Congregate on the top of wayward palma!
待たせたな……!
三作同時更新。
どうしましょうどうしましょうどうしましょう。
私の前に、マスターがいます。いえ、正確には私の視線のだいぶ先なんですけど、そこにマスターがいるんですよ。
ええ、気づかれていません。まだ大丈夫のはず。だって、キラキラとステキにほほ笑みながら、近所の子供たちにお菓子を売っているのですから。
そう、今日はお祭り。マスターたちのガッコウで開かれた、シママツリなるお祭りです。暗闇に浮かぶほのかな明かりが幻想的で、それでいてどこかエネルギッシュな何かを醸し出しています。
あちこちから屋台のいい香りがして、そこかしこで子供たちが何やらおいしそうなものを食べ、そして、どこを見ても綺麗に着飾った女の子がいるのです。
これ、とても重要です。とんでもなく重要です。めちゃくちゃ重要です。
私もおじいさんの計らいにより、この浴衣って民族衣装を着ることが出来ました。自分で言うのもなんですけど、これが私だって信じられないくらい、可愛くなったと思います。纏う雰囲気がなんとなくマスターやおじいさんが持つそれと同じになって、そのお揃いの感覚が堪らなくうれしいのです。
──なにより、私のこの姿を、マスターは褒めてくれました。
……あああああ、もう! 思い出すだけで恥ずかしいっ!
だって、だってだってだって! すんごい真っ赤になって、ぽーっと見つめて、おまけに手を取ってくれたりなんかしちゃって、それで『可愛いです』って言ってくれたんですよ!?
正直、嬉しすぎてどうやってここに来たのか覚えていません。古家から出た後、どういう経緯でみんなと別れたのかもさっぱりわかりません。
とりあえず、人ごみに紛れたことをいいことに、真っ赤になってぴょんぴょんはねたのだけは覚えています。
で、気づいたらお仕事中のマスターをこうして陰から見守っていたんですよね。
ううう、ちょっともうどうしたらいいのかなぁ……? お祭りを巡りたいのはそうだし、美味しいものも楽しいこともいっぱいしたいけど、でもでも、ああやって働くマスターも見ていたいし……!
……私たちに向ける笑顔とは別のマスターの笑顔。私たちと接する時とは別のマスターの態度。そんな一面があることを知られたのが堪らなくうれしく、そして堪らなく悔しい。この気持ち、未だに折り合いをつけられそうにありません。
それにしても、もう、本当にどうしよう。友達のはずのエリィはどこかに行っちゃうし、かといってこのままマスターの仕事が終わるのをここで待つのも、明らかに不自然ですよね?
……ええ、わかっています。お祭りなのに一人で物陰で一喜一憂している女が怪しくないわけありません。先程から、チラチラといろんな人がこちらを見ているのがわかります。ガッコウのセイトと思しき子たちが、ひそひそと周りに連絡を取っていることにも気づいています。何人かは、なぜか非常にほほえましいものを見る目でこちらを見ていますけど。
串焼きを片手に持った少年。白い雲を食べる少女。ぴろぴろと伸び縮みするオモチャで遊ぶ子供たち。
なんだか私だけ、お祭りなのに浮いています。ここはもう、いっそのこと多少強引でもマスターをあそこから連れ出してしまうべきでしょうか。
……いつのまにやらおじいさんが戻ってきていますし、マスターが抜けたところで問題ないですよね?
それにもう、我慢できません。気にしないようにはしていたのですが、さっきからどこを見ても、その、恋人たちが手を繋ぎながら歩いていますし、なんかいいムードになっています。私も人のことを言えませんが、見るからに初々しくて、自然とこっちもそんな気分になっちゃいます。
なにより、マスターの周りには可愛い女の子が多すぎます。今もほら、浴衣姿の女の子があからさまにアプローチをかけているではありませんか!
お祭りは、マスターと一緒に巡るって決めているんだもん。指をくわえてみているだけなんて、そんなのやだ。
もう充分待ちました。始まった時からずっとここにいるのです。そろそろ、頃合いでしょう。
そう、私が決心し、さりげなく、されどちょっとだけアピールしながら甘夢工房の屋台へと歩を進めた時です。見るからに周りと纏う雰囲気の違う集団が、私と反対の方向からその屋台に近づきました。
「…爺。迷子」
「元気な男の子だよ!」
「待て、桜井。それだと意味合いが……。爺さん、例年通り迷子です。集合場所に使わせてもらいます」
「ようやくついた……!」
「おつかれさまです、おにーさん!」
リュリュさんに、アルさんに、それからあれは、ホヅミくんとサクライちゃん。後ろにはシャリィちゃんに……小さな、男の子?
パッと見る限り、この隠れ里の男の子では無さそうです。私たちと同じような顔立ちで、髪の毛の色はたぶん小麦色。見るからに元気そうで、どことなくやんちゃな印象を受けます。
ただ、着ているものはこっちの服です。浴衣とかそんなじゃなくて、小さな子供が頭からすっぽりとかぶる様なシンプルなシャツとズボンですね。
……うん、顔立ちは同じだけれど、やっぱり隠れ里出身の子なのでしょう。なんとなくですけど、そんな感じがします。
「はいな。今年もやっぱり出たのかね。……うん、ある意味じゃあ予想通りってやつか。なるほど、こりゃあ面白くなってきたねェ」
「きゃーっ!」
おじいさんが手を止め、その男の子──レンくんと言うらしいです──を抱き上げ、わしゃわしゃと頭を撫でました。
「お、面白がるようなことなの? 早く保護者を見つけないと、大変なことになるんじゃ……?」
そこに、マスターが不安そうに話に入ってきました。今日はマスターもおじいさんと同じようなひらひらを着ているので、なんだかとっても新鮮です。
さりげなく、さりげなーくその隣をキープし、私も自然に会話に交じります。
「ぼく、お家の人のお名前とかはわかりますか? お姉さんたち、これでもぼう……じゃなかった、凄腕の探し屋さんなんですよ?」
「ほんとう? まいごになったねーちゃたち、みつけてくれる!?」
……迷子になったのは、たぶんこの子の方だと思うんですけど、本人の認識は違うみたいですね。
「あ、アミルさん? いつの間に?」
「…さっきからずっと、そこの陰にいたぞ」
「さっきからどころか、別れてからずっとそこに潜んでいたねェ。大方、声をかけるタイミングでも計っていたのだろうさ」
「まぁ! おねーさんってば、恋する乙女ですね!」
……すっかりバレていました。まぁ、マスターに気づかれていなかったからよかったとしましょう。なんか首筋とか耳とかがすっごく熱くなってきたんですけど、これは全部周りの熱気のせいですからね?
「そ、それはともかくとして! これだけの人がいるんですし、早く手分けして探さないと……!」
そう、私が言った時でした。
「──その必要はないさね」
『迷子が出たぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
突如、大きな声が響き渡りました。まるでオーガの雄叫びの様な、太く、遠くまで響く声です。そのうえ──
『迷子だ! 迷子が出たぞぉぉぉぉ!』
『あっちで迷子が出たってよぉ──ッ!』
『みんな聞けぇぇぇぇい! 迷子が出たってぇぇぇぇ!』
『どこだ!? 場所はどこだぁぁぁぁぁ!?』
『特徴教えろぉぉぉぉぉ!』
『作業中断ッ! 迷子を捜せッ!』
そこかしこから、同じような雄叫びが上がりました。大人も子供も、セイトもどこかのおじさんも、屋台で物を売っている女の子まで、みんなが喉をつぶさんばかりに声を張り上げています。
『青いシャツと黒いズボンだぞぉぉぉぉ!』
『そんだけじゃわからねぇぇぇ!』
『青い迷子がいるってよぉぉぉぉ!』
「お、おみみがぁ……!」
「く、ぅ……っ!」
近くで声が上がったからでしょうか。リュリュさんは耳を押さえて少しつらそうな表情をしています。私の耳にさえビリビリと響くのですし、エルフであるリュリュさんには相当つらいものがあるのでしょう。
『五歳くらいの外国人だってよぉぉぉぉ!』
『それならさっき見たぞ!』
『型抜きンとこにいた!』
『ヨーヨーすくってたぞ!』
『綺麗な人とアイス食べてるの見たよ!』
『じーさんとこに向かってたぞッ! 保護されてるから問題ねぇッ!』
……はて、レンくんもリュリュさんばりに耳を押さえていますが、もしかしてエルフ並みに耳が良いのでしょうか?
「……ふむ、こいつはちょいとつらいかね?」
「…たえられ、なくは、ない」
「耐えられなくはないだけで、かなりつらいんでしょう? ……じいさん、たぶん、ここが目的地だから……」
「ちょいとずれたほうがいいねェ。都合の良いことに、あそこに避難場所があるじゃあないか。どうせ目と鼻の先だ、気づかないってこたぁない」
そう言っておじいさんはレンくんをだっこし、そしてリュリュさんの腕を引いてすたすたと歩いていきます。話題の迷子を抱いているからか、おじいさんが進む方向にいる人はささっと道を開け、そこだけ空白地帯が出来ました。
「悪いが、ここを集合場所にさせてもらうよ」
おじいさんが進んだ先にあったそれは、トウモロコシの屋台。火の通ったトウモロコシ特有の甘い香りと、何とも表現しがたい甘辛い匂いがあたり一帯を包んでいます。金網の上で焼かれるそれは、見るからにおいしそうで、黄金の輝きを放ちながら身をくねらせていました。
思わず、きゅう、とお腹が鳴りそうになるのを必死に我慢します。たぶん、なっていたとしても聞こえないでしょうけれども。
「…了解。…どうも、お久しぶりです」
「あ」
その屋台の主は、マスターの親友であるクスノキくん。とてもマスターと同じ年齢には見えないほど貫禄があって、いっぱしの戦士と言われても何の違和感がないほど強そうな見た目をしています。
「さっきのねーちゃ!」
「レンくん! やっぱり、迷子ってレンくんだったんだね……!」
「ぼくじゃなくて、ふぃーねーちゃたちがまいごなの!」
シャリィちゃんと同じくらいの身長のカナエちゃんも、クスノキくんの屋台を手伝っていたようです。しかも、なにやらレンくんと面識がある様子。ちょうどこっちに立ち寄っていたのか、エリィまでもがいます。
……なんかよくわからないですけど、すっごく大集合! って感じがします。
「…夢一?」
「あー、さっきリュリュさんたちが迷子を連れてきてくれてね。僕たちのお菓子の屋台、小さい子が多くて混雑しているし、スペース的に余裕があるこっちで待機しようかと」
マスターがクスノキくんに状況を話している間も、謎の伝令の声は響きつづけています。心なし、だんだんとこちらに近づいている感じもします。きっと、この声を聴いた保護者の方がこちらに向かっているのでしょう。
いえ、明らかにそれだけじゃありません。野次馬でしょうか、いろんな人がこちらに集まってきているのを感じます。エリオくんやハンナちゃんの気配もありますし、このつかみにくい気配はレイクさんでしょうか。
……なぜか、すごく強力な魔法使いの気配も感じるんですけど、これは触れちゃいけないやつ……ですよね?
「いい塩梅だ。遅すぎず、早すぎもしない。……本当に長い時間だったが、偶然がこうも偶然にもうまくいくと、気持ちがいいもんだねェ」
「じ、じいさん? な、なんかいつも以上に規模が大きくない? それに、うまく言えないけど、凄く壮大と言うか、大きなことの前触れのような……!」
「…同感だ。去年の迷子の時はここまでじゃなかった」
マスターとクスノキくんの問いに、おじいさんはどこか遠くを見つめながら、口元に柔らかい笑みを浮かべました。
「そりゃあそうさ。これは私たちの娯楽なんだ。本来あり得ないはずのことを、自分の思い通りに、最高に楽しい形で仕上げているんだ。言うなれば、好きな小説を覗き見て、その中に自分たちが想像した最高の演出と展開を挟み込んでいるんだよ。その上、大好きで愛おしいそのセカイに……そのセカイに入り込んで、一緒に物語を楽しんでいるんだ。むしろ、こうでなきゃ困るんだよねェ」
「……じい、さん?」
おじいさんが何かを呟き、マスターが首を傾げ。
人混みがぱっくりと割れて、酷く顔色の悪い少年と、子供たちの集団がこちらに気づきました。
「にーちゃ!」
「レンっ!」
レンくんがその少年に抱き付きました。少年はしっかりとレンくんを受け止め、もう二度と話さないとばかりに 抱き締めます。
「心配、したんだぞ……っ!」
「ぼ、ぼぼ、ぼくだってみんながまいごで……!」
「……ばか。迷子はお前の方だ」
「うう、うわぁぁぁぁぁ!」
感極まったのか、レンくんは大きな声で泣きだしました。顔を涙でぐしゃぐしゃにし、少年の胸にぐしぐしと押し付けています。少年は自らの服が汚れるのも厭わず、ただただ慈愛の表情を浮かべ、同じく保護者らしい二人の女の子と共に、レンくんの背中をポンポンと叩いていました。
やがて落ち着いたのか、少年はレンくんを女の子に預け、こちらに向き直りました。
「すみません、うちのが迷惑をおかけしま──」
びっくりするくらいに固まっています。何か変なものでも見たのでしょうか。
「なぁに、いつものことさ、慣れているよ」
「あ、ああ、あなたは……!」
「ひどいねェ? さっきぶりだってのに、もう忘れちまったのかい?」
「う、ううう、嘘だろ? え、まて。だって、保護してくれているのって文化研究部のじいさんって人だって……!」
「…この人、こう見えて生徒だぞ?」
「はぁっ!?」
……ちょっとそれ、私も初耳なんですけど。おじいさんって先生じゃなかったんですか?
「あ、おじいさん! お久しぶりです!」
「やぁ、一葉ちゃん。元気そうで何よりだ」
「一葉!? お前この人知ってるのか!?」
「こないだここに学校見学しに来た時にあった人だよ? ほら、スイカとかメロンとかくれたって言ったじゃん」
「この人が!? ホンットにこの人が!?」
「だからそう言ってるじゃん」
「なんて恐れ多いことしてるんだお前! というか、そもそもなんであなたみたいな方が……!」
「はい、そこらでやめておくさね。なぁに、むしろ私みたいなやつだからこそ、ここにいたっておかしくないだろう?」
「えええ……?」
この顔色の悪い少年、さっきよりもずっと顔色が悪くなっています。おまけに、どうやらおじいさんのお知り合いのようですけど、なんか態度が不自然です。いったいどうして、何をそんなにおじいさんに怯えて(?)いるんでしょうか。
……そういえば、いつぞやの”あいすきゃんでー”の時の騎士のゼスタさんもこんな感じだったような? でもでも、この少年とゼスタさんの共通点なんてありませんし、本当にいったい何なのでしょう?
「えと、大丈夫ですか? 顔色悪いみたいですし、保健室でちょっと落ち着かれた方が……」
「大丈夫ですよ、八島先輩。ウチの兄貴、これが平常ですから」
「そ、そうなの? 本当に大丈夫?」
もう、何が何だかわかりません。迷子騒動のはずなのに、いまや顔色の悪い少年だけが、一人で青くなったり目を白黒させたり、まるでピエロのようにわたわたしています。
「ほれ、そういう話は置いといて。……夢一、楠、華苗ちゃん。それにミナミにレイアちゃんにソフィちゃんも。ああ、アミルもシャリィもこっちに来な」
「え? どうしたんですか?」
「なに、ただの私の我儘だ。どうしても、お前たちがこうしてそろっているのを見たかった……それだけだよ」
「……じいさん、とうとうボケたか」
「…最近奇行が多いとは思っていたが……」
「あ、あんたたち! なんてことを言ってるんだ!? この人が誰だか、わかっているのか!?」
「…うちのじいさんだな」
「年齢不詳の嘘つきジジイ?」
「マスター……さすがにそれは……」
「事実ですよ、これ」
「カナエちゃん? さっきは本当にありがとうね。ところで、これは一体……」
「あ、ソフィ、さん? ……私だってよくわかりませんよ。でも、レン君が無事でよかったですね。……えと、そっちの人は……」
「私も保護者の一人よ。なんか、いろいろ迷惑かけたみたいでごめんなさいね。うち、ミナミ……あいつが来るまで男手が無かったから、肩車とかあまりしてあげられなかったの」
「……うーん、やっぱりなんかひっかかるような。まぁ、じいじが言うことですし、深く気にしたら負けですね!」
なにがなにやらわかりませんが、おじいさんは私たちを一か所に集め、凄くニコニコとほほ笑んでいます。顔色の悪い少年とマスターたちが話すのを嬉しそうに聞き、私やシャリィちゃんがカナエちゃんやレイア、ソフィと呼ばれた女の子と話すのを楽しそうに見つめています。
おじいさんがここまで楽しそうに笑っているのも珍しいです。きっとおじいさんにとっては、私たちには想像できないくらい面白いことなんでしょう。
「わからなくていい。わからないのが普通なんだ。なんてったってこれは私たちの自己満足……周りにとやかく言われたって関係ない、私の夢の一つなんだ」
おじいさんはからからと笑い、目元を拭いました。きらりと何かが光ったのは、果たして気のせいだったのでしょうか。
……やっぱり何か、おかしくないですか?
「なぁ、お前たち。今は幸せかい? これまでのことを全部含めてなお、今この瞬間が幸せだって言えるかい? 自分たちの出会いは、繋がりは、その思い出は──最高のものだったって、思えるかい?」
よくわかりませんが、その答えだけはわかります。
だって、みんな、笑っていますから。
「──よかった。私は、それが一番気になっていたんだ。やっぱり、人は幸せじゃなきゃあダメなんだ。物語は、幸せでなきゃあダメなんだよ。──お前たちはこれからもまだまだ物語を紡いでいく。それでいいんだ」
「「……」」
なぜだかわかりませんが、その言葉がとても心に響きました。
「幕間は終わりだ。私の我儘に付き合ってくれてありがとう。もう物語に戻る時間さね。──さぁ、飛び切り楽しい物語を、何よりも素晴らしい夢を紡いできな!」
次回からは普通にお菓子。お祭りじゃ絶対に外せないアイツ。




