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冒険者とわたあめ

二話連続更新。いっこまえからどうぞ。


「ようこそ、《甘夢工房スウィートドリームファクトリー》へ……よう、デートは楽しめたかねェ?」


 そして、歩くことしばらく。幻想的に照らされたそこに、見覚えのある屋台と白髪の老人がいた。にっこり……いや、にやにやと笑いながらこちらを煽るように見つめてきている。


「デートってわけじゃないが、どっかのガキの恋心を打ち砕いちまった」


「……ほう? ちょっと後で、詳しく聞かせてもらおうか」


「じ、じいじ? なんかちょっとお顔が怖いですよ?」


「はっはっは、なぁに、気にするこたぁないさ」


 じーさん、眼がガチだった。ほっぺにキスの件は言わないほうが良いだろう。何でも出来て誰にでも優しいじーさんだけど、シャリィにはことのほか甘い。甘すぎる。下手したらあの喫茶店で出された何よりも甘いかもしれない。


「それはともかくとして。ここに来たってことは、そういうことでいいのかね?」


「ええ! たまにはあたしがお客さんになるのもいいですよね!」


 じーさんたちの屋台は他の屋台とちょっと違う。近くの──クスノキのトウモロコシの屋台なんかは鉄の棒に天幕を張った造りをしているのに対し、こっちの屋台は俺たちが知っている屋台に近い形で、それでなおどこか情緒的な木造のものだ。


 のれんって言うらしいヒラヒラに【甘夢工房】と書かれていて、なんか棚とか引き出しみたいのが無数についている。リヤカーみたいに移動できるタイプでもあり、取り回しは結構楽そうだ。


 そして何より、他の屋台と比べて扱っている品数が違う。ちょろっと聞いた”みるくせんべい”や”ざらだま”といったお菓子──こういうのを駄菓子と呼ぶらしい──が所狭しと、これでもかと並べられている。つりさげられた提灯の淡い光に幻想的に照らされていて、異国特有の奇妙な気持ちが俺の心に浮かび上がった。


 なんだろうな、コレ。初めて見るし、馴染みもないはずなのに、どこか懐かしいというか、ノスタルジックな気分になるんだよ。


「結構繁盛してるのな」


「おかげさまでねェ。欲を言うならもう一人二人人がほしいが、私だってそこまで野暮じゃあない。……実は、さっき夢一とアミルがやってきてね。二人でリンゴ飴を買ってさっさとどこかへ行ってしまったよ」


「へぇ、おねーさんが! もしかして今頃……!」


「どうだろうねェ? まぁ、そんなわけで今日は妙にリンゴ飴の売り上げがいいんだ。女連れの野郎どもにイチオシだね」


 じーさんはにこにこと笑いながらも、コインを握りしめた子供たちの相手をしている。”みるくせんべい”に”じゃむ”を塗って手渡したり、細々とした駄菓子を袋に詰めてみたり、なんかよくわからん平べったいの──香ばしくてすげえ腹の減る匂いがするそれを金網で焼いていたりもした。


 もちろん、例え常連、そしてクランの一員であっても横入りは許されない。俺とシャリィも群がるガキどもの後ろに並び、じーさんが忙しそうに働いているところをぼんやりと眺めていた。


「あんなこと言ってたけど、”りんごあめ”ってのにするのか? ……あのきれいなキラキラしたやつだろ? すげえうまそうじゃん」


「もちろんそれも買ってもらいますけど……」


 おいまて。それだけじゃないのかよ。こいつ、奢ってもらっているって自覚あるのか? まぁ、めっちゃ安いし俺も全種類制覇するつもりだから別にいいんだけどさぁ……。


「あ、ほら! あれです! あれがあたしの本命です!」


 シャリィの指の先にあったのは、明らかにこの場の……正確にはこのじーさんの屋台の雰囲気とはかけ離れた奇妙なカラクリだった。でっかい鍋に不思議な材質で出来た、おそらくオレンジ色であろう半透明の幕の様なものがドーム状につけられており、ヴヴヴ、と奇妙な唸り声を発している。


「おじーちゃん、わたあめください! 二人分ね!」


「はいな。百円ちょうだいね……今日は特別にお持ち帰り用も付けてあげようかねェ?」


「いいの!? やったぁ!」


 ちょうど、浴衣姿の女の子がそれを注文したらしい。じーさんはにこにこと笑いながらコインを受け取ると、どこか見覚えのある細い木の棒を取り出し、その奇妙なカラクリの前に陣取った。


「おっきいのだからね! すっごく、すっごくおっきいのだからね!」


「はいはい、わかってるって」


 なんとも不思議なことに、じーさんはその何も入っていない鍋の中を、手に持った棒でくるくるとかき回し始めた。先程と違うところと言えばカラクリから聞こえる音が大きくなったくらいで、それ以外には特に何の変哲もない。


 一応、こいつはお菓子のはずだ。つまり、これは調理風景になるってことなんだろう。が、未知の素材や未知の方法で作るってのならまだしも、何もない鍋をかき回すってのはどういうことだ?


「シャリィ?」


「ふふ、そろそろですよ!」


 まさにその瞬間。ほんのちょっとだけ、ごくごくうっすらと、何かが鍋の中に出来ているのが分かった。この微妙に薄暗い感じなのに気づけたのは、俺が盗賊であるからに他ならない。


「なんだありゃ……?」


 糸。そう、糸だ。いつのまにやらクモの巣のように鍋の中に糸が張っている。目を凝らしてようやく見えるほど……だと思ったら、時間が経つにつれてよりはっきりとそれが見えてきた。


 じーさんは、棒を使ってその糸を絡めとっている。


「おいおい……」


 しかも、だ。


「もっと! もっともっと!」


「はっはっは。しょうがないねェ……!」


 なんかめっちゃ糸出てる。いや、鍋そのものにはそこまで張ってないんだけど、からめとった糸の量が凄まじい。最初は棒にちょっとまとわりついている程度だったのに、いつのまにやら俺の拳よりも大きくなり、もこもこと柔らかそうな見た目になっていた。


 言い換えよう。もうあれは糸じゃない。糸じゃなくって、綿だ。それもだいぶお高いタイプの。


「ほれ、《わたあめ》だ。危ないから、走り回らないで止まって食べるようにねェ?」


「はーい!」


 その女の子は、自分の頭よりもデカくなった綿にうれしそうにかじりつく。見ているこっちもびっくりするくらいに幸せそうな顔をしていた。


 いや、さっきから気にはなっていたんだよ。子供がよくわからん綿を持って歩いていることが。まさか、それがお菓子で、しかもじーさんが作ったものとは思わなかったけど。


「僕もわたあめ!」


「あたしも!」


 その子を見て羨ましくなったのか、その後はずっと”わたあめ”が注文されることになった。しかもじーさん、注文する子供全員に特別だ、なんて言って持ち帰り用のオマケをつけている。本当に子供にすごく甘いよな。


「じーさん、俺たちもだ。コイン一枚でいいんだよな?」


「じいじ、ちょっとくらいサービスしてくれますよね?」


「……他の子たちには内緒だよ」


 そして、とうとう俺たちの番。ワクワクしながらその作業を見つめ、渡されたのは下手したらおっさんの頭よりもデカいんじゃねえかってくらいの大きさの”わたあめ”。それも、全部で三本もある。


「はいよ、おまたせ。こいつが《わたあめ》だ」


 丸くてふわふわでとても食べ物とは思えないような見た目。どことなくファンシーで、貴族のねーちゃんのお高い服の飾りにでも使われていそうなそれ。ほんのりと薄ピンク色なんだろうが、幻想的な明かりに照らされてオレンジ色っぽく見える。


「見ての通り、綿の様な見た目のお菓子だ。大きく口を開けて、好きなように齧りついて、口いっぱいに頬張るのが作法ってやつさね」


「わぁ、こんなに大きい! じいじ、だいすき!」


 シャリィがじーさんにひしっと抱き付く。じーさんはその背中をポンポンと叩いた。


「あと、中に棒が入っている。走り回ったりしながら食べると危ないから、立ち止まってゆっくり食べるようにね?」


「わぁってるって」


 他の客の邪魔になるから、シャリィの手を引いてちょっと離れたところにはける。ちょうどいい具合に座れるところがあったので、汚れていないことを確認してから腰を下ろした。もちろん、俺もシャリィも、片手には”わたあめ”の棒が握られている。


「おお……!」


「やっぱりお祭りと言えばこれですからね!」


 しかしまぁ、改めて見ると本当にデカい。俺やおっさんとかならともかく、女子供じゃ食べきれないんじゃないかってくらいデカい。


 見た目はそのまんま綿だ。少なくとも、古都の大通りでこいつを見せびらかしたとして、これを食い物だと思う人間はいないだろう。独特な甘い匂いはするけどそこまで強い香りじゃないし、食っているやつを見なければ、俺だってそのまま仕立て屋に持ち込んで売り払うと思う。


 獣人ならあるいは食い物だと見抜くかもしれないけど、ともかくそれくらい、お菓子としても普通の食べ物としてもかけ離れた見た目と雰囲気をしている。


 まさにデカい綿。それ以外の形容ができない。大きさの割に、手に伝わるそれは結構軽いし。


「それじゃ、さっそく……」


 もちろん、本物の綿というわけじゃあない。ゆっくりと顔を近づけ、大きく大きく口を開ける。


 綿の向こうで同じように口を開けるシャリィが眼に入り、そしてすぐに俺の目の前が綿で埋まった。




 あまい。


 とける。


 ふわふわで。


 もこもこしていて。


 なにより、たのしい。




「──うめぇ」


「そいつぁよかった……えへへ、似てました?」


 俺は、雲を食べた男になった。




 まず、前言を撤回させてもらおう。喰う前までは綿だと思ってたけど、これはそんなものじゃあない。


 口に入れた瞬間、”わたあめ”は一瞬にして溶けた。文字通り溶けた。かじりついたと思ったら、もうすでになかったんだよ。


 その様は決して綿なんかじゃない。あの華々しい儚さは、雲だ。


「なんだこれ……!」


 一度そう思うと、もうそれにしか見えない。ぼんやりとしたシルエットは本当に雲そっくりだ。あるいは濃い霧の塊と言ってもいい。ふうっと吹けば遠くまで飛んで行ってしまいそうな感じでもある。


「面白ぇ……!」


 もう一度かじりつく。獲物を飲み込むグラスウルフ張りにデカく口を開いたというのに、やっぱり一瞬でそれは口の中から消えうせた。舌の先に広がっていく優しい、けれどしっかりした甘さだけが、余韻となって事実を告げてくる。


「どうです、すごいでしょ!」


「ああ、ちがいねぇ!」


 すげえ。すげえ。めっちゃすげえ。


 こんなにもふわふわなのに、口に入れてその存在を感じさせない。綿っぽいからいくらか食感に難がある──例えば、口の中に髪の毛が入ったかのようなものを想像していたんだけど、全然そんなことはねえ。むしろ、口の中に何が入ったのか、それを確かめることができないっていう代物だ。


 この控えめな甘さもいい。果物の甘さじゃあないし、”くりーむ”や”ちょこれーと”の甘さでもない、とてもシンプルな甘さだ。一番近いものと言えば砂糖だけど、それともどこか微妙に違う。


 なんていえばいいんだろうな。あのカラクリを通したせいかもわからんけど、微妙に温かい……そう、まさに【あったかい甘さ】ってやつだ。


 このあったかい甘さとふわふわなのに一瞬で消える食感がすごく面白い。今までいろんなお菓子を食べてきたけど、その中でも一番変わっている。


「これ、いくらでも食えるな! デカいと思ったけど、全然そんなことねえや!」


「そうでしょう、そうでしょう!」


 口当たりがいいから、いくらでも食える。食っても食っても飽きがこないし、食っても食っても食べた気がしない。


 この手の食い物って普通、食いすぎたら飽きが来るものだけど、シンプルな甘さとその口どけのせいか、この”わたあめ”に限って言えば全然そんなことはない。


 むしろ、食い足りなくて困るくらいだ。


 もう一度ぱふっとそれにかじりつく。顔を埋めるように食いついたからか、頬にふわふわのそれが当たってくすぐったい。こんなにもふわふわなのに、どうして口に入れるとすぐに溶けるんだろうな?


「……お?」


「どうしました?」


「いや、なんかさ」


 よくよく見ると、俺が喰いついたそこに、琥珀色のキラキラした綺麗なつぶつぶがついている。さっきまでこんなの無かったと思うんだけど。


「それはですね、わたあめが溶けたものですよ。これ、もともとはお砂糖を溶かして綿っぽくしたものですから、おにーさんのつばで溶けたんですね」


「……砂糖って溶けるとこんな色になるのか? これ、ピンク色じゃねえぞ?」


「……そういえば、お砂糖を料理に使うって概念なかったですね」


 かじりつくのではなく、ペロッと舐めてみる。舌が触れたそこだけじんわりと溶け、きれいな雫が提灯の明かりに輝いた。小粒の宝石が雲に浮かぶようで、さっきまでとはまた違った楽しみがある。見ていて面白い。


 つーか、このふわふわが砂糖で出来てるって信じられるか? いったいどうやったらこんな風になるのか、まったく想像できねえや。硬くてざらざらしているならまだわかるけど、雲みたいで食った瞬間に消えてなくなるんだぜ?


「ちなみにですが、このわたあめをうまい具合にいろんな形にしてみたり、いろんな色を付けたりすることもできるんですよ!」


「マジか! いったいどんなのがあるんだ?」


「えーと、お花の形とかですね。あと、お砂糖で作るってさっき言いましたけど、このときに色付きの砂糖や砕いた飴玉も一緒に使うことで味や風味、色なんかを付けることができるんです」


「おお……!」


 ってことは、アレか。この”わたあめ”にはもっともっとたくさんのバリエーションがあるってことか。俺が知っているだけでも”ざらだま”は十数種はあるし、じーさんのことだ、形成するのもお手の物だろう。


 きっと、今は忙しくて客が捌けないからこういうシンプルな物しかやっていないわけで、もし本気を出したらこれ以上にすごいものができるに違いない。


 綿の形をしている飴だから”わたあめ”か。なるほど、よくできている。


 ……個人的には”くもあめ”のほうがしっくりくるんだが、そこのところはどうなんだろうか?


「ふう……!」


 気付けば、俺の手元に雲はなくなっていた。この夏の暑さに溶けちまったか、いたずらな風に吹き飛ばされたか、どこかのイケメン盗賊に喰われちまったのだろう。あんだけデカかったというのに、いい意味で食べた気がしない。


「ああ、なんかもったいねえなあ……」


 手元に残った一本の棒。なんだかそれが寂しくて、喰えもしないのに口に入れてしまう。固い食感が妙に懐かしくて、”すとろー”のように噛んでみた。


 ──ほんのちょっとだけ、甘い味がした。


「おにーさん、さすがにそれは意地汚いですよ。それに、食べ終わった棒をいつまでもくわえているのは危ないですよ?」


 シャリィもちょうど食べ終わったらしい。満足そうに頬を緩めながら、手の甲で軽く口を拭っている。くちびるが妙にテカテカしていて、なんだかとても艶めかしかった。これでこいつがオトナなおねーさんだったら最高だったのに。


「それに、あたしたちにはまだもう一本あるじゃないですか!」


 さっと目の前に出された大きなそれ。ふんわりもこもことした形は健在で、思わずほおずりしてしまいたくなるようなその存在を大きく主張している。


「はんぶんこしましょう!」


「よし、こっちが俺で、お前はそっちな」


「はい、あーん♪」


「……」


「ありゃ? おにーさん、そういうことじゃないんですか?」


 ずずい、とシャリィはそいつを俺の顔へと突き出してきた。目の前全てが雲で埋まり、その向こうからシャリィの本気なんだかふざけているのかよくわからない声が聞こえてくる。


「……ちっ」


「きゃっ! おにーさん、良い食べっぷり!」


 相手するのも面倒なので、そのまま食らいつく。俗にいう『あーん♪』をしてもらっているわけだが、こと”わたあめ”に関してはそれっぽい感じがしない。ロマンチックどころか、獣になった気分だ。


 もしゃもしゃ、ぱふぱふと雲の海を喰い進めていく。顔がくすぐったくて、さらには休む間もなく口に甘さが広がり、なんとも不思議な気分だ。きっと、空に浮かぶ雲の中を泳いだら感じなんだろう。


 まぁ、それはいい。それはいいんだが──


「なぁ」


「はい? どうしました?」


「なんで、お前も一緒になって食ってるんだ?」


 そう、何をトチ狂ったのか、シャリィの奴は俺に食わせながらも、自分も反対方向から食っている。このまま喰い進めていけば、俺とシャリィは互いに仁義なき頭突きをすることになるだろう。


「だってだって! せっかくのデートなのに、デートらしい事全然してないんですもん!」


 あ、その設定まだ続いていたのか。


「それによぉく考えてもみてくださいよ? こう、二人で一つのわたあめにかじりつくって……ロマンチックじゃありません?」


「お前、盗賊にロマンを求めるなよ……」


 盗賊は実利性が命だ。ロマンなんて二の次三の次である。


「でもでも! こうして二人で食べ進めたその暁には……きゃっ!」


「きゃっ! じゃねえ」


 喰い進めたらシャリィの顔が出てきた。もちろん、素早さが命である盗賊はその瞬間に離脱し、さらには微妙に半分よりも多い量を喰うことに成功する。


 当然、キスなんてしていない。いや、子供の戯言にこれだけ付き合ってやったんだから、ほめてもらってもいいくらいだ。


「あーん、もう! おにーさんってば、つれないんだから!」


「悪いがそういうのはじーさんとやってくれよ。子供の遊びに付き合う理由はないぜ」


「……ははぁ、ロマンが無いからトレジャーハンターになれないんですね!」


「うっせ!」


 ちがうもん。お金が無くて道具が買えないだけだもん。


 しなだれかかってきたシャリィを軽くいなし、空を見上げる。夕闇にすっかり包まれた暗い空でも、やっぱり雲は浮いていた。


 あれの一つ一つに棒を刺したら、あまぁいお菓子となるのだろうか。もしも空を飛べるようになったら、あの雲を食べに行くことができるのだろうか。


 この”わたあめ”をたくさん集めたら、あの雲のように空にぷかぷかと浮かぶことができるのだろうか。


 ……今なんか俺、すごくロマンチックなこと言ったんじゃね?


「じゃあおにーさん、ロマンがあることを証明してみてください。……そーですねぇ、ここは無難に、あたしに愛の言葉を囁きながらキスしてみるってのはどうですか? この際ですし、ほっぺでもおでこでもいいですよ? もちろん、ベストはくちびるですけど」


「はぁ? なんで俺がそんなことを……」


「おや? おやおやぁ? もしかしておにーさん、怖いんですかぁ?」


 シャリィが妖しく笑った。妙に艶めかしいくちびるが、夏の暑さと共に強烈に脳裏に焼き付く。


「おにーさんがおっしゃる通り、所詮は子供の戯言ですよ? 別に気にする必要なんて……あっ、逆にそこまで意識してくれているってことなんですね? ふふ、意外とおませさんなんですか?」


「……上等だ」


 今気づいた。あいつは魔性の花を演じているつもりだろうが、全然そんなことはねえ。くちびるが妖しい感じなのは砂糖でテカテカしているだけだし、なによりあいつにゃ色気がねぇ。ぺたーん、すとーんなやつが身をくねらせてそんなことを言っても滑稽なだけだ。


「はい! ここ! ここですよ! ここなら恥ずかしがることないですって!」


「……」


 シャリィが自分のほっぺをつんつんと指で突く。どんどんとそれが近づいていく中、気のきいたセリフでも言ってやろうかと頭の中はぐるぐる回っていた。時折、あいつがほっぺじゃなくてくちびるを突いていたけれど、もちろんそんなのには誤魔化されない。


 ……なんだこいつ、意外と綺麗な肌してるのな。もちもちしていて、”ましゅまろ”みたいだ。


「──」


 言葉を紡ごうと、口を開きかけた瞬間。


「──あ」


 ひゅるるる、と奇妙な音。上空から轟く爆発音。


 とっさにシャリィを抱き寄せ、そして。


「きれい……」


「だな……」


 ぱぁん、と天上に大輪の花が咲いていた。光の花が闇夜を照らし、豪快な音と共に黒いキャンパスに彩を添えていく。見とれている間にも次の花が咲き、華やかで幻想的な世界を形作っていく。


 止まらない。ずっとずっと、空に花は咲きつづける。一瞬で散る儚いものだけど、それが余計に俺の心に強く刻み込まれた。


 ふと、腕の中を見る。赤毛の浴衣姿の女の子は、うっとりとした瞳で空を見つめていた。さっきまでのことも全部忘れて見とれちまうくらい、そいつはすごかったんだ。


「きれい……ですね……」


「ああ……」





 闇夜に映える色とりどりの炎の花に照らされた空の”わたあめ”が、とてもおいしそうだった。





 わたあめ派? わたがし派? 個人的にはわたあめのほうが好きです。濁点がないからか、響きが柔らかい気がするんですの。


 昔はちょくちょくわたあめをねだったのですが、最近は本当に食べる機会がありません。わたあめの機械もあまり見ない……というか、お祭りだとかそういったわたあめが食べられそうな場所に行く機会がないんですよね。誰か一緒に行ってくれる人……できれば浴衣姿の似合う美人さんがいるといいんですが。


 あまり信じてくれる人がいないのですが、作中にもあった通り、わたあめを食べるとつばがついて茶色いつぶつぶができません? 幼いころはそれを見てはしゃいだものですよ。大きくなってからは小さなお口で少しずつ食べたり、千切り取ってお上品に食べていましたが、昔は本当に全力でかじりつきましたからねぇ……。


 ちなみにおフランスのほうでは【バルブ ア パパ(パパのおひげ)】と呼ばれているそうで、表面にドライフルーツなんかがトッピングされたりしているようですな。寄り道でなんとかなる距離にこれを取り扱うフランスのお菓子屋さんがあるのですが、おしゃれ&高級っぽいかんじがしてチキンな私は一人で入ることができないのですよ……!


 なんだかんだでお祭りのあの空気の中で食べるわたあめが一番なんですけどね! 顔より大きいわたあめを作ってくれる人がジャスティスです!

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