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拳闘士とオムライス

喫茶店だもの。甘いのがお菓子だけとは限らないのです。

男はだいたいがっつりいきたいものなんだ。


 なんだか妙なことになっちまった。


 ちょうど、オレはお洒落なメルヘンチックともいえる外観の家のドアを開けたところだ。こんな森の中に建物があるとは驚きだが、もっと驚きなのは中で女が食事をしていることだろう。背後から聞こえる魔獣の遠吠えと、その家の中との温度差が激しい。


「《スウィートドリームファクトリー》へようこそ。さ、中にどうぞ。適当に座ってください」


 にこにことしたにーちゃんがオレを中へと招き入れる。こいつ、よく見なくても

珍妙な格好をしていやがる。


 エプロンと高級そうなシャツの組み合わせはちぐはぐだし、なによりあの頭に巻いてあるバンダナはありゃ一体なんなんだ? 最近はああいう柄が流行っているのかね?


「おー、お客さんむっきむきですねぇ!」


 そう声をかけてきたのは、貴族の付き人がなんかが着る服──なんだったっけか、

ともかくあの服をきたまだちみっこいガキだ。


 だがガキとはいえ、オレの体のよさがわかるとはなかなかできるやつじゃないかと思う。拳闘士として鍛え上げたこの肉体は、オレの数少ない自慢だ。


「ご注文は何にします? ……ああ、ウチは甘い物とか軽食なんかを出す喫茶店もどきです。おそらくですが、どのメニューも見たことがない物だと思いますよ」


 にこにことしたにーちゃん──ガキのほかに従業員が見当たらないところをみると、こいつが店主マスターだろう──はそう告げてきた。


 この様子だとここにはオレの知っている食いもんはないらしい。ちらりとテーブルの横、すでに食事をしているローブの女と戦士であろう女が食っているものを参考のために盗み見る。


「……ッ!?」


「お客さん? どうしました?」


 なんなんだありゃ!?


 粉っぽい黄色い塊に、透明蛙クリアトードみたいな緑の……飲み物か!? 

なんだかおぞましい物を、うっとりした顔で口に入れてやがるだと!?


 いや、あの表情をみるとまずいどころかとてもうまそうに見えるのは確かだけどよ……。


「ああ、あちらは《わらびもち》と《クリームソーダ》っていう飲み物ですよ。どっちもとっても甘くておいしいんです。あれにします?」


「……いや、今は甘いモンって気分じゃねぇんだ。そうさな、割とがっつり腹にたまるモノが食いたい。そういうのもあるんだろ?」


 マスターには悪いが、正直オレはあれを食う気にはなれない。それに、甘いモンって気分じゃないのも確かだ。


 オレは甘いモンが嫌いではないが特別好きってわけでもない。女子供は果物だの砂糖入りのものだのをよく食ってるが、もうそんな年でもねぇ。


 腹が減っているのも本当だ。オレには楽勝なレベルの森とはいえ、拳闘士は他の冒険者に比べて体をとにかくよく使う。攻撃はもちろん、体の動きを制限しないために露出の多い軽装をするから、回避行動が必然的に多くなる。大の大人がそんだけ動きゃ、腹が減るのも当然だ。


「かしこまりました。すぐにお持ちしますね」


 最後まで笑顔を崩さずにマスターは奥へと引っ込んでいった。


「……」


 一息ついたところで店内をゆっくり見渡してみる。給仕のちみっこいガキは客の女ときゃっきゃと話し合っていた。どうもあの客の女は二人とも常連らしい。



「それで聞いてくださいよ! こないだ盗賊のおにーさんが助けたらしい二人が来てくれたんですよ! リスのおねーさんとシカのおにーさんでした!」


「ほう……。その二人は何を食べたんだ? マスターのことだ、とびっきりうまいものだったんだろう?」


「《ミルクバームクーヘン》ってやつですよ。って、そっちはいいんです。そしたら二人とも“影の英雄”さんに憧れていたみたいで、ぜひともお礼がしたいとか」


「え? でもそれは……レイクさん本人と会うとイメージが崩れるんじゃ……? いえ、こういう言い方は失礼ですね」


「それが、それを聞いた盗賊のおにーさんのほうも、ぶるぶる震えて会いたくないとかいうんですよ。最終的に恥をさらすことになりそうだって。せっかく感謝の気持ちを伝えようとしているのに、酷くないですか!?」


「ふむ、それはたしかに酷いなぁ」


「そんなわけでおねーさんたちにおにーさんをうまく捕まえて誘導してもらおうかと 思っているのですが、どうでしょう?」


「でも、私たちも別に古都でずっと一緒にいるってわけでもないですし……。最近見かけたらパーティーを組むようになりましたけど、あまり力にはなれませよ?」


「いや、大丈夫だ。『衝撃スクープ! 森の奥で幼気な少女に酌を強要する極悪盗賊!』とギルドに張りだせば、すんなり言うことを聞いてくれるんじゃないか?」



 ……レイクという盗賊に心の底から同情する。オレがこの話を聞いた段階で少女に酌を強要させた極悪盗賊という悪評が第三者に伝わっちまったんだからな。ただまぁ、こいつらの空気を読む限りでは、大げさに言っているだけだろう。


「そういえば、こないだマスターじゃない従業員を見かけたんだが……?」


「あ、そういえばちらっと奥のほうに見えましたよね。銀髪の方でしたっけ?」


「ああ、あれはじいじですよ。あと、あれはタダの白髪です。マスターと同じ故郷くにの人で、とにかく優しくて何でもできて強くてすっごい人なんです! その《わらびもち》もじいじがお豆から作ったものなんですよ!」


「じいじ? ……名前はなんていうんだ?」


「ええと、なんでしたっけ? おじいさんとかおじいとかじっちゃんとかじいとか呼ばれているんですけど……なんか故郷とこっちでホントの名前を使い分けているんです。……ああ、こっちでは夜行やぎょうって言ってました!」


「ヤギョウ? なんだか珍しい響きだな。まぁ、適当にそれっぽいので呼べばいいか」


「それより、この“わらびもち”って、豆からできるんですか!?」


「あ、正確にはその黄色い粉、ええと《黄粉》が豆を惹いたものらしいんですよ。おにいちゃ……じゃなかったマスターのお友達が作った豆っていってました! ちなみにこれは和菓子って分類に入っているらしくて、この手のものがじいじは得意なんですよ。マスターの代わりにやることだってあるんです」


 なんだか女どもの会話が盛り上がってやがる。


 今気付いたんだが、この花でいっぱいのお洒落な空間といい、客や従業員が若い女ばかりだったり、もしかしてオレ、すごい場違いじゃねぇか?


 盗賊のにーちゃんもこういう空気になるのが嫌だから会いたくないといったのかもしれない。


 なかなかいい場所ではあるんだが、男一人できたのはちょっと失敗だったかもしれねぇ。男女比率がどうにもおかしいことになってやがる。まぁ、オレがここにきたのはちょっと散歩していて迷っちまっただけなんだが。






「お待たせしました。《オムライス》です」


「おぉ……」


 いいかげん腹の虫が暴れ出し、女どもの会話に耳を傾けるのも飽きてきたころ、

ようやっとマスターがなにかをもってきた。


 なんだか妙な響きの名を持つ食べ物だが、その見た目から判断するに卵料理だろう。


 オムレツのようだが、具は見当たらねぇ。赤い……ソースか? ともかく赤い何かが上に掛けられているだけだ。


 とろとろ、ふわふわとしたそれは黄金色に輝き、ゆらゆらと揺れてやがる。卵の色味にムラがわずかにあって手作り感をいい感じに醸し出していやがる。これでちゃんとした具が入ってりゃ、最高なのに。


「ま、腹に入ればメシはメシだ」


 マスターから渡された、妙に高そうな大きめなスプーンを使ってその一部を切り取る。


 なんだかんだいって腹が減っているから見慣れた具なしオムレツでも一際うまそうに見える。それに、卵の香りがめちゃくちゃ食欲をそそるものだった。


「おぉ……?」


 オムレツの中に入っていたのはオレンジの粒粒だ。それに混じって小さな肉や小さく切られた玉ねぎが見える。オムレツだと思っていたが、あの卵は表面を覆っていただけらしい。


「おや、お米(ライス)を見るのは初めてですか?」


「お、おお、これライスっていう──」


「ライスだって!!」


 隣の席の戦士の女が声をあげる。それに驚いたオレと目が合うと、恥ずかしそうに顔をそらした。


「いや、すまない。つい声を出してしまった」


「知ってんのか、これ?」


 なんだか少し気まずいが、つい声をかけてしまう。女のほうも少し戸惑ったものの、きちんと答えてくれた。意外と律儀じゃねぇか。


「ああ、私はいろんなところに出かけたことがあってな。その旅の途中で出会った行商人が持っていたんだ。ここからかなり離れた場所でとれるらしい。単体じゃちょっと味気ないと言われるが、私はその白いのが好きだったな」


「オレンジだぞ、これ」


「こいつは単体では好みが分かれるところだが、その組み合わせがすごくてな。いろんなものにあうんだ」


 となると、こいつも何かとあわせたものらしい。


「ほぉ……」


 まぁ、考えてもどうにもなりゃしねぇ。匙いっぱいに掬ったそれを口の中に

放り込む。次の瞬間、眼をかっ開くことになった


「……うっめぇな!」


 なんだかよくわからねぇが、うまい。


 とにかくうまい。


 このライス、ライスの味以外にトマトの風味がする。肉のうまみもにじみ出てるし、玉ねぎのアクセントもいい。


 食べても食べても満足できないような、言いかえればどんなに食べても飽きがこない絶妙な味付けになってやがる。酒に合うようなものではないが、トマトの甘味があるし、この味付けが嫌いな奴なんていねぇんじゃねぇか? 老若男女に好かれるような味だ。


「おっ、おっ……!」


 上のオムレツと一緒に食べるともっとうまくなるな。オムレツそのものも、今まで食ってきた卵料理が豚のえさに思えるくらいによくできていやがる。なんて言うか、卵のうまみが濃縮されているんだ。


 卵特有の香りと、焼いた卵の甘味がすごく強い。こいつだけでも満足できる。めちゃくちゃいい卵を使ってんのか? そんじょそこらの卵とは比べ物にならねぇ。


 生でもなく、焼きすぎでもなく、図ったかのようなふわふわ感もいい。あのマスター、卵を焼く天才じゃねぇかと思う。


 そんなオムレツとこのオレンジ色のライスがこれまたよく合う。トマトの酸味と卵の甘味がいい感じに口の中で混ざって、なんとも言えない食感が誕生する。


 掬って食う。

 掬って食う。


 上にあった赤いソースにはトマトが使われているらしい。半分くらい食ったところでそいつがライスと混ざり、さらに味の変化をつけてきやがる。もともと飽きがこないような味付けなのに、こんなところにまで飽きをこさせない、食うやつを楽しませる工夫がしてある。


「……うまそうだな」


「うめぇぞ。……一口だってやれんがな!」


 口に広がるトマトの香り。

 鼻に抜けていく卵の風味。

 舌ににじみ出る肉のうまみ。


 甘味がありながらもきりっと引き締めてくれる玉ねぎも忘れちゃなんねぇ。


「くおぉぉっ!」


 皿を持ち上げ、一気にかきこむ。


 たまにうまい物をちまちま食うやつがいるが、うまい物とは自分が思うように、一気に食ったほうが絶対いい。ちまちま味わうよりかは、欲望のままに食らったほうが何倍もうまい。





「ああ、食った食った!」


 やがてオレの目の前の皿は空になる。ライスはなかなか腹もちがいいらしい。見た目的にはそこまで量がなかったものの、けっこう腹にたまる。


 とはいえ、まだまだ食えそうだ。できることなら腹いっぱいになるまで食ってしまいてぇが、帰りのことも考えるとここらでやめておくのがいいだろう。


「むきむきのおじさん、ケチャップお口についてますよ」


「あん? けちゃ……なんだって?」


「その赤いのですよ。これも、さっきのに使われていた卵も、マスターのお友達のところで採れたものなんです。おいしかったでしょ? そんじょそこらのものとは比べ物にならないんですから!」


 そういうとちみっこいガキは口をぬぐうためのナプキンを渡してくる。なかなか気遣いが行き届いている。やっぱり見所あるな、こいつ。


 しかし、友達のところで採れたものか……。このへんに住んでいる奴なのか? こんなにうまければ噂の一つや二つ、あってもおかしくないと思うんだがな……?


「ほう、あれは“けちゃっぷ”というのか。また一つ勉強になったな。次回はアレを頼むとしよう」


「あうう……。私もあれにすればよかったぁ……。ここ、がっつり系もできたんですかぁ……」


「へへへ、おねーさん、実はアレ、ケチャップ以外もあるんですよ!」


「本当か! なら、そっちにしよう!」


「う~……半分ずつってできませんかね?」


「はは、もちろんできますよ。次回までには用意しておきますので」


 女たちがもう次の注文を決めていやがった。まぁ、自分で言うのもなんだがあんだけうまそうに食ってりゃそうなるもんだろう。


「どうでした? お気に召しましたか?」


「ああ、最っ高にうまかったぜ、マスター!」


「それはよかった」


 にこにこと笑いながらマスターが皿を片づける。


 うん、オレもまたここに来よう。このマスターが作るモノにまずいものなんて

きっとないだろうしな。


 もっとうまいもんが食えるかもしれねぇし、女たちが食ってた甘いモンを頼んでみるのも悪くないかもしれねぇ。


 真剣勝負に勝ったかのようなすがすがしい気分。不思議と、オレはマスターに自分のことを知ってもらいたくなった。


「オレはバルダスってんだ。これからちょくちょくくることになると思うから、よく覚えておいてくれよ、マスター」


「あたしはシャリィっていいます。見た目通りか弱い美少女です! まぁ、あたしの場合は忘れようとしても忘れられないくらい可愛いから、特別覚えようとしなくても大丈夫ですよ!」


「ちみっこ、おめぇにゃいってねぇ!」


 にぱっと笑いながらちみっこ──シャリィが宣言する。


 こいつ、見所があると思っていたが、まさか自分で美少女っていうとはな。頭をぐしぐしと撫でてやる。将来大物になるかもしれん。


「こちらこそ、よろしくお願いします。今後ともごひいきに」


 にこにことそういったマスターが示したお代はとんでもなく安いもんだった。それはもうこっちが経営状態を心配しちまうくらいに。






 うまくてやすい。ついでに見たことのないモンが食える。最高の場所じゃないか。


 ここを潰さないためにも、オレはここの常連客にならねばなるまい。マスターのメシを食っちまったら、他の店でメシなんか食えないのだから。



20150411 文法、形式を含めた改稿。


チキンライスにグリンピースを入れないのはマスターのこだわり。

だってグリンピースってシャリィが嫌いなんだもの。

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