盗賊とどらやき
「マスター……親友だと、思ってたんだがな……」
古都の近くの森の奥。俺たちのクランの拠点でもあるそこで──俺は、どうしようもない悲しみに包まれていた。
「あ、あの……?」
俺の目の前にいるのはマスターだ。今日もいつものデニムのエプロンと緑の模様が入ったバンダナを着けていて、ついさっきまではいつもどおりのにこにことした柔らかい笑みを浮かべていた。きっと、俺の気持ちなんてこれっぽっちも考えずに、ああ、またいつもの盗賊がお菓子を食いに来たんだな……くらいに思っていたのだろう。
「レイクさん……? その、なにかありました……?」
「……俺とマスターの仲なら、言わなくても伝わると思うんだがなあ」
「うわあ……なんか今日、ちょっと面倒くさい感じだぞ……」
「あらら……もしかして盗賊のおにーさんも、そーゆーお年ごろなのかもしれませんね……」
勝手知ったるなんとやら。いつもの席にすとんと腰を下ろせば──まるでそれが当然だと言わんばかりに、シャリィも俺の隣に腰を下ろす。どうやら今日は、給仕というよりかは俺とおしゃべりしたい気分なのだろう。というか、いかにもかまってちゃんなオーラを出している俺に興味をひかれたのかもしれない。
「さぁさぁ、おにーさん! 悩みも不安も何もかも、あたしが受け止めてあげましょう……! 遠慮なんてせずに、この胸に飛び込んできていいんですよぉ……!」
「十年早ェよ」
「なんですとっ!?」
ぱっと腕を開いたシャリィが、ぴしりと固まって、そしてわざとらしく泣き真似をする。こういわれることなんてわかり切っているだろうに、こうも毎回似たようなことをするのは……こいつなりの一種のコミュニケーションなのだろうか。あるいは、何度もやれば一回くらいはマジで通るときもあるのかもしれない……なんて、打算だったりするのかね?
まぁ、それはともかくとして。
「聞いたぜ、マスター。……また、古都で屋台を出したんだってな」
「え、ええ……」
「──なんで呼んでくれなかったんだよぉ……!?」
「あ」
ついこの前。マスターたちは珍しく……本当に珍しく、古都で屋台を出したらしい。ある意味当然のごとく、今回もまたすさまじい大盛況で、今もなお古都のあちこちで噂が飛び交っているほどだ。ギルドの中はもちろん、酒場や市場……街角でさえも。甘くて美味いものを安く食べられただとか、店の人間がとんでもないイケメンで目の保養になっただとか、イケメンに色目を使ったら売り子のねーちゃんが女の子がしちゃいけない顔でにらんできたとか……そんな話でもちきりになっている。
そして──そんな《スウィートドリームファクトリー》の屋台があったというのに。
ほかでもないクランメンバーである俺が。このクランの中で最も常識的で店の売り子として誰よりも頼りになるはずの俺が……それに呼ばれていない。
「いやその……レイクさん、冒険に出かける予定があるって聞いたものだから」
「そんなのいくらでも調整するに決まってるだろ……!? 俺抜きで屋台やるとか、正気の沙汰じゃないだろうが……!」
マスターは調理の腕は確かだが、あくまで一般人だ。一応護身術は使えるものの、それでも俺たち冒険者が本気になればそんなの時間稼ぎくらいにしか使えない。加えて言えば、マスターは顔が良すぎるあまりにトラブルを招きやすい性質があると俺はにらんでいる。ついでに、ちょっとばかし浮世離れしているというか世間知らずというか……悪い意味でスれてない。
その点、シャリィは世渡り上手で常識もあるが……こいつの場合はそもそもがガキだ。何事もなければ頼りになるかもしれないが、何かあったらどうにもならん。どう考えても荒事には向いていない。
そして、残りの一人はアミルときた。人づきあいが苦手でちょっと前まで引きこもりだった魔法使いが店番とか、もはや不安要素しかない。一応、単純な実力だけなら誰よりも高いだろうが……人間相手の怒鳴りあいなんて絶対無理だろう。
「……心配、してくれてるんですか?」
「そりゃ当然だろ。聞けば、じーさんだっていなかったらしいじゃないか。もう、割とマジに売上金をスられる程度で済めば御の字だ……って思ってた」
マスターはどうにも、その辺の認識が甘い節がある。その優しさはマスターの美徳なんだろうけど、俺としちゃ正直気が気でならない。その優しさのせいで、いつか背中を刺されることになるんじゃないか……って、結構本気で心配することが何度もある。
「あとよぉ……」
「はい?」
「……マスターに呼ばれて手伝っちゃいました、ってアミルがめっちゃ煽ってきた」
「は、はは……」
「”くれーぷ”がめっちゃ美味しかったって、リュリュにも煽られた」
「あらら……」
「……撤収するときに、余った材料で店員限定の超具沢山の贅沢なめっちゃ美味い”くれーぷ”を作って食べたって、ミスティにも煽られた」
「「……」」
「……わかる? 俺の気持ち」
ここぞとばかりに自慢げに話す身内たち。美味いものを食いっぱぐれたってだけでもショッキングで、マスターから声掛けされなかったって追撃もあったのにこの仕打ち。俺だからこそこの程度で済んでいるが、もしアミルが同じ仕打ちを喰らったら……マジで倒れかねないんじゃね?
「ふむふむ……つまりおにーさんは、拗ねてしょんぼりしちゃっていると?」
「平たく言えばそうなるな。……さて、そんな俺の心を慰めるにはどうしたらいいか、マスターならわかるって……信じてるぜ?」
「……あの、念のため認識の齟齬が無いように聞いておきたいんですけれども」
「おう、確認を取るのはいいことだ」
そんな背景があったからこそ。
あんまり人が来ないであろう時間に俺はここにやってきたんだ。
「──誰にも出したことがない、俺だけの特別となるやつを頼む」
「なんかもったいぶっていましたけど、それって割といつも通りな感じですね!」
▲▽▲▽▲▽▲▽
「おまたせしました──とっておきの《どらやき》です」
そして、シャリィとおしゃべりしながら待つことしばらく。いくらマスターでも、さすがにもうレパートリー的に厳しいものがあるんじゃないか……なんてぼんやり思っていたところに、店の奥からそいつを盆に載せたマスターがやってきた。
「む……?」
なんだろう、コレは。
見た感じは”ぱんけーき”に近い……のだと思う。少なくとも、何かしらの生地を焼き上げているってのは間違いない。ほのかに感じるこの甘い香りは”ぱんけーき”のそれとよく似ている……果物とか”ちょこ”の匂いじゃないってのは確かだ。
けれども。
「……?」
例えるなら。
それは──平べったいはずの”ぱんけーき”がぷっくりと膨れたもの。そしてマスターが作るお菓子にしては珍しく……見た目の華やかさがない。いや、華やかさが無いって言うとちょっと間違いだろうか。正しくは……デコレーションの類が一切ないというべきだろう。
「”くれーぷ”……じゃ、ないよな」
アミルたちの話を聞く限り、”くれーぷ”ってのは布みたいに薄く焼き上げた生地で、いろんな具材を巻いたお菓子のはずだ。さすがにこの厚さを「布みたいに薄い」とは言わないだろうし、なにより”くれーぷ”は見た目がとても華やかであるらしい。何も知らない人間ならまだしも、常連の連中がこれを華やかであるとは絶対に言うはずがない。
「んー……近しいものではあるんですかね? 中身を変えて包み方も変えれば、同じっていえるかも?」
「それはもう、ほとんど別物なんじゃないかなあ?」
今の会話でわかったこと。
ひとつ、こいつは生地を焼き上げたものであること。
ひとつ、こいつの中には何かしらの具材が入っていること。
そしてもうひとつ──包み方。”くれーぷ”が具材を巻き上げたものだとして、こいつはいったいどうやって具材を詰め込んだのか。巻くんじゃないとしたら、パンみたいに具材を挟み込むくらいしか想像がつかないが、果たしてそんな単純な考えが通じるものなのか。
まぁ、いずれにせよやることはひとつだ。
「手づかみでいいんだよな?」
「ええ、もちろん」
掴む。
やはりというか、指先から伝わってくるのはふんわりとした柔らかな感覚。ふわふわしていていつまででも触っていたい気分になって来る……よくよく見ると、綺麗な焼き目の所々にあるちょっと焦げたところがなんとも食欲をそそらせるというか、なんというか。あと、なんかふんわりとした見ための割には結構ずっしり重いような?
「いただくぜ」
大きく大きく口を開いて。
遠慮の一切もせずに、思いっきりそいつにかじりついた。
「お……!」
優しくて上品な甘さ。
ふんわりとした、それでいてしっかりと感じる食べ応え。
何より、こいつの中身は。
「……美味いな!」
「それはよかった」
こうも見事にオーダーに応えてくれたマスターは、やっぱりすごい人間なのかもしれない。
今ならわかる。”どらやき”とは──おそらく、和菓子に分類されるお菓子なのだろう。 ”わらびもち”だとか”ずんだもち”だとか、どうにも明確なルールみたいなものはわからないものの、なんとなくそれらには和菓子としての雰囲気みたいなものがあって、そしてこの”どらやき”にもその和菓子特有の雰囲気が確かに存在する。
何より。
「これは……餡子か」
餡子。”おまんじゅう”とか”しらたまぜんざい”とかに出てくるアレ。リュリュ曰く、小豆という豆を甘く煮込んだもの……らしいが、ともかくこの喫茶店でしか食べられない、果物の甘さとも野菜の甘さとも違う……いうなれば、和菓子の甘さの象徴とも言えるそいつが”どらやき”の中に入っている。
「ほぉ……」
美味いんだ、コレが。なんだろうな、強い甘さだけどあんまり派手な甘さ……じゃないんだが、なんとなく落ち着いてほっとするような甘さって言えばいいのか? いつものお菓子をドキドキわくわくする甘さと表現するなら、こいつは間違いなく大人向けの上品な甘さになる……と、思う。心を穏やかにして、ゆったりと楽しむのが正解だって言えるような……まぁ、そんな感じの甘さだ。
惜しむらくは、この餡子の甘さってのをそれ以外に表現できない俺の語彙の少なさよな。ほかに似たようなものを食べたことがないから、どうにもこれくらいでしか表現できねえんだよ。どっちかと言えば野菜の甘さに近いのかもしれないが……いや、やっぱちげえわ。今のなしで。
「なるほどな……ひらべったい”すぽんじ”に餡子を詰めたやつってわけか」
んで、このふわふわのやつ。感じとしては”けーき”の”すぽんじ”のそれに近い。ただ、”すぽんじ”よりかは口当たりがしっかりしていて、けっこうがっつりと食べ応えがあるように感じる。ぱふっと思いっきりかじりつくとふんわりとした控えめな甘さとちょっぴりの香ばしさが口いっぱいに広がって、とても幸せな気分になれる……なんて思えるのは、決して気のせいじゃないだろう。
これだけでも、すでに十分上等だ。古都の連中がこいつを食ったら、きっと涙を流してありがたがるに違いない。実際、俺たちも最初はそうだったし、何なら今でもそう思う。
そして──このふわふわのやつと餡子の相性が最高だ。餡子の上品な、されどしっかりした甘さがふわふわのやつにしみ込んでいる……で、いいのだろうか? 思いっきりかみしめるたびに口の中で二つの美味さが綺麗に混ざり合うものだから、一つ一つに分けて楽しむってこと自体が無理だ。
はっきりしているのは、餡子とふわふわのやつを一緒に食うことで……ただでさえ美味いものがさらに美味くなるっていう当たり前のことだけ。だけどそんな当たり前が、たまらなく最高なんだ。
「そいえば、どらやきの生地ってパンケーキみたいなものなんですかね?」
「んー……パンケーキの生地にはミルクを入れるけど、どらやきには入れないからなあ。そういう意味ではカトル・カールに近いけど、カトル・カールにはどらやきには入ってないバターをいっぱい使うし……一応はカステラ風の生地だって、じいさんは言ってたっけ」
「カステラ風、といいますと?」
「はちみつとかみりんとかも入れるんだよね。だけど、割とその辺はアレンジ次第ってところもあるみたいで」
マスターがうんうんと頭を悩ませている。たしか、この手のお菓子ってのは卵、牛乳、小麦粉、バターがあれば大体何でもできるって誰かが言ってたような気がする。どの材料をどれくらい使うか、どんな順番で調理するかで口当たりや食感が随分と変わるんだって話だったはずだが。
……”かとる・かーる”や”ぱんけーき”はともかく、”かすてら”ってのは何だ? そんなの俺、食ったことないし誰がか食べたって話も聞いたことないんだが。
まぁ、それはともかくとしてだ。
「一応確認だが、こいつは……生地に餡子を挟んだやつってことか?」
半分程食べたからこそわかる。
”どらやき”ってのはおそらく、たっぷりの具材を円盤状に焼き上げた生地で挟んだものだ。見た目も味も全然違うが、発想としては”みっくすさんど”と同じものだろう。
その証拠に……程よい食べ応えのある生地が大きく膨らむほどに、”どらやき”の中にはぱんぱんに餡子が詰まっている。どうやったかはよくわからないが、最初はきっちり縁のところが閉じられていて中身がわからないようになっていたのに、ここまで食べ進めたために限界を迎えたのか、反対側とかから餡子がけっこうはみ出てきてしまっている。
こんなぷっくりと膨らんだような見た目をしていたのも……きっと、できる限りたくさんの餡子を詰め込もうとしたからだろう。そうでなければ、ここまでの満足感はきっと生まれなかったはずだ。
「ええ。丸く焼き上げた生地にたくさんの餡子を乗せて……そして、もう一枚の生地で挟み込む。作り方は比較的シンプルではありますが、美味しいでしょう?」
「ああ、最高だな」
手づかみで食べられる。遠慮なく一気にかじりつける。そして、お菓子らしい軽やかさを感じつつも、どうしてなかなか食べ応えがあって腹に溜まる。たぶん、おっさんやアルのやつが好きなお菓子と見た。
「でもなんだ、ちょっと珍しいな?」
「珍しい、ですか?」
「おう。だって……これって和菓子だろ? 和菓子はじーさんの専門で、マスターが作ったところは見たことがないような」
たぶん、ない。
きっと、ない。
いや、もしかしたらあるのかもしれないが……少なくとも、和菓子ってのはマスターじゃなくてじーさんの専門のはず。新作の和菓子を出してくれるのもいつだってじーさんだったはずだ。
「ははは、確かにあの人が和菓子を作ることがほとんどですけど。それは単純に、あの人が作るからわざわざ僕が作る必要が無いってだけで、僕も普通に裏では作ってますよ」
「あ、そうなの?」
「ええ。まぁ、確かに僕が和菓子を出すのは珍しいから、そういう意味での特別感も出せるかなって思いもありましたが。今回どらやきをお出ししたのは……そんな特別感と、あとはクレープと少し作りが似ていると思ったからですね」
生地を焼いて、具材を包む。言ってみれば”くれーぷ”も”どらやき”もそこは変わらない。生地の材料もほとんど変わらないだろうから、”くれーぷ”を食べ損ねた俺に出す逸品としてはこれ以上ないもの……なのかもしれない。
「確かにクレープほどの華やかさはないかもですけど! でもあたし、どらやきの落ち着いた感じも好きなんですよねえ……! こう、和菓子ならではのほっとする感じがするというか!」
「…………あんまり僕も人のことは言えないけれど。でも、シャリィがそれを言うの……?」
「……えへへ?」
「……ん?」
違和感。
というか、マスターがちょっぴりあきれたようにシャリィの奴を見ていて……そしてシャリィは、何かをごまかすようにいたずらっぽい笑みを浮かべている。
そんなシャリィの口の端には、そりゃもう見事な白いものが……。
「……あ? 白?」
”どらやき”の中身の餡子は黒というか、濃く暗い紫色のはず。少なくとも俺の食べかけのそいつはそういう色合いをしていて、間違ってもあんなまぶしい白色をしているはずがない。
けれど、俺の隣で美味そうに”どらやき”にかじりついてるシャリィの口の端は確かに白くなっていて、ついでに言えば……待て、明らかに俺のにはない甘い香りがしないか?
「…………まさか」
シャリィの手元を覗き込む。
「あっ……! おにーさんってば、大胆なんですからあ……! そんなにも私のやつ、食べたいんですかあ……?」
からかように、シャリィが食べかけのそれを俺の目の前に差し出してくる。
その”どらやき”の中は……俺のと違って、真っ白なそれでいっぱいだった。
「”くりーむ”……中身違うじゃねえか……!?」
そう──中身が違う。俺のは餡子を挟んでいたのに対し、シャリィのは”けーき”によく使われている”くりーむ”でいっぱいだ。あまりにも”くりーむ”が詰まっているものだから、これまたやっぱり生地からそいつがはみ出てしまっている。よくよく見れば──いいや、よく見なくともそのせいでシャリィの口の端が汚れてしまっていて、そしてあいつの指先も結構すごいことになっていた。
「おいおいおい……どうなってんだマスター……? ”どらやき”ってのは、生地に餡子を挟んだものじゃないのか?」
「いえ、その認識であってます……が、そこはアレンジの幅がありまして。最近はもう、餡子を使わないどらやきなんかも普通にあるんですよ。ただ、そこまで行くともはやどらやきに近い別の何かじゃないか……と、個人的には思うわけです」
「シャリィの”どらやき”が”くりーむ”入りなのは……」
「シャリィの好みですね。じいさんなら邪道って言うかもしれません」
これもう絶対に和菓子じゃないと思うんだけどな……ってマスターが困ったように笑う。どらやきなんだから中身が何であっても和菓子なんですよ……って、シャリィが自慢げに笑う。
つまり、なんだ。
結局”どらやき”ってのは……何なのだろう?
「……それで、おにーさん? あたしの”どらやき”がそんなにも気になるなら……一口くらい、あげてもいいんですよ?」
す、とシャリィが俺の口元へと食べかけのそれを寄せてくる。なんとも楽しそうに、まるで出来の悪い弟をからかうように笑っていて、そしてなぜだか妙に大人ぶっているように思えないこともない。
……ああ、表情だけは悪くないんだけどなあ。子供がやっても滑稽にしか思えない。こいつの場合は妙にませている分、余計にそれが際立ってしまうというか。せめてあと十年……いいや、五年も経てばそれなりにサマになっただろうにと思わずにいられない。
とはいえ。
「おう、一口な」
「やーん♪」
どうせ相手はガキで、そしてシャリィだ。
一切の遠慮なくかじりついてみれば……なるほど確かに、こいつも美味い。”くりーむ”がたっぷり使われているってだけで大体の味の予想はできたが、なんか”けーき”をそのまま食っているみたいな気分になれる。や、”けーき”に比べると”どらやき”の生地のほうがしっかりしているから、全く同じってわけじゃないんだが……少なくとも、和菓子っては感じはほとんどしない。
美味しい。美味しいは美味しいんだが……”どらやき”って言われるとなんか違う気がする。
「おにーさんおにーさん、あたしも!」
「ほらよ」
「わぁい!」
せがまれたので俺の食べかけのそいつも食わせてやる。シャリィのやつは目をきらっきらと輝かせて、そしてよくぞまぁそんなに広がるもんだと感心するくらいにデカい口を上げて餡子たっぷりの真ん中の一番美味いところに遠慮なくかじりついた。
「うーん! 餡子のオトナで上品な甘さと、生地のほんとりとした甘さが引き立てあっていてとっても美味しい! どらやき特有の香ばしい……香ばしい、であってるんですかね? ともかくそんな生地の風味が最高です!」
ああもう、美味そうに食いやがって。あとマスター、頼むからそんな絶望した顔でこっちを見ないでほしい。話を振ったのは俺じゃなくてお前の妹の方だってところを、どうかしっかりと認識してほしい。
「ちなみに! おにーさんが食べたのが普通の餡子、あたしが食べたのがクリームのやつですが……実は、あと一種類あるんですよ!」
「お、マジ?」
「ええ! なんとなんと、餡子とクリームを混ぜちゃったとってもスペシャルでぜいたくな奴です!」
”くりーむ”と餡子。どうにも味の想像がつかないが、めちゃくちゃ美味いだろうってことだけはわかる。美味いものと美味いものを混ぜるんだから、これで美味くならないはずがない。そんなのはもう、学の無い冒険者だってわかることだ。
「は、はは……大丈夫、シャリィはまだじゃれてるだけだから……食べさせあいっこなんて、その延長だから……」
「もー……マスターってば、落ち込み過ぎじゃありません……? ……あっ! わかった、さてはマスター、妬いちゃってるんですかあ……?」
「ははは……そうかも」
「へえ、そりゃ一大事だ……ほらよ、マスターにも『あーん♪』してやるよ」
「えっ」
「おっ!?」
「なんだ、俺の食べかけは食えないってのかあ? ……ちょっと傷つくぜ?」
冗談めかして、俺の食べかけのそれをマスターの前に差し出してみる。一方でマスターはと言えば、まさか俺がこんなふうにからかってくるとは思わなかったのか、ちょっとびっくりしたように目を白黒させていた。
「あの、レイクさん……?」
「冗談だよ、あんまりそんなマジな顔しないでくれ」
「焦ったあ……いえ、決して嫌だとかそういうわけじゃあないですし、学校じゃ回し飲みとかも普通にしているので抵抗感とかは全然ないんですけど」
それな。なんだかんだ言って冒険者連中の間じゃ水筒の水を回し飲みするのなんて普通だし、マジの冒険中はそんなことを気にしている余裕なんてないわけだから、こういうことをするのに抵抗感はあまりない。そりゃあ、見ず知らずのむさくるしいおっさんと……ってなら話は別だが、少なくとも知り合い以上であればまぁ問題はない。
「だけど、その……アミルさんにバレたら」
「あ」
「……なんか、すっごく大変なことになるぞって。理由とかは無いんですけど、本能で感じました」
「………………だな」
ああ、どうしてだろう。
なんでかわかんねえけど、俺が酷い目にあうぞってのが理屈じゃなくて直感で理解してしまったというか。数秒前の俺は、もしかしてとんでもなくヤバい橋を渡ろうとしていたんじゃないかって、そう思えてならない。
「……もしかして、なんだが」
「はい?」
「古都で屋台を出すってなった時……俺の予定は気にしたのに、アミルだけは無条件に呼んだのって」
「……」
「あいつだけは、声を掛けなかったらヤバいって無意識に思ってたからじゃないか?」
「そ、そんなわけ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……マスターもおにーさんも、そこで黙らないでくださいよ。特にマスター、なんでそんなに目を泳がせているんです?」
「……レイクさん、どらやきをはんぶんこしましょうか。男と男の約束です」
「いいな、それ」
「おーい、二人ともー?」
心と心で通じ合う俺たち。マスターが手に取った──真ん中からはんぶんに千切ったのは、奇しくも餡子と”くりーむ”の両方が使われた”どらやき”だ。なんだか薄いピンク色のようにも見えるそれもまた、きっと言葉にできないくらいに美味しいものなのだろう。
「ちょっと甘みが強すぎたかな……?」
「そーかあ? こっちはこっちで美味しいぜ?」
「あっ! あたしがチェックしてあげますよ!」
のんびりとした空気。おしゃべりを楽しみながら、甘いものを楽しむこのひととき。
そんな穏やかで素敵なものたちと一緒に、俺は”どらやき”にかじりついた。
邪道だとは自覚していますが、普通の餡子のどらやきよりも、クリームのどらやきのほうが好きなのです……。
中に挟む具材だけでなく、生地の方にもいろんなものが練りこまれていたり……と、最近はいろんなアレンジがあるみたいですね。中にはお惣菜に近いしょっぱい系のどらやきもあるとかないとか。屋台とかで売ってるケースもあるそうですが、見たことないような……?




