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冒険者とフライドベジタブル


「美味しかったですねえ、おにーさん!」


「おお。マスター以外でもここまでやるとはちょっと驚きだったぜ」


 文化祭二日目。今日も今日とて、俺はシャリィと一緒にこの学校を巡っていた。


 今日は朝からすごかった。というか、昨日の夜からすごかった。休日であることをいいことに、結構遅くまで飲み食いして騒いでいた気がする。シャリィやエリオやハンナといったお子様たちが寝静まった後も、大人だけで……じーさんも一緒にひたすらに飲み食いしていたような。


 俺達だけしかいない喫茶店。周りの目を気にしなくても良くて、そして潰れたところですぐそこでぐっすり寝ることが出来る。ベッドじゃなくて武道場で雑魚寝ってのがちと残念ではあったが、それでもふかふかの布団で寝られたってのはこの上ない贅沢だったと言えよう。


 客である俺たちは、祭りの開催時刻になるまでやることはない。だから、起きるのも結構遅めだった。マスターとじーさんはさっさと学校に行っちまってたけど朝飯だけはきっちり用意してくれていて、それも十分に楽しんだっけか。


 アミルやハンナ達──ちゃんと早起きした奴らだけは、マスターたちと朝飯を食っていたらしい。『いくら休日とはいえ、こんな遅い時間まで寝ているなんて』ってアミルにはやんわりと文句を言われたのを覚えている。マスターと一緒に朝飯を食いたかっただけだろう、気合を入れておめかしする時間を確保したかっただけだろうと言い返さなかった俺を誰か褒めてほしい。


 ともあれそんな感じで腹ごしらえをして、時間になったところで俺たちは学校へと赴いた。今日も今日とてみんなが適当に散らばり、そしてシャリィは当たり前のように俺の腕に組み付いてきてにこにこと笑う。何が楽しいのか、本当にこいつの考えていることはよくわかんねえけれど……。


「言い忘れてたんだが」


「はいはい、なんです?」


「その服、似合ってるぜ」


「まっ……!」


 とりあえず、服だけは褒めておく。そうしておかないと機嫌が悪くなるし、逆にこうしておくだけでこいつはとんでもなく上機嫌になる。大した手間でもないのだから、やっておいて損はない。


「ま、まま、まさかまさか……! おにーさんの方からあたしの服を褒めてくれるなんて……! これはさっそくガトーショコラのおまじないが効いてきたってことですか……!?」


 マスターは、この学校ではお菓子部と調理部、そして文化研究部という三つの部活に所属しているらしい。部活ってのがよくわかんねえけど、要は専門職を集めたギルドみたいなもので、日々その技術を互いに研鑽しあっていると聞く。


 ”がとーしょこら”ってのはそのお菓子部が出店した店で食える唯一のお菓子だ。たったこれだけのために何十人もの行列ができるうえ、人気がありすぎて普通に並ぶだけじゃ金を持っていても食えない可能性が高い。


 めちゃくちゃ美味いってのはもちろん、一緒にこれを食べると想い人として恋が成就するとかなんとかって言うジンクスがあるらしい。とりあえず、今のところは俺にそんな変な気持ちは沸き上がっていないからたぶん大丈夫だ……と信じたいところだ。


「やっぱりあれですかね……!? ガトーショコラの甘さが、甘い気分を盛り上げてくれたって感じですかね……!?」


「確かに甘くて美味かったけどさぁ。お前、もしマジでそんなヤバい薬みたいな作用があったとしたら、あっという間に騎士団にしょっぴかれるぞ」


「んもう! おにーさんってば、夢もロマンもないんだから!」


 ”がとーしょこら”は美味かった。普段マスターが出してくれるお菓子に負けないくらいに美味しく、びっくりするくらい甘かった。あれだけ強烈な甘さを持つお菓子なんて、俺が今まで体験してきた中でもそうはない。最初に一口食べた時、マスター以外の人間があれほどのお菓子を作れるものなのかとびっくりしたことを覚えている。


 ただまぁ……美味いことには美味かったんだが。


「なんというか、こう……今度はしょっぱいものが食いてえなあ」


 甘かった。めちゃくちゃに甘かった。女子供だったら目を輝かせて飛びついてしまうほどに甘かった。


 男の俺からしてみれば……すぐに二個目はちょっといいかなって感じではある。食べられないことはないが、その感動がたぶん半分以下になって、そして胸やけに悩まされることになるだろう。そんなの、お菓子の方にも失礼であるに違いない。


「むむむ……あたしは別に、あれくらい甘くても大丈夫でしたが……たしかに、しょっぱいものが食べたくなってきているのもまた事実……!」


 片腕はしっかり俺の腕と絡めたまま、シャリィは器用にもパンフレットを取り出した。


「そーですねえ……もう時間もあまりありませんし、次に行くところが最後になりそうです。最後に相応しい場所かつ、しょっぱいものも食べられそうな場所は……あっ!」


 ちょうどいいところを見つけたらしい。シャリィのその眼は、パンフレットのある一点で止まっている。


「おにーさんおにーさん! 最後のお楽しみに取っておいたところ、行っちゃいましょう!」


「お? ……ああ、そういや昨日もあえて避けていたところがあったよな」


 マスターは三つの部活に所属している。”がとーしょこら”を出してくれたお菓子部と、料理を作る調理部と、じーさんと一緒にやってる文化研究部。残念ながら文化研究部は人員不足のためこの文化祭では表立っての出店というのはしていないらしい。だから、文化研究部としてのマスターの店を楽しむことはできない。


 が、マスターはもう一件……部活ではなく、同じ年の集まりであるクラスとして店を出している。その店って言うのが──


「これ! 【クスノ・キッチン】!」


 【クスノ・キッチン】。良く言えば趣のある、悪く言えばゴロツキどもの御用達のうらぶれた──校舎内なのにそこだけそんな雰囲気を切り取って張り付けたかのような、雰囲気のあるギャングのアジトのような店。そんな店の前に、俺とシャリィは立っていた。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「おっと、なんかどこかで見たことあるような……そうだ、夢一のところの子か」


「あらら、あたしってば有名人ですね!」


 オレンジのランプで人工的に作られた薄明かり。如何にもそれっぽい雰囲気の酒瓶がそこかしこにあり、とても良い子は来ちゃいけない雰囲気。そんな雰囲気とは裏腹に、ぱっと見ガラの悪そうな──恰好だけはそんな風に見える店員が、にこやかに俺たちに話しかけてきた。


「もしかしなくても待ち合わせしてた感じかな?」


「待ち合わせ?」


「えっ、キミ、夢一に会いに来たんじゃないの?」


 ちら、とそいつが店の奥を見る。


 釣られるように、俺達もそっちの方へと顔を向けてみれば。


「あ……」


「……ほぉ」


 薄暗くて、店の入り口からは全然気づかなかったが……そこにいるのは、紛れもなく。


「よぉマスター。ずいぶんとまぁ楽しんでいるみたいじゃねえか」


「あ、あはは……」


「それともなんだ? わがままなお客さんに付き合わされて困ってるってか? ……おいアミル、お前あんまりマスターに迷惑かけるなよ」


「ち、違いますってば!」


 マスターとアミルが、二人仲良く席についている。ちょっと驚きなのは、マスターもまたマスターらしからぬ恰好……案内してくれた奴と同じく、ガラのよろしくない恰好をしている所だろう。整髪料か何かで前髪を思いっきり上げているし、いつものエプロンでも制服でもない、ヤバいギャング御用達のやたらと高い酒屋のバーテンみたいな服装だ。


 ついでとばかりに、胸元のボタンを広めに開けて首元の銀のネックレスを強調している。普段のマスターじゃ絶対やらないような、悪いオトナの見本みたいな出で立ちだ。


 アミルの方はこっちの娘と同じくやたらこじゃれた格好をしているものだから、その様子はまるで……。


「……都会で女を誑かす、悪いヒモみたいな」


「お願いします、せめてヒモは止めてください……!」


「アミル、お前も気を付けろよ。田舎娘ってのはなぜだかこういう見た目のやつのコロっと騙されるんだ。都会に出たばかりの時に優しくされて、見た目はチャラチャラしているけど優しい人なんだ……ってな」


「う……た、確かにカッコいいですけど、それは元からですもん……」


 しかしまぁ、こうしてみると思った以上に違和感がないからびっくりだ。アミルは間違いなく俺たちの側の人間なのに、マジでこっちの隠れ里の娘のように見える。この場の雰囲気の成せる業か、はたまた別の何かか。アミルでここまで馴染んでいるのだから、もしかしたら俺も案外溶け込めているのかもしれない。


「えっと……とりあえず、隣の席でよろしいですか?」


「おう」


 店員に軽く返事をして、シャリィと共にマスターたちのすぐ隣の席へと座る。別に同じ席でも俺は構わなかったんだが、シャリィがさりげなく俺の脇腹を肘で突いてきたためだ。大方、こいつらのデートを邪魔しちゃいけない……なんて、ガキのくせに要らぬ気を使ったって所だろう。


 で、だ。


「……これ、なんだ?」


「え……銅貨? なんでここに?」


 何故だか知らんが、机の上にグラスに入ったコインがある。おもちゃのコインとかガラクタのそれではなくて、普通に金として使える銅貨だ。一、二……グラスの中には十枚。これだけあれば依頼帰りに軽く一杯ひっかけることが出来るし、マスターのところで二回はお菓子を楽しめる。


 そんな現金が……なんで、各席に一つずつ用意されているんだ?


「シャリィ?」


「あ、あたしにも何が何やら……えっ? だって本物ですよコレ?」


 この隠れ里での風習か何かかと思ったけれど、そういうわけでもないらしい。シャリィもまた面食らったように、グラスの中のコインを手に取ってまじまじと観察している。ぱっと見は本物だし、触った感触も重さも……やっぱり本物だ。贋金じゃないと盗賊である俺の本能が叫んでいる。


「チップならまだわかりますが……なんであたしたちに?」


「貰っていいのか? というか、俺達の前に置いてあるんだから貰っていいってことだよな?」


 飯を食いに来たというのに、まさか逆に金を貰えるとは。マスターたちの所は進んでいるとは思っていたが、よもやこんなことになるだなんて。


「いえいえ、そのコインはお金として使っているわけではなくて……ここで遊べるミニゲームのチップとして、おもちゃのコインとして置いてあるだけですよ」


「ミニゲーム?」


 マスター曰く、ここではグラスの中のコインを掛け金として、店員たちとちょっとした勝負をすることができるらしい。勝負に勝てばスペシャルメニューを頼めたり、ちょっと大盛りにしてくれたり……そんな特典を受け取れるとのこと。勝負の内容によって掛け金は変わってくるため、手持ちの十枚をどう使うか、好きに決めて良いって話だった。


「意味は分かったけどよぉ……でも、なんでマジの金を使ってるんだよ。盗まれたりしたらどうするんだ?」


「あはは、こっちじゃこれがお金って認識がそもそもありませんから。この場の雰囲気に似合う小道具として、これ以上のものはないでしょう?」


 たしかに、ギャングのアジトの酒場って、お宝とか金が無造作にその辺に散らばっているイメージがある。そういう意味では、理に適っている……のか?


「リアルな小道具というか、本物ですからね。それに盗んだところでこっちじゃ何の意味もありません。鋳潰すにしてもそっちの方がよほど手間と金がかかる……って、じいさんが言ってました」


 この金、間違いなく俺たちがあの喫茶店で支払ってきた金だよな。それがまさかこんなことに使われているとは……元々が俺たちのなんだし、懐に入れちゃってもいいんじゃねって思えてきた。


「そのコインで出来る勝負は店員ごとに違います。難しい勝負ほど掛け金は多く、そして見返りも大きいです。壁際に色々書かれているので、よくよく見てみてくださいね!」


「ちなみに私は、その勝負としてマスターを指名しただけですからね? ちょっと長引いてしまっているのは間違いないですが、わがまま言ったりしているわけではないですからね?」


 言われた通りに壁際を見てみる。やたら精巧な絵……というか写真付きの、賞金首の手配書を模した店員の自己紹介のそれがあった。


 マスターと出来る勝負は簡単なカードゲーム。二人で同時に山札からカードを引いて、大きい方を引けた方が勝ちというシンプルなもの。勝った特典は【ちょっぴり増量】。掛けるコインもたった二枚。つまり。


「一瞬で終わる勝負だな。間違っても長々とお話ししながら……ってやつじゃないだろ」


「う……! で、でもぉ……!」


「クラスメイトの皆さんが、思いっきり気を使ってくれてますね」


 俺もシャリィも、ちらっと奥の店員たちの方を見てみる。


 ──ばっちり目が合った。つまり、そういうことだろう。


「……なんか、すごく虚しくなってきた。さっさと勝負でも何でもして、美味いもの食って何もかも忘れちまおう」


「それがいいかもしれませんね! あたしとしては、いつもと雰囲気が違うおにいちゃんに勝負を挑みたかったところですけど!」


 俺とシャリィが選んだ勝負は掛け金十枚の【超大盛り】。勝負内容は空手部との腕相撲。奥からのそりとやってきたそいつは、バルダスのおっさんとも食い下がれそうなほど太い腕を持っていた。


 ──俺には容赦なく全力を出してきたのに、シャリィ相手にはめちゃくちゃ手加減して負けてあげていた。つくづく、この隠れ里の人間は女子供に甘いらしい。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「お待たせしました! 【極悪賞金首セット】の超大盛です!」


「お、おお……?」


 注文してややあってから、とうとう俺たちの目の前にそいつはやってきた。雰囲気を出すためか、お品書きやメニューの名前まで賞金首のように書かれていたのはなかなか面白い発想だったが、いざ実物を目にしてみれば、こいつは……。


「野菜の、素揚げか?」


「ああ! 《フライドベジタブル》ですね!」


 隣の席からこれをお勧めしてくれたマスター──ちなみにいまだにアミルと一緒にカードを持ちながらおしゃべりしている──の代わりに、シャリィの方が説明してくれた。


「ちっちっち。おにーさんってば、これをただの野菜の素揚げだと侮ってもらっちゃ困りますよ? この色つや、この輝き……間違いなくこれは、楠のおにーちゃんの所の野菜を使っています!」


 クスノキ。マスターの親友だという農家の男。あいつの作る野菜や果物はめちゃくちゃに美味い……というか、マスターのところで出てくるお菓子や料理の大半はクスノキのところから卸されているものだ。そういう意味では、結構お世話になっている相手と言ってもいい。


「まぁ、確かにただの素揚げではなさそうだが」


 オニオン、ピーマン、トマトにコーン。ニンジン、ジャガイモついでにナス。野菜の素揚げって言ったらだいたいはフライドポテトを想像するところだが、見ていてワクワクするほどにそいつは色鮮やかだ。


 加えて、全体として艶があって文字通り光を反射して輝いている。見栄え良く切って並べただけ……と、事実だけを言えばそれだけでしかないが、色鮮やかでキラキラと輝いているものだから、それがもう財宝の一種のように思えてしまう。


 いったい何色あるんだろうか? 赤、オレンジ、紫、黄色に緑……パッとわかるだけでも五色。見栄えはマスターの作るお菓子にも引けを取らない。それくらい、この野菜たちは出来がいい。


 加えて。


「美味そうな匂いがするんだよなあ……!」


「おなか空いちゃう匂いですよね!」


 香ばしいというか、なんというか。熱の通った油の匂いと、うんと濃くなった野菜の香り。思えば、飯も上手い宿屋ってのはだいたいどこもこんな匂いがしていたような。


 こんなの目にしたら、もう我慢なんて効くはずがない。


「フォークもナイフもない……いいね、手づかみで男らしくってか」


「爪楊枝ありますよ? それにあっつあつなので火傷しちゃいますって」


 爪楊枝なる小さな針のような棒。そんなの無くてもいいじゃないか……と思ったら、どうやらマジにこいつは揚げたてで熱いらしい。ちょっと伸ばした指先からは、気のせいとは思えないほどの熱気を感じる。どうやらここの連中は最高に美味い食べ方ってのを熟知しているらしい。


 シャリィに言われた通り、爪楊枝を使って……オニオンを刺してみる。かしゅっといい音がして、その香りが一層強くなった。


「んじゃ、遠慮なく」


 何の躊躇いも戸惑いもなく。


 俺はそいつを、口の中へと放り込んだ。



 からりと揚がった、軽快な食感。


 香ばしいオニオンの香り。


 油と熱で昇華された、オニオンの旨味。



「ああ……美味いなあ……!」


「ですよね!」



 ここがホントの酒場だったらよかったのにと、そう思わずにいられなかった。



 フライドベジタブル。要は野菜の素揚げ。焼こうが煮ようが揚げようが、野菜なんてものはどうしたって味はそんなに変わらない……って、普通の奴ならそう思うだろう。


 ところが、このフライドベジタブルに限って言えばそれは違う。玉ねぎの旨味がうんと濃く、強くなって、油の香ばしさと一緒に口いっぱいに広がっていく。生の玉ねぎにある特有の辛味はほとんど感じられず、それどころかじんわりとした甘さがはっきりと感じられるくらいだ。


 熱の味、とでも言えばいいのだろうか。生の野菜では感じられないそんな味。単純な油の香ばしさとはまた違うそいつが、野菜本来の味をより素晴らしモノに引き立てている。


「わーお! すごいですよおにーさん! ほら、サクサクって聞こえちゃいますよ!」


 楽しそうにシャリィが口を動かす。生憎この喧騒の中、シャリィのそれ自体は聞こえないが……カラッとしっかり揚がっているそいつから、カリッ、サクッとした音が口を通して耳に伝わってくるのはわかる。この音がまたなんとも軽妙で、聞いていて心地が良い。


 なによりすげえのは、表面はそんな感じでカリカリしているのに、中はトロッとしているようにも思えることだろう。これは玉ねぎ特有のものなのだろうが、そこがまた甘みも強く、旨味も強い。そしてめちゃくちゃ熱くって、一番美味いところだ。


 玉ねぎ一つでこれだ。そして、フライドベジタブルはこれだけじゃ終わらない。


「やっぱジャガイモは定番だよな」


 いつぞや食べたような、薄くスライスされたそれ。こいつもまた、見ていて惚れ惚れするほどきれいに揚がっている。ちんけな酒場では古い油を使いまわしているものだから、こういう風に揚がっているものなんてとてもじゃないが見られない。


 当然、その味は。


「マジで酒が欲しいなあ……!」


 美味い。ジャガイモのホクホクしたところがすごく、すごく香ばしくなっていて最高に美味い。ほんの気持ち程度に振られている塩の具合がまた絶妙で、次の一口、また次の一口……と、どんどん手が止まらなくなっていく。


 いや、マジで食べている感覚がしないんだ。気づけばいつの間にか無くなっているような……実際に口に入れて味わっているというそれだけしか記憶に残らない。そこに至るまでの記憶の一切が抜け落ちてる。美味すぎるってのも考え物だな。


「おにーさんおにーさん! ニンジンやカボチャも美味しいですよ!」


 カボチャ。これまたやっぱり薄くスライスされた、半月状のそれ。熱が通って少しだけ皺ができているものの、色味は生のときよりも断然強く、鮮やかになっている。思えばただ揚げただけのカボチャを食べるのは初めてだが、こいつもきっと、おそらく。


「……!」


 俺はカボチャの認識を改めなくっちゃいけないかもしれない。


「揚げたカボチャって……こんな味なのか……!」


 パリッとしていてホクホクしていて甘くて香ばしくて美味い。食感が面白いし、野菜の甘さと油の香ばしさという組み合わせも面白い。カボチャの甘さは野菜のそれの中でも一層強いものだと思うが、油と熱の味の成せる業か、それがまたより強く主張するようになっている。


 で、その甘さがより香ばしさを引き立てていて、口の中に入れた瞬間にそれが体全身に広がっていくような。そのいい香りが俺の全身から出ているんじゃないかって錯覚するほどに、そんな香りに溺れそうになる。


 生憎、俺にはこれ以上上手い言葉は見つからない。学が無いからとにかく美味いとしか言えないが、実際の所学があったとしても、この美味しさを本当に伝えるためには実物を食ってもらうほかない……って言うんじゃないだろうか。


「甘くってホクホクなのに、パリッとしていて香ばしい……! 煮つけで食べるのも良いですが、こうしてスナック感覚で食べられるのもまたいいですねえ……♪」


「焼いたカボチャは食ったことあるけど、感じとしてはアレに似ている……のか? 素材も腕も違うからよくわかんねえな」


 適当に見繕ったカボチャじゃこうはいかない。適当に揚げただけでもこうはならない。例え条件が同じだとしても、俺が作ったらこの領域までには至らない。きっと、ただ揚げるだけの料理だからこそ、そのベストを探るためにかなりの修練を積んだのだと思う。


 ──まぁ、難しいことを考えるのは止めよう。素材について考えるのは農家の仕事で、調理について考えるのは料理人の仕事。客である俺の仕事は、きっちりこいつを楽しんで食べることだ。


「こいつもなかなかいけるな……!」


 ニンジン。スティック状に切られたそいつもまた、特有の甘さが増しているような気がする。カリカリ、ポリポリとした食感と歯ごたえが他にはないもので、コイツがなかなか癖になる。ふわっと口の中に広がる風味はニンジンの良い所をぎゅっと詰め込んだようで、あのちょっとした青臭さみたいなものは一切感じられない。


 なんだろうなコレ、塩加減とニンジンの甘さのバランスが絶妙なんだ。ちょっぴりニンジンの甘さの方が強い……いや、塩のおかげそういう風に感じるのか? いずれにせよ、バランスが絶妙だからこそ、飽きがこないしくどくもない。永遠に食べ続けられるんじゃねえかコレ。


「いや……しかしまぁ、揚げただけでここまで行くかね」


「びっくりですよね! そりゃあもちろん、もっと美味しい調理法もあるのでしょうけれども……素材本来の味を一番楽しめるのは、もしかするとこれかもって思えちゃいます!」


「まったくだ。サラダで食べるよりもこっちの方が美味いと俺は思う。生で食べるのがバカみたいにさえ思えてきた。というかむしろ、今まで生で食ってたのがおかしいのかもわからんね」


「あはは! おにーさんってば面白いこと言いますね! ……でも、火を通さないで食べられるのってそれこそ向こうじゃお野菜や果物だけですもんね。そういう意味では確かに不自然なのかも?」


「だろ? 人間ってのは食いもんには火を通すものなんだよ。生で食うのは原始的なやり方ってこった」


「案外、動物もこの美味しさを知ったら火を通すことを覚えるのかもしれませんねぇ……」


 で、お次はピーマン。ピーマンと言えば野菜の中でもひときわ苦みが強い方で、苦手で食えない子供ってのはかなり多い。大人であっても未だに苦手意識を持っている奴は少なくないはずだ。


 好き嫌いなんてしようものなら問答無用でぶん殴られた……というか、好き嫌いできるほど食べ物のレパートリーと余裕がなかった俺にとってはなんてことないが、それでもまぁ、わざわざ好き好んで食べるようなものではない。


 が、コイツに限って言えば。


「なんだよオイ、普通に美味いじゃんかよ……!」


 ピーマンらしさはそのままに、あの青臭さがきれいさっぱり無くなっている。苦みも随分と和らいでいて、心地よく感じるほろ苦さが舌の上に広がっていく。野菜の味が口の中をさっぱりさせるのに、それでいて油の香ばしさも伴っているという……上手く言えないが、そんな奇妙な感覚がどうにも面白くて楽しい。


 こいつもまた、バリっとしているような感じがする。火が良く通っているのは間違いない。野菜本来の味を楽しむのに、これ以上のものはないだろう。


「むむむ……! ピーマンも随分と食べやすく、美味しくなっている……! これならおにいちゃんも普通に食べられるかも……!」


「ああ……そういやマスター、苦いの全般ダメなんだっけか」


「そーなんですよ! 特にピーマンだけは絶ッ対に食べようとしませんからね!」


 このピーマンなら、マスターでも食べられそうな気がする。普通にサクサクそのまま食べられちゃうし。適当に駄弁りながら手を付けていれば、ピーマンだと気づかぬまま普通に食っちまうんじゃなかろうか。


 というか、やっぱり。


「……酒が欲しいよなあ」


「ダメですってば、おにーさん」


「でもよぅ。こんなマジもんの酒場みたいな雰囲気で、こんな肴にぴったりのものを出しているんだぜ? むしろ、飲まないほうが失礼というか」


 フライドベジタブルは、料理じゃない。ましてやお菓子でもない。分類するとしたら間違いなく、酒の肴になるはずだ。


 食欲をそそる香り。油の香ばしい匂いと野菜の緑の匂い。刺激的な味ではないが、軽さも兼ね備えているからいくらでも永遠に食べられる。


 そしておそらく、酒を一口飲んだ後に食べるそいつは別格の味わいになるのだろう。酒とこいつのループが止まらなくなるはずだ。


 俺はどうしても、その先を見てみたい。


「ほら、そこらに酒瓶があるし……ダメっていうのも、実はポーズだろ?」


「おにーさん、あの酒瓶は全部偽物ですよ。中に入っているのは色水とかですって」


「アレだ、店員とのミニゲームだ。実は裏のゲームとかがあって、勝てばこっそり秘密の酒とかを出してくれたり……!」


「誓っても良いですけど、学校じゃ絶対そーゆーのはないですよ?」


「夢がねえなあ……」


 夢がないなら、せめて目の前だけの幸せだけでも享受するべきか。


 幸いにもまだ……フライドベジタブルはコーンにトマト、その他もろもろのお楽しみが残っている。シャリィとはんぶんこしたとしても結構な量だ。今はこいつを楽しむことに集中して、酒を飲むのは今夜に取っておこう。


 そう思って、次の獲物を見定めていた……まさに、その瞬間だった。



《ご来場された皆様へお知らせです。ただいまを持ちまして、園島西高校文化祭、二日目の一般公開を終了いたします。お帰りになるお客様は、金券所で余った金券の清算を忘れずに行ってください。金券の清算は本日のみとなり、後日の対応はいたしかねますことをご留意ください──》 



 特徴的なメロディが響き渡る。どこから聞こえてきているのかよくわからんが、おそらく拡声の魔法の類。思えばこの祭りの最中、何度かこいつを耳にした。大抵はちょっとした事務連絡みたいなものだったが、今回のこれは……。


「あちゃあ……おにーさん、もう終わりみたいですよ」


 祭りの終わり。シャリィの言う通り、俺達と同じく席についていた客たちがいそいそと帰り支度を始めている。一方で、生徒たちの方はほっと一安心したかのような表情で……あと、なんかちょっとそわそわしているような。


「どーしましょ……残ってるの、食べきれますかね? いっそ包んでもらったり……」


「冷めた揚げ物ほど悲しいものは無いぞ。しゃーねえ、ちょっとシャクだがマスターたちに手伝ってもらおうぜ」


 勝手知ったるなんとやら。無駄にするくらいならクランメンバーと分かち合うほうが何倍もいい。二人なら時間がかかるが、四人がかりなら食べきるのにもそんなに時間はかからないはず。それにまさか、ちょっとくらい時間が押したところでここから叩き出されるってことはない……よな?


「おうマスター、アミル。そんなわけだからちょっと手伝え」


「あはは、いいんですかね?」


「その分夕飯、豪華にしてくれよ」


 軽口を叩きつつ、机を寄せる。今思ったけど、何でマスターは当然のようにアミルと一緒に席についているのか。俺達よりも前にここにいるのに、未だにミニゲーム中で注文すらしていないってのは店としてどうなんだろう? 俺たちが食っている間もずっとずっと二人で仲良くおしゃべりしてたってことだよな?


「この後ですけど、シャリィを連れて先に戻っていてくれますか? あと、金券所の所で貰っているとは思いますが、アンケートについても何卒……!」


「おいおいマスター、こればっかりはちゃんと公正、公平な判断の元に投票させてもらうぜ?」


「そこはこう……ほら、僕とレイクさんの仲じゃないですか!」


「仲だからこそ、だな」



《えー、次に園島西高生に向けてのおしらせです》



 そして、突然その雰囲気ががらりと変わった。このアナウンスは……俺達遊びに来た参加者ではなく、祭りの運営である生徒向けのものだ。



《今から一時間ほど、休憩時間を設けます。この間に各クラス共に最低限の片づけを行ってください。並行して、各クラス代表は本部に終了報告を行い、また担当者は校内に一般来校者が残っていないかの確認をお願いいたします》



 わからない単語もチラホラあるが、要はきっちり後片付けと終了確認をしろってことなんだろう。俺たちみたいになんらかの理由で校舎に残っている人間がいないかを確認して、ここに残っているのは身内だけだということをきっちり報告しろっていう……そんな内容だ。


 でもって、わざわざそんなことを全体に向けて告知している理由は。



《休憩時間の後、校庭の特設ステージで……園島西高校文化祭:後夜祭を始めるぞ! ここからは完全に身内だけの無礼講! お前ら最後まで盛り上がっていこうぜええええ!》



「後夜祭……例の身内だけの祭りか」


「あはは……すみません、完全に身内のノリですよね……」


「いいんじゃねえの? 俺は嫌いじゃないぜ、こういうの」


 仲間同士でバカをやるのも最高に楽しいもんだ。そりゃあ公の場でそれをするのは問題かもしれないが、この学校は生徒たちのホームで、俺達はあくまで招かれた客に過ぎない。祭りの時間が終わっている以上、生徒の奴らがどれだけ羽目を外そうとも、俺達に文句が言えるわけがない……というか、俺個人の考えで言えばむしろこういうノリの方が好きだ。


 ただ、まぁ……。


「う……マスター」


 それを快く思わないやつもいる。他でもない、アミルだ。


「ホントに……ホントに、行っちゃうんですか?」


「う……」


 今にも泣き出しそうな顔で、アミルはマスターの袖を掴んでいる。行ってほしくない、離れてほしくないと言葉で、顔で、仕草で表している。


 なんか小さい子供を虐めているような気分になってくる。俺こういうの弱いからマジでやめてほしい。


「フォークダンスするって……女の子と一緒に踊るって……」


「そりゃあ、フォークダンスで男といっしょに踊るわけないだろうよ。むしろマスターが男と踊っている方が俺としてはなんか嫌なんだが」


「そうだけど、そうじゃなくって……!」


 アミルがこうも愚図る理由。後夜祭で行われるというフォークダンス。当然のごとく男女ペアで行われるものであり、そしてマスターは誰もが認めるほどに顔が良い。


 つまり、この学校中の女どもがマスターに群がるってことだ。そんなのあえて確認するまでもなくわかりきっている。


 アミルは、それがたまらなくイヤなんだろう。まぁ、恋人が他の女と踊るってんなら、いい気分はしないだろうよ。


「いやぁ、しかし……参加しないわけにもいかないですし」


「そうだそうだ。マスターにだって付き合いってもんがあるんだから。それにあんまり拘束が強い女は嫌がられ……ひえっ」


 怖い。今すごく睨まれた。マジでチビるかと思った。


「大丈夫ですよ、おねーさん! 後夜祭はフォークダンス以外もいーっぱい催し物がありますし、なによりも……すでにおねーさんは周りに見せつけているでしょう?」


 マスターのクラス。マスターの所属するお菓子部と調理部。少なくともこの三つのグループにおいてアミルの存在は周知されており、そこに関連するいくつかのグループにもその話は流れているらしい。


「このクラスでも、お菓子部でも調理部でも! やたらとおねーちゃんたちが気を効かせてくれたと思いませんでしたか?」


「それは……はい」


「この色ボケ魔女、周りにとんでもねえ迷惑をかけてやがったんだな……」


 きっとほかの店でも、マスターとアミルはイチャイチャしていたんだろう。そうまでしてマスターに唾を着けておいて、そうまでしてマスターとの関係を見せつけておいて、まだなおワガママを言うつもりだというから恐れ入る。


 ……むしろ、それだけ見せつけられていて本気でマスターを落としにかかるやつっているのだろうか? ここの生徒の連中の気風的に、そんな性格の悪い奴はいないと思うんだが。せいぜいが、顔の良い王子様と記念にちょっと踊ってみようぜ……って感じのそれくらいじゃね?


「でも、でも……!」


「おうコラ、くどいぞ。俺たちは客で、招待されている側だ。ただでさえ時間が過ぎているんだから、これ以上迷惑かけるんじゃねえよ」


 もういっそ、力づくで強制連行しちまおうか……と、そう思った時だった。


「アミルさん」


「は、はい……!」


 マスターがスッと立ち上がり、そして。


「踊りませんよ、僕は」


 にっこり笑って、アミルの元に膝まづいて。


「信じてくれって、言葉だけではアレなので……今は、これで勘弁してくださいね?」


「きゃっ……!」


「まっ……!」


「けっ」


 ──アミルの手を取って、そこにキスした。


「ち、誓いのキスに場所指定はないですからね! さすがに僕にだって常識はありますからね!」


「よく言うぜ。普通の人間はこんなことしないっての。マスターみたいなキザなやつじゃなきゃ、やっても滑稽で笑われるだけだ」


 とはいえ、マスターがやればめっちゃ絵になる。そして夢見がちなアミルには効果が抜群だ。さっきまでの不安そうな表情はどこへやら、今のアミルはぽーっと赤くなって惚けている。


 ……やっぱりマスターって、一歩間違えれば完全に女の敵だよな。やり口が完全に女を誑かすヤバい奴の手管と一緒だもん。


「と、ともかく! レイクさん、アミルさんのことをよろしくお願いしますね!」


「しゃーねえなあ……クランメンバーのよしみで頼まれてやるよ」


「おにいちゃん! あとであたしにも! あたしにもあれやってください!」


 きゃあきゃあ騒ぐシャリィと惚けているアミルの腕をひっつかみ、店を出る。そうしてそのまま、古家の方へと進んでいった。


 ──フライドベジタブルを残したままであったことに気づいたのは、喫茶店に戻った後だった。

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