剣士と弓士とべっこうあめ
「えっ!? マスター、旅行に行っちゃってるの!?」
「そうなんですよぉ……! あたしというものがありながら、あたしをほったらかしにして……!」
「ああ……可哀想に……! シャリィちゃん、あたしが抱きしめてあげるから……!」
「うう……おねーさぁん……!」
わざとらしく大きく腕を開いたハンナと、同じくわざとらしくその胸に飛び込んでひしっと抱き着くシャリィちゃん。言葉の悲壮感の割にその顔は明るい笑顔で、まるで久しぶりに会えた姉妹かのようにじゃれあっている。
「でも、マスターったら酷いのね! シャリィちゃんを残して旅行に行くだなんて! アミルさんとのいろんなアレコレ、聞き出してやろうと思ったのに!」
「ははは、まぁそう言いなさんな。元から決まっていたことだし、あくまで勉強のためにでかけているんだから。この娘だけ特別扱いして連れて行くわけにもいかなくてねェ」
「でもじいじ、それって建前なんでしょう? ホントはみんな遊ぶ気満々で、かなり楽しみにしていて……」
「……はっはっは!」
喫茶店、《スウィートドリームファクトリー》。今この場にいるのはボクとハンナ、そして店員であるシャリィちゃんとおじいさんだけだ。店主であるはずのマスターは修学旅行とやらで数日ほど店を空けるらしく、運悪くその報せを知る前にボクたちはここに来てしまった……というのがあらましだ。
もちろん、マスターがいないからと言ってお店が機能しないわけじゃない。シャリィちゃんは子供だけど簡単な料理はできるし、おじいさんはマスターに引けを取らぬ腕前を持つ職人だ。やれることが幅広過ぎるためにマスターと比べてその印象が薄く感じるだけなんだよね。
だから、お菓子を注文して素敵な時間を過ごすってだけなら問題なくできる。
だけど、ボクたちの今日の目的は。
「うーん……マスターがいないなら、今日はお勉強は無しかなあ」
そう、勉強。ボクたちは──というかハンナは、定期的にここで料理の腕を磨いている。この前なんて”かとる・かーる”っていう本格的(?)なお菓子も作ってしまったほどで、この勢いのまま次なるステップへ進もう……だなんて、意気込んでいたんだよね。
「で、マスターってばどこに行ったの? 学校のみんなとって話だけど、この辺にそんなにいい場所あったかしら?」
「沖縄っていう、南の島ですよ! 海が綺麗で、果物が美味しくて……たくさんの特産品があるって言ってました!」
「……エリオ、知ってる?」
「うーん、ちょっとわからないかな。ジシャンマも南の方だけれど、たぶんもっとずっと南のことなんだろうね」
あるいは、マスターたちの隠れ里のさらにその先か。最近薄々覚えるこの奇妙な違和感というか……どうにも、マスターたちはボクたちの住んでいるこの場所とは根本的に違う場所に住んでいるような気がしてならない。
エルフのそれのような単純な隠れ里と言うよりかは、おとぎ話に出てくる妖精郷のような……なんか、そういう所だって言われたほうがしっくりくる気がする。
まぁ、それはともかくとして。
「ハンナ、どうする? 今日はお菓子を食べるだけにしようか?」
「うーん……それはそれでちょっとシャクね……。あたしもう、お菓子を作る気分なの」
「ふむむ……すでに教えたやつの復習ならともかく、全く新しいのとなるとあたし一人で教えるのは限界がありますし……」
ハンナは何か新しいお菓子の──それも、できれば材料を揃えられてここじゃなくても作れるやつの作り方を覚えたい。だけど、シャリィちゃんだとそんなハンナのリクエストに応えられるような都合の良いお菓子をチョイスすることが難しい。
必然的に、二人の顔はこの場にいるもう一人──おじいさんのほうへと向いていた。
「ふむ。じゃあ今日は、簡単な和菓子の作り方でも教えようかねェ」
「和菓子って言うと……リュリュさんが好きな”わらびもち”とか、この前の”おまんじゅう”とか、そういうやつ?」
「そうそう。よくわかってきたじゃないか……尤も、今日教えるのはもっと簡単なものさ。それでいて、冒険のお供にもなる……」
「やったっ! おじーちゃん、それ教えて!」
食い気味に喜びを表すハンナ。それだけ、冒険の途中でも食べられるっていうところに魅力を感じたのだろう。今まで覚えたお菓子はどれも、あくまで料理ができるところでしか楽しめないものだったから。
「よかったね、ハンナ……じゃあおじいさん、ハンナをよろしくお願いします」
角がぶつからないように、浅めに頭を下げたら。
にやっと笑ったおじいさんが、からかうように告げてきた。
「せっかくだ。エリオ、お前も一緒に覚えると良い──たまにはみんなで作るのも、楽しいもんさ」
あいつも今頃、そうやって楽しんでいるだろうからね……だなんて言って、おじいさんはさっさと裏に引っ込んでいく。ボクはただ、満面の笑みを浮かべたハンナとシャリィちゃんに腕を引っ張られて、それに続くことしかできなかった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「さて、それじゃあ始めるとしようか」
厨房。マスターのエプロンを借りさせてもらったボクは、ハンナやシャリィちゃんと共にそこに立っている。ここにマスターが立っている姿は見たことがあるけれど、まさか自分が作る側としてここに立つことになるだなんて、夢にも思わなかった。
こうしてみると、ボクとは違ってハンナのエプロン姿はなかなかサマになっているというか、こなれている感じがするというか。最初はかなり新鮮に見えたその姿も、今じゃすっかり見慣れたものになっていることに気づいた。
「用意するのは、砂糖と水……」
「ふむふむ……あとは小麦粉と卵かしら?」
「いいや、これだけさ」
え、とハンナの顔が固まった。
「そ……それだけ?」
「ああ、それだけ」
お菓子作りに疎いボクでもわかる。いくらなんでも材料が少なすぎだ。それも砂糖と水だけとなると、出来るのなんて砂糖水くらいじゃないのだろうか。
「果物どころか、粉も卵も使わないなんて……ホントにそれでできるのぉ?」
「もちろんだとも。……むしろ、材料が少なくシンプルだからこそ、腕の良し悪しが如実に表れる。ある意味じゃ上級者向けと言えるねェ」
用意された砂糖と水。おじいさんはそれを鍋の中に入れて、ぐるぐると慣れた手つきでかき混ぜる。最初はざらざらしていたそれもやがてはしっかり溶け切って、立派な砂糖水が出来上がった。
「で、火にかける」
火の魔道具を起動して。鍋をそこにセットすれば。
「はい、おしまい」
「「えっ」」
砂糖水を、火にかけただけ。こんなの調理でも何でもなくて、それこそ五歳の子供でもできることだ。使ったものだって鍋のほかには水を入れていたコップくらいで、およそ調理器具と呼べるものは使っていない。
「おじーちゃん……さすがに嘘だよね……?」
「いやいや。今までに一度だって、私が嘘をついたところを見たことがあるのかね?」
「……最近、マスターがおじーちゃんのことを嘘つきジジイだーって言ってたけど」
「……あっはっは!」
嘘は言わないけど、冗談ならいくらでも言う。なんだかんだでおじいさんは少しイタズラ好きなところがあって、ちょっとしたお茶目なら日常茶飯事のような気がしなくもない。こういう素を出してくるようになったのは、それだけボクたちの親密度が上がったから……と、そう信じることにしよう。
「……あれ?」
──そんなことを、思っていたら。
「なんか、良い匂いがするような」
「……ホントだ!?」
さっきまでは感じなかった、甘い匂い。それもかなり強い匂いで、これでもかとその存在を主張している。もっと言うなら……この匂いには、香ばしさがある。
「なんだろ……何かを思い出しそうな匂い……!」
「わかりますぅ……! この匂いって、なんか懐かしい感じがしますよね……!」
なんだろう。”けーき”のそれでもないし、果物のそれでもない。どこかで嗅いだことのある気がするけれど、さて、どこだっただろうか。
甘い匂い。甘くて……熱い匂い。そう、この甘い匂いはただの甘い匂いじゃなくて、「熱い甘い匂い」だ。
そんな匂いが──鍋の方から、漂っている。
「わっ!? なんかすっごくブクブクしてる!?」
「跳ねると危ないから、あんまり顔を近づけないようにね」
鍋の中。火にかけられた砂糖水が、すごい勢いで泡立っている。それも沸騰しているという感じじゃなくて、砂糖水全体が泡になってしまったかのよう。元の砂糖水の面影はきれいさっぱり無くなっていて、素人のボクの目からしてもあまりよろしい状態だとは思えない。
「い、急いで火を止めないと!」
「ちっちっち、おにーさん……ここからが本番ですよ?」
「え……でも、こんなに泡立たせちゃ……」
「いえいえ……あ、ほら!」
ブクブクと泡立っていたそれ。
泡立っているのは間違いない……けれど。
「なんか、黄色っぽく……いや、茶色っぽくなってきている……?」
「それに……なんかこう、トロッとしてきているような?」
甘い匂い……その中に含まれる香ばしさがどんどんと強くなって。それに比例するかのように、透明だったはずの砂糖水が色づいていく。未だに泡だらけだからちょっとわかりづらいけれど、それは確かに薄い黄色からどこかで見たような焦げ茶色になっていて、おまけとばかりにわずかばかりのとろみさえも持ち始めているようだった。
「さ、こんなものだろうかね」
おじいさんが鍋を火からおろす。あれだけブクブクしていた泡もその瞬間にすっかり落ち着いて……ただの透明な砂糖水だったそれは、黄金色といっていいほどの綺麗な色合いのとろりとした何かになっていた。
「なるべく衝撃や刺激を与えないようにして、余熱でちょいと馴染ませる。ただし、あんまりのんびりするのは厳禁だ。熱いまま……固まらないうちに、適当な型に流し込まなくっちゃあいけない」
いつの間にか用意されていた、小さなカップ。平べったくってぺらぺらの、今まで見たことの無い奴だ。それが四、五、六……うん、いっぱいある。
そんな不思議なカップに、おじいさんがそれをトクトクと注いでいく。
「わ、あ……! すっごくきれー……!」
「キラキラしていて、宝石みたいですよね……!」
より一層強くなった甘い匂いが、熱気と共にその場に広がっていく。まさしく溶けた宝石のような見た目のそれは、トロトロと焦らすようにそのカップの中に納まって、そして次の瞬間には上品な輝きと共にボクたちを見上げていた。
「あとはこのまま粗熱を取れば完成だ……さて、作り方の説明はいるかね?」
一仕事を終えたおじいさんが、挑戦的に笑いながらボクたちを見つめてくる。
それに対する答えは、もちろん。
「だいじょーぶ! これくらい、あたしだってやれるわ!」
「砂糖水を火にかけて、ちょうどいいタイミングで下ろすだけ……さすがに見くびり過ぎですよ」
「こいつぁ頼もしいねェ」
「じゃあ、みんなで作っちゃいましょう!」
──ある意味じゃ上級者向けと言えるねェ。
そんな言葉を思い出したのは、全てが終ったあと──ボクたちみんなが作ったそれを並べてからのことだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「よしよし、そろそろ頃合いだね」
「……」
そして、調理終了からしばらく。ようやく粗熱が取れたからって、おじいさんはボクたちのいる机に「成果」を持ってきた。
「おおー……! 我ながら、よくできましたねえ……!」
「ああ。エリオのもハンナのも、よくできているじゃあないか。初めてとは思えないね」
キラキラと黄金色に輝くそいつ。宝石のような──という形容詞を何度使ったかわからないけれど、今こうして落ち着いてみてみると、それは前にチラッとだけ見たことのある……そう、琥珀にそっくりだった。
見た目の綺麗なお菓子というのはたくさんある。”ぜりー”に”くりーむそーだ”……パッと考えただけでも、透明で綺麗に煌めくものはいくつか挙げられる。だけど、本物の宝石とそっくりな……宝石箱に混じっていても気づかないレベルのものとなると、もしかするとこいつが初めてかもしれない。
だって、ほら。
「……しっかり固まってる」
硬い。元が砂糖水だったとは思えないくらいに硬い。ボクたち自身が作ったから間違えることなんてないけれど、他人がこれを弄んでいたとしたら、本当に宝石のように思えてしまう。
「ホント、綺麗だなあ……前に見た琥珀の飾り物よりも綺麗かも」
「ふふふ、おねーさん……! 同じ宝飾品でも、これは琥珀じゃなくて……そう、《べっこうあめ》! 鼈甲の名を冠した飴ちゃんなんですよ!」
《べっこうあめ》。これが、今回ボクたちが作り方を教わったお菓子の名前だ。その名の通り、琥珀……じゃなくて鼈甲みたいな見た目をしていて、これだけ見るととても食べられるもののようには思えない。思えないというか、そんな勿体ないことできない。職人さんに頼んで綺麗なアクセサリーにしてもらうか、あるいは売って結構な額のお金にしたくなるような感じだ。
名前からして、”ざらだま”みたいな飴の仲間なのだろう。冒険のお供になるとも言っていたし、それは疑いようがない。
ただ一つ、問題があるとすれば。
「綺麗、だよね……おじーちゃんのは」
「……」
──ハンナが作ったそれは、おじいさんやシャリィちゃんが作ったそれと比べてかなり色合いが黒ずんでいる。光の反射があんまりなくって、琥珀は琥珀でもだいぶ質の低いもののそれだ。もちろん、それでさえ普通の人から見れば十分凄いものなんだろうけど……この二人のものを前にすると、やっぱりどうしたって見劣りしてしまう。
「ま、まぁまぁ……ハンナだってすごいじゃないか。ボクのはもう……」
「え、エリオのも良いと思うわよ?」
色が付きすぎてしまったハンナのそれに対して。ボクが作った《べっこうあめ》は……色味が全然ついていなかった。
おかしい。同じように作ったはずなのに、琥珀色どころか黄金色ですらない。うっすら黄色味のある透明でしかなく、なんというかこう……作りかけって感じが否めない。
「ハンナのは熱を通しすぎで、エリオのは逆に早すぎたんだろうね。まぁ、この辺は慣れるしかないさ」
「……おじーちゃん、最初はおじーちゃんのやつ食べていい?」
「ああ、もちろん」
ともあれ。
せっかく作ったこのお菓子を、ただ眺めて過ごすのはあまりにももったいない。見て楽しむのは間違いなくお菓子の作法であるけれど、それはあくまでおまけ──お菓子の本質は、食べることの方だ。
「うーん! 改めて見ると、本当に綺麗! あたし、本当に食べちゃっていいのかなあ!」
おじいさんが作ったそれをハンナに倣って光に透かして見る。深い琥珀色の中で光が乱反射していて、食べるのがもったいなくなってしまいそう。わずかにぺたつく指先の感覚と、香ばしさを含むその甘い匂いだけが、これが琥珀なんかじゃないことの証明だった。
──そんな琥珀のお菓子を、ボクは口に放り込んだ。
どことなくほろ苦さを感じる、甘い香り。
懐かしさを覚えるような、優しい甘さ。
舌の上で踊るように滑り、からころと心地いい音が鳴って。
そう、とても砂糖と水だけで出来たとは思えないほどに──。
「「おいしい……!」」
「そいつぁよかった」
琥珀色の甘い輝きが、ボクの心を満たしていくのがわかった。
《べっこうあめ》。その味の感想を端的に表すなら、きっと──「想像通りの優しい甘さ」になるのだと思う。
原材料は砂糖のみ。純粋な甘さの素のみで作られたそれは、ボクの想像とほとんど違わない優しい甘さをもたらしてくれた。ミルクの風味も、もちろん果物の風味も、他の一切の混じりけが無く……ただただ、純粋に甘いという感覚を楽しむことができる。
その上で不思議なのが……矛盾しているようだけど、その甘さの中に香ばしさ、ともすればほろ苦さを感じる所だろうか。舌の上でころころと転がしているだけのはずなのに、時折思い出したかのように甘さの中にそれが混じって、ただ”甘い”ってだけじゃないことを知らしめてくる。
「わあ……! なんだろコレ……! 甘くて、うんと甘くて、すっごい美味しい甘さなのに……砂糖の甘さとは全然違う……!」
そう、それだ。砂糖しか使っていないはずなのに、この甘さは砂糖のそれじゃない。砂糖を舐めた時とこの”べっこうあめ”を舐めた時とでは、その満足感が全然違う。こっちのほうが甘さに深みがあるというか、味わい深いというか……。
なんだろう、上手く言い表すことができないけれど、たぶん香ばしさやほろ苦さが関係している……のかなあ? 自分で考えていて、なんだかよくわからなくなってきた。
「不思議ですよね! 水に溶かして火にかけたんだから、むしろ砂糖単体の時よりも甘さが抑えられていてもおかしくないのに……逆に甘く感じるというか!」
「うんうん! それでいて……ずっと舐めていたいって思えるの! ただ砂糖を舐めただけじゃこうはならないもん!」
口当たり、って言って良いのだろうか。舌に感じるそれは艶やかで滑らかだ。硬くてつるつるしていて、うっかりするとそのまま喉の奥に飛び込んでいきそうになるけれど……それのおかげで、舌全体にその優しい甘さが広がっていく。
そしてこの風味。砂糖そのものってそんなに香りはしないのに、この独特な甘い風味が鼻に抜けて、なんとなく懐かしい気分になってくる。初めて感じたはずのそれなのに、こんな気持ちを抱くのは、果たしていったいどういう理屈なのだろう?
ただ舐めるだけ──口の中で転がすだけのそれなのに、この満足感。ちょっとおかしな例えかもしれないけれど、雨の日にぼんやりと外を眺めながらこいつを食べられたら、きっと幸せなのだと思う。
「あっという間に無くなっちゃった……!」
「おねーさんってば、途中でかみ砕きましたねえ……?」
「しょうがないじゃない! だって美味しいんだもの!」
気づけばボクの口の中からも、”べっこうあめ”は姿を消している。どこか儚げな印象だったけれど、去っていく様子もまた儚いものだった。本当に、甘い幸せを感じていたらいつのまにか無くなっていた……って感じだ。
「それにこれ、普通にかみ砕いて食べるのも美味しいの! パキッて砕けるあの瞬間が特に!」
「ああ、なんとなくわかります……けど、おねーさん?」
「なぁに?」
「……おねーさんが今お口にしたやつ、かみ砕くにはちょーっと大きい、ような?」
「え」
バリボリ、バキボキ。耳をすませば……いや、すまさなくてもハンナの口元からそんな力強い音が聞こえてくる。なんかこう、めちゃくちゃに硬いものを無理やりに砕いたような──というか、まさにそのまんまの音だ。
「シャリィちゃん。ハンナの口の力、すごく強いんだ。ほら、リスだから」
「ああ、なるほど!」
「おかげで昔は、ことあるごとに噛むわよって脅されて……冗談だろうと思ったら本気で噛まれて、何度も何度も泣かされることに……」
「ばかエリオ! 余計なこと言わないのっ! 噛むわよ!」
「久しぶりに聞いたな、それ」
「もぉぉーっ!」
ハンナはリスの獣人だ。だから、種族特性として物を噛み砕く力が特に発達している。定期的に硬いものを食べないと全体的に歯が疼くらしく、時折こっそりクルミなんかを噛み砕いているのをボクは知っている。
一応、なんだかんだで冗談だとわかっているから……昔と違い、からかったところで飛んでくるのはその小さな拳だけだ。
もし、昔と同じように噛みついてきたら……大人の力で噛みつかれたら、冗談でも何でもなく、ボクの指なんて簡単にすっ飛ぶ。
「ま、まぁまぁ……普通の人よりお得ってことにしておきましょうよ、おねーさん! ちなみに、今回はある程度厚みを持たせて作りましたが、もーっと薄く、それこそ手で折れるくらいに薄く作ったものはパリパリした食感で、それはそれでとっても美味しいんですよ!」
「べっこうあめの飴細工ってのもある。あのとろけた状態の砂糖を、こう……絵を描くように垂らして固めるんだ。腕は必要だが、そりゃあ見事で綺麗なもんだよ」
なんでも、この”べっこうあめ”を材料とした芸術作品もあるらしい。絵画とも、塑像の一種ともいえるらしいけれども、ともかくこの琥珀色のお菓子を使った見事な作品を作る職人がおじいさんの国にはいるそうで、そしてシャリィちゃん曰く、当然のようにおじいさんもその技術を持っているとのこと。
「へええ……! それ、頼めば作ってくれるんだよね!?」
「そうだねェ……次の昇級の時には、お祝いで作ってあげようかね」
「聞いたからね! 忘れないでよ、おじーちゃん!」
一応、あくまで見た目を重視したものだから、実際の食べ応えはちょっと味気ないし食べづらかったりするって話だけど……それでも、お菓子で作品を作るだなんて十分にすごいことだと思う。
「あとはそうだねェ……お前たちが食べたかはわからないが、この前のお祭りで”りんごあめ”ってあっただろう? あれはりんごにこの”べっこうあめ”をうすーく被せたものさ」
「あっ! それって……マスターとアミルさんが食べてたやつ! そっか、なんか妙にキラキラしているなって思ったけど……!」
「言われてみれば、この輝きにそっくり……そうか、そういう風に応用が利くのか」
水に溶かして熱した砂糖。とろりとしたあの状態を上手く用いれば、果物の全体を上手くコーティングして固めることができる。あの硬くて艶やかな飴を、自由自在に操って……さらなる美味しさと楽しさを求めることができる。
おじいさんは最初、簡単な和菓子の作り方を教えるって言っていた。
けど実際は全然違う。
「りんごに限らず、いちごやほかの果物でやっても面白そう……薄く飴をかけるってことは、ここでシャリィちゃんが言っていたパリパリの食感が楽しめるってことか」
「あっ……!?」
「果物に限らず、ナッツにかけても良いかもね。……そうやって作ったものを材料に、また別のケーキを作ったりもするのかな?」
「おおお……! おにーさん、すごい洞察力ですね……!」
基本的でもっともシンプルなお菓子だけれど、その技術の応用の広さは無限大。別のお菓子を作ることもできれば、お菓子の材料そのものを作ってしまえたりもする。きっと明確な名前が無いだけで、これを用いたお菓子のアレンジはたくさんあるのだろう。
「単純に見栄えが良いから、いろんなお菓子を飾り立てるのに使える。ちょいと色を混ぜれば、違う輝きにもなる。なにより……結局は砂糖だけしか使ってない。純粋に甘いだけだから、お菓子としてのほかの味の邪魔にならない。夢一でさえも、使いこなしているとは言えない技術だね」
冒険のお供になる、誰でも作れる簡単な和菓子だなんてとんでもない。いや、”べっこうあめ”そのものはその通りなんだろうけど、その技術は……もっとすごい何かだ。
「ちなみにだが。実はお前さんたちはすでに、これを使ったお菓子を口にしているんだが……わかるかね?」
「えっ……”ざらだま”かしら? まさか”ぜりー”ってことはないだろうし……」
「お祭りの時の”わたあめ”かも。……ああいや、アレは別の魔道具で出来た雲を巻き取って作るんだっけ」
「ふむ。二人とも微妙に良い所を突いているが……正解はプリンだよ。もっと言えば、アレに使われていたカラメルソースだ」
「「えっ!?」」
カラメルソース。”ぷりん”の底の方に眠っていた、焦げ茶色でどこかほろ苦いのに甘いというあの不思議な何か。
確かに言われてみれば、色合いにも味にもその面影がある、けど……!
「え……本当? 確かに見た目も味も似ている気がするけど、あっちは固まってなかったよ?」
そう、それだ。”べっこうあめ”とカラメルソースは、その形態が似ても似つかない。なんとなく、作る途中まではそれっぽい感じになっていたけれど……結局のところ、冷やしたら固まってしまう。どう頑張ってもあんな風な液体にはなりっこない、はず。
「ふっふっふ……! それがですね、材料は全く同じで、作り方もほとんど一緒なんですけど……! 最後に火からおろすところで上手くお湯を加えてあげることで、べっこうあめじゃなくてカラメルソースになっちゃうんです! 失敗すると、すんごいことになっちゃうんですけどね!」
「火加減、水加減は料理の基本。べっこうあめとカラメルソースを自分の思い描いた通りに作れるようになる……その感覚がお菓子作りには大事さ。無論、良い砂糖を使えば美味しいものができるのは間違いないが……べっこうあめを作らせれば、そいつの腕前が一発でわかると私は思っているよ」
ボクたちの目の前にある、ボクたちが作ったそれ。
ハンナが作ったのは色味が濃すぎて、ボクが作ったのは色味が薄すぎる。きっと見た目だけでなく、味も、舌触りも、何もかもがおじいさんが作ったそれと異なるのだろう。
そういう味の方が好みだって人もいるだろうけれど……それでも、「本物」を知っているなら、それがまだまだ未熟だってことは簡単にわかる。それが現段階の、ボクたちの純粋な評価だ。
「奥が深いのね、これ……! 私も上手に作れるように頑張らないと……!」
「基本が大事、か……! お菓子じゃないけど、ボクも弓の基礎練習をもっとしっかりやろうっと!」
「おお……! なんかおねーさんたちが、すっごくやる気を出してます……! まさかじいじ、これを見越してのチョイスだったんですか……!?」
「いや……正直そこまで考えていなかったねェ。……この年になると、適当にそれっぽいことを言うだけで、周りが都合よく勘違いしてくれるんだ。尤も、日頃の行いもあるんだろうけどね」
「……じいじ、それ、自分で言っちゃうんです? 何も言わなければ、みんなが幸せに勘違いしたままだったのに」
「最近、どこかの誰かさんが人のことを嘘つきジジイ呼ばわりするからねェ……」
「あっ、意外と気にしてたんですね……」
「それに、お前に変に見栄を張ってもしょうがないだろう? 可愛いお前の前で嘘をつくだなんて、私には到底できないよ」
「あらやだ、あたしってばもしかして口説かれてます? ……でも、そんなじいじも大好きですよ!」
とてもシンプルで、そして奥深いお菓子。水に溶かして火にかけるだけ──それだけのことでさえ、習熟するのは大変だ。おじいさんは簡単にやってのけてみせたそれだけど、きっとここに至るまでには凄まじい修練と、努力してきたという事実があるのだろう。
それはきっと、どんなことにも言えることで。だからこそ、ボクもいつか……そんな風に、熟達の技を当たり前のようにこなせる人間になりたい。
でも、今は。
「……美味しい」
頑張る前の、憩いのひと時。この瞬間を心から楽しんで──明日を頑張る糧にしよう。そのためにボクたちはここへ、来ているのだから。




