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冒険者とりんごあめ


「……」


 むわっとした熱気。絡みつくような空気。時折吹き込んでくる夜風がいくらか汗ばんだ体を冷やし、ほんの少しだけ気分を良くしてくれます。


 ぺたぺたと音を立てて歩くのは、ぼうっと浮かび上がる光の小路。幻想的な明かりがそこかしこに浮かび、ここがまるで夢の世界の様な、そんな錯覚すら覚えさせます。


 ううん、もしかしたら本当に夢の世界なのかもしれない。だって──


「あ、アミルさん? その、大丈夫ですか?」


「え、ええ! 全く問題ないです!」


 だって、私の隣に、マスターが歩いているのですから。


 肩の距離は、ちょうど拳二つ分くらい。この近いようで遠い距離が堪らなくもどかしい。すれ違う人を避けるたびに近づいたり遠ざかったりして、その度に心臓がドキドキします。


 もうすこしだけ、そう、ほんのもう少しだけ人が多かったらと、この時だけはそう思いました。


「やっぱりちょっと人が多いですよね。毎年盛況なのはいいんですけど、歩きにくくって敵わないですよ。迷子も結構多いですし」


「でも、人が少ないよりかは全然いいですよ。私、こういうお祭りの活気って大好きなんです」


「それはよかった」


 何気ない会話が、とても楽しい。内容なんて全然頭に入ってこないけど、マスターとお話ししているっていうその事実が、何よりもうれしい。


「どこか見てみたい場所とかありますか? 一応は運営の一人なので、それなりに案内できますよ」


 ふわりと笑ったマスターの顔を見て、とくんとくんと心臓が高鳴ります。たぶん、顔は真っ赤になっていることでしょう。近くに火を使っているお店がありますが、決してそれだけでは説明できないくらいに顔が熱くなっているのですから。


 本当に、よかった。この薄暗い場所じゃなければ、全部全部、マスターに見られてしまっています。


「ええと、甘いお菓子を食べてみたいです!」


 あの謎の大集合とよくわからない演説の後。おじいさんはなぜか非常にニコニコと笑いながら、私とマスターに祭りを巡ってくるように言いだしたのです。


 あの時もまたあの屋台──《甘夢工房》の屋台には多くの子供が集まっていたというのに、一人でさばけるから心配しなさんな、心配するくらいなら祭りをしっかり楽しんで土産話をたくさんしておくれ、などと言うではありませんか。


 もちろん、私にとっては願ってもない話です。フリーになったマスターを誘う機会なんて、それこそあの時しかなかったでしょう。


 ……マスターも同じ気持ちだと、いいなぁ。


「とりあえず、適当に回りましょうか。もちろん、うちのお菓子が一番だと個人的には思っていますが、我がお菓子部の精鋭が誇るお菓子もたくさんありますし、外部からの屋台もいっぱいありますからね」


「そうですね……あ、じゃあ、あそこの……きゃっ!?」


 どん、と前からすれ違ってきた人にぶつかってしまいました。この人ごみの中でよそ見して歩いていたのです、ある意味では当然と言えるでしょう。


 問題なのは、この時私は履きなれない靴を履いていたことであり。冒険者としては不覚にも、よろけてバランスを崩してしまいました。


「アミルさん!」


「ま、マスター……!」


 がしっと支えられる体。ほんの少しだけ汗のにおいのする、意外と厚くてあったかいもの。見た目以上に力強いそれが、私の腕をとっています。


 そっと上を見上げれば、そこには夜の雫を落としたかのような、神秘的な黒い瞳。彼の腕の中にいると気付いた瞬間、私はたまらなくうれしいけれど恥ずかしい気持ちになりました。


「……」


「……」


 目と目が合って。ぱちぱちと二回ほど瞬きをして。こっそり胸板にほおずりなんかしちゃったりして。


「……だ、大丈夫ですか?」


「……え、ええ」


 うわぁぁぁあ! もう! そうじゃないのに! お礼の言葉を言わないといけないのに!


 頭の中がパンクして、なんて言えばいいのかわからない!


「……んっんー。怪我が無くて何よりです。やはりクライマックスが近いからか、けっこう人が増えているみたいですね」


「……あ」


 マスターの体が離れてしまう。それがたまらなく悲しくて、思わず手を伸ばしかけてしましました。甚平の裾のひらひらが指先に触れ、でも、それ以上進むことなく手を戻します。


 どうして、たった一言を言うことができないのでしょう。どうして、簡単なお願いをすることができないのでしょう。小さな子供でもできることのはずなのに、今の私にとってそれは、強力な悪魔を倒すことよりも困難な事のように思えました。


「ちょっと急ぎましょうか。ささっと軽く回って、うちの屋台でとっておきを買って、一番の場所を取らないと!」


「……あ」


 す、と取られる手。ちょっとだけ暖かい、マスターの手。私には為せなかったそれを、マスターはいとも簡単にやってのけました。


「ま、マスタぁ……!」


「迷子にならないように、ですからっ!」


 ふい、と彼は顔をそむけます。赤く見えたのは、たぶん気のせい。ぐい、と引っ張られたそれをぎゅっと握り返し、その感触に思わず顔がほころびます。


「……ふふっ!」


 もう一度強く握りしめ、私は彼と肩を並べました。あらかたのお店を巡り終えるころには、肩と肩の距離はもうすっかりなくなっていました。








「よう、調子はどうだい? ……お熱いこって、すっかり楽しんでいるようだねェ?」


「「!?」」


 そして、《甘夢工房》の屋台の前。すっかりとその手の感触に夢中になっていた私──マスターもそうだといいな──は、おじいさんのその一言でばばっと手を離しました。こうなるであろうことはわかっていたのに、不覚の限りです。


「なんだね、ウブなねんねじゃあるまいに。別に恥ずかしがるこたぁないじゃないか」


 すいません。この年になるまで恋の一つも知らないお子様でした。いえ、初恋自体はあったのですけど、あれ、本当に子供の時でしたし……。


 ……認めたくないけど、たぶん、恋愛経験で言えば下手すればシャリィちゃんにも負けてしまいます。少なくとも、このソノジマニシの女の子たちには到底かなわないでしょう。


「そ、そんなことよりも! じいさん、《りんごあめ》貰ってくよ!」


「そんなことって……酷いねェ。せっかくの思い出を”そんなこと”呼ばわりかい?」


 おじいさんがにやにやと笑ってマスターをからかっています。なんだかとても楽しそう。意地になるマスターはいつもの落ち着いた感じとはかけ離れていて、違う一面を見られたというそれが堪らなくうれしいです。


「まったく、両方が子供だとは……。まぁいい。りんごあめだね? 二つで……五十円でいいよ」


「えっ?」


「どうしたね?」


「いや、これ、自分とこの製品……」


「大した額でもないんだ、それくらいの甲斐性くらい見せんかね。祭りでのデートなら男が奢るもんだろう? ……まさか、今まで全部割り勘だったのかい?」


「ちゃんと僕が出してるよっ!」


 そう言って渡されたのは……とても大きな、宝石でした。


「わぁ……!」


「きれいでしょう? 僕はどうしても、アミルさんにこれを食べてもらいたかったんですよ」


 その名の通り、”りんごあめ”はりんごのような見た目をしています。ただし、それは普通のリンゴではなくて、宝石でできたリンゴです。


 大きさで言えば、シャリィちゃんの握りこぶしより一回りほど小さいくらいでしょうか。正直、りんごとしてはかなり小さめのサイズと言えるでしょう。


 ですが、それを補って余りあるほどの美しさ。りんごの周りを、何か赤くて透明な、琥珀のようにも宝石のようにも見えるそれが覆っているのです。まるでりんごを宝石で閉じ込めたような、いえ、宝石でりんごを作ったかのような、ともかくそんな感じ。


 芯のところに木の棒が刺さり、反対側のお尻のところだけ、帽子のつばのように平らに宝石が広がっています。見方を変えれば、高級な壺のようにも見える……かも?


「さ、アミルさん、行きましょう。もうここには用はありません。性格の悪いジジイにからかわれるだけですから」


「もう、マスターったら」


 マスターに手を引かれて歩く間も、私はその不思議なお菓子から目が離せませんでした。


 見た目だけで評価するなら、その透明感は”ぜりー”のそれに匹敵します。ですが、りんごあめはもっと硬質的で、ツヤツヤテカテカと芸術的な輝きを放っています。おぼろげな光を赤く散り散りに反射するさま幻想的で、どことなくロマンチックな感じさえしました。


「……この辺でいいでしょう。人も少ないですし」


「……あの、ま、マスター?」


 ……なんて考えていたら、なにやら薄暗くて人の少ないところに連れてこられちゃいました。


 いや、まさか、そんな……ね?


「うん、もうちょっと時間がある……。食べ終わるころって感じかな?」


「な、何かあるんですか?」


「とっておき、ってやつですよ」


 何が何だかわかりませんが、少しの心臓の高鳴りを感じながら、私は”りんごあめ”を口に近づけました。その赤い宝石は、私の唇を通して、とても甘くて華やかな夢を見せてくれました。



 あまい。


 おいしい。


 まるで、ゆめのよう。



「──おいしい」


「それはよかった」



 マスターのその笑顔が、何よりも私を幸せにしてくれました。



 ”りんごあめ”のそれは、仄かに香る甘い匂いとともにやってきました。非常にシンプルな、されどしっかりとした甘さがじんわりと舌の上に広がっていき、お菓子特有の幸せな気分を呼び起こしてくれます。


 名前からある程度想像できましたが、やはりこれは”ざらだま”と同じく、飴と呼ばれるお菓子に分類されるもののようです。見た目通り硬く──でもほんのちょっただけぺたぺたとして、ちょっとずつちょっとずつ舐めて食べるほかありません。食べやすさと言う観点で言えばそこまでいいものではないはずなのに、もどかしいそれが言葉にできない楽しみをもたらしてくれます。


 ぺろ、と一舐め。舐めたそこが、よりツヤツヤと妖しく輝きます。


 再び赤い宝石に顔を近づけると、先程よりも濃くなった甘い香りが鼻を突きます。いつもの”けーき”ともまた変わったそれは決して上品な香りではないのですが、どことなく童心に帰る様な、そんな懐かしい香りです。


 そして、なによりも素晴らしいこの口どけ。舌の上で滑らかに溶けていき、気分をうっとりとさせてくれます。同じ”あめ”ではあるのでしょうけど、その感覚は”ざらだま”のそれとは全然違います。


 なんでしょう、滑らかなことはたしかなんですけど、もっとこう、するするっと行くような……。どことなくとろりとした蜂蜜を連想させる、そんな感じなんですよね。いい例えではないかもしれませんけど。


「……あ」


 夢中になって舐めていたら、やがてパリッと音がします。どうやら、表層の飴がなくなって、中のりんごが出てきたみたいです。


 なんとなく、いつぞや食べた”ぐりよっと”を思い出します。たしか、アレはさくらんぼに”ちょこれーと”を絡めたものでしたが、こちらはりんごに”あめ”を絡めたものなのでしょう。最初はもっと厚みがあると思いましたが、思いのほか薄かったようです。これなら、がんばればそのままかみ砕けたかもしれませんね。


「この飴のコーティングの加減がけっこう難しいんですよ。いえ、そこまでこだわらなくてもある程度のものは出来るんですが、やるとやらないとでは大きく変わってきますし」


「へぇ……じゃあ、もっと厚くすることもできるんですか?」


「ええ。その場合は……なんて言えばいいんでしょうか。もっとこう、どっしりとした感じになりますね。どことなくお得な感じもしますが、その場合はこのパリッとしたのが味わえません。ま、この辺は好みの問題になるでしょう」


 そんなうんちくを聞きながら、さらに一口。今度は中のりんごを食べちゃいます。


「わ、甘酸っぱい……!」


 びっくりです。普通のりんごのはずなのに、酸味があって甘いのです。しかも皮ごとなのに、まるっとそのままいけちゃいます。


 なんと表現すればいいのでしょう? 甘いところと酸っぱいところがあって、口の中で絶妙にまじりあうというか……。うーん、うまい言葉が見つかりませんね。あまり皮ごとりんごを食べた経験はないのですが、それにしたって不思議な感じがします。


 ただ、これだけは言えます。その香りが段違いです。宝石の中に閉じ込められていたそれが、一気に解放されたのですから。


 先ほどまではシンプルな甘い香りしかしませんでしたが、中のりんごをかじった瞬間、フレッシュでさわやかなりんご特有の香りがそれに交じりました。いきなりの不意打ちに、思わずびっくりしちゃいます。同時に、少々甘ったるくなっていた口の中が、いくらかさっぱりした気がします。


 ずっと食べていても飽きないこの感じ、さすがです。


「マスター、このりんごは……?」


「うーん、僕もよくわからないんですよ。一応、じいさんがどこからか調達してきたものなんですけどね。いや、じいさんは楠のところからもらってきたって言い張るんですけど、今年はまだりんごの季節じゃないですし、あいつ、去年はりんご育ててなかったんですよね……」


 それは何とも不思議な話ですけど、おじいさんならやってのけそうな奇妙な信頼感があります。


「じゃあ、このちょっと不思議な味わいなのは、そのせいなんですか?」


「え? そんなに変わってま……ああ、そうか。あっちには焼きりんごもなかったっけ」


 なにやら一人で納得した様子のマスター。どうやら、こちらの黒髪の一族の人はこの素晴らしいお菓子を食べても何ら不思議に思わないようです。


 これってちょっと、ずるくないですか? いえ、素晴らしいことに感動できないのは悲しい事でもあるのかもしれませんが……。普段から食べ慣れているって考えると、やっぱりちょっとうらやましいです。


「たぶんそれ、熱を通したりんごの甘さですよ。中のほうほど酸味が強くなっていませんか?」


 言われてみれば、そんな気がします。表面のほうだけちょびっとかじると、果物なんだけど果物と違う、形容しがたいあったかい甘さがそこにありました。りんごのおいしさがぎゅっと詰め込まれているかのようで、私にとっては新しい発見です。


 果物って温めるとみんなこんな風になるのでしょうか? 冷やして食べるのが一番おいしいと思っていましたが、これは驚きですね。


 そして、中の方。


「わぁ……っ!」


 かしゅっとかみしめると、果汁が溢れ出てきました。普通にりんごを食べたかのように、すごくフレッシュな感じがします。ちょっと酸味が強めですが、それがこのあまぁい飴をよく引き立てていて、りんごのおいしさとあめのおいしさを同時に楽しむことができます。


 なんでしょう、この気持ち。それそのものはあめとりんごを一緒に食べているだけと言うのに、凄くお得な感じがして、夢でも見ているかのように幸せです。どんな魔法を使っても、こんな気分になることは出来ないでしょう。


「このりんごあめですけど、基本的にはべっ甲飴──熱して溶かした熱い砂糖をりんごに絡めて作るんです。だからりんごの表面だけ焼かれて、中は熱が通らないんですね。飴と、火の通ったりんごと、新鮮なりんご。一度に三回も楽しめるって寸法ですよ」


 嘘です。マスターは嘘を言っています。


 だって、こんなにも幸せなんですよ? 明らかに三回以上も楽しんでいます。


「ちなみにですけど、飴の中に気泡が入っているのに気づきませんか?」


「あ、言われてみれば……」


 薄明りの中、よくよく目を凝らしてみると、マスターの言う通り、ほんの小さな気泡がいくつか、透明な宝石の中に浮かんでいるのがわかりました。よほど注意しないと気付かない程度のものですが、その数は決して少ないわけではありません。


「我々作り手としては、この気泡はあまり歓迎できるものではありません。やっぱりこの手のお菓子は見た目も重要ですから。こいつが多いってことは半人前かヘタクソのどちらかですね」


「ええ!? まさか、これが失敗作だっていうんですか!?」


「ひどいなぁ。アミルさん、本当にそう思うんですか?」


 うう……。なんか、珍しくマスターがいじわるしてきます。どこかおじいさんと被る笑みを浮かべて、からかうように……というか実際にからかっています。


 私、もしかして舐められてます? 不本意ですけど、一応マスターよりほんのちょっとだけ年上なんですよ?


 今なら行けるでしょう。魔女の本気、見せてやるんだから。


「──うひゃあっ!?」


「お・し・え・て──もらえますよね?」


 手を握りました。しかも、指も絡めちゃいます。俗にいう、恋人繋ぎってやつです。


 ……声、震えていなかったでしょうか。変な女だと、思われなかったでしょうか。


 ちょっと怖い。でも、離す気はない。顔を見ないようにするのが、今の精いっぱい。だって、今の私の頭は、”りんごあめ”のようになっているでしょうから。


 ──本当は、マスターの方からやってもらいたかったけど、握り返してくれるってことは、そういうことでいい……んだよね?


「えと、その、この気泡は新鮮なりんごを使っているっていう証でもあるんです。飴をかけるときに気泡が混じるんじゃなくて、かけた後……りんごそのものから気泡が生まれるんですよ。だからほら、だいたいりんごの表面にあるでしょう?」


「え、ええ! そうですね!」


 ……なんか、だいぶ声が上ずった気がする。マスターのほうが余裕あるように見えるのは気のせいでしょうか?


「……ちなみに、下手くそな気泡が浮いているところのりんごあめはすごく硬かったり、食べると口に刺さったりします。もちろん、そういうりんごあめが好きな人もいますし、僕自身、そっちはそっちで好きなんですけど」


「な、なんか痛そうですね……。結局のところ、気泡はあったほうがいいんですか? 無いほうがいいんですか?」


「何とも言えません。りんごの種類やその日の温度なんかも関係してくるみたいですし。なんだかんだ言いましたが、結局のところ一概には言えないんですよ。まぁ、おいしいりんごあめを探すそのドキドキも、これの楽しみの一つってやつですね」


 そうこう話している間にも、マスターはぺろりとそれを平らげてしまいました。口の端がほんの少しだけてかてかしていて、なんだかちょっとおかしいです。


「……」


 なんだか妙に所在なさげに木の棒をプラプラしています……よく考えたら、片手、今埋まっていますね。


「~♪」


 私の”りんごあめ”は今ようやく半分食べ終えたくらいでしょうか。まだまだ楽しめそうです。もちろん、左手の幸せも、右手の幸せも、当分離すつもりはありません。


 ああ、本当に、本当に楽しいです。できることなら、この状態のまま一生過ごしたい。悪魔と契約を交わして、この時間をずっと繰り返してもいいくらい。




 ──そんなことを考えたのがいけなかったのでしょうか。不意に、辺りがざわめき、奇妙な緊張感が走りました。




「──!」


 気付いたときには、もう遅い。


 ひゅるるるる、と間抜けな音と共に、明らかに良くないものが空へと昇っていきます。パッと見る限りでは火の弾ですが、経験上、それだけで済むとは到底思えません。


 まず間違いなく、あの手のものは爆発する。それも、打ちあがったってことは、かなりの広範囲に影響を及ぼすタイプ。


 魔法?


 無理です。杖がありません。あったとしても、私の植物魔法じゃあそこまで届きません。だいたい、今は両手が塞がっています。


 出来ることと言えば、せいぜいマスターをかばうことくらい──


「マスター、伏せ──!」








どぉぉぉん!


『たーまやー!』








 ……あれ?





「な、なんですかこれ……!」


「あはは、アミルさん、意外と怖がりなんですね?」


 爆発音とともに聞こえたのは、とても陽気な声。夜空に広がるのは、カラフルな炎が描く大輪の花。豪華に燃え上がり、儚く散っていくその様子は、この夏の熱い空気とお祭りの活気に、非常に似合うものでした。


「これ、本日のクライマックスのイベントの花火ってやつですよ。夏祭りには欠かせない名物ですね」


 そんなことを言っている間にも、どん、どどんとそれは絶え間なく打ち上がっていきます。どれ一つとして同じものはなく、形や広がるパターンが全然違います。赤のものや青のもの、緑に紫まで、幻想的な炎が夜の闇を明るく照らしていました。


「どうです、綺麗でしょう? やっぱりこれは人ごみの中で見るよりも、こういうところで見るに限るんですよ」


 キラキラがゆっくりと降って、儚く消える。ぱちぱちと音を立て、尾を引いて消えていく。どこかで見た魔物の攻撃のように、連鎖爆撃を起こして散っていく。


 すごく、きれい。とても、きれい。


 きれいなんですけど……!


「ま、ますたぁ……!」


「──あ」


 わたし、いま、マスターに抱き付いている。


 思いっきり、抱き付いている。


 えっいやほら爆発からかばうためには抱き付くしか方法がなかったっていうかでも今すごくいい感じにナチュラルに行動できたっていうかマスターってば私が怖がったって都合よく解釈してくれたしもういっそこのまま……


「……!」


 あ、だめ。もうなにもかんがえられない。


 だってほら、マスターの優しい手が、私の肩を抱いている。




「もう少しだけ……このままでもいいですか?」




 真っ赤になった彼の顔を見て。


 私はこくんと、頷くことしかできなかった。


 でも。それでも。


 何物にも代えがたいほどうれしくて。


 言葉にできないほど幸せで。


 好きな人に抱きしめられることの素晴らしさを、全身でかみしめた。




「大好きですよ──ユメヒトさん」




 彼女のつぶやきと共に、ひときわ大きな花火が上がる。


 光の花が咲くたびに、二人の顔は照らされた。


 彼女がもってるりんごあめ。


 チラチラ瞬くりんごあめ。


 それを忘れてしまうほど、二人はずっと、見つめあっていた。

 お祭り編これでおしまい! もっとお祭りお菓子だしたかったけど、尺の都合があるからしょうがない。


 さて、今回のりんごあめですが、そのジャスティスを語ったら戦争になることでしょう。飴の厚さも然り、りんごの大きさも然り、りんごの甘さと酸味のバランスも然り……議論するべき点が多すぎて、おそらく全く好みの一致する人と出会うのは珍しいのではないでしょうか。


 あのチープな甘さが好きだったり、大人となった今食べてみるとそれほど美味しく感じなかったり……思い出補正も含めて、りんごあめの面白さだと思います。


 余談ですけど、あれって食べると手がべとべとになりません? 食べ方が下手と言われたらそれまでなんですけど……。夏くらいしか食べる機会が無いので、練習しようがないんですよね。一個食べたらだいたい満足して別のものが食べたくなっちゃいますし。


 ただ、これだけは言わせてください。りんごあめの屋台は当たり外れが多すぎる気がします。うまく見分ける方法、何かあるといいんですが……。


 またまた余談ですが、作中のお祭りはお盆三日目のことですので、0815の出来事と推測されます。出会っておよそ四か月。ここでようやくマスターとアミルさんがイチャイチャ(手をつなぐ、肩を抱く)したわけですが、某魔系学生のバカップルはこの時期既に手をつないでお昼寝したり『あーん♪』したり、告白こそしていないもののイライラするくらいにイチャイチャしていましたとさ。

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