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拳闘士とポテトチップス


 古都の外れの森の奥。メルヘンチックな外観の喫茶店──《スウィートドリームファクトリー》の中に、オレはいた。


 時刻はだいたい昼過ぎ……というか、そろそろ気の早い冒険者たちが冒険から帰るくらいの頃合いだろうか。もっと優雅に表現するなら、貴族の嬢ちゃんたちがお茶会をするくらいの時間って言ってもいいかもしれない。


 オレが普段この喫茶店を訪れるのも、このくらいの時間が多いように思える。たまたま鉢合わせたクランメンバーととりとめもないことを話して、マスターが作るうんめえお菓子に舌鼓を打って──で、暗くなるころには古都へと帰る。それが、いつものパターンだ。


「……」


 だけれども、今日は違う。


 レモン水をぐびりと飲んであたりを見渡せば、いつもと違う出で立ちの四人がいた。


 つまらなさそうに腕を組んでいる盗賊のレイク。いくらか眠そうにしている弓士のエリオ。そわそわと落ち着きのない騎士のセインに、周りのことなんて知ったこっちゃないとばかりに自らの研究に没頭する学者のアル。


 オレを含めて、これだけの人数が一度に揃うなんてそうそうない。おまけに、全員が全員冒険者としての装備を身にまとっていない。


 それどころか、古都の人間が一般的に着ている衣服さえ身にまとっていなかった。


「なぁ、バルダス」


「どうしたよ?」


 女のようにくるくると回り、体のあちこちをチェックしていたセインが声をかけてきた。


「……へ、変になっているところはないかね? こう、みっともなく見えたりしないかね?」


 ツラはそこまで悪くないのに、今にも泣き出しそうなその表情。騎士の威厳も何もあったものじゃない。


「いいんじゃねえの?」


「むぅ……もっとこう、真剣な評価を聞きたいのだが」


「そんなの、オレに聞くのは間違ってるぞ」


 どこの世界にファッションチェックを拳闘士に頼むバカがいるというのだろう。オレが教えられるのは、どうやれば敵をぶん殴れるのか、どうすれば力いっぱい殴れるのか、どこを狙えば相手の脳みそを揺さぶることが出来るのか──それくらいしかない。


 だいたい、そもそもの前提として──


「マスターんところの服のチェックを頼まれてもな。良いも悪いもわからねえよ」


 そう、セインが──というか、オレたちが今着ているのはマスターの故郷での一般的な服だ。明日から始まる祭りの準備として、こうして向こうでの衣服をじいさんたちが見繕ってくれたんだよな。


 じいさんたちに呼び出された俺たちは、こうして各々にあった衣服を渡されたわけだが、当然のごとくそのデザインも作りも各自で異なっていた。


 オレが貰ったのはポケットのたくさんついた深い緑色のズボンと、胸元にワンポイントの入ったグレーのシャツ。ちみっこ曰く、『ボディーガードさんのオシャレな休日を意識してみました!』とのこと。


 エリオが貰ったのは紺のストライプが入った白地のポロシャツと、マスターのエプロンと同じ素材の生地を使った紺色のズボン。ちみっこ曰く『爽やかな大学生風のファッションです!』とのこと。


 アルが貰ったのは生地がやたらといいくらいしか特徴のないベージュのズボン、それにボタンのついた白いシャツと濃紺のベスト。ちみっこ曰く、『フォーマルっぽさとインテリ風を両立したファッションを目指しました!』とのこと。


 レイクが貰ったのはエリオが貰ったのと同じようなズボンに、ほんのわずかにゆったりとしたラフっぽい感じがする青と白のツートンカラーのシャツ。ちみっこ曰く、『やんちゃかつクールでアクティブな印象が素敵だと思いませんか?』とのこと。


 そして、問題のセイン。


 こいつだけは明らかにオレたちと何かが違う。ちょっと高そうなジャケットに、きりっとした印象を与えるズボン。俺たちがあくまで休日のためのラフな装いをしているのだとすれば、こいつのそれは──勝負を決めに行くような、気合の入った装いだ。


 ちみっこ曰く、『ビジネスカジュアルをベースにした、デートに行くようにもお仕事に行くようにも受け取れる、そんなオトナのスタイルです!』とのこと。まず間違いなく、こいつのが一番気合も金もかかっている。


 そんな立派な装いをしているというのに、それでなおセインは不安でたまらないらしい。騎士団に所属していたくせに、どうしてこうも尻の穴が小さいのか。


「そうは言ってもだね。レイクにオシャレがわかるとは思えないし、エリオは気を使って何でも褒めてくれるだろう? そしてアルは研究に没頭して適当な返事しかしない。じゃあ、君に聞くしかいないじゃないか」


「おう、騎士さまよぉ、ちょっともういっぺん言ってもらおうか?」


「ぼ、ボクは本当にかっこいいって思ってますよ!」


「うむ、実に興味深いな……うむ、実に興味深い」


「オレだってオシャレなんか知らねえよ」


 だが、セインの気持ちもわからなくはない。なんたって、今ここには文字通りオレ達五人しかいないのだから。


 マスターは学校の方で準備をしているらしい。今日は顔を見ていないし、こっちに戻ってくるのはだいぶ遅くなるってじいさんが言っていた。


 そのじいさんも祭りの準備でここにはいない。俺たちに軽くあいさつし、向こうで過ごすうえでの注意事項を軽く述べ、そしてこの衣服を受け渡した後はさっさと向こうへといっちまった。


 そして、一番暇そうなちみっこもいない。


「おっせぇなぁ……」


「ですねぇ……」


 ちみっこと女どもは、店の奥のどこかでお着換えタイムだ。オレ達にはそれぞれ一着しか服を用意しなかったくせに、なんと女どもにはたくさんの服が用意されているらしい。何十着とあるそれらのうちのどれを選ぶか、今頃仲良く着せ替え人形ごっこでも楽しんでいるのだろう。


 問題なのは、こうしてオレ達がひたすら待たされているっていうその一点につきる。


「ううむ……シャリィが戻ってきてくれれば、いろいろチェックしてもらえるのだが……」


「クッソ暇だよなぁ……なんで女どもって服の一枚や二枚であんなにはしゃげるのかねぇ……」


「お菓子を食べる……にしても、出してくれる人がいませんし……」


「楽しそうなのはアルだけか。……エリオよぉ、暇つぶしにお前の日記見せてくれよ」


「それいいな、おっさん」


「だ、ダメですってば!」


 暇。限りなく暇。今日は冒険に出ていないから元気だって有り余っている。オレが女だったら今着ている服のことだとか、それこそ古都の流行りのファッションの話なんかで永遠にしゃべっていられるのだろうが、あいにくオレは男だし、ここにいるのも男だけだ。


 飯を食うこともできない。おしゃべりすることもできない。初心者くらいしか来ないこんな森とはいえ、丸腰で外に出るのも気が引ける。かといって、女の着替えを覗きに行こうものなら、魔物に襲われるよりもひどい目にあうだろう。


「──よう、詰まら無さそうな顔をしているじゃないか」


「お」


 果たしてどれくらい経っただろうか。もう時間感覚がすっかりなくなってきたころになって、いつもの作務衣を着たじいさんがやってきた。


「終わったのか、そっちは」


「私の準備は終わったよ。だが、夢一のところはまだみたいだねェ」


「女どもは?」


「聞くまでもないだろう?」


 この前の浴衣の時だって半日近くかけて選んでいたのだから、ある意味じゃ納得できる。それにもし終わっていたのなら、連中はすぐにここに来て新しいおべべを見せびらかしてくるはずだ。


 いずれにせよ、暇であることは変わりない。女って生き物はどうしてこうも服の一枚に時間をかけるのかね?


「夜行さん、見繕ってもらったこの服だが……これで間違ってないかね? 作法として問題があったりしないかね?」


「ああ、大丈夫さ。よぉく似合っとる……が、どうしていつまでも着ているんだい? 明日着ていく服なんだから、ずっと着ていてもしょうがないだろう?」


「……えっ。いや、確かにその通りではあるのだが……」


「ちみっこの野郎、着方だけ教えた後はひっこんじまったんだよ」


「……よっぽど着せ替え人形にできるのが楽しみだったのかねェ」


 困った様にじいさんは笑い、わざとらしく肩をすくめる。眠そうにしているエリオを見て、研究に没頭しているアルを見て、そして明らかに暇そうにしているオレとレイクを見て──ある、とてもステキな提案をしてくれた。


「──どうせ夢一もシャリィ達もまだまだ時間はかかるだろう。夕餉もちょいと遅くなるに違いない。そこで、提案なんだけどね」


「お?」


「腹の空きはあるかい? 夕餉を残さずに食べるというのなら、ちょいとつまむものを作ってきてあげよう。……いい子にできるのなら、ラガービールもつけてあげようかねェ?」


 男だけの秘密だ──なんて笑いながら、じいさんは裏へと引っ込んでいく。オレとレイクがハイタッチしたのは、言うまでもない。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「はいよ、おまたせ」


 貰った服を丁寧に畳み、冒険者の内着姿に着替えて待つことしばらく。こちらへと戻ってきたじいさんは、いつもとはちょっと変わったそれを持ってきた。


 まず、それからは甘い匂いが全くしない。この喫茶店で出されるお菓子の大半からは甘い香りがするのだから、それだけでもう珍しいと言える。


 その上さらに、こいつには見た目の華やかさがまるでない。果物の彩もなければ、“くりーむ”みたいな純白の輝きも無い。食べ物としてはまず間違いなく、地味で粗雑な部類に入るだろう。


 さらに付け加えるならば、それはオレたちが良く知っているものでもある。というか、毎晩のように食べている奴だっているだろう。そりゃあ、見た目はいつものそれよりかは上等だし、丁寧に作られているってのもなんとなくわかるし、香りも悪くなくて、熱々の出来立てだってところは大いに歓迎すべきところではあるが──。


「特製の《ポテトチップス》だ──なんか不満そうだねェ?」


「いや、だってよ……」


 レイクがほんの少しばかり残念そう──というか、不満そうに口をとがらせる。


 じいさんが持ってきたそれ。


 それは、酒場なんかでよく見る揚げたイモだった。


 もちろん、仮にもこの喫茶店で出されているものである以上、酒場のそれと全く同じってことはないのだろう。


 一番はっきりわかる違いは……やっぱりその形だろうか。酒場でよく見るそれはくし切り──というよりもただ適当に切っているだけであるのに対し、こちらは大きなコインのように薄く、平べったく輪切りにされている。


 パッと見た限りでは、そう、“くっきー”のような感じだ。厚さもだいたいそんなもんだし、ひょいと手づかみで取れるところも全く同じ。そう考えると、こいつがほんの少しだけ洒落たもののようにも思えてくる。


 が、所詮はただの揚げたイモ。形が違うからと言って、だからどうしたって話ではある。


「普通の揚げたイモだろうよ。そりゃあ、嫌いじゃねえけどさ。まさかここでこれを食うことになるとは思わなかったぜ」


「おいおい、お前が食べたってのはそこらの安酒場での話だろう? ひどいねェ、他所様のとウチのを比べられちゃあ困るよ」


「確かに……わざわざおじいさんが用意したってことは、きっとこれも普通のお芋じゃないのかも」


 エリオの言葉で思い出す。オレは以前、お子様ランチについてきたフライドポテトを食ったことがあった。あの時のそれは文字通り安酒場で出されるものと大差なかったはずのに、すんげえうまかったっけか。


 それに、この前の祭りの“じゃがばたー”だってそうだ。あんなの蒸かしてバターを乗せただけのもののはずなのに、普通の芋とは思えないくらいにうまかった。


 となると、やっぱりこれもすごく美味いものなのだろう。 


「そーかぁ? いくらなんでも揚げるだけだぜ? そんなの誰が作っても一緒だろうよ」


「食べればすぐにわかることだ。……ふむ、やっぱり片手で食べられる手軽さは素晴らしいな」


 アルが手を伸ばしたのが合図となって、オレたちもそれに手を伸ばす。揚げたてだからかまだ結構しっかり熱が残っていて、触れないってほどじゃないがだいぶ熱い。しっかりきちんと揚がっている証拠に表面はカリッとしており、油の何とも食欲をそそる香りが漂っていた。


 ……表面で光ってるこれは、塩か。まぁ、さすがに砂糖と芋は合わねえよな。


「それじゃ、頂くぜ」


 指先でつまんだそれを、大きく大きく開けた口に放り込む。


「お──!」



 パリッとした食感。


 油と芋の香ばしさ。


 芋の味と、後に引くこの感じ。


 こいつは、どうしてなかなか──


「……うめえな」


「そいつぁよかった」


 気付けば、次の一口を鷲掴みにしていた。



 最初にはっきり断言しておこう。こいつは甘いお菓子なんかじゃない。それどころか、その対極に位置すると言ってもいいほどのものだ。


「あ、おいしい」


「……なんだよ、普通に美味いじゃん」


 芋。ただの揚げた芋。今までに飽きるほど食べた馴染みのありすぎる芋。別段珍しいものでもないし、飛び上がって驚くほど美味いってわけでもない。


 ただただ普通に──やめられない。異常なくらいに平凡に美味い。自分で言っていてよくわかんねえが、普通すぎるくらいに美味い。


 輪切りにされた芋だからか、火が良く通っているらしい。表面はカラッとしていて、最初にかじりついたときにパリッといい感じの音が口の中で弾ける。芋の香ばしさと油の香ばしさが混じって、その瞬間だけでもう次のそれを食べようと手が動く。


 で、パリッとした食感の後に来るちょっとホクホクしたあの感じ。食感の変化が面白く、それでいて芋の味がしっかり感じられるのもあそこだろう。芋特有のあの味が油の風味とこれまたよく合っていて、どんどんと食欲が湧いてくる気さえする。


 程よく効いている塩がなかなかニクい。あのしょっぱさが芋に合わないわけがない。ホクホクの甘さと油の香ばしさ、それにあのしょっぱさがすげえコンビネーションを生み出している。この三つの内のどれか一つでも欠けていたら、きっとここまでの美味さは生まれなかったことだろう。


 だけれども、言ってしまえばそれだけのこと。


 よく揚がっていて、芋が美味くて、塩が効いている。たったそれだけの、いつものお菓子や料理に比べればシンプル過ぎるそれ。もうちょっとうまくコメントしろと言われても、もうこれくらいしか感想はひねりだせそうにない。


 なのに、美味い。美味いというか、やめられない。


「なんか、後を引く感じだよな」


 ちろりと指を舐め、アルが新しいのをひっつかむ。パリッといい音がしばらく続き、やがて奴ののどぼとけが大きく上下した。


 右手にはペンを持ち、顔だって難しそうなことが書かれている羊皮紙に釘付けになっているのに、その左手はすでに新しいのを求めて虚空をさまよっている。


「酒場で食うのよりも美味いってのはわかるんだけどよ、何がどう違うのかよくわかんねえや」


「そりゃあ、何もかもが違うさ。……尤も、冒険者連中にそこまで細かいことはわからないかねェ?」


 にこりと笑うじいさんを見て、さて、何が違うのかを考えてみることにする。美味いものは何も考えずに食うのがオレのポリシーだが、かといってこのままただ食っているだけというのはじいさんにしてやられたようで、なんか悔しい。


「僕は兼業冒険者で本業は学者だからな。そもそも酒場なんて行かないし違いなんてわかるはずもない。……エリオ、お前は?」


「ボクも酒場はあんまり……お酒、苦くてあんまりおいしくないし……」


「ふむ。まずは油の違いだろうね。使い回しをしていないからべしゃっとなっていないし、古い油特有の嫌な香りもしない」


 言われてみれば、安酒場の揚げ芋にある特有の不快感がこれにはない。さっぱりしている……とまではさすがに言えないが、油のいいところだけが主張されている気はする。


 安酒場の揚げ芋ってのは、酔った勢いで胃に流し込むものだ。味を楽しむものじゃない。だから、匂いも食感も酷いことが多いんだよな。


 逆に、揚げ芋が美味いところは他のところでもサービスが行き届いていることが多い。たかが揚げ芋一つでさえ、きちんと手間をかける余裕と気配りがあるってことだ。


「……とは言え、油の一つでここまで変わるとも到底思えない。後は単純に、素材そのものと腕が良いのだろう」


「正解だ。ジャガイモはウチの楠が作ってくれたものを使ってる。これだけ大きくて立派なジャガイモはそうそうないだろう。そんな最高級のジャガイモを、この私が調理している。……美味くならないはずがないよねェ?」


 自画自賛。してやったりと言わんばかりに笑うじいさんには、そんな言葉がよく似合う。


 だけれども、そんな言葉が口から出てこないくらいには、この“ぽてとちっぷす”は美味かった。食べるのに忙しかっただけとも言う。


「……」


 ああ、なんだろうな、この不思議な感じ。飛びきり上等ってわけでも、すんげえ高い材料を使っているってわけでもないのに、金貨を積まなきゃ食えないような料理よりも手が伸びる。


 一つつまんで、もうひとつつまんで、もう一回つまんで。口の中に広がるしょっぱさがそれを加速させ、油のいい香りが食欲に火をつける。


 底の抜けたバケツで水を汲んでいるかのように、いつまで経っても満足が出来ない。芋の味を、あの食べ応えを、もっともっと楽しみたい、まだまだ足りないと思ってしまう。


 ちらりと、周りを見てみる。


 インクで汚れたアルの手が、忙しなくそれを求めてさまよっていた。指先が傷ついたエリオの手が、いつになく積極的に動いていた。

 

 レイクの手は盗賊らしく機敏に動き、セインの手は騎士に似合わないがっついた動きを見せている。


「……おっさん! それをやったら戦争だろうが!」


「うっせぇ! こういうのは一気にがーって食うのが一番美味いって相場が決まっているんだ!」


 そして、そんな四つの手の上にひときわ大きな影が落ちる。拳闘士(オレ)の手がむんずとお宝の山を掴み、幸せの塊を暴食の大魔王の元へと運んできた。


「……!」


 口いっぱいに物を詰め込む、この満足感。やっぱり冒険者ってのは、こうじゃないといけねぇ。女みたいにちまちま物を食うやつは、人生の八割を損していると思う。


「レイク、僕はよく見ていなかったのだが……もしかして今、こいつはやってはいけないことをやったのか? みんなで分かち合って食べるべきものを、一人で思いっきりかっさらっていったのか?」


「おうよ。そりゃあひどいもんだったぜ。無駄にデカくてゴツい手をしているものだから、被害も甚大だ。……おう、騎士様よぉ、今こそお前の出番なんじゃないのか?」


「ふむ……言われてみればその通りではある。が、出来れば身内で喧嘩はしたくない。……エリオ、君はどう思う? 君はどっちの味方をする?」


「ボクに投げられても困るんですけど……」


 そんなことを呟きながら、エリオはちゃっかり“ぽてとちっぷす”に手を伸ばし、それを美味そうに頬張った。


 残ったそれは、たったの一枚。


 ──いつの間にこんなに減ったんだ? そんなに意地汚く取った覚えはないんだが。


「この中じゃあ、俺が一番最初にこの喫茶店にやってきた、常連の中の常連だよな? じゃあ、俺が喰うのが一番ふさわしいよな?」


「ふん。ほんの数日早かったってだけで偉そうにするんじゃない。味のわからぬ脳筋どもよりも、僕に食べられた方がこいつだって嬉しいに決まっている」


「それを言うなら、私の方がふさわしくないか? 子供っぽい君たちに比べ、私はこんなにも大人っぽいのだから」


 俺の目の前で三人がにらみ合いを始めた。各々がもっともらしい理由を述べ、互いの動きを牽制しあっている。


 やはりというか、そこに俺の入る余地はないらしい。なんて卑しい奴らなのだろうか。


 ──いっそ、この隙をついて食っちまうか?


「みなさん、美味しそうなものを食べてますね」


「あ」


 ひょい、と横から伸びてきた腕。


 最後に残ったお宝は、この店の主──マスターがかっさらっていた。


「よう、お帰り。ずいぶん遅かったねェ」


「これでも早く済ませてきたつもりなんですけどね……みなさんも、お待たせしてしまって申し訳ありません」


 その言葉に嘘はないのだろう。今日のマスターは、いつもと違ってエプロンもバンダナも着けていない。お貴族様みたいな真っ白のシャツに、いつもの黒いズボンといった出で立ちだ。たしか、これが学校の制服姿なんだったっけか。


 ほんの少しだけ疲れた様子のマスターは、片手にもった“ぽてとちっぷす”を口へと放り込み、嬉しくてたまらないといった風に口元をほころばせる。よほど腹が減っていたのだろうか、あっという間にそれを飲み込んでいた。


「……かなり厚めのポテトチップス。食べ応えを重視したやつか。この前よっちゃんがおやつに作っていたやつ?」


「そうそう。こいつらの小腹を満たすにはぴったりだろう?」


「……お? かなり厚め? マスター、どういうことだ?」


 何気ない会話の中にあった、重大な秘密。さすがは盗賊と言うべきか、レイクはそれを聞き逃さなかった。


「ええとですね……本来のポテトチップスというのはもっと薄いんですよ。これの半分以下どころか、四分の一でもまだ厚いくらいですね。それこそ、ちょっと風が吹けば飛んで行っちゃうくらいに」


「マジかよ」


 さっきまで俺たちが食べていたそれは、片手で簡単につまめるものではあったものの、風で飛んでいくほど薄っぺらいものじゃなかった。“くっきー”みたいに、ある意味どっしりとした迫力があった。


「薄いものはもっとパリパリしていて、気付けばあっという間に無くなっちゃいます。ついつい手が伸びちゃって、自分でも止められなくなっちゃうんですよ。……これと一緒にジュースを飲みながらゴロゴロするの、最高なんですよね」


 そう語るマスターの笑顔は、どことなくいつもより幼く──年相応の少年のように思えた。やっぱり、なんだかんだで普段は『マスター』という仮面を被ってオレたちと接しているということなのだろう。


 今日に限って素の顔を見せたのは、それだけ学校での準備が大変だったからか、それとも仕事着であるエプロンやバンダナをつけていなかったからか。


 いいや、『マスター』であることを忘れてしまうくらいにオレたちの仲が深まったからだ──なんて、柄にもなくクサイことを考えて、指先に煌めく結晶をちろりと舐める。大いなる名残惜しさと照れ臭さを胸に、オレはズボンで指を拭った。


「なぁ、マスター」


「どうしました、バルダスさん?」


「……今度、薄いやつを作ってくれよ。腹がはちきれるくらいの山盛りで」


「ええ、喜んで」


「……あと、客の食いもんをつまみ食いする店主(マスター)ってどうなんだ? それも、大事な最後の一口だぜ?」


「……今すぐ追加を作るので、それで勘弁してください」



▲▽▲▽▲▽▲▽



 さて、マスターも交えてグダグダと話すことしばらく。なんとも意外なことに、追加の“ぽてとちっぷす”が尽きる前に喫茶店の奥からにぎやかな声が聞こえてきた。


 ちらりと窓の外を見てみる。目が痛くなるような夕焼けの光はだいぶ落ち着いてきていて、代わりに黄昏の暗く、深く、引き込まれそうな赤い光が森を照らしていた。


 オレたちが集められて早数時間。どうやらようやっと、女どものお召し替えが終わったらしい。


「あーっ! マスターたちってば、ずるいですっ!」


 とたたた、とちみっこが勢いよくやってきて、ぱかっと大きく口を開ける。とんとん、と背伸びをしてそれを促せば、じいさんが“ぽてとちっぷす”をひょいとつまみ、ちみっこの口の中へと放り込んだ。


「うーん、このパリッとした感じとほくっとした感じ! 塩っ気もいい感じ! 惜しむらくは、揚げたてじゃないってところですけど……おいしいです!」


「また今度作ってやるから、今はこいつで勘弁しておくれ。……ところで、準備はどうだい?」


「うへへ、そりゃもうばっちりですよぉ……!」


 ちらり、とちみっこが店の奥を見る。ぞろぞろと、女連中が出てきた。


 出てきた、のはいいんだが……。


「なんだよぉ、バルダス。……あっ、もしかしておねえさんに見とれちゃってるのかな?」


「バカ言え」


 オレの視線に気づいたミスティが、わざとらしくポーズを取ってやってきた。


 なるほど、たしかにいつもの暑苦しそうな毛皮鎧を着ていないこいつはどこか新鮮で、いつもと違った雰囲気を放っている。いや、そもそもとして互いに冒険者の装備姿でない状態を見る機会はほとんどない……っていうか、この前の夏祭りの時が初めてだったりする。


 だから、こいつのいわゆる普段着姿ってのを見るのもだいぶ珍しいんだが……。


「……ラフ過ぎねえ? インナー姿と大差ないじゃねえか」


 そう、こいつの格好はラフ過ぎるのだ。俺たちが曲がりなりにもそれなりによそ行きなしっかりした服だったのに対し、こいつが来ているそれはもっとシンプルで、部屋着のそれとそう大して変わらない。田舎じゃこんな格好で歩いている奴がたくさんいるかもしれないが、それでもおめかしして出かけるって感じじゃあない。


 ……いや、さすがにそれよりかはマシか。よくよく見れば、生地も仕立ても悪くない。デザイン面云々はともかくとして、動きやすさや着心地だけなら最高だろう。


「おや、心配してくれてるのかな? 大丈夫、これは部屋着兼寝間着だからね。今から派手に飲み食いしようってんだから、綺麗な格好じゃ気が引けるだろ?」


「せっかくのお洋服、汚しちゃったら悲しいですもん! おねーさんたちの綺麗な姿は、明日のお楽しみってことで!」


 ちみっこの言った通り、ミスティの後ろにいた連中──アミルも、エリィも、ハンナも、リュリュも、みんな素っ気ないシンプルな格好をしていた。涼しそうなシャツに動きやすそうなズボン、ついでに上から羽織るものを一枚と、寝ぼけて宿の廊下を歩く女冒険者──よりかはちょっぴりマシな服装をしている。


 色やデザインに少々の違いがあるのは、女のプライド的なアレだろうか。


「部屋着兼寝間着? ……その、そんな格好だと、我々としても目のやり場に困るのだが」


「意識しすぎだよ、セイン。肌は十分隠れている。冒険中はもっとアレな格好になることだってあるし、大抵の女冒険者は部屋の中じゃもっとずぼらな格好だ」


「そうそう。それに、おねえさんたちも本気で嫌だったらこんな格好して出てこないから。……それにごらんよ。マスターなんて随分と平然としているし?」


「そりゃーそうですよ。マスターはもっと過激なものだって見慣れてますもんね!」


「ちょっとシャリィ!?」


 ちみっこの言葉に、アミルとハンナとリュリュがさっと後ろに下がった。ご丁寧にも胸元を隠し、堂々としているエリィやミスティの後ろに隠れる。


 リュリュはともかくとして、他二人は隠すほど無いだろ……って言わなかったオレを、どうか褒めてほしい。


「あの、みなさん、ホントこれは誤解なんです。シャリィのちょっとした冗談なんです」


「えー? でも、この時期のテレビ番組とか、けっこうな頻度で鼻の下伸ばしてません? あっちの水着とか、すっごく派手ですもんね」


「……おやつ抜きにするよ?」


「やーん!」


 抱き付いて誤魔化そうとするちみっこと、女がしちゃいけないヤバい表情をしているアミルは置いておくとして、だ。これでようやく、いつものメンツが全員そろったってことになる。


 ぽんぽんとちみっこの頭を軽く撫でたマスターは、いつも通りのにこにことした笑みを浮かべ、そして語りだした。


「ええと、それでは僭越ながら僕が【ガーデンパーティ】──これからの予定について話そうと思います」


 今日はこの後みんなで派手に飲み食いし、そして就寝。明日はみんなで朝飯を食って、それから例の扉を通って学校へ行き、【ガーデンパーティ】──例の祭りの名前だ──を楽しむ。昼飯は学校内で適当に取って、夕方ごろにあの古びた家に集合。それからみんなでまとめてこの喫茶店へ戻り、夕飯を食って二日目に備える──と、大雑把な予定としてはこんなもんだ。


 ただし、今回は護衛以来の時とも、夏祭りの時とも条件が違う。


「僕もじいさんもほとんどみなさんと喋る機会はないと思います。そして、今回は昼間ですから前回と違って見通しは非常に良いです。おまけに外部からもたくさんの人が来ます」


「要は前よりも注意しろってことだろ? さすがに二回目だし、そんなヘマはしねえよ」


「……今回は校舎の中がメインになります。こっちにはないものだってたくさんあります。たぶん、同じものを探す方が難しいでしょう」


「……」


 誇張しすぎだろ、と言い切れないのが何とも恐ろしい。さすがにそこまで常識外れのブッ飛んだものは無いと思うが、なんたって場所が場所だ。あの校舎の中がどうなっているのかなんて、きっと偉い学者様でも想像できないことだろう。


「ただ、それ以外は基本的に普段通りで大丈夫だと思います。何があっても驚かない、魔法とかは見せない、派手に目立ち過ぎないってことだけ守ってもらえれば」


 以降も細々とした注意事が続き、そして話は終わった。何度も何度も念入りに言われたが、結局大事なのは【面倒事は起こすな】って一言に尽きる。ガキじゃねえんだし、いい加減少しは信用してくれてもいいと思うんだがな。


「ここに貰ってきたパンフレットがある。よぉく読んで、気になる所をチェックしておくといい。わからないところは遠慮なく聞いておくれ」


 上等な、見たことも無い材質の綺麗な紙。じいさんがオレ達に配ったそれは、信じがたいことに祭りの催し物をまとめた目録であるらしい。絵具の匂いもしなけりゃ……っていうか、明らかに写真のそれと同じような質感で、これだけでどれほど無駄に技術を使っているのかわかるってもんだ。どうやって描いたのか、さっぱり見当がつかねえ。


「……へえ、食べ物の屋台がけっこうあるね。それに、バザーってのも面白そうだ」


「ねえねえ、エリオ! 演奏会やるって! ファッションショーもあるみたい!」


「……ところどころ、よくわからない出店があるんだが」


「あー……出し物の名前、けっこうみんな適当に決めてますから。それは……演劇ですね。こっちのは展示で、こっちのは……なんだろ? エクストリーム休憩所?」


「この体育館ってのは室内の運動場だ。人が集まる屋根付きの広場だと思ってもらっていい。ここは時間ごとに別の催し物があるから、気になるイベントの時間はチェックしておくといいさね」


「…応援合戦に演武に映画上映……気になるものはたくさんあるけど、他の場所を回る時間との兼ね合いが」


 各々がそれを食い入るように見つめ、マスターやじいさんに質問を浴びせる。みんながみんな、一度きりのチャンスを無駄にしないように頭を働かせていた。


 正直、その選択は間違っていないと思う。オレだって、できることなら今すぐそうしたい。


 そうしたいんだが。


「マスター。いいや、この場合はじいさんか?」


「どうしたかね?」


 みんなすっかり祭りの熱で浮かれてしまっている。アミルに至っては、こっそりマスターからシフトの時間を聞き出していた。間違いなく、隙を見計らって一緒に祭りを楽しもうって算段だろう。まったく、お熱いこって。


「大事なこと、忘れちゃいねえか?」


「大事なこと? ……はて、他に何かあったかね?」


 こりゃダメだ。冷静そうに見えるじいさんでさえ、すっかり浮かれてしまっていやがる。


「祭りもいいけどよぉ……まずは飯だろ? それに、ビールを飲ませてくれるって話はどうなったんだ?」


「……そう言えばそうだったねェ」


 すぐに用意するさね、なんて言ってじいさんはマスターを連れ立って奥へと引っ込んでいく。金髪の魔法使いにじろりと睨まれたが、そんなのに屈するオレじゃあない。


 腹が減ったら戦は出来ない。腹が減ったら頭も回らない。


 だとしたら──今は腹いっぱい食って、難しいことは後で考えりゃいい。そのほうが、良いアイディアだって浮かぶはずだ。


 夜はまだ始まったばかり。時間は腐るほどある。酒盛りしながら明日の計画を立てるってのも、悪かねえ。


 【ガーデンパーティ】開催まで、あと十数時間。


 さしあたって、問題があるのだとすれば──


「……酒を飲むのは構わんが、二日酔いにはなってくれるなよ?」


「セイン、お前にゃ言われたくねえよ」


 前夜祭(のみかい)が楽しすぎて、本命に寝坊しちまうんじゃないかってところだな。

20180720 誤字修正


 昔、高級なくるくるお寿司のお店で食べたポテトチップスが忘れられないの。ポテトチップスと銘打っているものの、それはあまりに厚く、パリパリで、ホクホクで、ポテトチップスらしからぬ食べ応えと満足感をもたらしてくれたの。


 ポテトチップスと呼ぶにはあまりに厚く、かといってスライスと呼ぶには薄い……そんなジャガイモを揚げたものだと思うけれど、あの絶妙な厚さがポテトチップスとフライドポテトのいいとこどりをしていて新しい世界の扉を開けてくれたよね。


 厚めのポテトチップスってレベルじゃないくらいに厚かったんです。マジで美味しいので機会があったら作ってみるのもいいかもしれません。


 ちなみの件のくるくるお寿司屋さん、マクロのテールのステーキとか高級なお料理もいっぱい提供していた。くるくる自体がすんごく小さくて目の前に職人さんがいるから、大半の人が普通に職人さんに注文していた。なんであのお店にくるくるがあったのかが本当に謎である。

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