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冒険者後話


「……ってことが、あったんですよ!」


 金髪の魔女が、俺の目の前で姦しく話している。何が楽しいのかさっぱりわからないが、近くにいた女ども──ハンナもリュリュもエリィも、実に興味深そうにその話に聞き入っていた。


「ホントにすごかったんですよ! 髪を上げたマスターも素敵で、燕尾服を着たところなんてもう本物みたいで……物語から出てきたんじゃないかってくらいに!」


「わぁ……! あたしも見たかったなぁ……! そのお菓子部ってところ、すごく長い行列ができていたから諦めちゃったんですよね」


「…私も。すごく美味しいって噂が聞こえたから楽しみにしていたのに……並んでも抽選でしか食べられないのは、ちょっと時間が」


 無駄になる可能性が強いのにあの行列に並ぶ気にはなれなかった、というリュリュのその言葉だけには同意する。確かに俺もチラッと遠目からそれを見たが、アレはまともな人間ならあきらめるほどの長さだった。


 ざっくり見た感じで百人以上だぜ? あんなの待っていたら日が暮れちまうし、ようやく先頭に行けたとしても買えるかどうかわからないってのは……いくらなんでも割に合わねえ。


 せっかくの祭りなのだから、そんなことに時間を使うよりも他の所を少しでも多く巡るってのが真っ当で賢いやり方だろう。


「……」


 思えば、なかなかに楽しい一日だったと思う。マスターの隠れ里にお呼ばれされたばかりか、あんなにも楽しい祭りを巡ることが出来たのだから。この喫茶店ですらアーティファクトもかくやと言うべき程の不思議な道具で満ちているのに、あの学校はもっとすごい。あっちの適当な備品を一つでもくすねれば、どこかのもの好きが金貨の袋を山にして買い取ってくれると思う。


 未知の光景、未知の道具、未知の体験。危険ひしめく迷宮じゃないってのはちょっとばかりスリルに欠けるが、それでも……おそらく俺は、どんなトレジャーハンターでも体験したことのない領域に踏み込んでいる。今日一日だけで、おそらく真っ当な冒険者なら全員腰を抜かすようなことを体験している。


 しかも、明日もそうだってんだから笑えて来る。一日だけじゃなく二日も楽しめるとか、これだから冒険者は止められない。


「私はカナエのところが印象深かったかなあ……顔ほどの大きさの”なん”ってやつなんだけど、みんなは行ったか?」


「…うん。あれも美味しかった。ついつい二枚も食べちゃった」


「あたしも行きました! ちょっと大きかったけど、エリオとはんぶんこしたらあっという間だったの!」


 女たちはきゃあきゃあと今日あったことを振り返っている。どの店が良かっただとか、すれ違った娘の服が可愛かっただとか……まぁ、いろいろだ。時折エリィのやつが例のカメラを取り出して画面を見せているところを鑑みるに、まだまだ奴らの盛り上がりは続くことだろう。


 ちなみに、ミスティの奴は部屋の端っこで必死にラズの機嫌を取っている。ラズのやつ、どうもご主人様が自分をほぼほったらかしにして遊び歩いてきたことに腹を立てているらしい。さっきからずっと床にごろりと寝転がったまま、そっぽを向いて動かない。


「そうそう、セインのやつはすごかったぞ。カナエの店のところで小さな子供が何人かいたんだが……ユキの前で見栄を張って、その場にいた全員にジャスミンティーを奢ったんだ」


「へえ……! なんか、セインさんらしい……!」


「…ありそう。あいつ、けっこう見栄っ張り」


「まぁ、銅貨五枚程度なんだけどな」


 銅貨五枚。それだけあれば安酒の一杯くらいは飲める。見栄のためだけに知らない子供に奢るというのは、元騎士としてどうなんだと思わなくもない……が、男としてはまぁわからなくもない。むしろ、たったそれだけでポイントが稼げるってのは嬉しい限りだ。


 当のセインは今もぼーっとぼんやりしたまんまだが……あのユキってやつと何があったのか気にならないこともない。まさかこの堅物元騎士が大それたことをできるはずもないだろうし、意外と向こうの方から情熱的なアプローチでもあったのかね?


「…話を聞く限り、私もまだまだ全然回れなかったみたい。知らないの、けっこうある」


「そうですねえ……。時間限定の催し物とかけっこうありましたし、ざっくり一周回るだけでも結構時間かかりましたもん」


「あれー? アミルさん、なんかやけに詳しいですねー? ……もしかしなくても、デートの下見ですかー?」


「もうっ! ハンナちゃんったら!」


「きゃー♪」


 真っ赤になりながら、満更でもなさそうにアミルがハンナの肩を揺さぶる。アミルとマスターが正式に恋人同士になったってのはマジらしい。傍から見ればバレバレだったし、むしろまだ付き合ってなかったのかと驚かないこともないが……まぁ、内気で奥手なアミルが知り合って数か月であのいかにもモテそうなマスターと結ばれたって考えると、快挙のように思えなくもない。


 ……友人同士が付き合うって、なんかこうよくわからんがモヤモヤする。いや、喜ばしいことではあるんだが、目の前で露骨にイチャつかれたりするとどんな顔をしていいのかわからねえんだよなあ。


「デートの下見云々はともかくとして……元々時間が短いってのも大きいだろうな。始まったのは朝の遅くだし、終わったのだってまだまだ日が高い時間……近場でさっさと冒険を切り上げた時と大して変わらない時間だった」


「そーですよね? イベントの中には結構時間を取るのもあったし、あちこち寄り道していたらあっという間に終わってた……って感じ」


「…合奏会あったの、知ってる? あれ、すごかった」


「え……あたし、知らないです」


「わ、私も……体育館でそんなイベントやっていました? エリィ、知ってる?」


「ああ……なんか外でそんなのやっていたような」


 セインはぼーっとしている。アルはさっきから一心不乱に羊皮紙に今日あったことを書き込みまくっている。その隣ではエリオがうんうんと頭を悩ませながら日記を綴っていて、バルダスのおっさんは『ちょっと気が昂ってるからその辺走ってくる』ってどっかいった。


 店の主であるマスターはまだ学校。同じくじーさんも学校。二人とも、今日の片づけやら明日の準備があるらしい。まぁ、だからこそ祭りが終わるのも早めだったのだから、これもわからなくはない。


 わからなくはないが。


 喋り相手がいない。


 だから、こうして女どもの会話に耳を傾けるしかやることがない。


 マスターたちが帰ってくるまで──今日の晩飯の支度ができるまで、こうして暇を弄ぶしかない。ここで晩飯を食えるのも、ここで寝泊まりできるのも楽しいんだが、こいつはちょっといただけない。


 なによりも。


「……」


「……」


 むすっくれたツラを隠そうともせず、シャリィが俺の横に座っている。不機嫌ですよ──と顔にそのまんま出ていて、どんなアホでもこの状態のシャリィにわざわざ絡みに行くようなことはしないだろう。


「さて……そろそろ、良い頃合いかな?」


 こっちをみてニヤニヤと笑ったエリィが、わざとらしく言った。


「おいレイク。お前は今日……シャリィちゃんとのデート、どうだったんだ?」


「けっ」


 男と女が一緒に出掛けるって意味合いでは、なるほど確かにデートだったのかもしれない。この前とは雰囲気が違うとはいえ、今回の文化祭とやらも立派な祭りだ。そういう雰囲気の奴らは周りにごまんといたし、祭りだからこそ果敢に攻めている奴もたくさんいた。


 だから、普通だったらシャリィと一緒に巡っていた俺はデートしていたってことになるのだろう。


 ただし、そのシャリィはちんちくりんで絶壁な子供だ。デートっていうよりかは、子守って言ったほうがいいかもわからん。


「普通にあちこち巡って、いろんなもの見て回っていろんなもの食っただけだよ」


「ホントかぁ? その割にはシャリィちゃん、ずいぶんと機嫌が悪そうだが」


「そんなの知るかよ……」


「……」


 ちら、とシャリィを見てみる。


 つーん、とそっぽを向かれた。


「ホントは俺一人で回る予定だったんだぜ? なのにこいつが当たり前のようについてきて、そして当然のように手を握ってきやがった」


「へぇぇ……!」


「やるなあ、シャリィちゃん……!」


「そこだけなら、まぁいい。子供の面倒を見るのも大人の仕事と割り切ったさ。……だがこいつは、あろうことか目につくもの全部を俺に奢らせてきやがった」


「…男の甲斐性。当然」


「まぁ、デートなら男が出すだろ」


「……そこまでやってなんで不機嫌なんだよ?」


 わからねえ。本気でこいつが何を考えているのかわからねえ。


 ああ、途中まではこいつも楽しんでいたのは間違いないんだ。なんだかんだいっても、コイツと俺はなかなか気が合う……遠慮することも気を使うこともない。どうせここでの飲み食いなんて大した金もかからないし、じーさんからこづかいだって貰っている。自分の金じゃないから、シャリィの分を出すのも別に構わなかった。


 だから、祭りを思いっきり楽しんだのは間違いない、はずなんだが……。


「なぁ、いい加減機嫌直してくれよ……」


「……」


 こんにゃろ、露骨に顔逸らしやがった。


「ふむふむ、祭りそのものは楽しんだはずなのに不機嫌、ねえ……」


「……祭りを楽しんだだけ、なんですよね」


「あっ……そっか、そういうことかあ」


「…レイク。お前、やらかしたな」


 四人ともが、シャリィに対して同情的な視線を向けて……そして、俺に対してかなりガチな感じで批判的な視線を向けてきた。


「あーあ。これだから男ってやつは」


「シャリィちゃん、可愛そう……」


「ウチのエリオでも、そこは大丈夫だったのに……」


「…これだから盗賊は。金目のものしか目に見えてない」


「おうコラ引きこもりエルフ、お前今冒険者の盗賊全員敵に回したぜ?」


「…ちがうの?」


 違くはない。違くはないんだけど……もっとこう、デリカシーって言葉を意識してほしい。


「なぁレイク、冗談は置いておくとして……お前、本当にわからないのか?」


「わかっていたら、こんなことにはなっていないだろ?」


 もっと言うならば、女の考えていることを正確に察することのできる男はこの世に存在しないと思う。あいつらマジで価値観も行動基準もわけがわからねえんだもん。


「ほら、見ろよ私たちの恰好を」


 そう言って、エリィはわざわざ椅子から立って、俺にそれを見せつけてきた。


 ──カーキ色の服とマスターのエプロンと同じ生地のズボン。それがどうしたって話である。


 ついでにアミルが白い服と紺のスカートで、ハンナもなんかそんな感じのスカート。リュリュは……よくわからんがとりあえずズボンだ。この中じゃ一番動きやすい恰好のように思える。


「その顔、マジで気づいていないようだからあえて言うけどさ」


「おお」


「お前……今日、一回でもシャリィちゃんの恰好について褒めたりしたか?」


「いや、してねえけど」


 改めて、シャリィの恰好を見てみる。


 いつもと違って、あいつはメイドの服を着ていない。まぁ今日は店員ではなくてあくまでお客さんなのだから、そこはいい。あとはこう……余所行きってことで、落ち着いた色合いの赤いワンピースを着ている。


 思い返せば、こいつの私服姿を見るのも珍しい。普段と全然違う格好だから、そこはかとない違和感を覚えないこともない。


 というか、まさか。


「服を一回も褒めなかったから不貞腐れているのか?」


「……おにーさん、本気でわかってなかったんですね」


 呆れて物も言えないと言わんばかりに、シャリィが盛大にため息をついた……ようやく、ちょっとは喋る気になったらしい。


「こーんなに可愛いあたしが、こんなにも可愛く着飾っているというのに……何も言わないなんて、失礼にもほどがありませんか!?」


「ああ、可愛い可愛い。マジですっごく可愛い。可愛すぎて言葉が出なかったわ」


「むぅーっ!」


 そんなの言われなくっちゃわかるはずがない。一言そう言えばいいだけの話なのに、なんでこいつはこうまで拗らせるのやら。だいたい、どうしてそれくらいのことでここまで機嫌を崩すのか。そんなに大事なことなのかね?


「明日はちゃんと褒めてやるから、な?」


「それは……デートに誘ってくれてるってことですか?」


「どのみちお前、俺についてくるつもりだろ?」


「それは……そうなんですけどぉ……!」


 よよよ、とわざとらしく泣きまねをしながら、シャリィは女たちの方へと行った。


「露骨に不機嫌そうな顔をすれば、気づいてもらえると思ったのに……! おねーさんに言われるまで気づかないだなんて、酷すぎますよぉ……!」


「ああ、可愛そうに……でも、レイクさんはあまりこの手の経験がないみたいだから、少しは大目に見てあげてくださいね?」


 したり顔でシャリィを諭すアミル。どの口がほざいてやがるんだと言いそうになったところで、なんとか口をつぐむことが出来た。こういう時、下手に反論したら余計に拗れるってのはカンでわかる。まして、五対一という圧倒的な戦力不足の状況なら、なおさら。


「うう……でも、今日のファッションショー見ました? あれを見ていたら、どーしてもあたしもお洋服を褒めてもらいたくなっちゃってぇ……!」


「「わかる」」


「俺にはわからん」


 いや、ファッションショー自体は確かにすごかった。人ごみに釣られて向かった先がお洋服のお披露目会だ……って知った時は期待外れ感が半端なかったけど、いざ見てみればマジで度肝を抜かされた。女物の服はなんかすごかったし、男物の服もめちゃくちゃかっこよかった。特にモリシタが着ていたやつはギミック満載でなかなかに便利そうだったのを覚えている。


 でも、それだけだ。あそこでお披露目された服がすごかったからといって、自分の服まで褒めてもらいたくなるもんかね?


 実際、俺は別に褒めてほしくもなんともない。じーさんから貰った隠れ里の服を着ているが、新しい服を貰えてラッキーだ……程度の感覚だ。


「ファッションショーと言えば! あの時のマスターすごかったですよね! エリオもぽかーんって顔してたんですよ!」


「ああ、あれか! まさか本物の王子様みたいな恰好するなんてな。しかも完璧に着こなしているし」


「…薔薇の演出もすごかった」


「あんなおにいちゃん、あたしも始めて見ちゃいましたよぉ……!」


 そういや、あのファッションショーにはマスターも出演していた。それもこてこての王子様の衣装で。たぶん俺やエリオが着たら「服に着られている」感じがして浮きまくっていただろうけれど、マスターは見事にあの女の妄想を体現した衣装を着こなして見せていた。もう流石としか言いようがない。


 あの衣装を作ったやつも、さぞや浮かばれたことだろう。あんなのが似合う奴なんて、マジでマスターくらいしかいないだろうしなあ……。


「そう言われると、なんか照れますね……」


「お」


「あ、マスター!」


 噂をすればなんとやら。店の奥から、ちょっと疲れた感じのマスターがやってきた。いつも通りのにこにこ笑顔ではあるが、なんというかこう……一日中働きまわって爽やかに疲れましたって感じだ。


「すみません、だいぶお待たせしてしまいましたね。今すぐ夕飯の支度にとりかかるので、しばしお待ちを……」


「まぁ待て、マスター」


 引っ込もうとするマスターの腕を、エリィがしっかりととらえた。


「どうせ夜は長い。ちょっとくらい遅れたところで私たちには問題ない。マスターだって、ちょっとは休んだ方がいい」


「そ、そうですか?」


「ああ。それよりも、だ」


 エリィが……女があんな風に笑っているときは、気を付けたってもう遅い。そうじゃあなくて、覚悟を決めなくっちゃいけない。


「ずいぶんとサービス精神旺盛だったなあ?」


「……すっごくデレデレしていましたよね?」


「ひえっ」


 おかしくておかしくてたまらないと言わんばかりに口の端を釣り上げるエリィ。

 パッと見はすごく笑顔なのに……その裏に、とんでもなくドス黒いものを隠しているアミル。


 同じ男として、マスターには心底同情したくなった。


「あっちにウィンク、こっちに目線……魅惑の笑顔を惜しげもなくばら撒いていたよな、マスター?」


「そうそう! 体育館にいた女の子たちの熱狂、すごかったけど……ねえ、マスター?」


「…正直、眼もあっていないのにちょっとドキッとするくらいだったけど……マスター?」


 ファッションショー。王子様の恰好をしたマスターは、その恰好よろしく会場内のあちこちにウィンクしたりとサービスをしまくっていた。笑顔を振りまいて、あっちこっちに手を振って……求められていることを忠実にこなしたと言えば聞こえはいいが、黄色い声援に浮かれてデレデレしていたというのも間違いない。


「あ、あれは、その……!」


「いやー、凄まじくキザだったよな。マスター、あんた売れっ子俳優でもやっていけるぜ」


「レイクさんまで!?」


 こうしてみると、顔が良いだけの普通のあんちゃんにしか見えないんだけどな。あの時のマスターは、マジでその手の俳優かマジもんの王子様にしか見えなかった。


「……マスターってば、ひどいです。あんなにもたくさんの女の子にデレデレして、笑顔を振りまいて。あんなの私、聞いてない」


「いえ、当日までネタバレ厳禁だったと言いますか……それに、あんなのみんなふざけていただけで、本気の人なんていませんよ。もちろん、僕だって」


「……ホント?」


「ええ。その証拠に……最後のブーケトス、僕はアミルさんだけを見ていたでしょう?」


「あう……!」


「投げキッスしたのだって、アミルさんにだけ。愛しているのは、あなただけ──そこだけは譲れなかった」


 アミルの顔がみるみる真っ赤になっていく。人間の顔があんなにも急激に赤くなるなんて、俺は初めて知った。


 しかしまぁ、よくぞまぁマスターはあんなセリフを恥ずかしげもなく言えるもんだ。マジで天性のたらしの才能があるんじゃねーか?


「言うなあ」


「さすがよね」


「…一歩間違えれば、女の敵」


 賞賛と呆れが入り混じったかのように、女どもはため息をつく。どうやらあいつらも、友人同士がこうもあからさまに目の前でイチャつくのには思うところがあるらしい。


「ちなみにおにいちゃん、他でも結構おねーさんを特別扱いしていますからね」


「おん? なんだ、その特別扱いって」


「これですよ、これ!」


 そう言ってシャリィが取り出したのは……なんだ、なんかのチケットか?


「これはですね、例のお菓子部のお店……そこのガトーショコラって言うお菓子を確実に、しかも並ばずに食べられる優待券なんですよ!」


「マジかよ」


「誘いましたよね、おにいちゃん?」


 答えなんて、もはや聞くまでもない。


「や、その……はい」


 さっきまで喋っていたのは、まさしくそこでの話だ。アミルがあれだけ幸せそうに”がとーしょこら”の話をしていたのにマスターに誘われていなかったってんなら、俺はもうマスターを信じられなくなる。


 ただ、優待券云々については初耳だ。


「…マスター。私、それもらってない」


「あ、あたしも!」


「俺もだ」


 アミルを特別扱いしたのはわかる。が、それを言ったら俺達だって特別扱いされてもよくないか? この店の常連なんだし、もうマスターとはそういうことを抜きにしても友人同士……のはずだよな?


「あ、あはは……すみません、実はこれ、関係者の間でも三枚しか都合が付けられないものでして……」


「ほぉ。だから我々には内緒で、愛しのアミルだけにこっそり渡したってわけか」


「う……まぁ、そうです」


 アミルに渡すのは確定。そしてシャリィに渡すのも確定。じゃああともう一枚があるじゃないか……と思ったら、そっちは親友であるクスノキに渡したらしい。


「どのみち全員分は用意できませんし、あえて言う必要も無いかなって……」


「ちぇっ……まぁ、今度こっちで正式に金を払って食べるとするか」


「そうですね! 好きな人にだけ内緒の特別をあげたいなんて、マスターってちょっと可愛い!」


「あ、あはは……」


 ちなみに、じーさんはお菓子部じゃないから突いたところで優待券は貰えないらしい。それでもあの人ならなんとかしてくれそうな気がするけど。


「それがですね、おねーさん。実は、どうしてもあの場で食べなきゃいけない理由があったりするんですけど……聞きます?」


「お?」


 にんまりと笑って、シャリィは続けた。


「実はちょっとしたうわさがあってですね。この優待券、一枚当たりガトーショコラを二つ注文できるのですが」


「ああ……まぁ、一人で来る奴なんていないだろうしな」


「──なんと! あそこで一緒にガトーショコラを食べた二人は、永遠に結ばれるって話なんですよ!」


 途端に、女どもから黄色い歓声があがった。きゃあきゃあわあわあと嬉しそうに声を上げ、真っ赤になってうつむくアミルとマスターをこれでもかと囃し立てている。


「だからおにいちゃんは、なんとしてでもおねーさんを誘いたかったんですよね?」


「ほほぉ……! 永遠に結ばれるって噂のそれに、内緒でこっそりと……か!」


「ひゃああ……! すっごくロマンチックぅ……!」


「…マスター、いじらしい」


 それこそが、マスターがアミルだけに優待券を渡した理由。アミル本人には何も教えず、さらっと優待券を使わせた理由。何人も女を誑かしてきたような顔をしておいて、どうしてなかなかマスターも夢見がちなところがある。


「あ? 待てよシャリィ。お前のその優待券は……」


「もちろん! 一緒に行きましょうね、おにーさん!」


「マジかよ」


 いやまさか、一緒に食べるだけで強制的に結ばれるだなんて、そんな呪いみたいなお菓子があるとは思えないが……大丈夫だよな? いくらなんでも、そんなヤバいものが普通に店売りされているわけない……よな?


「しっかしまぁ、マスターも本当にやるよな。もう恋人同士だってのにここまで甘やかしたりするもんなのかね?」


 ファッションショーに、秘密の優待券。普段からマスターはアミルに甘い節があったが、ここにきてここまで露骨に見せつけてくるとは。やっぱりなんだかんだでマスターも浮かれているのだろうか。


「ああ……それはですね、実はけっこー切実な事情がありまして、ここらでポイントをいっぱい稼いでおかないといけないんですよ」


「待ってシャリィちょっと言わないで!?」


 慌ててシャリィの口を押さえようとするマスター。


 そんなマスターを、俺は後ろから羽交い絞めにした。


 だってそのほうが、面白そうだし?


「レイクさん!?」


「言っちまえ、シャリィ」


 シャリィは、呆れたように言った。


「下手に隠して後で拗れるよりも、しっかり言っておいた方がいいと思うんですけどねえ……」


 そして、文化祭のパンフレット──その一番下、一般公開終了のところをトントンと指で示した。


「外から来たお客さんがみーんな帰った後、学校の皆さんだけで後夜祭ってのをやるんですよ」


「ほぉ」


「そこで……フォークダンスをするんですよね」


「え──」


 フォークダンス。シャリィのあの発言。そしてマスターがアミルに精いっぱいアピールしていたその理由。文化祭というお祭りの最後の締め。


 ここまで聞けば、誰にだってわかる。というか、俺の村での冬明けの春祭りも似たようなのがあった。


「なあシャリィ。そのフォークダンスってのは、やっぱり?」


 俺の問いに、シャリィはにっこりと笑って答えた。


「ええ──男女ペアで行う、ドキドキの青春イベントですよ。もちろん、おにいちゃんはひっぱりだこになるでしょうね!」


 アミルの顔が、真っ青になっていた。 

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