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冒険者訪話


 学校。それはマスターたちの隠れ里に存在する、教育機関の一つらしい。そこで何をやっているのかという詳しい内容こそ私は知らないが、生きていくために必要な知識を学び、時には実体験を交えて経験を積んでいく……といった目的に沿って様々なことが行われていると聞く。


 一般人がピクニックするには少々危険な──冒険者にとってはあくびが出るくらいにつまらないあの森に野営訓練をしに来たり、地域の住民との親睦を深めるため(?)にお祭りを開催したり……などと、その行動は文字通り多岐にわたる。


 尤も、普段は難しい読み書き計算と言ったいかにもそれらしいことばかりしている──この前も、マスターは憔悴しきった様子でそれを片付けていた──が、ともかく、学校とはそういう場所なのだと理解してもらえればそれでいい。


 そんな学校の中を、私は歩いていた。それも、上等な服を着て、だ。


「へぇ……!」


 【ガーデンパーティ】。それが今この学校で行われている祭の名前だ。何のための祭りなのか、そもそもとしてついこの前だって祭りをしていたじゃあないか……なんて野暮なことはどうでもいいとして、今この場にいる全ての人間が、期待に胸を膨らませ、目の端に移るものすべてにワクワクを隠しきれないでいた。


 まず、この建物……校舎がすごい。


 以前の祭りの時は中に入ることは叶わなかったが、私が今まで旅したどの街、どの国とも建築様式がまるで異なる。建物に使われている材質だってまるでわからなければ、随所に見受けられる奇妙な機構(?)だってまるで見たことが無い。


 信じられるか? 石でも木でも、もちろんレンガでも無いもので壁が作られているんだ。おまけに窓には全部透明のガラスがはまっていて、扉は全部横に開いている。天井には明かりの魔道具があり、大きな建物だというのに、暗いところなんてどこにもない。


 さらに驚くべきことに──そんな基礎となる部屋の雰囲気に、これでもかというくらいにいろんな装飾がされているんだよな。


 一区画……で、いいのか? ともかく、ブロックごとに仕切られた大きな部屋ごとに、何やらテーマに沿ったデザインが施されている。これまたやっぱり謎の材質で出来た赤青黄色の派手なヒラヒラに、どことなくボルバルンを思い起こさせるカラフルでふわふわと浮かぶ何か。


 そんなものがこれでもかと散りばめられた部屋があるかと思えば、次の瞬間にはどこぞのギャングの根城の酒場かのようになっている部屋が見えてくる。


 なんだろうな、コレ。大きな建物の中に、いろんな異世界……妖精郷や魔界をいっぺんに突っ込んだみたいな感じになっている。


「……で、いつまでついてくるつもりかね?」


「ん?」


 そんな不思議な空間を見て感慨にふけっていたところ、私の隣を歩くセインが少々不満そうに言ってきた。


「勘違いしないでくれ。別に、君のことを疎ましく思っているわけじゃないんだ。ただ……」


「ただ?」


「……言わせないでくれ」


 道行く人を眺めてみる。


 まず、この学校の生徒たち。所属によって決まっているのであろう、お揃いのシャツを着ている。中にはもっと別の、明らかに仮装の類をしているものもいるけれど、みんなどことなく統一感があるから間違えようがない。


 次に、私たちと同じようにこの学校に訪れているお客さんたち。


 こちらは生徒たちと違う格好をしている──という、ただ一点で見分けることが出来る。少し前のお祭りの時にチラホラ見かけたような服装をしていれば、ほぼ間違いなくお客さんだと思っていい。


 こちらの服装の流行り廃りなんて知らないが、たぶんこれがこの隠れ里でのスタンダートなのだろう。さすがに祭衣装を普段から着こなしている人がいるとは思えないし。


 そんな隠れ里での「普通の服」を、私は身に纏っている。たまに見かける私と同じくらいの年代の女が着ている服と遜色ない服だ。


 シャリィちゃんの弁を借りるならば、「デキるオトナなおーえるのおねーさんの休日を意識してみました!」ってスタイル──カーキ色のジャケットに白いシャツ、さらにマスターのエプロンと同じ生地で出来たズボンですっきりまとめたものだ。


 顔立ちや髪色が明らかに異なることを除けば──衣服だけを見れば、隠れ里の女の中に交じってもまるで違和感が無い。我ながら、よくぞまぁここまで化けられたものだと思う。


 ──セインが気にしているのはそこなのだろう。


「なんだ、結構それっぽくいい感じに見えるってことか?」


「よしてくれ、エリィ」


 朝起きて、着替えて、朝ごはんを食べて。


 不思議な扉を通って学校に来て、そして自由行動。


 その直後からたまたま偶然、こうして私とセインは一緒に行動することになってしまっている。ちょいと出先でばったり会った……というよりも、ばっちり二人で示し合わせてやってきた……としか、周りからは見えないだろう。


 意中の女の元に向かうセインにとって、それは非常に忌々しき事態ってわけだ。


「ま、目的地が一緒なんだからしょうがないだろ?」


「……」


 私が一番最初に向かうと決めているのは、あの護衛依頼の時に知り合ったカナエが営む店だ。夏祭りの時も親交を深めたつもりではあるし、一番最初に向かう店としてはなかなか悪くないチョイスだと思う。マスターの営むお店はすごく混んで行列になるって話だし。


 昨晩貰ったパンフレットを見る限りでは、カナエのお店は食べ物を出す……いわゆる出店のそれであるようだ。まぁ、作物に関しては魔法以上に不思議なことが出来るあいつが出す店なのだから、特別珍しいってことはないだろう。


 肝心のお店の名前は【はらぺこゆきちゃん! ~Nan・Cool・Nice!~】……と、パンフレットには書いてあった。マスター曰く、『お店の名前なんてみんなノリと勢いだけで決めていますから、意味を深く考えてもしょうがないですよ?』とのことだけれども……。


 ゆきちゃん。そう、ゆきちゃん。


 カナエの担当教官である『ゆきちゃん』こそがセインの想い人であり、こいつと私の目的地が同じになった最たる理由だ。


「私はカナエに会いに行く。お前はユキに会いに行く。それだけのことに、何をぴりぴりしてるんだ?」


「……むぅ」


 本当にこの騎士様は、恋愛ごとになるとどうしてこうも奥手というか、チキンでビビりなのだろう。これじゃあウブで奥手で恋愛経験ゼロだったかつてのアミルの方が、まだしも積極性があっただろう。魔物は切り伏せられるくせに、剣の心得もない女ひとり相手にこうも器が小さくては先が思いやられる。


「安心しろ。邪魔はしないし、いざというときはフォローをいれてやる」


「その言葉、忘れ──!?」


 目的地のすぐ近く。くるりと角を曲がった瞬間。


 見えてきた光景に、二人とも絶句した。


「なんだ、これ……!?」


「本当に、妖精郷なの……か?」


 その部屋に……いや、部屋をはみ出して広がっているのは、白く小さな可愛らしい花。いったいどれだけの量があるのかまるで見当がつかないが、壁一面を覆ってなお余りあるくらいに咲き乱れている。白の合間から見える緑はどこまでも鮮やかで、力強い生命力に満ち溢れていた。


 そして、そんな見事な光景が霞んでしまうくらいに強く、甘く、神秘的な香り。花の香だというのはわかるが、こんな特徴的な……というか、はっきりした香りは嗅いだことが無い。まるでくらくらと溺れてしまいそうな、文字通り花の精に誘惑されているかのような、そんな香りだ。


「室内……だよな、ここ」


「植木鉢でもこうはならないだろうね。準備をするにしたって、一か月や二か月じゃここまでのものは……いや、それでもこうやって綺麗に一斉に咲き乱れさせるのは不可能だ」


 じいさんは魔法の類は絶対に秘密にしろ……なんて言うけれど、正直こいつらがやってることを考えれば、魔法の一つや二つ見せたところで何でもないような気がする。


 さて、神秘的で妖精郷と見紛うばかりのその部屋の前には、花とツタが絡みつき、何やら異国情緒あふれる装いの看板のようなものが立っている。私たちと同じくその花の楽園に驚いていたお客さんたちも、やがて冷静さを取り戻すと同時に、その看板の前で何やら真剣に物事を考え始めた。


「お客さん、お困りですか? ……お困りなら、全部買っちゃうのが一番ですよ! そーすれば悩む必要はありません!」


「はは……これだけ安ければ、たしかにそれでもいいかもだけど……ここだけでお腹いっぱいになっちゃいそうだしなぁ」


「だいじょーぶ! おなか一杯でも食べられますから!」


 看板の前に立っていたお客さんが、店の中にいた店員につかまっていた。いわゆる客引きの一種なのだろう。あくまで低姿勢を保ちながら、言葉巧みにいろいろとかどわかせば、あっという間にご新規さん三名のご案内だ。


「すごいね……古都の広場の出店がみんなこんなに爽やかでまっとうなやり方をしていれば、私の仕事もずいぶん楽だっただろうに……」


「終わったことを思い出しても悲しくなるだけだぞ?」


 それはともかくとして、私たちもその看板を読んでみることにする。やはりというか、それはお品書きらしく、メニューの名前と値段のほかに、可愛らしくデフォルメされた絵が描かれていた。


「えーと……“なん”の“かれー”セットに“みーとこーん”セット。お飲み物として“じゃすみんてぃー”だってさ」


「ふむ。“かれー”はこの前の護衛依頼の時に食べたアレだね。……エリィ、“みーとこーん”はわかるかい? それに、この“なん”というやつも。この絵を見る限りでは、ピザのそれに似ているようだが」


「私に聞くより、あっちを見たほうが早そうだ」


 部屋の中。先程の客が、目を見開いて驚いていた。


「……大きなパン、か?」


「いや、それにしたって大きすぎるだろ? 下手したら私の顔より大きいじゃないか」


「……そうか、あの大きなパンをちぎって、それであのコップの中にあるものをディップして食べるわけか。……待て、これでいくらだって?」


「……五十円。この金券の、小さいやつ五枚分。えーと……銅貨一枚の半分の値段だな」


「……古都で出したら、何件もの店が潰れるな」


 そんなことを話しながら、店に入る。


「「──!?」」


 ……なんだか、店内の──というか、店員である生徒の空気が一瞬でざわついた。



(ねえ、この外国人さんって……!)


(マジもんの金髪、初めて見た……!)


(金髪、外国人、年頃もたぶんゆきちゃんと同じ……! 野郎ども、間違いねえッ! あいつだッ! あいつがゆきちゃんをたぶらかしたんだッ!)


(一挙手一投足、挙止動作の全てを見逃すなッ!)


(お前英語わかる?)


(わかるわけないだろ)



 たぶん、セイン自身もそれには気づいていただろう。元騎士で冒険者としての経験はそこまで長くないとはいえ、冒険者であることそのものに変わりはないのだ。素人が必死に気配を押し殺して内緒話をしても、見逃すはずがない。


 泣いているのやら笑っているのやら、なんとも形容に困る表情で、セインは受付の前に立つ。


 同じような表情をしている男子生徒が、ぎこちなく声をかけてきた。


「め、めいあいへるぷゆー? でぃす しょっぷ せーる なん えーんど きゃりー!」


「……」


 どこかの言葉ではあるのだろう。なんとなく、この前の祭りでナンパされたときの言葉に似ているような気がしなくもない。


 ……けれども、魔道具の翻訳機能は発動しない。彼の言葉が間違っているのか、はたまた訛りが酷くて認識しないのか、はてさて。



(やべえよ、全然通じてねえよ……!)


(お前英語の点数良かっただろ!? なんとかしろよ!)


(無茶言わないで! テストが出来るからってペラペラなわけないでしょ!?)


(おい、ケータイ! ケータイで調べろ! 最悪筆談で……!)



 普通に話しかけてくれればそれでいいんだけどな。というか、なんでセインはカチコチになったまま助け舟を出さないのだろう。


 やっぱり私が声をかけたほうが早いか……なんて思ったまさにその瞬間。


「あれ、エリィさんとセインさんじゃないですか」


 どこかで聞き覚えのある声。


 振り向いてみれば、手首にカラフルなミサンガをした男子生徒──あの護衛依頼の時に出会った、タドコロがいた。


「ども。おひさしぶりです」


 固まるセインと受付。その隣に居る私。何かを察したのであろうタドコロは、しかし表情を変えることなく何事もない様子で言葉を紡いだ。


「この人たち、普通に日本語話せるぞ」


「「……えっ」」


「たぶん、お前らがこそこそ何か話していたのも全部聞こえている。この人たちは、そういう人だ」


「「……え゛っ」」


 そのままタドコロは、まるで当たり前かのように受付の男子生徒の隣に立った。ちょいちょいと彼の腕を小突いてメニューを受け取り、ぺこりと頭を下げながらこちらにそれを見せつけてくる。


「すみませんね、なんかいろいろ」


「いや、別に気にしてないさ。どんな街でも、よそ者ってのは好奇の目で見られるものさ」


「……ウチの場合、そういう意味じゃないんですけどね。まぁ、気にされていないようなら何よりです」


 ごほん、とわざとらしい咳払い。タドコロはいわゆる営業スマイルというものを顔に張り付けた。


「それでは、当店のメニューの説明をさせていただきます! 当店で扱っているのはナンでございます! カレーかミートコーンか、お好きなセットをお選びください!」


「……うん?」


「ナンはパンの一種です! ちょっと違いますが、いつぞやのピザの具材が無いものだと思ってください! カレーについてはこの前お食べになられたと思いますが、今回のはドライカレーと言いまして、水気を失くしてその分味を濃くしたものとなっています! こちらをナンにディップしてお召し上がりください!」


「おい、タドコロ……?」


「ミートコーンは当店オリジナルの商品です! トマト、チーズ、挽き肉、コーンを煮詰めたものとなっています! トマトの酸味にチーズのコク、挽き肉の旨味にコーンの甘さがこれでもかと詰まった逸品となっております! こちらもやっぱり、ナンにディップしてお召し上がりください!」


「お前……そんなキャラだったっけ?」


「今のおれは営業なので。やるべき時にやるべき事をやっているだけですよ」


 だからと言って、あまり賑やかじゃないタイプがこうもにこやかに、明るく話しかけてくるのはそれはそれで驚く。というか、こうも簡単に態度を変えられるものなのだろうか。


「あー、これとジャスミンティー……ここらに咲いている花を使ったお茶がウチのメニューの全てです。値段はどれも五十円。金券はありますか? その綴りの一枚の半分……小さいやつ五枚です」


 私たち全員、金券はじいさんから事前に貰っている。銀貨一枚分……こちらで言う所の、五千円分相当の金券だ。これはじいさんからの【おこづかい】であり、これ以上に使いたいならば自分で金券所へ……行く前にじいさんの所で通過を両替し、その上で新たに金券を引き変えなくてはならない。


 だけど、たった五十円。“みーとこーん”と“かれー”の二つを合わせてもたったの百円。本当にはした金だ。


 だとしたら、私が取る行動なんて一つしかない。


「両方とも頼む。ついでにちょっとサービスしてくれるとなお嬉しいけど」


「あー……ちょっと待つことになりますが、焼き立てをお出しできるので。それがサービスってことで」


 焼き立て。なかなかに良い響きだ。焼き立てでおいしくないパンなんて、あるはずがないのだから。


「私も両方とも頂こう」


 セインが金券の綴りから一枚を切り取り、それをタドコロに渡す。私もそれに倣えば、これで取引は終了。紙のお金というみょうちきりんなものを使うこの隠れ里でも、店のやり取り自体は古都のそれとかわらない。


「それでは、どこか適当な席でしばらくお待ちください」


 あとは──肝心のそれが、運ばれてくるのを待つだけだ。

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