盗賊とサーターアンダギー
例えば、の話だ。
冒険の途中、ふと見つけた山小屋で休憩することになったとして。扉を開けたその先で、一組の男女が健全な意味でイチャつていたとしたら、どう思うだろうか?
たぶん、向こうにとってもこっちにとっても気まずいと思う。向こうは向こうでこっぱずかしいところを見られたことになるわけだし、こっちとしてもお邪魔しちゃって申し訳ない気分になるはずだ。あくまで例えばの話だが、それがハンナとエリオのような微笑ましい感じのアレとかだったりしたら、その気持ちもより一層強くなることだろう。
もっと悪いケースを考えてみよう。
もし、イチャついている人が自分の恋人とかだったりしたら。そりゃもう死にたくなるだろうし、何だったら浮気相手をその場でぶっ飛ばしているはずだ。気まずいとかそういう感情をすっ飛ばして、もっと短絡的で直接的な行動に出ているに違いない。
「……あらやだ、見られちゃいましたね」
「……」
──だからこれも、そういうケースなのだろう。
扉を開けたその向こう。真正面から抱き合う若い男女。男の方はいかにも女を誑かすのに手馴れていそうな甘いマスクで、そして女の方は、悲しいことにここ最近じゃ一番俺と関わり合いのあるやつだ。
「ふふ……あなたが悪いんですからね? いつまでもあたしのことを放っておくから、こんなことになっちゃうんですよ?」
「……」
ただし。女は女でも──妖しく笑ってこちらを煽るようにして見つめる赤毛のそいつは。
俺より頭二つは小さい、どこにでもいるマセガキだった。
「よ、シャリィ。なんかまた珍妙なことやってんのな」
「珍妙ですとっ!?」
「マスターも大変だな。こんな変なことに付き合わされて」
「あ、あはは……」
「マスター!? なんでそこ、ちゃんと否定してくれないんです!?」
困ったように笑うマスターと、ただでさえ丸い頬をさらに膨らませて真ん丸にするシャリィ。兄貴と妹が……それも、年の離れた妹が兄貴に抱き着いていたところで、変な場面だと勘違いするはずがない。ああ、子守も大変なんだなってマスターに同情するだけの話だ。
「むむむ……こうやって嫉妬心を煽ることで、おにーさんがあたしへの気持ちを再確認するはずだったのに……!」
「再確認も何も、最初からそんなの無いっての……それよりマスター、旅行から戻ってきてたんだな。もうちょっと長いもんだと思ってたぜ」
「ええ、ちょうど昨日こっちに帰って来たところです。……ただ、どうにもシャリィが甘えん坊でありまして」
「お、お、おにいちゃん!? へ、変なこと言わないでいいんですからっ!」
「ああ、なるほど……」
勝手知ったるなんとやら。軽口を叩きながら、俺はいつもの席に座る。
マスターが旅行へ行くという話をエリィから聞いたのがつい先日のこと。そんでもって、誰だったかからその行先がナントカっていう南の島だってのも聞いた。シャリィを留守番にさせているから、きっとすぐに戻ってくるだろうとは踏んでいたけれど……それでも、シャリィにとっては十分に長い時間に感じられたのだろう。
「寂しいなら素直に甘えてりゃいいじゃねえか。ガキなんだからそんなのいくらでも許されるだろ」
「うう……おにいちゃあん……! おにーさんが、いじめてくるんですぅ……!」
「いや、今のは変に取り繕おうとしたシャリィが悪いんじゃないかなあ……それとも、もう満足したの?」
「……」
かーっと顔を真っ赤にさせたシャリィは、しかし無言でそのままマスターにぎゅっと抱き着いた。どうやらマジに、こいつの中に潜む甘えん坊が表に出てきてしまっているらしい。
まあ、子供ってのは往々にしてそういうもんか。わけわからんタイミングで、信じられないくらいに甘えてくることがある……ってのをどっかで聞いたことがあるような。
「こうしてみると、やっぱ見た目通りの子供なんだよな……」
「はは……確かに、シャリィは僕でもびっくりするくらいに大人っぽいというか、しっかりしてますからね。同じ年の頃の僕とは比べ物になりませんし……たまに、子供だってことを忘れることすらありますよ」
「……こいつ、普段だったら『こんな極上のイケメンに抱き着き放題って最高ですよぉ……!』とか言ってるはずだよな。今回はマジに寂しかったのかね」
「そうかもしれませんね。これだけ離れたのは初めてですし……でも、じいさんが面倒見てくれてたし、常連さんも顔を出してくれてたはずなんだけどな」
ともあれ、シャリィがどれだけマスターに甘えていようと正直俺には関係ない。俺がここに来たのは美味いお菓子を食べるため。その目的さえ達成できれば、ハグだろうがキスだろうが好きなだけやってもらって構わないとすら思って……いや、さすがにそれはまずいか?
まぁいい。
「マスター。今日は何か、新しいものを食べたい気分なんだ。できれば、そこそこ腹にたまるやつが良いな」
「おや。それは何ともタイミングがいいですね」
「ほぉ?」
「実は……旅行先で作り方を覚えてきたお菓子があるんですよ。せっかくなので、今日はそちらにしてみようと思うのですが、いかがでしょう?」
ぱちりと器用にウィンクしてくるマスター。やっぱりこういうちょっとした動作の一つ一つがイケメンたる所以なのだろう。如何にも女受けしそうで……そして、マスターほど顔が良い奴じゃないと滑稽になってしまうだけ。たぶん、俺が同じことをやったら鼻で笑われるに決まっている。
「いいね、そいつにしてもらおうか。あとは食後に……」
「いつものですよね、おにーさん!」
俺が答えるまでもなく。
マスターに抱き着いていたシャリィがぱあっと笑って、そして二人して俺のために奥へと引っ込んでいった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「おまたせしました。こちらが旅行先で覚えたお菓子……その名も、《サーターアンダギー》です」
「……えっ? 悪い、もう一回」
「《サーターアンダギー》ですよ、おにーさん!」
耳慣れない発音と語感。明らかにいつものお菓子と雰囲気が違う名前。マスターが旅行先で作り方を覚えたというそのお菓子は、まずは俺の耳から驚かせにきていた。
さーたーあんだぎー。俺の耳が確かなら、マスターたちは確かにそう言った。名前からじゃどんなお菓子なのか推測することも難しく、そして当然のごとく、この辺の言葉でないことは確定的に明らかだ。
旅行っていってもかなり短い期間なのだから、そんなに遠くには行けないはずなんだが……果たしていったいどこに行ってきたのか、トレジャーハンター志望としては気になるところだ。
「発音についてはちょっと怪しいところがありますけれども。お菓子としては、ちゃんとできていると保証しますよ」
「ほお……」
ことり、と静かに皿が机の上に置かれる。
ふわりと、甘く香ばしいような香りが広がった。
「こいつは……”くっきー”か? いや、パンの一種か?」
”さーたーあんだぎー”と呼ばれたそれは……シャリィの拳と同じかそれより小さいくらいの、丸っこいパンのような何かだった。全体的にざらざら、デコボコしていて、ところどころにぱっくりと特徴的なひび割れが入っている。
色合いもまさしく焼いたパン……いいや、どっちかって言うと揚げ物の色か? こんがりと綺麗な淡い茶色に色づいていて、この甘い香りが無ければ、美味そうに揚がった肉の塊のように思えないこともない。
んで、すっげー甘い香りがする。こいつは間違いなく砂糖の甘い香りで、それに負けないくらいに油の香ばしい香りがする。嗅いでいるだけで腹が減ってくるような、食欲を刺激しまくる香りだ。
ここまでくるともう、「揚げ物のような見た目」ではなく、事実として油で揚げたお菓子なんだろうってことが確信できる。
「クッキーかパンか……うーん、どうなんだろう? 材料としては卵、砂糖、小麦粉がメインですから、普通のお菓子とほとんど同じですよ」
普通のお菓子と同じ。マスターは確かにそう言ったが……少なくとも俺は、この店で油で揚げたお菓子ってのは食べたことが無い。”ふらいどべじたぶる”は油で揚げられていたが、ありゃお菓子のくくりには入らないだろう。そういう意味では、今から俺が食べるこのお菓子は……お菓子として、初めての新しいジャンルってことになる。
新しいものを食べたい、とリクエストはしたけれど。まさか本当に今までにない新しいものが出てくるとは。これだからマスターのことは侮れない。
「普通に手づかみでいいやつだよな? 変な作法とかそういうのは……」
「ええ、大丈夫ですよ。元より、ここには僕たちしかいません。変に畏まることも無いでしょう」
ならばよし。マスターのお墨付きも貰えたことだし、ここは男らしくワイルドに手づかみとさせてもらおう。
「お、意外と硬いな」
触った感覚は、硬いパンの耳に似ている。あとやっぱりちょっとざらざらしているような。ちょっと面白いのは、まるで岩のようにも思える見た目の割には、結構軽い所だろうか。
「それじゃ、さっそく……」
指でつまんだそいつに、豪快に嚙り付く。
──カリッという小気味よい音共に、口の中に幸せが広がった。
強く深い甘味。
体中に広がっていく、特有の風味。
なかなかに素晴らしい、この食べ応えとも合わさって……。
「──美味いな、今日も」
「それはよかった」
確かな満足感が、俺の中に満ち満ちていた。
”さーたーあんだぎー”を食べて、真っ先に感じたこと。甘い味に香りはもちろんのこと、何よりも特徴的だったのは。
「カリッカリだな、これ……!」
カリッとした表面のその食感。それがなんとも小気味よいというか、食べていて心地よい。いや、カリッてしているっていうのもなんか正確じゃない気がする。もっとこう、サクサクしているというか……でも「サクサク」だと、その絶妙な硬さ加減が伝わってこない。
程よく硬くて、カリカリしていてサクサクしている。硬さによる食べ応えを十分に押し出しながらも、しかしサクサクで食べ進めるのに苦が無い……食べることそのものが楽しいっていうこの”さーたーあんだぎー”の食感は、他では味わうことのできない素晴らしいものだ。
しかも、それだけじゃない。
「初めての感覚だな、こいつは……!」
「ふふ。上手くできているようでホッとしましたよ」
硬かった表面に対して、中は割としっとりしている。蕩けるような柔らかさと言うと語弊を招くだろうが、俺達が普段食べているパンよりもよっぽど柔らかい。ただただ柔らかいんじゃあなくて、重量感があるというか、みっしり詰まっている感じがするというか。噛んだ時の存在感が凄まじく、これ以上に無い程の食べ応えを醸し出している。
何がすごいって、表面と中身とのギャップの妙だ。単体で見れば、その中身は決して柔らかいとは言えないはずなのに……先に硬い表面を体験するから、相対的に中身が柔らかいように思える。柔らかいのに重量感があって食べ応えがあるっていう、すごく不思議で面白い感じになるんだよな。
もちろん、こいつの凄さは食べ応えだけに留まらない。
「うーん! 揚げ物特有のこの甘み! 癖になっちゃいますね!」
そう、それ。やっぱりシャリィは俺の言いたいことをきちんとわかってくれている。
卵と砂糖、そして小麦粉で作られる「お菓子の甘み」。未だこの喫茶店でしか楽しめないこの甘みが、熱を通されたことでまた新しい領域を切り開いている。
なんだろうな、コレ。甘さに深さのような風味のようなものが加わって……ただ砂糖を舐めただけじゃ決して感じられない、奥行みたいなものが感じられるんだよ。
で、そんな甘味がこの揚げられたことで生まれた特有の香ばしさとすげえ合う。初めて感じるタイプの甘さなのに、それが当たり前で自然なことだってすんなり納得するほど……こう、しっくりくるんだよな。
そして……ここからは、俺の推測なんだが。
「……なあ、マスター?」
「はいはい、どうされました?」
俺の隣にちょこんと座り、心の底から美味そうに”さーたーあんだぎー”を頬張るシャリィを横目に見ながら。
頭の中にふっと浮かんだ疑問を、マスターにぶつけてみた。
「……もしかしてだけど、いつもと違う砂糖を使ってる?」
「ええ。よくわかりましたね」
マスターは、にこにこと笑いながら続けた。
「いつも使っているのは真っ白な砂糖なんですが……今回使っているのは黒糖と呼ばれる黒い砂糖なんです。白い砂糖が甘さだけを追求したものとすれば、こちらの黒糖はそれに加えて特有の風味や栄養などを残したものになりますね」
ただ単純に甘さだけを求めた白い砂糖。甘さのほかに、風味も残した黒い砂糖。使い勝手としては白い砂糖の方が上だけれども、黒い砂糖にしかできないこともあるのだとマスターは語る。
「ちなみに、この黒い砂糖も例の旅行先の特産品でありまして。サーターアンダギーは白い砂糖でも黒糖でも作れますが、どうせなら本場のそれを楽しんでもらいたくて。普段は割高なので滅多に使いませんが、今回だけは特別に……ね?」
「マスター、あんた最高だよ」
そうこうしている間には、最初の一個があっという間に無くなっていた。
もちろん、これだけで満足できるはずがない。
「止まらねえな、これ」
片手でひょいとつまんで、そのまま嚙り付くことができるこいつ。お手軽さではお菓子の中でもトップクラスと言って良い。カリッと嚙り付いてみれば、そのサクッとした食感としっとりとした食感が面白く、そして風味ある甘さが……いつもと違う砂糖によって生まれたそれと、揚げたことで生まれた香ばしい風味が交じり合い、ふっと鼻に抜けていく。
そして、このしっかりした食べ応え。一口一口が良い意味で重い。ああ、ちゃんと食べ物を喰ってるんだなって感じがするし、この感じだと腹持ちも結構いいはずだ。
手軽で、食べ応えがあって、腹持ちが良くて……そして、美味い。
おやつにしてはあまりにも出来過ぎている。旅行先で覚えたってマスターは言ってたけれども、実は秘伝の門外不出のレシピとかだったりしない……よな?
「ちょっと硬くて、あたしのお口だと持て余し気味ですけど……このお手軽さはたまりませんね!」
「たくさん食べるのはいいけど……シャリィ? ちゃんと夕飯も食べなきゃダメだからね?」
「だいじょうぶ! あたしってば成長期ですから!」
ふと隣を見てみれば。
俺のと同じくらい”さーたーあんだぎー”が載せられていたはずのシャリィの皿が、すっかり空になっている。大人の男の俺でさえこれだけの食べ応えを感じるのだから、子供がいきなりあれだけの量を食べたとなると、夕餉を喰う余裕なんてそんなにないんじゃないかと思わずにいられない。
というかこいつ、よくぞまぁこの短時間でペロッと平らげたもんだな。おっさんみたいに一口で丸呑みしなきゃ出せないタイムだぞコレ。
「……ちなみに、お代わりとかは?」
「だーめ。もう十分食べたでしょ? ……それに言わなかったっけ? ただでさえお菓子は砂糖が多く含まれているのに、これは油で揚げているわけだから」
マスターはにこにことほほ笑みながら、この世の全ての女が絶望する一言を叩きつけた。
「──あんまり食べ過ぎると、太るよ?」
「ひえっ」
ぱちぱちと上目遣いでお願いのポーズを取ったまま、シャリィの顔がみるみる青くなっていく。子供とはいえ、やはりこいつも女だということなのだろう。どっちかっていうともっと肉を付けたほうがいい感じの足だの腰だのをふにふにさわって、絶望の表情を浮かべていた。
「ど、どど、どうしましょ……!? あたしってば、いつもと同じようにけっこーな量を食べちゃいましたよ……!?」
「おいマスター。マセガキがしなくてもいい心配してるけど、実際のところどうなんだ?」
「あはは。シャリィは成長期ですし、運動もばっちりしてますからこの程度なら全然問題ないと思います。……とはいえ、他のお菓子に比べて太りやすいのは事実です。えっとたしか……砂糖の量やカロリー的に、プリンの三倍太りやすいと思っていただければ」
「……お菓子、っていうか甘いもの自体が太りやすい食べ物って話だよな?」
「ええ。まぁ、それこそ毎日のように食べない限りはそんなに影響ないと思いますけど。特に皆さんは冒険者で体が資本なわけですし」
「……俺の知り合いで一人、毎日のようにお菓子を食べていて、そんでもって後衛職だから大して運動してない奴がいるんだが。今から思えば、最初に出会ったときに比べてこう……ほっぺのあたりが丸くなっているような気がしてるんだが」
「……元々頬が痩け気味で、ようやく元の健康的な肉付きに戻ってきただけじゃないっすかねえ」
「……」
「……」
「……服がキツくなってきて、買い物デートをしたって惚気話を聞かされた気もするんだが」
「そ、そんなこともあった……ような?」
「……」
「……」
「正直俺は、ぼんっ! きゅっ! ぼんっ! のグラマラスなおねーさんが好きだ。女が憧れるような痩せぎすでガリガリな体型よりも、良い感じの肉がついているほうが魅力的だと思ってる。……マスターの好みがどんななのかは、あくまで俺の想像にしかすぎないけれども」
「……え、ええ」
「いろんな意味で……甘すぎるってのはよくないんじゃねえかなあ」
マスターはとにかく身内に甘い。なんだかんだ言いながらもシャリィは甘やかされ放題だし、そしてこの”さーたーあんだぎー”もお菓子らしく殊更に甘い。そんな甘さが二つも重ね合わされば……いずれ来る結末なんで考えなくてもわかることだ。
「それともなんだ、マスターはわかっててあいつを太らせようとしてるのかあ?」
「ち、違いますってば! 僕はただ、あの人が嬉しそうにお菓子を食べる顔が好きなだけで……!」
「おーおー、惚気ちゃってまぁ。まったく、羨ましい限りだぜ」
「あああ、もう! なんか最近、レイクさんは意地悪になってませんか!?」
そりゃそうだ。だってこのネタでマスターをおちょくるの、すっげえ楽しいんだもん。女を誑かしていそうな見た目をしているくせに、中身は今時珍しいくらいの純粋な青年だって言うんだから世の中は侮れないもんだ。
「……はっ!? お菓子を食べすぎると太るってことは……肉付きがよくなるってことでもあって……! それってつまり、もこもこのおねーさんみたいなカラダになることも夢じゃないってことなのでは……!?」
「そんな都合の良い所にだけ肉が付くわけねえだろ。そういうのはな、だいたいついて欲しくないところにばかりつくもんだ。現実見ろよ、シャリィ」
「おにーさんのばかぁぁぁ……! デリカシーが無さ過ぎですぅぅ……!」
「いやいや……俺は今のお前が可愛いって言ってるんだぜ?」
「まっ……! おにーさんってば、お上手なんですからぁ……!」
「……チョロすぎない?」
「僕なんかよりもよっぽど女の敵ですね、レイクさん」
「マスター、なんか怖い」
「はて、なんのことやら」
マスターと店員をからかって。くだらないことで、お互いに笑いあって。
なんだかんだで、こうやって賑やかに食べるおやつってのが一番美味い。甘い砂糖を使うことでも、高い材料を使うことでも、秘伝のレシピを使うことでもなく……気の合う人間とおしゃべりしながら食べるって言うのが、お菓子を楽しむ上での一番の秘訣なのだと思う。
「そうだ、マスター。せっかくだから旅行の土産話をしてくれよ。何気に結構気になってるんだ」
「なんか上手く話をはぐらかせようとしている気がする……」
「とかいいつつ、ちゃんと話してくれるマスターが俺は好きだぜ……安心しろ、長居する分飲み物は追加するさ。そうだシャリィ、せっかくだからお前の分の飲み物も奢ってやろう」
「えっ、いいんですか!? ……おにーさん、だーいすきっ!」
俺の目の前に座るマスター。追加で運ばれてきた飲み物。程よい満腹感と、心地よい甘さの余韻。
こういう、何気ないひと時が……仲の良い友人たちとゆったり過ごせるこの時間が、やっぱり俺は好きなんだと思う。
「……もしかすると、俺も少しばかり寂しかったのかもな」
「……うん? 何か言いました?」
「いいや、なんでもない」
なんだかちょっぴり照れくさくなって、俺は最後に残った”さーたーあんだぎー”を隣に座るシャリィの口に放り込んだ。




