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冒険者とレインボーアイス(ババヘラアイス)

 二話同時更新。いっこ前からどうぞ。


 お祭りお菓子……だけど、地方のマイナーお菓子でもあるとか。


 もう一つのサブタイが『冒険者とババヘラアイス』です。ちょっと表記を変えてみたけどどうだろうか?


「…………ごめん」


「わかればよろしい。僕の慈悲に感謝することだ」


 なんとかかんとか僕はリュリュの誤解を解くことに成功した。酷く不本意ではあるが、泣かせた理由の一端を作ってしまったのは確かに僕であるし、せっかくのお祭りでグダグダと嫌な空気を引きずるのもよろしくはない。


 なにより、さっさと問題ごとを解決しないと祭りを楽しむ時間がなくなる。あれだけ型抜きにのめり込んでいてお前が言うなと言われそうだが、僕は柔軟な考えの持ち主なのだ。自分の考えを臨機応変に変更することになんの抵抗も感じない。


「レン君、もうちょっとですよー」


「むむむ……」


 さて、件の子供と大変失礼な物言いをするませた子供は二人してヨーヨーすくいに熱中している。レンのおねだりに負けたリュリュが、これだけはやらせてくれと懇願したのだ。


 水面積の実に七割を超えるほどに玉は浮かんでおり、そのわずかな隙間のところにうかぶ輪っかを二人は血眼になって探している。それは、宝箱の中から自分だけの玩具を探し出す子供の瞳のようで、子供らしい情熱と真剣さがその背中から感じることができた。


 なぜか僕が金を払う羽目になったことを除けば、大変ほほえましい光景ではある。


「あかいのはクゥにあげて……オレンジのはメルで……。きいろはミルねーちゃで……イオはみどりでいいか……」


「……レンくんはどこから来たんですか?」


「きょうはにーちゃのおうち。たしか、さんじょーっていってたきがする」


「……参上? 三乗? いえ、三条ですかね。やっぱり普通の子? でもでも、なーんかひっかかるんですよねぇ……?」


 ぶつぶつと話しながら、二人は奇妙な道具を手に持ち、水面に漂う輪っかに対して狙いをつける。


 この奇妙な道具──道具と呼べるかどうかすらも危ういが、こいつはねじってわずかばかりの耐久性を持たせた綿か紙のようなものに、釣り針代わりの針金を括り付けたものだ。見た目通り、指で軽く引っ張るだけでぷつんと切れてしまうだろう。


「レン君、まずは手堅くいくべきですよ」


「うん!」


 シャリィはそれを水中に投下した。波を起こさないように慎重に動かし、沿った針金の先端を輪っかの下へとくぐらせる。そのままゆっくりと引き上げた。


「おじさん、取れましたよ!」


「やるなぁ、嬢ちゃん!」


 シャリィの腕の動きと連動してピンクの玉が吊り上げられた。屋台の主人が慎重に針から輪っかを取り外し、景品であるそれを手渡す。その輪っかを作っている紐はかなり伸縮性のよい素材らしく、びよんびよんと、ぶら下がった蜘蛛の様に玉が中空で弾んでいた。


「…きれいだね」


「おもちゃとしても扱えるようだな」


 シャリィは輪っかを中指にはめ、ぼよんぼよんと玉を叩く。中に水が入っているようで、ばしゃばしゃと軽快な音を立てながら、その玉は荒ぶる上下運動を続けていた。


 半透明なそれが描く奇跡は言葉で表現できないほどに美しく、提灯の淡いオレンジの光を時折反射して、僕の眼に、記憶に痛烈な印象を焼き付ける。


 このときのシャリィの浴衣姿と相まって、さながら一枚の絵画を見ているような──そんな、不思議な気分になった。


「ぼくもとれた!」


「おっ、しかもダブルじゃないか! 坊主の年でそれできるやつぁ、なかなかいねえぞ」


「えっへん!」


 レンが自慢げに笑う。


 なるほど、たしかにあの玉を二つ同時に吊り上げることも不可能ではない。が、あの釣り針にかかる負担は倍増し、破損の可能性もぐっと増える。


 そうでなくとも、一度でもトライすれば水が紐部分を侵食し、その耐久性はガクッと落ちる。負担の少ない小さいのを稼ぐか、最初から大物狙いをするか、そこがこのヨーヨーすくいの戦術の分かれ目なのだろう。


「またとれた!」


「おー、もう七個目じゃないですか!」


「や、やるなぁ……」


「…ふふっ」


「──ん?」


 リュリュが嬉しそうに笑う。屋台の主人の顔が引きつる。


 持ってて、とレンにヨーヨーを押し付けられたリュリュは、自分もポンポンとそれを弾ませて楽しんでいた。その間も、眼だけは二人から離さない──というか、水面から離さない。


 水面の輪っかが不自然に動き、偶然にも釣り針の上にやってくる。レンとシャリィが持つ紐からも水が滴っていない。そして、幸運にもそこだけ水面はピクリとも動いていなかった。


「……おい、リュリュ」


「…なに?」


「その辺にしとけ」


「…はぁい」


「「ああっ!?」」


「残念だったな! でも、大漁でよかったじゃねえか!」


 ぷつっと微かな音がしてレンの紐が切れた。シャリィはそれから幾分か持ったが、二つすくい上げた段階で紐が切れる。


 最終的な獲得数は二人合わせて十三個だろうか。レンが九つ、シャリィが四つだ。


「…楽しかった?」


「うん!」


「おねーさんも、応援(●●)ありがとうございました!」


「…みんなには内緒だよ?」


 やっぱりシャリィは気づいていたらしい。


 リュリュのやつ、魔法で水を操って取りやすくしていやがった。こいつは本当に、子供にだけはすごく甘い。これもエルフの習性というものなのだろうか。


「さて、そろそろ爺さんのところへ行くぞ。いいかげん、連れて行かないと保護者も困っていることだろう」


 そういって僕はレンの手を取った。忘れがちだが、こいつをさっさと保護者の元へと送り届けなければならないのだ。時間に猶予がないわけではないが、面倒事はさっさと片付けるのに限る。


 それはシャリィもリュリュも同意見だったのか、二人ともがこくんとうなづいて僕の後をついてきた。


 ぼいんぼいん


 ばしゃばしゃ


「はずむ~♪」


「あんまりやると切れちゃいますから、優しくするんですよー?」


「……」


 ヨーヨーの音がかなりうるさかったが、まぁ我慢してやる。ヘタに止めて別のものに注意を向けられたらたまらない。黙って遊んでいるのなら、そのままにしといた方がいい。


「あっ! あれおいしそう!」


「……くそっ!」


 ダメだった。五分も歩かないうちに止まってしまった。


 それはもう見事に屋台に釘づけになり、ピクリとも動かない。


 この小さな体のどこにそんな力があるというのか!


「おねーさん……あれだけ……だめ?」


「…いいよ」


「よくない!」


 レンは小賢しくも、僕ではなくリュリュをターゲットにした。上目づかいにやられたリュリュはころっと態度を変え、にへらっと笑ってそっちへいってしまう。


 何より悔しいのは、こいつは僕よりリュリュのほうに主導権があると認識していることだろう。実際今の状況的にそれは間違ってはいないのだが、それがたまらなく僕のプライドを傷つける。


「…あっ」


「あっ、リュリュさんだ!」


「ありゃ、さっきぶりじゃないか!」


「どうも、お久しぶりです……アルさんもいたんですね」


「……ん? ホヅミか!」


 屋台に見知った顔が三人もいた。ホヅミに、サクライに、ツバキハラだ。三人とも綺麗な浴衣を着ており、いつぞやの野営訓練の時と印象がかなり違う。


「シャリィちゃんもいる、か。あいつ、本当にタイミングが悪いな……」


「はい? あいつってどなたです?」


「利成って言えばわかるか?」


「ああ、紙芝居の時の男の子! ……なんで穂積おにいちゃんが知っているんです?」


「あいつは俺のいとこでな。なぜだかいつも以上にこの祭りに乗り気だったから、かなり最初のほうから一緒にまわっていたんだよ。その時にいろいろと聞いて察した」


「でも利成くん、私と穂積くんが合流したら『友達との約束の時間だから』ってどこか行っちゃってねー。一緒に遊べると思ったんだけどなぁ……」


「ああ……空気を読んだというか、居辛かったんですね……」


「シャリィちゃん。見かけたらでいいんだ。ちょっとは相手してやってほしい。無論、強制はしないし嫌なら嫌で構わない」


「何言ってるんです、利成くんはお友達ですもん! 一緒に遊べるならあたしは大歓迎ですよ!」


「そうだな……″友達”だもんな……くくっ」


 ホヅミとサクライはどうやらペアでこの祭りを巡っていたらしい。二人とも野営訓練の時から一緒に行動していたし、話しぶりから察してもきっとそういうことなのだろう。


 一方、ツバキハラは屋台の主をやっているようだ。受付を挟んで会話していたことから、それは疑いようがない。


 しかも、浴衣の上からエプロンのようなものを付けている。これで間違えろと言うほうが難しい。


 さて、そんなツバキハラはこの場で唯一初対面であるレンが気になったのか、ストレートにその質問をぶつけてきた。


「その子、どうしたんだい?」


 さすがに隠し子とは思われなかった。なんだかちょっと安心する。


「…迷子」


「ああ……毎年数人出るんだよねぇ……」


「テルテルが爺さんのところへ連れて行けと教えてくれたんだがな。こいつ、さっきからあっちにふらふら、こっちにふらふらで全然進まない」


「だから迷子になっちゃったのかー」


「……待て、さっきの人たちが探してたのはこの子だ」


「ん?」


 レンを見たホヅミが動きを止めた。しゃがみこんでじっとその風貌を確認し、眼を虚ろにして記憶を探っている。


 なんでも、さきほど迷子を捜す集団に助けを求められたらしい。


「なぁキミ。カズハ、イツキ、ミナミ、ソフィの名前のいずれか、または数人の子供たちに心当たりはあるか? ミナミと呼ばれる少年はひどく顔色が悪いのが特徴的だったんだが」


「それにーちゃだ! なにたべてもぜんぜんけんこうてきにならないって、いっつもねーちゃたちがいってるの!」


 ホヅミが挙げた名前にレンがぱあっと顔を輝かせる。ビンゴだ。


「…じゃあ、保護者が分かった記念として、それを四つ欲しい」


 が、そこまでだった。


 せっかく保護者が分かったというのに──いや、わかったからこそ、リュリュはのんきにその屋台の品を購入しようとする。


 こいつは本当に子供に甘い。甘すぎる。


「まったく……」


「…私のおごりだから。ね?」


 ここまで来たらもう止められないので、僕は観念して一時の快楽に身をゆだねることにした。


 なにかあったら、全部リュリュのせいにしてやろう。


「あいあい、それじゃあ迷子探索協力の感謝として、ちょっとサービスしようかね」


「さやちゃん、私たちもがんばってたよ!」


「わかったわかった」


 その屋台には大きく『レインボーアイス』と描かれていた。他の屋台とはわずかに構造が異なり、カラフルなパラソルが付随している。


 扱っている商品は、その名の通り複数の色を持つ何かだ。レイクが好む”くりーむそーだ”に浮かぶ”あいす”とよく似た質感を持つ何かが、赤、青、黄、緑、紫、白と六色に分けられて箱の中に詰められている。


 少し近づくとひんやりと冷気を感じることから、この箱はマスターが持っていた”くーらーぼっくす”と同じ用途のものであり、この六色のそれは”かきごおり”や”ぐらにて”と同じく氷菓に分類されるものだと推測できる。というか、見た目は”ぐらにて”と”あいす”の中間のようだった。


「椿原おねーちゃん、アイス屋さんやってるんですね!」


「まあね。じっちゃと詩織から材料用意してもらっているから、ほとんどバイトみたいなもんなんだけど」


「あれ? でも、アイスなのにディッシャーじゃないんですか?」


「それがヘラなんだよねぇ。変に小洒落たものよりかは、アタシとしては使いやすくていいんだけどさ」


 ツバキハラは円錐状をした、握りやすいサイズの”くっきー”もどきを用意した。”くっきー”にしては薄く、そして形も奇妙だが僕の知っているお菓子の中ではそれが一番例えにふさわしく、質感が近い。


 彼女が用意した以上あれが飲食物であることは確かで、おそらく、形状からして器の役割を果たすものなのだろうと考えられた。


 どうやったのか、側面には網掛け模様や文字が彫られている。これ単体で見たのならば、芸術家の弟子の作品と思えなくもない。


「…それ、なに?」


「コーン……っていってもトウモロコシじゃないんだけど……。ありゃ、そういやこれってなんなんだ?」


「ウエハースの一種です。小麦粉や砂糖、卵と言ったものを原料とします。このように円錐のものは特にアイスクリームとセットで扱われることが多く、この中にアイスクリームを詰めることでクリーム状であるそれを手を汚さずに、また食器を使わずに手軽に食べられるという利点があります」


「なるほど。わかりやすい説明、感謝する」


「さすが穂積くん。詳しいね!」


 ところどころ不可解な単語があったが、概要はつかめた。


 なるほど、ホヅミの言う通り、ツバキハラはヘラですくったそれを”こーん”の上に塗りたくるようにして盛り付けていく。


 赤を塗った次は青、青の次は黄、黄の次は緑……と色を被らせない。ヘラですくったそれは花びらの様に薄く扁平型をしており、それを何重にも重ねるように、色のベールは飾られていった。


 どうしてなかなか、ヘラの使い方がうまいと思う。ボリュームたっぷりに盛り付けている割に、ぐしゃっとつぶれてもいない。その色の鮮やかさは見ているだけのわくわくした感じがして、お菓子という食べ物の概念的な楽しみを視覚で伝えてくる。


 ちょっと色が奇抜すぎるきらいがないわけではないが、これはこれで華やかで素晴らしいと認めざるを得ない。


「ほい、《レインボーアイス》の出来上がり! 落とさないように食べなよ?」


「ありがと、おねえちゃん!」


「ほお……!」


 ツバキハラから渡されたそれは、とてもお菓子とは思えないほど美しかった。製作途中の段階である種の芸術性があったが、完成品はやはり一味違う。


「お花さんだ! さやちゃんすごい!」


「ま、部活で似たようなのよく作ってるからね」


 なんと、ヘラですくった”あいす”の一枚一枚を花びらに見立て本物の花の様に”こーん”の上に盛り付けているのだ。おそらくはバラをイメージしたのだろう、ふわりと花弁が広がる感じがとてもよくできている。


 しかも、その花びらの一枚一枚の色が違うのだ。カラフルで、まさにレインボー。見た目の華やかさは今まで見たお菓子の中のかなり上位に入る。なにより、こんなに奇妙な色合いのバラという発想が面白い。ヘラならではの工夫と称賛せざるを得ない。


 指先に伝わる”こーん”のざらざらした感じなんて、うっとりしすぎて気づかないくらいだ。


「では、いただこう」


 さっそく、僕はそれを口元へともっていった。ひんやりとした冷気が頬を撫で、これから訪れる幸福を知らせてくれた。




 頬に感じる心地よい冷たさ。


 じわりと溶け、舌に広がっていく甘味。


 暑さで参った頭を、すっきりとさせてくれた。



「うまい、な」



 迷子を拾ったのも悪くなかったと、思ってしまった。




 ”れいんぼーあいす”はその華やかな見た目とは裏腹に、味はとても穏やかなものだった。


 何と言えばいいのだろう。マスターの店で出るような濃厚な乳の感じはしない。もっとあっさりと、すっきりとした甘味だ。ほんのわずかに感じる氷菓の中での果物のような甘味が、どこか懐かしさのようなものを醸し出している。


 そう、この甘さは氷菓特有のものなのだ。いつぞや食べた”かきごおり”や”ぐらにて”と同じ類の甘さである。だけれども、その二つとはどこか決定的に何かが違う。


 舌先を冷やしながら広がっていくこの甘味はどこまでも優しいものだ。強くはないが、弱すぎるというわけでもない。そして、それを感じた一瞬の後には過ぎ去って行ってしまう。


 まさに絶妙な感じに甘さを主張しており、僕の脳みそに儚いながらも痛烈にその印象を残していく。


 例えようのない甘み、とはこういうものを言うのだろう。”けーき”のように強くはっきりした甘みではないし、かといって果物の様に自然な爽やかな甘みでもない。すっきりと、かつ繊細で懐かしい甘みというのが一番しっくりくる気がするが、それでなおどこか違和感が残ってしまう。


 正直言って味には見た目ほどのインパクトはないが、逆にその素朴さが心に響いてくる。


 レイクやバルダスのように例えるのだとしたら、『気の強い派手な女だと思っていたら、中身は純朴な田舎娘だった』といったところだろうか。刺激を求めて旅に出たら、懐かしの故郷が何よりも尊いものだと気づくような、ともかく見た目と味とのギャップが思った以上に大きいのだ。


 僕はぼんやりと頭を働かせながら、もう一口とかじりつく。


 こいつは形容しがたい甘みもさることながら、その食感もなかなかに面白い。


 ”くりーむ”ほどにとろけているわけでもなく、”あいす”のように半固形というわけでもない。”かきごおり”のごとくガツンとした強さでもなく、”ぐらにて”と言われるとまたちょっと首をかしげてしまう。


 しゃりっと滑らかという、言葉にするとちょっとおかしい不思議な感じだ。ざらっとしているようにも思えて、それを確認しようとますます食べるスピードが速くなってしまう。


 ちょっと溶けかけのところもまたなかなかに魅力的だ。口の中ですうっと溶け消え、清涼感を残していく。口内に入り込むぬるまっこい外気さえ甘く感じさせ、その存在を忘れさせない。


「おひるにたべたすぺしゃるあいすとおなじくらいおいしいっ!」


「なんか不思議な感じのアイスだねー……」


 そう、まさに不思議な感じだ。


 なんと、アイスの色の違いによる味の変化はないのである。どれもがこの何とも言えない甘さで、普段僕たちがいかに視覚情報から味を貰っていたのかと言うのを確認させられる。


 だって、考えてもみろ。赤いのに赤の味がしないし、黄色いのに黄色の味がしないのだ。これを不思議と言わずして何と言う?


 そのギャップが幻惑の味とでも言うべきものを創造し、この何とも言えない気分を作り出しているのだろう。


「…結構、面白い」


「むむむ、じいじってばあたしに隠れてこんなものを用意していたとは……」


 一口、二口、三口と食べ進めていくと、あっというまに体全体が冷えてくる。この人の熱気と夏の外気にすっかりまいってしまった体にそれは例えようのないほどに心地よく、気分をすっきりとさせた。やはり、この手の氷菓は暑い場所で食べるからこそ真価を発揮するのだろう。


 こくりと喉を動かすと、冷たく大切な何かがつうっと体の中心へ落ちていくのが感じられる。この瞬間がたまらなく気持ちいい。


「この手のアイスは久しぶりに食べたが……。なんだ、何かを思い出しそうになるな……?」


「何かってなーに?」


「いや、それが思い出せないんだ。アイスと言うか、椿原がもっているヘラが重要な気がするんだがな」


「……」


 鼻にすっきりと抜けていく風味が大変素晴らしい。柄にもなく夢中になって食べていると、やがて”こーん”の上に乗っていた”れいんぼーあいす”は消え失せ、代わりに”こーん”の中にみっしりと詰まった”れいんぼーあいす”が姿を現した。


「やっぱさ、コーンの中までちゃんと詰まってない奴は、アタシは詐欺だと思うんだよね。最後にスカスカコーンだけを頬張るのってなんか悲しいし」


「わかるわかる!」


「わかわるわる!」


 言えてない。レン、貴様はきちんと言えていない。


 真似をするのは構わないが、きちんと最後まで言い切ってほしいものである。


 かわいーっ! と言ってサクライがレンに抱き付いたが、二人とも手に持つ”れいんぼーあいす”を傾けないあたり、相当な空間把握能力とバランス能力があることがうかがえた。


 さて、それはともかくとして”こーん”の中を攻略しよう。といっても、先ほどと同じように被りつくだけなので難しいことはない。


 この”こーん”、食感としてはパリッとしたかんじだ。薄い”くっきー”のようだという考えも強ち間違ってはいない。それにいくらかのしっとり感を付け加えればよりこれとそっくりになるだろう。


 大きく口を開けてそれらにかじりつくと、唇の端からパリッといい音が響く。その乾いた破片そのものはあまり味がないものの、どこか香ばしい香りがふわっと香り、”れいんぼーあいす”の味と香りに面白い変化を与えている。


 尤も、こいつの本領はそこではない。そのパリパリの食感、すなわちこの中での唯一の固形物の存在が冷え切った舌に新しい刺激を与え、食べるという行為そのものを飽きさせない。


 ちょうど全体の半分ほどを食した後に来るこの新食感が、ちょうどいいアクセントとなっている。


 かしゅかしゅ、と歯で砕ける音もなかなか楽しいものだ。しゃりしゃりという音もいいのだが、やっぱり複数の音があったほうがいい。


 視覚で、味覚で、聴覚で。舌での触覚に嗅覚もあわせれば、まさにこいつは五感をすべて使って楽しめる画期的なお菓子だと言える。


 これで魔力の第六感も楽しませられたのなら、拍手喝采を浴びせていただろう。時間が出来たら、色と形状による立体魔方陣でこいつを作ってみるのも悪くない。


「おー、レン君の舌が真っ青になってますよ」


「ええっ!? あおいの!?」


 シャリィに指摘され、レンがびっくりして舌を出した。がんばってがんばってそれを伸ばし、なんとか視界に入れて目を白黒させる。


 ”かきごおり”の時ほど鮮やかな発色ではないが、奴の舌は青みがかっていた。きっと、”れいんぼーあいす”の青い部分を食べていたのだろう。


「どうしよう……あしたにはなおっているかな……!?」


「…ふふ、大丈夫だよ。私だって青いもの。おそろい」


「あたしは緑ですね、たぶん」


「私だって紫だよー!」


 んべっとサクライが舌を出す。


 ツバキハラの呆れた声が響いた。


「嫁入り前の子が、舌出してアホ面晒しなさんな!」


「……おいホヅミ。おまえの女がアホ面さらしているとか言われているぞ?」


「……いろいろ言いたいことはありますが、アホ面であることは間違いないでしょう」


「ひっどーい! 穂積くんだって紫のくせに!」


「待て、それは反論としては成り立っていない」


「ホント、男の人ってデリカシーないですよねぇ……。桜井のおねーちゃん、泣きたいときはいつでもあたしの胸を貸しますよ?」


「…私も、いつでも胸を貸してあげる」


「リュリュさぁん……! シャリィちゃぁん……!」


 よよよ、とサクライがウソ泣きしながら抱き付き、三人そろって茶番劇を始めた。ひしっと抱きあったまま、三人ともがこちらをじとっと睨んでくる。意味をよく分かってないレンもその輪の中でリュリュにしがみついていた。


 こいつもなんとなくこっちを見ているが、女に比べて目があどけなく、敵意のかけらも感じない。このまままっすぐ育ってほしいと切に願う。


 そしてやっぱり不思議なことに、四人とも”れいんぼーあいす”を落としたり服につけたりしていない。


 この謎の技術力の正体はいったい何なのだろう。巷に聞く女子力ってやつなのだろうか?


「…私たち女の子は繊細なんだよ?」


「──は? 女の子? お前が?」


「…なに?」


 リュリュがふざけたことを言い出した。まかり間違っても、こいつは女の子なんかじゃあない。


 なぜならば──


「どう計算してもお前、実年齢は──」


「はっ倒すぞ」


「ごめんなさい」


 声がガチだった。殺されるかと思った。”れいんぼーあいす”よりも冷たい視線で射抜かれ、反射的に謝った。


 エルフは年を気にしないっていうのは嘘だったのか!? エルフはヒトの三倍の寿命を持つ──あいつ、どう若く見積もったって六十は過ぎてるはずだろ!? そんな年になってもまだ年齢を気にしたりするとでもいうのか!?


「アルさん、いくらなんだって女性に年のことを言うのはちょっとどうかと思いますけどねぇ……」


「だが、こいつは僕よりも年上、すなわちこの場の誰よりも年上だ。だいたい、一歳や二歳程度誤差にすぎんのに、なぜそうも……」


「女の子だから、ですよ!」


「ですよ!」


 レンよ。男のお前が自信満々に言うことではない。


「……ああ、思い出した」


「思い出した? 穂積くん、さっきから引っかかってたっていうあれ?」


「ああ。どこかでこいつと似たようなものを見たと思ってたんだ。ヘラを持つ椿原と、今の会話でようやくピンときた」


 遠い場所を見つめながら、ホヅミがぽつりとつぶやく。





「──ババヘラアイスだ」


「あ゛? もういっぺん言ってみろやコラ」


「ごめんなさい」




 鬼の形相になったツバキハラを無視し、僕は最後のひとくちを放り込む。”こーん”の先端までしっかりと”れいんぼーあいす”は詰まっており、尋常じゃないお得感がそれからひしひしと感じられた。


「……うまかったな」


 パリッとしゃらっと滑らかなその最後のひとくちは、今まで食べてきたどこよりも”れいんぼーあいす”のいいところが溢れており、体がぞくりと震えるほど最高の味がした。


「おいしかった! すっごくすっごくおいしかった!」


「…うん。体も冷えて、いいかんじ」


「自分の全く知らないお菓子を食べるのも、また乙なものでしたね!」


 周りを見渡せばみんな満足そうに腹をさすっていた。薄明りに浮かぶその表情は、もはや語るまでもないだろう。


「満足したなら、今度こそ爺さんの元へと行くぞ」


「その方がいいでしょう。一応、俺たちもついていきます」


「助かる。どうも、僕はこいつに甘く見られているようでな。これだけ大人がいれば我儘も言うまい」


 心地よい気分のまま、半ば無理やりレンの腕をとる。奴はのんきにも、ツバキハラに向かって手をぶんぶんと振っていた。


「さっさと保護者を見つけないとな」


 このとき、僕はただ思ったことを愚痴のようにつぶやいただけのつもりだった。


 だから、それに反応して返されたホヅミの言葉の意味を、しばらく理解できなかった。




「ええ、まったく。こんなに速く保護できるとわかっていたら、彼らに最終手段(●●●●)を教えなかったのに」




 面白そうに唇をゆがめ、ホヅミは誰に聞かせるつもりもなさそうにつぶやいた。




「まぁ、個人的には使ってもらったほうが楽しいんですけどね。──彼らにとってはそうならないでしょうけど」


「……」




 急いで届けたほうがいいと、本能が告げていた。

20191104 文法、形式を含めた改稿


 椿原先輩が怒った理由?

 『ババヘラアイス』のババヘラの意味を調べるとわかるよ!


 なお、レインボーアイスに明確な定義はなく、カラフルなアイス全般を総称してそう呼ぶこともあるようですが、ここでは特に『ヘラで盛り付ける屋台特有のカラフルアイス』をレインボーアイスとしています。いわゆるババヘラアイススタイルのアレですが、とある地方特有のもので、一般(?)にレインボーアイスと言うとこれを思い浮かべる人が局所的に多いのではないかと推測されます。

 色合いなんかは売り場によって全然違うので、ぜひググってみて下さい。念を押しますが、ババヘラアイスのほうのレインボーアイスです。とってもきれいです。


 残念ながら私が食べたのは本場ではなく別の観光地での屋台だったんですけどね。いつか本場の味を楽しみたいものです。



 ちなみに、ババヘラアイスも地方特有で知っている人と知らない人ではっきりわかれるみたいですね。ちょっとびっくりです。あのアイスを盛り付ける謎の技術力がめっちゃすごい。


 昔さ、ヨーヨーすくいで十個以上とれたのにさ、屋台のおっちゃん三つしかくれなかったの。泣きそうになった。ふぇぇ。


 時系列がちょっとこんがらがるかもだけど、全部見終わった後ならすっきりわかるはず……たぶん。


 そして、ちょっと見ない間にずいぶん料理ものが増えていたね。昔は全然なかったのに。しかも、料理ものはあってもお菓子ものがないっていう。お菓子おいしいのに。



 最後に一言。

 スカスカコーン、お前だけは絶対に許さない。

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