新人剣士&弓士とミルクバームクーヘン
ホントは金曜更新だけどちょうしのる。
ちょっとだけ余裕ができたんだ。
ちょうしのるのはこれがさいごだけどね。
「ああっ、もう!」
いらいらとしたところを隠すそぶりも見せず、彼女──ハンナは長剣を地面に叩きつけた。くるりと丸まった尾っぽも、赤茶けた髪からぴょこんと飛び出た耳も、どこかいらだたしげにピクピクしている。
ボクとしては、そんな風に周りに当たってもどうにもならないと思うんだけど……。
「なによ、なんかあるならはっきりいいなさいよ」
「いや、そんな焦らなくてもゆっくりやっていけば……」
「エリオは悔しくないの!?」
言われた通りはっきり言ったのに、ハンナは怒鳴ってくる。
正直ちょっとこわい。今の怒鳴り声、この森全体に響いたんじゃないだろうか。
でも、ハンナの気持ちもわかるから、強くは言えない。
少し前、ボクたちはこの森で魔獣に襲われた。この森は初心者御用達……つまりはボクたちのレベルにあった場所なのだけれど、そいつはここにいるのがおかしいくらい強いやつだったんだ。
ボクもハンナも、そいつに睨まれただけで足がすくんでしまった。ボクもハンナも、死を覚悟した。
ところが、あわやという瞬間に、親切な先輩冒険者に助けてもらったんだ。
盗賊風の格好をしていて、ボクたちに逃げろと言ってくれた。情けないことだけれど、そのときのボクたちは腰が抜けてしまっていて、とてもじゃないけど動けなかった。でも、その人は自分が囮になることでボクたちを逃がしてくれたんだ。
「あの後お礼だって出来てないのよ!」
「や、まぁ、それはそうだけど……」
その先輩冒険者はそいつを倒した後、誰かに自慢することもなくいつのまにか姿を消してしまった。討伐隊の人の中では新人を身を呈して守り、何も言わずに去っていった“影の英雄”として噂されていたみたいだ。
ボクたちも助けてもらったお礼を言いたくてずっと探していたけれど、いまだに見つからない。ハンナがイライラしている原因の一つはたぶんこれなんだけど……。
どうも、それ以外にもあるみたいなんだ。
あの人がいるかもしれないというわずかな期待を込めて森を探索する。今日も今日とて薬草採取だ。まだボクたちの実力ではここ以外での魔物退治はちょっと厳しい。なんて思っていたら。
「でたわよ!」
飛び出してきた魔獣──あれは、木兎だっけ。
じっとしていると木の根っこにそっくりになるから見逃しやすい。特段厄介というわけではないものの、後ろから不意打ちされたことが何度かある。
「ええい!」
ハンナがそのイライラをぶつけるようにして長剣を振るうけど、木兎にはかすりもしない。ボクは剣のことはよくわからないけれど、それでもあんな力任せな攻撃なんて当たるわけないということくらいはわかった。
「はっ!」
きりきりと弦を引き、プルプル震える指を離す。限界まで貯めこまれた力がまっすぐに矢に伝わり、それは飛び出した。ボクの得物は、弓だ。
ただ、まぁ──
「逃げたわよ!」
新人だというのはいいわけにはならないだろうけど、命中率はよくはない。もう少し慣れれば眉間を射ぬくことが出来ただろうけど、今のボクには足にかすらせるくらいが限界だ。
「ボケっとしてないで、追うわよ!」
「ま、待ってよ!」
弓は剣より持ち運びが不便だ。そんなこと関係ないとばかりにハンナはずんずんと木兎を追って行ってしまう。
慌てて追いかけるボクだったけど、まさか追いかけて行った先にあんなものがあるだなんて、この時はこれっぽっちも、それこそ夢にも思わなかったんだ。
「なによ、あれ」
「ええと、オシャレな……お家かな?」
そんなの見ればわかるわよ、と鼻を鳴らすハンナだけど、ボクだってなんでこんなところに家があるのかわからない。
なんで木兎を追っていった先に家なんかあるのだろう。地理的に考えても、まだここは森の中のはずだし。こんな所に住むなんて、よほどの実力者じゃないとムリなんじゃないかな。
あれ、もしかすると。
「ハンナ、もしかして、“影の英雄”さんの家だったりしないかな?」
「……あり得なくはないわね」
ボク達のピンチに駈けつけられたのも、あの後古都に姿を現さなかったのも、この家に住んでいるのだとすれば頷ける。“影の英雄”の住居にしてはなんだかメルヘンチックな外観だったけど、意外と可愛い趣味をしているのかもしれない。
「とりあえず、はいるわよ」
「あ、待ってよハンナ」
こういうとき、まっすぐに行動できるハンナを羨ましく思う。
まわりからもちょっと言われるけど、ボクはうじうじしているらしい。自分では自覚はないけど、ハンナから言わせれば見ていてじれったくなるそうだ。
カランカラン、と涼やかなベルがなり、ハンナが中へと入っていく。ボクも慌てて続こうとして──。
がっ!
「いたっ!」
ボクの角が、入口の上のところに引っ掛かった。
「ばかねぇ」
にやにやとハンナがおかしそうに見つめてくるけど、角をぶつけたときの衝撃は意外と大きくてとても笑えるものじゃない。
例えるなら、素足の先で鎧を蹴ってしまった拳闘士だ。ちょっと目の端に涙が滲むのがわかる。
「よ、ようこそ《スウィートドリームファクトリー》へ」
「あ」
「あ」
なんだか変わった、ボクの髪と同じ蒼い生地のエプロンをつけ、奇妙な緑の柄のバンダナを巻いたボクと同じくらいの男の人が、ひきつった笑みを浮かべて挨拶をしていた。
その目は入口につっかえたボクの角をしっかりと捉えている。
「あ、あの……」
「いえ、気にしないでください。よくあることなんですよ。さ、中にどうぞ」
その人は、一瞬でひきつった笑みをにこにことした笑みに切り替えると、何事もなかったかのように僕たちを中へと招き入れた。どうやらここは何かのお店らしい。
よくわからないけど、仄かに甘い香りがする。イスとテーブルが並んでいて、こぎれいな感じの落ちつく空間だ。壁とテーブルには大きくてきれいな、色とりどりの花が飾られていた。
あんまり花には詳しくないけれど、たぶんバラだろう。赤、黄色、オレンジ、紫。いろんな色の、いろんな形のバラがお互いをけなすことなく共存している。
ボクの素人目から見てもセンスがいい。花そのものも立派なものだけれど、飾り付けた人は相当すごい人だろう。
「えへへ、そのお花、私が飾ったんですよ」
いつの間にか、給仕の服を着た可愛い女の子が近くに寄っていた。マスターからです、とほわほわと湯気の立っているカップを渡してくれる。いい香りがするところをみると、紅茶なんだろう。サービスで紅茶をだしてくれるところなんて初めてだ。
「ありがとう。……すごいね。思わず見とれちゃったよ」
「いえいえ、それほどでも。それでリスのおねーさん、シカのおにーさん、ご注文は何にします?」
「注文? ねぇあなた、ここは何のお店なの?」
ハンナがそういうのを待っていたとばかりに、女の子は声を張って言った。
「ここは《スウィートドリームファクトリー》! 甘ぁいものがとってもお安く食べられるところです!」
甘いもの、といったところでハンナの尻尾がぴくりと一瞬縮まったのが見えた。
ハンナも女の子だ。甘い物は当然大好きであり、ちょくちょく果物に砂糖をこれでもかとかけて食べている。
「シャリィ、ちょっと違うでしょ。正確には喫茶店もどきだよ。ああ、ウチは果物以外でもいろいろやってますので……」
後半はボク達に向けられた言葉だ。
「じゃぁ、何かおススメなのお願いできますか? エリオもそれでいいわよね?」
マスターに受け答えるハンナ。こちらの意見を聞いているように見えて、こっちに選択権などない。それくらいは幼馴染なのでわかっている。
ただ、果物以外でいろいろやっているというマスターの言葉だけはよくわからなかった。
~♪
どこからともなく、きれいな音色が聞こえてくる。
なんかの楽器だろうか。それらしいものはどこにも見えないけど、穏やかなこの空間の雰囲気と合わさって、聞いているだけでリラックスする。
「なんか……いいところね」
「そうだね」
さっきまで結構いらいらしているようだったけれど、今のハンナはゆるやかに笑っている。やっぱりハンナは眉間に皺を寄せているよりも、和やかに笑っているほうがいい。……たまにしか見せてくれないのが難点だけど。
「なに? あたしの顔になんかついてる?」
「べ、別になんでもないよ」
おまけに見ているとすぐに気づくから厄介だ。そんなにわかりやすくみているつもりはないんだけどなぁ。
~♪
「“影の英雄”さんの家じゃなかったね」
「ん、まぁでもいいじゃない。あたし、ここけっこう気にいったかも」
あのハンナにここまで言わせるなんて、このお店、すごいな。ハンナのお気に入り宣言なんて聞いたことがない。
一体どんなものが出てくるんだろう? 果物以外で甘いものなんて、聞いたことはないし、まさか砂糖が山盛りで出てくるなんてこともないだろうし……。
普段うじうじしているとか言われるボクだけど、こういう好奇心だけは押さえられない。冒険者なのだから、普通といえば普通かな。
~♪
「あ、この紅茶おいしい」
「ホントだ」
マスターのサービスという紅茶を一口飲む。
紅茶は確かに香りがよいけれど、味は特にないと思っていた。なんだか妙に苦いときがあるし、見た目や香りとのギャップがあると思ってたんだ。
でも、この紅茶は違う。
見た目はもちろん、カップに口を近づけた瞬間の香りがボクの知っている紅茶と
まるで違う。使っているものは同じだと思うけど、どうしてこんなに香りが違うんだろう?
ほのかな甘みがあり、さらにそれに紛れるようなごくごく薄い、不快ではない苦味がすっきりと存在していて、なんだか優雅な気分になる。
~♪~♪~♪♪~──......
「おまたせしました。《ミルクバームクーヘン》です」
「わぁ!」
メロディが途切れるのと一緒にマスターがお皿を持ってやってくる。
“みるくばーむくーへん”なんて聞いたことがない。ミルクはわかるけど、
ばーむくーへんってなんだろう?
見た目は穴のあいたチーズみたいだけど、よくみると幾重にも渦巻がある。さわり心地はよさそうだと思う。
黄色のような、白のような、あえて言うなら薄いミルク色とでもいうようななんとも言えない色。
見たことのない質感だ。ほのかに甘い香りがして、見た目そのものはそこまで食欲を駆りたてるものではないはずなのに、自然と口の中に唾がわいてしまった。
「こちらで切り分けてくださいね」
マスターがナイフをお皿に添える。小皿も一緒だ。
この大きな“みるくばーむくーへん”は何人かで切り分けて食べるものみたいだ。ナイフを手にとって、それを切る。なんだか簡単に切れてしまった。こんなやわらかいものも初めて見る。
「はやく、はやく」
「はい、せかさないでよ」
切り取ったそれをハンナに渡す。こういうのはいつもボクの役目だ。
ハンナにやらせたら、たぶんぐちゃぐちゃに切ってしまうことだろう。女の子なんだから、もうちょっとそういうところにも気を使うべきだと思うんだけど……。
「わっ!」
それを一口食べたハンナの目がとろんとする。
今までに見たことがない目つきだ。頬が赤くなっているし、どうしたんだろう。
しかも、それでいてフォークは離さないで口はしっかり動いている。
「そ、そんなにおいしい?」
「……!」
ほっぺに手を当ててふるふるしていた。なんか今まで見たことがないくらい上機嫌で可愛い。ハンナってこんなに可愛い仕種したことあったっけ?
慌ててボクもそれを切り取る。フォークがすっと、あまり抵抗もなく刺さっていく。
「わぁ」
すっごい甘さ。ミルクの甘さを別の形態をとって表現したみたいだ。それも、乳臭くは全然なくて、甘いところだけを濃縮したような。
でも、たぶんだけどそれだけじゃこの甘さはできないと思う。ボクの知らない何かがこれには入っている。
どこかしっとりとした食感も最高だ。なめらかな舌触りが特にいい。舌に当たると纏わりつくようにして、じらすようにして甘味を振りまいてくれる。
ぱくっと頬張るとその素晴らしさ全体が口の中に広がる。ミルクの濃厚な風味が口へ、喉へ、鼻腔へと広がるのが分かる。
ハンナがあんなに幸せそうな顔をするのも今ならよくわかる。なんだか優しい甘味で、全身を包まれているみたいだ。ぱくぱくぱくと、どうしても手が止まらない。
ちょっと口の中の水分が取られすぎてしまうかもだけど、そんなときに紅茶をのむと、茶葉の豊かな風味がより際立って、さっき飲んだ時よりも遥かにおいしくいただける。そしてまた、“みるくばーむくーへん”を食べると、それもさっきとは違った豊かな味わいになるんだ。
紅茶の風味とこの“みるくばーむくーへん”が見事に引き立て合っている。剣士と弓士。戦士と魔法使い。例えるならこんな組み合わせだと思う。まさに最強コンビというやつだ。最初に考えたやつは天才なんじゃないかな。
「おいしいね……!」
刺す、食べる。
刺す、食べる。
途中でハンナが無言で突き出した小皿に“みるくばーむくーへん”を切り分け、
ボクの小皿にも入れる。
「……あ、もう終わっちゃった」
あっという間に、それこそ夢でも見ていたかの間にそれはなくなってしまった。
口の中に残る甘やかな余韻と、少し残念そうにお皿を見つめるハンナだけが、ここに“みるくばーむくーへん”があった名残だ。
「どうでした?」
「最高においしかったです!」
「それはよかった」
にこにこと笑いながらマスターは受け答える。なんだかこの人、いつ見ても笑っている気がする。こういう人だから、あんなやさしい味のものが作れるのかな。
「お客さん、ちょっとイライラしているようでしたし……。そういうときは、甘い物でも食べるのが一番なんですよ」
「マスターも気づいていたんですか?」
このマスター、すごい。お店に入ってからはハンナはイライラした顔を見せていなかったと思うんだけど……。わかる人にはわかるのかな?
「まぁ、職業柄で……。ちょっと焦っているようでもありましたし。……なにかあったんですか?」
なるほど、こういう気配りが出来るからこそ、このお店はこんな安心できる雰囲気に満ちているんだろう。ボクもこういう気配りが出来るようになりたい。
「あはは、恩人にお礼が言えなくて……探しているんですけどね」
「……それだけじゃないですよね」
「……なんでわかるんですか?」
このマスター、どうしてそこまでわかるんだろう。今の言い方だって、ほとんど確認するような感じだ。
「いや、僕の友人が無口なやつでして……。ともかく、それだけじゃないでしょう」
「……ただの自己嫌悪です」
今まで口をつぐんでいたハンナがゆっくりと口を開いた。
「あたしたち、この前この森で魔獣に襲われて……。あたしは剣士なのに、足がすくんで何もできなかった! 弓士のエリオを、守ろうと動くことすらできなかった! それで、二度とそうならないように頑張っているのに、木兎一匹だって仕留められないし……」
泣きそうな顔でハンナが打ち明ける。というか、そんなことでハンナは今までいらだっていたのか。別に、気にするようなことでもないと思うんだけど……。
「あ、おにーさん、それ、絶対口に出しちゃダメですよ」
いつの間にやら隣にいた給仕の女の子にそっと言われる。きっと、ボクのこういうところが無神経だとかにぶいとか言われる理由なんだろう。
「がんばってもがんばっても、何もかもが全然うまくいかなくて! 影の英雄みたいに、かっこよくエリオを守れるようになりたいのに、ついエリオに当たっちゃうし……」
当たるのはほぼいつものことのような気がする。マスターは、そんなハンナをみてにこにこしながら優しくいった。
「焦らずゆっくりとやっていけばいいんですよ。あなたは一人ではありません。大事なパートナーがいるじゃないですか。……“影の英雄”さんだって、なにもそんなにカッコいいわけでもないですよ。みんな努力して、這いつくばっているんです。お客さんは、お客さんのペースで頑張ればいい。そして、疲れたのなら、ここにきてゆっくり休んでください。ここは、そういう場所ですから」
「う、あ……!」
ハンナの顔は、今にも決壊しそうだった。
「疲れたときは甘いお菓子を食べるってのは、昔から決まっているんですよ?」
そこまで追い詰められていたなんて、ボクには全く気付かなかった。でも、すべて吐き出したのがよかったのか、ハンナの顔はすっきりとしている。
「あり、がとう……!」
「はは、どういたしまして」
あなたもちゃんとパートナーのこと、見ていてくださいね、とマスターに茶目っけたっぷりに言われたけど、それが出来たらどんなにいいことか。
ともあれ、ハンナのイライラはこれで少しはまともになったと思う。“みるくばーむくーへん”もおいしかったし、またハンナと一緒に、ここに来よう。
そしていつか、ハンナに守られるのではなく、ハンナを守れるようになって、マスターに自慢しよう。マスターはああ言ったけど、ボクだって男だ。英雄にあこがれる気持ちもなくはない。
ハンナにこんな心配をさせないような、英雄になってやるんだ!
“みるくばーむくーへん”の甘やかな余韻と、ボクの密かな決意は、ボク達の帰り際、閉まりかかった扉の奥から聞こえてきた給仕の女の子の『影の英雄が苦い薬一つに大騒ぎしていたと知ったらどんな顔するんですかねぇ』という一言で、ボロボロと崩れ去った。
20150411 文法、形式を含めた改稿。
ほんとうのバームクーヘンはナイフをつかわないらしい。
どっかでみたけどどこだったろ?