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騎士とミルクセーキ


 今日もいつも通り、依頼をこなすことが出来た。冒険者として本格的に活動し始めてから早数か月。自慢のピカピカの鎧もいい感じにこなれてきて、いい意味でそれ(●●)っぽさが抜けて来たのではないだろうか。


 ギルドへ立ち寄り、報酬を受け取る。相も変わらず手取りはしょっぱいが、生活環境はかつてと比べるべくもない。頑張ったら頑張っただけお金がもらえて、そして何もかもが自己責任で果てしなく自由。安定していないのは問題だが、そんなのどんな職業でも言えることだ。


 なにより、残業が無い。無茶苦茶な案件を言い渡す上司もいない。自分以外が原因の理不尽を押し付けられることも無い。


 かつての職も、給料自体はそこまで悪いというほどじゃなかった……のだと思う。しかし、明らかに労力に見合っていないのだ。人は生きるために働いているのであって、決して働くために生きているのではない。だとしたら、例え収入がしょっぱくて命の危険があったとしても、自分が納得し、満足し、幸せである道を選ぶべきだろう。


「……良い頃合いかな?」


 このまままっすぐ家に帰るには、少々早い時間。一般的な冒険者、あるいは仕事帰りの男たちなら、今日の稼ぎを握りしめて酒場の扉を叩く──にもやっぱり早い時間だ。


 どのみち、私は酒をそんなに飲まない。ならば、行くところなんて一つしかない。


 古都の近くの、いつもの森。一般人がうろつくには少々危なく、冒険者がうろつくには旨味も無くて物足りないそこ。冒険者になりたてのルーキーが稀に薬草採取に訪れるくらいしか人の寄り付かないその森に、そのステキな場所はあった。


 絵本から飛び出て来たかのようなメルヘンチックな外観。どこか幻想的な色合いのガラスがはめ込まれた窓。何となく甘い香りが漂ってくるようで、私はうきうきした気分のままその扉に手をかけた。


 カランカラン


「ようこそ、《スウィートドリームファクトリー》へ」


「いらっしゃいませ、ぴかぴかの騎士様!」


 にこにこと穏やかに笑う、茶髪のマスター。明るい笑顔で迎えてくれる、赤毛の給仕の女の子。


 わが家へ帰ってきた──いや、それよりも大きな安心感。心の底からほっとする夢のようなその場所に、彼らは私を温かく迎えてくれた。


「やあ、二人とも。……ヘレンとエイミーは元気かな?」


「今日も元気いっぱいですよぉ……! あっ、まだご飯あげてないんですけど、騎士様やってみます?」


 シャリィの提案を断るはずもない。剣と盾を端っこに置かせてもらい、透明な水槽の中にいる彼女ら──ヘレンとエイミーを見つめる。


 異国の祭りで巡り合った、異国の魚。赤でもあり、金でもある輝きを放つ彼女らは、今日も美しく泳いでいた。夜行さんから聞いた話では水槽の大きさに合わせるように大きくなる──それこそ際限なく大きくなるとのことだったが、今見る限りでは目に見えるほどの変化はない。


 シャリィから金魚のエサ──原材料不明のパウダー状のものだ──を受け取って上からパラパラと振り落とすと、彼女らは可愛らしくぱくぱくと口を動かした。食べる姿は愛くるしくて、泳ぐ姿はエレガント。おまけに彼女らの住処は見ているだけで涼やかだというのだから、ペットとしてこれ以上ないものだと思う。


「ユキ殿は元気だろうか……」


「騎士様ってば、恋する瞳をしちゃってますね!」


 あの優雅な尾ひれを見ていると、どうしても思い出してしまう。いろいろあって知り合うことになった、ユキ殿のことを。何を隠そうヘレンとエイミーはユキ殿と一緒に捕まえたものでもあり、私とユキ殿を繋ぐ絆と言っても過言じゃない。


 最後に会ったのは、夏祭りの時。初めて会ったのが、護衛依頼の時。都合二回しかあっていないというのに、彼女は私の心をすっかりと狂わせてしまった。


「マスター、夜行さんから手紙を預かってないかね?」


「あー、文通のアレですか? 残念ながら」


「そうか……」


「……今は結構忙しいので、あんまり書く時間はないかもしれません。あの人、最近は部活の方にも顔を出してませんから」


「むぅ……」


「いちおー捕捉しますと、今は学校全体が忙しい時期なんですよ。マスターだって、お店の時間いつもよりかなり短くしてますからね! ちょっと前までは宿題が終わらずピーピー言ってましたし!」


「こら、余計なことは言わないの!」


「やーん♪」


 ともあれ、無いものはしょうがない。私はいつも通り席へと付き、ぐうっと伸びをする。出来ることならこの鎧でさえも脱いでしまいたいが、再び装着するのは聊か面倒だ。少々汗臭いと思えなくもないが、そこは彼らに目を瞑ってもらうほかない。


 ……一般的な冒険者よりかはマシなはず、だよな?


 カランカラン


「……」


「あっ! エルフのおねーさん! いらっしゃいませ!」


「ようこそ、《スウィートドリームファクトリー》へ」


「…ん」


 と、ここで銀髪のエルフ──リュリュがやってきた。彼女も冒険帰りなのか、装備にいくらかの汚れが見受けられる。ぺこりとこちらに一礼し、ふにゃりとシャリィに微笑みかけ、そして常連らしく当たり前のように私と同じ席に着く。


 そして、マスターに向かってぽつりとつぶやいた。


「……おのどかわいた」


「おつかれさまです。それでは、ご注文はどうします?」


 マスターはにこにこと笑い、リュリュから注文を聞き出そうとする。


 しかし、リュリュは眉間に少しばかりの皺をよせ、先程と同じ言葉を紡いだ。


「…………おのどかわいた」


「え、ええと、ですから何をお持ちすればいいのか……」


「……むぅ」


 見るからにむくれ、ぷくりと彼女は口を膨らます。少々子供っぽい仕草ではあるが、初めて会った頃の妙に殺伐とした、それでいて無機質な表情と比べれば、ずいぶんと愛くるしくて魅力的なものだと思う。


 実年齢を考えてはいけない。騎士として、紳士として、人として。


「もうっ! マスターってばわかってませんねぇ! おねーさんは【いつもの】ってやつをやりたかったんですよ!」


「ええ!? でも、リュリュさんって毎回別の奴を頼んでるし……」


「…爺なら察してくれた」


「そーですよ! ここは乙女心をきちんと察するのが男の人のかいしょーってやつですよ? それなのに、マスターってばひっどいですよねぇ……!」


「…そうなの。マスターがひどいの」


「ああ、可哀想に……! あたしが思いっきり抱きしめてあげますよぉ……!」


 よよよ、とわざとらしく泣くふりをするリュリュを、シャリィがにやにやとしながら大袈裟に抱き締める。仲のいい姉妹のようにひしっと抱き合う姿は、その過程を知りさえしなければ大変美しいものに見えたに違いない。


 それにほら見ろ、リュリュはたいそうだらしなく顔を崩している。初めて会った時からは想像できないくらいに緩みきった顔だ。こいつのシャリィ好きも相当なものだと思う。


「……と、とりあえず、適当に何か飲み物を持って来ればいいんですよね?」


「…うん」


「セインさんはどうします?」


「ふむ……」


 飲み物。飲み物か。


 言われてみれば、ここしばらくは普通のお菓子を楽しむばかりで、新しい飲み物の開拓をしていない気がする。そして私自身、【いつもの】と呼ばれるそれは未だに持ち得ていない。


 これは常連として、由々しき事態なんじゃあるまいか?


「私もリュリュと同じのを頼むよ」


「承りました。それでは、しばらくお待ちくださいね」


 ~♪


 戸棚の上のオルゴールをキリキリと回し、マスターは奥へと引っ込んでいく。どこか懐かしさを覚える心地よい旋律が部屋の中を優しい何かで満たし、その場にふっと無言の調和をもたらしてくれた。


「…ところで、セイン」


「なにかね?」


 リュリュのほうから話を振って来るとは珍しい。


「…セインは、【いつもの】ってあるの?」


「いやいや。あいにく、私も毎回違うものを頼んでいるからね。強いて言えば……そう、“ぜりー”が私の【いつもの】になるだろうか」


「…そう」


 エルフの特性なのか、それとも彼女自身の個性なのか。とにかくリュリュは口数が少なく、ちょっと油断するとすぐにこうして無言の時間が訪れることになってしまう。常連となり、彼女とそれなりの付き合いができた今ならば、それこそが彼女らしさだということが出来るのだが……。そうでないならば、不愛想な印象を持たれても不思議ではない。


「さっきも言っていたが、そんなに【いつもの】にこだわりがあるのかね?」


「…レイクの【いつもの】は“くりーむそーだ”。バルダスの【いつもの】は“れもんすかっしゅ”。あの二人なら一声かけるだけで、それを持ってきてもらえる。…声をかけなくても持ってきてもらえる」


「ふむ。まぁ、いつも頼んでいるようだからね。マスターだって勝手がわかるというものだろう」


「…でも、ずるい」


 そう思うのなら、せめて飲み物だけでも同じものを頼めばいいじゃないか──とは、口には出さない。この手の野暮な指摘を女性にするべきじゃないということを、私は知っている。


 それに、ここで出されるお菓子や飲み物はとにかく美味しくて、そして古都では味わえないものなのだ。毎回違うものを食べたくなるし、わかりきっているものをあえて選ぶというそれが、少しだけもったいなく感じてしまうのもまた事実。


 だからこそ、彼女の【いつもの】は未だに定まらないのだろう。


「でもでも、おねーさん? 真面目な話、同じものを頼んでくれないといつまで経ってもおねーさんの【いつもの】は出来ませんよ?」


「……」


「そもそもの話として、どうして君はそこまで【いつもの】にこだわるんだ?」


 ~♪


 膝の上にいるシャリィをぎゅっと抱きしめて、リュリュはゆっくりと語りだした。


「…エルフは、変化を好まない」


「ふむ?」


「…何気ない日常を、何気なく過ごす。そのことが何よりも素晴らしいと思っている。輝かしい明日や未来よりも、確かにあった過去を──歴史や思い出を、重要視する」


「……」


「…何事も無くていい。変化なんて無くていい。いつも通りに、ゆったりとおしゃべりする……そんな日常が好き。こうしてみんなといることが出来れば、それだけでいい。それが一番で、それ以上は望まない」


 エルフなりの価値観、というやつなのだろうか。


「…よく、演劇とかであるんでしょ? 自分を慕ってくれる幼馴染や用意された環境を捨ててまで、都会に行って成功しようってやつ。どうしてわざわざ自分からあえて不確定な所へ進むのか……あれ、本気で意味が分からない」


「む……より素晴らしいものを探すだとか、高みを目指すってことではないのかね?」


「…意味わかんない。大切なものはいつだって傍にある。気付いていないだけ」


 だからこそ、とリュリュはつづけた。


「…だからエルフは、変わらないものを好む。いつも通りのものを好む。もちろん、全部のエルフがそうだってわけじゃないけど……。基本的には引きこもりだし、閉鎖的で外の世界に行くエルフはほとんどいない。…それはもう、エルフという種族の特性なの」


「なるほど、話はわかった。……それで、それがどう【いつもの】と関係があるのだい?」


「…【いつもの】って、まさにそれ。変わることのない、確かな自分の証。そこ(●●)に自分が在るという(しるべ)。あえてセインが納得するように言うなら……常連の証?」


 ~♪


 リュリュはほんの少しだけ顔を赤らめ、拗ねたように口をとがらせる。エルフの種族特性だのなんだの言ってはいたけれど、どうやら一番大事なのは最後のところらしい。種族云々に関する気持ちはわからないでもないが、結局は子供っぽいワガママにも似たそれが理由だったというわけだ。


「…まぁでも、新しいことが嫌いなわけでもない。外に出たからこそ、私はみんなと会えた。…シャリィちゃんと会えた」


「おねーさぁん……!」


「…ふふ」


 そういえば、これでもリュリュはエルフの中では活発な方だったんだっけか。他のエルフをほとんど見たことが無いので、比べることが出来ないのが惜しいところだ。


「…だから、セインも恐れず新しい道を進んでいいと思う」


「……む?」


 どうして、ここで私の話が出てくるんだ?


「…なんかちょっと、悩んでる顔してた。未知の道に不安を抱いている様に見えた」


「……」


「…私が言うんだから、間違いない。…年の功を信じろ」


 もしかしてこれは、彼女なりに励ましてくれていたのだろうか。そんなにはっきりと、顔に出てしまっていたのだろうか。


 ~♪~♪~♪♪~──......


 そして、オルゴールの音が鳴りやむ。もうそろそろ頃合いか──なんて思ったところで、やっぱりマスターが奥からこちらへとやってきた。


 片手には銀の盆。盆の上には三つのグラス。


 透明なそれの中に、淡い黄色とでも言うべきそれが、なみなみと注がれている。


「おまたせしました。《ミルクセーキ》です」


「…わぉ」


 “みるくせーき”。そう呼ばれたそいつは、びっくりするくらいに甘い香りを放っていた。それも、果物や花のそれとは違う、お菓子の甘い香りだ。


 “くりーむそーだ”はどこか人工的ながらもメロンの香りがし、“れもんすかっしゅ”からは文字通りレモンの香りがしたものだが、こいつに限って言えば、まるでお菓子がそのまま液体になったかのような印象を受ける。


 その強い甘い香りは──いつぞやの、“ほっとちょこ”に通ずるものがあるかもしれない。あれの派生だと言われても、私は何ら不思議に思わないことだろう。


「ジュース、という感じではないな?」


「ええ。まぁ、広義ではジュースになると思いますが……。果物を使うそれとは明らかに違うと思います」


 ジュースのようなフレッシュな感じはしない。どちらかというと、温めたミルクのような印象を受ける。ものすごく濃いミルク色とも、ものすごく淡い黄色ともとれるその液体には、微妙にとろみがついているように思える……いや、そんなことはないか?


 ともかく、ずっと見ていると深く引き込まれていくような、そんな心持ちになるということが伝わればいい。


「それでは、頂くとしよう」


 グラスを手に取る。ひんやりと冷たさが伝わって、未知へのワクワクをよりいっそう強めてくれた。


 透明なそいつに口をつける。強い香りが頬を撫でれば、準備万端。あとはこいつをぐいっと呷るだけだ。


「むっ──!」


「…わぁ!」




 溺れるような甘さ。


 どこか懐かしい香り。


 優しい天使のような見た目からの、魅惑の悪魔のように甘い味。


 断言してもいい。


 こいつも、間違いなく──


「──うむ、美味しいよ」


「それはよかった」


 がぶ飲みしてしまいたい衝動を、必死でこらえた。




 “みるくせーき”とは、その香り通りに強い甘さを持つ飲み物だった。ベースとなっているのはやっぱりミルクだろうか、のど越しはそれにそっくりで、風味にはそれの面影がある。もし古都の人間にこの“みるくせーき”の説明をするのであれば、おそらく『ミルクになんらかの調理を施したもの』というのが一番しっくりくるだろう。


「…マスター、これ……!」


 うっとりと、子供の様に目を輝かせながらリュリュが呟く。


 そう、この“みるくせーき”を表す言葉には、もっとふさわしいものがあった。


「…ジュースになった、“ぷりん”……!」


 それだ。まさしくそれだ。


 この“みるくせーき”は、“ぷりん”とそっくりな味わいをしているのだ。


 特筆すべきは、その甘さ。いつぞや食べた“ぷりん”を彷彿とさせる、その甘さ。ミルクの豊かな甘さに、卵のどこか深みのある甘さ。そこに加わる砂糖のただただ甘い……そんな甘さ。それらが奇跡的なバランスで組み合い、見事な調和をもたらしている。


 なんだろうな、ミルクと卵と砂糖の甘さが元になっているのに、完成したそれは全く別のもののように思える。これはもう、お菓子の甘さと言ってもいいのではないだろうか。


 “ぷりん”は蕩けるように甘い──だなんて、いつぞや誰かが言っていた気がするが、ホントに蕩けてジュースになったのがこの“みるくせーき”なのかもしれない。


 天使のように暖かな色合いに、悪魔のように引き込んでくる強く、蠱惑的な甘さ。お菓子というのはどうしてこうも二面性があるのだろうか。やめられなくなるのも、止まらなくなるのも、全てはお菓子のせいだから、と言い切ることが出来る。


 もちろん、味や見た目だけじゃない。この、お菓子特有の甘い香りには……私のなけなしの知識が確かならば、なにやら香料を使っているのだったか。この香りがあるからこそ、“みるくせーき”をよりいっそうお菓子らしく感じてしまうのだろう。


 ぐびり、と味わうようにしてそいつを飲む。


 やはり、余韻は“ぷりん”のそれとほとんど変わらない。


「…こんなことって……! あるんだね……!」


「なかなか面白いでしょう? 実はこれ、喫茶店の定番でもあるのですよ」


 夢心地でそれをくぴくぴと飲むリュリュを見て、マスターもまたにこにこと嬉しそうにしている。よもや飲み物でお菓子特有の幸福を味わえるとは、一体誰が思ったことだろう。


「……」


 それにしてもまぁ、こいつは不思議な飲み物だと思う。男が飲むには強烈な甘さ──液体になったことでより強くその甘さが感じられるというのに、全然気になることなく飲むことが出来る。“ぷりん”は一つでもそれなりに満足感を得られたが、こいつは飲み物であるぶん、どんどん胃の中へと入っていく。


 あのぷるぷるの食感を楽しめないのは少し残念だが、そのぶんこちらには飲み物ならではの爽快感みたいなものがあった。


 グラスに口をつけてその香りを楽しむことの、なんと素晴らしいことか!


 あまぁいそいつが体に流れることの、なんと心地よいことか!

 

 舌の上で転がし、ごくりと飲み干す瞬間の、なんと爽快なことか!


「わぁ、騎士様ってば良い飲みっぷり!」


「ふふん、そうだろう?」


「…シャリィちゃん、私は?」


「もちろん、おねーさんも惚れ惚れするような飲みっぷりですよ!」


「…飲める“ぷりん”だもん、本気を出せばもっといける」


「きゃーっ! なんて頼もしい!」


 なるほど、たしかに飲む“ぷりん”と言って差し支えないものなのだろう。だがしかし、“みるくせーき”にはそれだけで留まらない何かがある。残念なのは、その【何か】を言い表す適切な言葉を選べないことだろうか。


 たかだかジュースのはずなのに、上等のお菓子を食べたかのような至高の満足感。もはやこれ一つで完成されており、それ以外を望もうとはとても思えなくなる。


 ぐびり、ぐびりとそいつを楽しむ。


 やはり、強烈に甘い。喉が焼け付くように甘い。


 だけど、止まらない。止められない。


「水分補給のチョイスとしてはちょっとアレかもしれませんが……いかがでしょうか?」


「驚かされたよ。楽しむ飲み物としてこれほど上等なものは、そうそうないんじゃないかな?」


「そう言って頂けると幸いです。……正直僕なんかは全然気にしないんですけど、男性の方には甘すぎるきらいがあるので」


 私の方をちらりと見て、マスターが言う。


 なるほど、言われてみればレイクやバルダスなんかにはあまり受けないかもしれない。最初こそ美味しいと言うだろうが、かといってお代わりを頼むほどではないだろう。少なくとも、これが彼らの【いつもの】になるとは思えない。


 となると──やはり、これは甘いもの好きのリュリュのためにこしらえたものになるのだろうか。その上この存在を他の常連から聞いたことが無い以上、おそらくマスターがこいつを出したのは、今日が初めてのはずだ。


 つまり、マスターはリュリュの、リュリュだけの【いつもの】と成り得るものをチョイスしたということになる。水分補給云々の台詞から考えても、それは疑いようがない。


「……ふむ」


 なんだかちょっぴり、ジェラシーだ。


 幸せそうに目を細め──マスターの言葉が耳に入っていないリュリュを見る。あれだけ大きな耳をしているくせに、肝心な時に聞き逃すとは。


 ここはあえて、戒めの意味も込めておちゃめな騎士を演じるのも悪くない。


「そんなことはないよ、マスター。……今日からは、こいつを私の【いつもの】にさせてもらおうか」


「…あっ! ずるい!」


 私の言葉を聞いて我に返ったのか、リュリュはじろっと恨めしそうにこちらを睨みつけてくる。それでなおグラスから手を離さないあたりは、さすが常連と言うべきか。


「ずるい、というのは心外だな。こういうのは早い者勝ちだろう?」


「…でも、私が先に目をつけてた! 私が先に【いつもの】にしようと思ってた!」


「じゃあ、私と君の【いつもの】ってことでいいじゃないか」


「…私だけの【いつもの】がよかった!」


「そうは言ってもね。それは子供のワガママじゃないのかな?」


「…………うぅーっ!」


 彼女にしては珍しく、リュリュは涙目になって唸り声を上げた。悔しそうに唇を噛み、くしゃっと顔をゆがめ、膝の上にいるシャリィちゃんをしっかりと抱きしめている。あともう少ししたら、子供の様に地団駄を踏みだしてもおかしくない。


 妙齢(?)の女性とはいえ──いや、だからこそか──まるで幼い子供をいじめているかのような罪悪感に囚われてしまう。


 いかん、すこしからかいすぎたか? いや、レイクやバルダスたちと比べたら、この程度大したことじゃないだろう。


「…や……やっぱりお前は、悪の手先だ! 同じクランの仲間なら、そんないじわる言わない!」


「またずいぶんと昔のことを引っ張り出してきたね……。というか、むしろ私は被害者なのだが」


「うるさい!」


「まぁ、これでも飲んで落ち着くんだ。──マスター、追加で【いつもの】を!」


「むぅぅぅーっ!」


「子供っぽいおねーさん……! これはこれで、すてき……! なんだかとっても甘やかしたい気分になっちゃいますねぇ……! そしてちょびっといじわるな騎士様のオトナの魅力……!」


 たまにはこうやって遊ぶのも悪くない。騎士的にちょっとどうかと思うが、今の私はあくまで冒険者。冒険者なら、こうしたコミュニケーションもよくあることだろう。心の奥には騎士の精神があるし、今の私は冒険者でありながら騎士でもある最強の状態だと言える。


 ……いかん、自分で言っててなんだがちょっと恥ずかしくなってきた。


「おまたせしました、追加のミルクセーキです。……リュリュさんのはちょっと多めにサービスしておきましたよ?」


「……」


「あらまぁ、こんなにむくれちゃって! そんなおねーさんも可愛いですよ!」


 とりあえず、今日の“みるくせーき”の代金は全額こちらで払うとしよう。どうせ大した額じゃないし、からかってしまったことのお詫びとしては十分だろう。


 ……というか、そうでもしないとこのエルフは機嫌を直しそうにない。普段あれだけ無口なくせに、よもやここまで感情をあらわにするとは。これもエルフとしての──いいや、彼女なりの新しい変化というやつなのだろうか。


 ちら、と目を合わせる。


 つーん、とそっぽを向かれた。


 いかん、泣きそうだ。


「ちなみにですけど、セインさん」


「む?」


「このミルクセーキは、実はセインさんのために出したものでもあるんですよ」


 はて、いったいどういうことだろうか。確かに私はリュリュと同じ飲み物を注文したが、別に【いつもの】みたいなこだわりがあったわけじゃない。ただ単に、珍しいものを飲みたかっただけ──本当にそれだけでしかないのだが。


「プリンとよく似た味がするって仰ってましたけど、それもそのはず。実はこれ、プリンと原材料ほぼ一緒なんですよ」


 マスターはにこにこと、やんちゃする弟を諭すように言葉を紡いでいく。


「そしてプリンの原材料とは、卵、牛乳、砂糖……この三つなんです。もちろん、他にいろんなアレンジの幅はありますが……。ミルクセーキもほぼ同様に、基本的には卵黄とミルクと砂糖を混ぜるだけで作れます。つまり、セインさんでも作れるってことですね」


「なんと……!」


 最近はすっかり諦めつつあったが、私はこれでもお菓子を自作しようと何度も試みていた。この喫茶店で“ふれんちとーすと”を作らせてもらったことだってある。


 残念ながら、材料や器具の都合上、自宅でも完璧に再現できるお菓子は無い、という結論に至ったのだが……。


「自分で、作れる?」


「ええ。……あ、ただ、卵を使うので火を通す……あったかいミルクセーキにしたほうがいいかもしれません。その場合は火にかけながら混ぜるってだけですね。冷たいのもおいしいですが、冬の寒い日に飲むあったかいミルクセーキは格別ですよ?」


 パチリとウィンクしてくるマスター。その笑顔を見て、大人げない嫉妬心を抱いてしまった過去の私が、堪らなく恥ずかしくなった。


 マスターは、たしかにリュリュのことを考えて“みるくせーき”を選んだのだろう。


 しかし同時にまた、私のことを考えて──私の何気ない願いを覚えていたうえで、“みるくせーき”を選んでくれたのだ。


「…あったかいのも、おいしいの?」


「それはもう。あったかいミルクセーキが一番だって人もいます。なんだかんだでベースになっているのはミルクですし、あったかい方がより甘さも深く、強く感じるのでしょう」


「…寒くなったらおねがい」


「ええ。その時は【いつもの】──いいえ、以心伝心でカッコよくお出しすることにします。……だから、今日のことは許してくださいね?」


「…うん。許してあげる」


 リュリュは追加の“みるくせーき”をくぴくぴと嬉しそうに飲む。先程までのふくれっ面はどこへやら、今はまるでデートの待ち合わせをしている少女のような表情だ。


 おそらく、彼女の中ではもう“みるくせーき”は【いつもの】になってしまったのだろう。マスター本人から言質を取れたのだから、間違いない。


 ごくりと、グラスの中のそれを飲む。


 やっぱり、凄く甘い。何もかもがどうでもよくなるくらいに、甘い。


「……っ!」


 ぐびりと、一気に飲み干してふと考える。もし機会があったのなら、ユキ殿と一緒にこれを飲みたい、と。出来得ることなら私の手作りの“みるくせーき”で彼女をもてなし、ほんのちょっとでもポイントを稼いでおきたいところだ。


 ……家庭的な男って悪くない、よな? 



▲▽▲▽▲▽▲▽



「──よう、なんだか賑やかじゃあないか」


「…爺!」


 さて、“みるくせーき”をゆったりと楽しみ、食後(?)の歓談をしていたところ、店の奥からひょこひょこと夜行さんがやってきた。今日もやっぱり作務衣と呼ばれるひらひらの民族衣装をまとっていて、その髪はびっくりするくらいに真っ白である。


 彼はにこにこと笑いながらこちらへと来ると、懐からあるものを取り出した。


「セイン。お前宛ての手紙を預かってきたよ」


「それは……!」


 いそいそとそれを受取ろう……として。


 夜行さんは、さっとその手紙を背中に隠した。


「……意地悪しないでくださいよ」


「すまんねェ。ただ、手紙を渡す前に頼みたいことがあるのさ。……読み始めると、周りのことなんて気にしなくなっちまうかもしれんからね」


 夜行さんは喫茶店の中を一瞥する。今いる客が私とリュリュだけの二人だと確認すると、ちょうどいいとばかりに頷いた。


 ──ついでに、シャリィのグラスに手を伸ばし、彼女の飲みかけの“みるくせーき”をぐびりと飲み干す。もしかしたら、喉が渇いていたのかもしれない。シャリィが恨めしそうに夜行さんを見つめたが、頭を撫でて黙らせていた。


「ようやっと……ようやっと準備が整ったんだ」


「…準備?」


「ああ。……園島西高校文化祭、通称【ガーデンパーティ】の準備さ」


「おお!」


「実を言うと、今の今まで準備や手伝いに駆り出されていてねェ。休憩一つ取ることができなかったんだよ」


 マスターたちの通う学校には二つの祭りがあると、私たちは他でもない夜行さんから教えてもらっている。一つ目は夏の中頃──この前の夏祭りで、そして夏の終わりから秋にかけて行われると言われたそれが、件の【ガーデンパーティ】とやらなのだろう。


「前にも言った通り、これは松川教頭からの招待だ。そして前回の祭りと同様、おまえさんたちには少々おめかししてもらうことになる」


「なるほど。つまりは──集合をかけろ、と言うことでいいのかな?」


「ああ、その通りさ」


 おかしくておかしくてたまらないとばかりに、夜行さんは笑顔を浮かべている。思いっきり笑いださないのは、ひとえに彼の精神力が強靭であるからだろう。


「じいじ! もしかして、おねーさんたちを着せ替え人形にできるんですか!?」


「もちろんだとも。一応、こっちで服は適当に見繕ってある。シャリィの方で適当に見立ててやってくれんかね?」


「任せてください!」


 前回の夏祭りの時も、女性陣は着替えにものすごく時間をかけていた。それを考えれば、こうやってあらかじめ集合をかけることに不思議はないのだが……。


「夜行さん。我々(おとこ)の服もそれなりにふさわしいものを用意してくれているのかな?」


「──あっちの国で、デートに着ていってもおかしくないやつを用意してあるよ」


 ならばよし。


「──常連連中に伝えてくれ。三日後の午後にここに集まってくれと。その日はここで泊まって、朝に向こうへと連れていく」


「あ、最後の準備があるので、明日から三日後まではお店を閉めるというのも一緒に伝えておいてください。……ちなみにお祭りは二日間あります。全部を見るのに一日もかからないと思いますが、日によって違う出し物を出す場合もありますので」


「とりあえず、祭りの間の寝床と朝餉と夕餉の心配はしなくていい。全部こっちで用意するさ」


「おねーさん、また一緒に寝ましょうね!」


「…うん」


 ここが閉まってしまうのは残念だが、それ以上に喜びが勝る。


 なんたって祭りだ。祭りなのだ。それも、マスターの故郷の祭りなのだ。


 これで楽しみにならないほうがおかしい。常連連中なら、きっとみんなわくわくしてその日を待つことだろう。


 おまけに、ようやっと巡ってきたユキ殿と会えるチャンスでもある。これはもう、全力であたるしかない……まて、もしかしてユキ殿の手紙には、このことについて触れられているのではないだろうか?


「最後に、もう一つだけ付け加えておくよ」


「僕としても、大変に心配で不安ではあるのですが──」


 夜行さんは悪戯っぽく笑った。マスターは不安そうに微笑んだ。この段階でもう、ろくでもないことであるのは明白だ。


「当日は僕たちもやることがいっぱいです。ですので、みなさんの周りにいることはできないんです」


「完全にフリーで動いてもらうことになる。しかも、今回の祭りは昼間に行われ、前と同じくらいに人も多い。……ボロを出したらどうなるか、わかってるよねェ?」


 【ガーデンパーティ】開催まで、あと四日。


 その日までにエスコートの作法を学ぼうと、私は心に強く誓った。

 この前ゲレンデで飲んだミルクセーキが最高にデリシャスだった。びっくりするくらいにコールドだったけど。

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