを掻き消すために料理を適当に口の中に放り込む。それでもじっと三根くんを睨みつける。三根くんも同じようなことをやっている。
なんだか険悪なムードになってきている。そもそも、このパーティー自体が不本意なものなのだ。盛り上がっているのは結局のところ八坂さんと藤見さんだけなわけだ。もともと、普段からテンションの低い榎宮さんと喜海嶋さんはほぼいつも通りただ目の前の食事を食べている。山下くんも機嫌が悪い。
それを見た八坂さんが対策を取った。
「そうだ!ひよこくん、例の犯人を捕まえるときに隠し撮りした映像って持っているんでしょ?」
「う、うん」
一応、送信先を警察のパソコンの方に一度設定したものの元々は僕が作った覗用のカメラなので自動的に僕のパソコンにも映像が送られる仕組みになっているのだ。警察に送られた映像は警察が現状証拠として回収されたので僕は直接見ていない。
「そういえば、自分もまだそのひよこくんが犯人を問い詰める映像を見てない」
「あれはすごかった」
山下くんも興味を示して、三根くんはそれを称賛する。雰囲気がよくなってきた。僕もこの雰囲気に同調する必要があるようだ。
「じゃあ、取ってきます」
僕はダッシュで自分の部屋に行って犯人を問い詰める映像が保存されているUSB端末とそれを再生するためのノートパソコンを持っていく。ついでにリビングの大きなパソコンで再生するのもいいかもしれないと思って接続コードも持っていく。
僕の勇姿をみんなに見てもらえるというのは何だか気恥ずかしい気もするが、それでも一生の自慢話くらいにはなるだろう。
リビングに到着するや否やさっそくパソコンの画面をテレビとつなげる。繋がってデスクトップがテレビに映ると「おおー」と歓声が上がる。そして、USBを差し込んでファイルを出して動画再生画面を用意して映像再生準備が完了した。
「では、ご覧ください」
再生ボタンを押す。みんなのわくわく感が表情から伝わってくる。だが、それも一瞬で覚める事態が発生した。
「・・・・・・何これ?」
喜海嶋さんが問いかける。
「へ?」
テレビ画面を見ると映っていたのは見覚えのある脱衣場。アングルが異常に低い。すると扉を開けて制服姿の女の子が入って来た。スカートの中の白いパンツが丸見えだ。扉の鍵を閉めるや否や無造作にも服を脱ぎだした。
「きゃー!」
榎宮さんが今までに訊いたことのないような声をあげて赤面してテレビ画面に覆いかぶさる。
アハハハ。まさかだよね。僕に限ってこのシェアハウスの脱衣場の覗映像を間違えてここで再生するなんて言うヘマを起こすわけがないよね。
「・・・・・・・今映っての榎宮さんだよな?」
「榎宮さんですね」
三根くんを除く残り男性陣は完全に顔を赤くしている。
「あ!じ、自分用事を思い出して今から署に戻らないと!」
山下くんが慌ててリビングから飛び出す。
「俺も上司からメールを返さないと」
藤見さんも出ていく。
「・・・・・・・健闘を祈る」
三根くんも逃げ出した。
「こら逃げるな!」
「どっちがよ!」
榎宮さんが赤面して叫ぶ。
すでにテレビの画面では榎宮さんは服を全部脱ぎ終わって全裸になっている。まだまだ、胸のあまり大きくないけど、体が細いから小さい胸が逆に強調されていいスタイルをしているよね。
榎宮さんはこれ以上自分の裸が見られないようにテレビの裏側の線を引き抜いた。でも、無駄なんだ。その映像は僕の手元のパソコンで再生中なんだ。
さてと・・・・・・やりことはひとつだよね。
「さらば!」
「逃がすか!」
僕の足を素早くつかんだのは八坂さんだ。僕は顔面をリビングの扉に強打する。
顔面に走る痛みをこらえつつ振り返るとテレビの前で榎宮さんがうずくまって泣いている。それを喜海嶋さん優しく慰める。そして、今も再生され続ける覗映像が流れるパソコンを喜海嶋さんは何の抵抗もなく踏み壊した。
「えっと・・・・・・そのですよ」
「ひよこくん。詳しく説明してほしいわね」
「そうよん。今の映像は何?どっから見て盗撮動画にしかめなかったんだけど~?」
「ハ、ハハ、ハハハ」
神よ僕を守りたまえ。
「すみませんでした!」
『すみませんで済んだら警察はいらない』(女性陣)
その後、僕はこれでもかというくらいぼこぼこにされたのだ。肉体的にも精神的にも。こうして本当に終わったのだ。僕の人生最大の事件湯煙『覗』殺人事件が。
湯煙『覗』殺人事件はこれにて終了です。
気付いている人がいると思いますが、こちらの話はシリーズ化しています。シェアハウスに出てきた、ひよこ、三根、山下、藤見、榎宮、八坂、喜海嶋を絡めた話を書きたいと計画しています。
なので今後ともよろしくです。




