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冒険者拾話

二話同時更新。


めぇとぅりぃーはぁ♪


エルフは森と共に在る種族だ。その生き方のせいか、

他の人間から見ると内向的……いや、排他的と思われることも少なくない。


身内意識がかなり強く、よそ者に対する警戒心も強い。

反面、身内の誰かが一度でも認めたものならば、村の誰もがそいつを信頼する。

良くも悪くも極端で、不器用な種族なのだと我ながらに思う。


「おねーさんおねーさん! あれ、行きましょうよ!」


今日はお祭り。

そんなエルフの私が他のお祭りに参加するのは初めての事であり、

さっきから目に映るものすべてが珍しくて、顔には出さないものの

内心では幼子の様にドキドキしている。


提灯とやらの淡いオレンジの光は幻想的で、

立ち並ぶ屋台の煙と活気がとても情緒的だ。

すれ違う幼子が手に持つおもちゃやお菓子、そして顔に浮かべる笑顔に

心にほっこりとした温かいものが満ちてくる。


「…いいね」


私はシャリィちゃんの手をぎゅっと握り返し、ちょっと足早にそこへと歩を進める。

浴衣のすそがひらひら舞って、どことなく気分が高揚した。


うぬぼれるわけじゃないけれど、この衣装は結構私に似合っていると感じる。

髪型も久しぶりに整えてもらったし、お婆ちゃんにこの姿を見せたいと思う。


……ませた少年たちがぼうっとこっちを見ているから、

きっと彼らからみても綺麗な姿ってことなんだと思う。

いや、もしかしてシャリィちゃんを見ているのかも?


「芹口のおにーちゃん、飛び入り参加希望です!」


「おう、佐藤のところの……あ、どうもお久しぶりです。

 こないだはお世話になりました」


「…久しぶり」


さて、シャリィちゃんが向かったのは広場の真ん中にどんと構えられた大舞台だ。

正確に言えばその裏方で、そこでちょっと懐かしい顔を見つける。

セリグチとかいう、直接話したことはないけれど前にちょくちょく見かけた少年だ。


「えっと、二人参加ってことでいいんだよな?

 ……シャリィちゃん、その、マイクの使い方とかってわかるの?」


「ばっちりですよ!」


「…うん、ばっちり」


その大舞台では、拡声の魔道具らしきものを使って誰かが歌っている。

深みのある音楽──少なくとも笛の音ではない──もかなり大きな音で響いていた。

小さく踊りながらノリノリで歌うそいつに対し、

周りの観衆もやんややんやとはやし立て、まさにお祭り状態。


そう、この大舞台ではカラオケ大会なるもの──エルフの村で言うところの

歌比べをしているのだ。


「…歌うのは、得意」


祭りと言えば歌だ。

むしろ、歌がない祭りなど祭りではない。

エルフの祭りは歌に始まり、歌で満ち、歌で終わる。


例え他所のお祭りだろうと、私だけは歌わねばならない。

ここに近づくまでに否応にも聞こえてしまう歌に心が震え、

そして自分もこの大舞台で歌いたいとうずうずしていたのだ。


ここで歌わなきゃ、エルフが廃る。


『──以上、【商店街のハイカラさん】の【朧月夜と濡れ瞼】でした!

 さすがベテラン、他とは違う圧倒的な歌唱力!

 これは優勝の最有力候補となるか──!?』


「いいぞいいぞ!」


「ばーちゃん冴えわたってるなぁ!」


「ばばぁ、ちったぁ手加減しろよーっ!」


「あたしゃまだ現役だよっ! あとお姉さんとお呼びっ!」


ぴーぴーと口笛が吹かれ、浴衣姿のおばちゃんが舞台から降りてきた。

目が合ったのでなんとなく会釈し、隅に避けて通路を確保する。


「お疲れ様でした。予定では三十分後くらいに結果発表がありますんで、

 そのくらいの時間にまた集合してください」


「はいはい、わかってるわよ。

 それにしても、今年はこんな可愛い外国人も参加するのねぇ!

 ねぇあなたたち、姉妹? もしかしておフランスあたりの出身かしら?」


「…『ヨーロッパの田舎のほう』、です」


「ちょっとご縁がありまして、こうしてお祭りに呼ばれたんですよ!」


そうこう話をしている間にも次の歌手が舞台へと上がっていく。

やっぱり浴衣姿の若い女だ。綺麗どころの登場に会場がわっと湧き上がり、

白熱した空気が裏のこちらにも伝わってくる。


『次の参加者はわが園島西高校のアイドル!

 やさしくされたい先生ナンバーワン!

 あなたに会うためなら風邪でもなんでも引いてやる!

 【保健室の女神】こと深空先生だ!」


「「うぉぉぉぉぉっ!」」


「桂くん……盛り上げすぎ……」


『曲目は【らっきー☆すないぱー♪】!

 意外と選曲センスが若いぞ!』


「『意外と』は余計よ!」


~♪・♪!


明るく弾むような音楽が私の体に響く。

かなりの大音響で耳がじんじんと痛むが、これはこれでなかなか楽しいものだ。

件の教師も、ちょっと怒ったように赤くなりながらもノリノリで歌っている。

やっぱりお祭りはこうでなくちゃならない。


「桂、次に飛び入り入れるぜ」


「おう……あ、どうも」


次の準備のために裏に戻ってきたカツラが、私を見てぺこりと頭を下げた。

……彼らはなぜ、私たちを見る度にこうもきちんと挨拶するのだろう?

とりあえず会釈はするけど、いっつも不思議に思う。


「こりゃ、今回は盛り上がりそうだな!

 で、曲目はどうするんだ?」


「…シャリィちゃん?」


「えーと、【渇ク神々ノ杯】をデュエットでお願いします!」


彼らも知っている曲で、なおかつ私も歌える曲はこれしかない。

キャキャあたりがいればエルフの樹笛で演奏を頼めたけど、

ないものはしょうがないし、まさか彼らがエルフの音楽を知っているはずもない。


「またマイナーなものを……芹口、データフォルダにあるか?」


「あー……穂積の共有フォルダにあった。

 んじゃ、深空先生が終わったら出番なんで準備しててください」


『狙っちゃうわよ♪ キミをLock on♪ 恋のスコープ絶好調♪ ずっきゅん♪』


「「ずっきゅん!」」


♪・♪・♪!


薄暗い裏手で、じっとその時を待つ。

のどの調子も悪くないし、特別緊張した感じもしない。

程よい闘志に満ち溢れ、まさにベストコンディションと言っていいだろう。


それはシャリィちゃんも同じようで、その眼はやる気に満ち溢れていた。


「二等賞に、最新のオーブンセットがあるんですよねぇ……!

 うへへ、新しいお料理もお菓子も作れちゃいますよぉ……!」


「…がんばろうね」


…うん、実利的な目標があったんだね。


~♪・♪!


『あ~なたを見つめた♪ らっきぃ……らっきぃぃ……らっきぃぃぃいい……っ♪』


♪!


「『すないぱー♪』ぁぁぁ!」


♪! ♪!


「…わぉ」


大歓声が体を揺さぶった。

歌手と観衆の心が一つになり、最後のセリフをみんなで紡ぐ。

男の暑苦しい声と女の清らかな声が見事に溶け込みあい、

夏の夜空に染みこんでいった。


エルフの祭りにはない、特徴的な盛り上がりだった。


『──以上、【らっきー☆すないぱー♪】でした!

 体を張ったふりふりダンスに、会場は予想以上の大盛り上がりだ!

 これはあとで恥かしくなってくるパターンかぁ!?』


「もう十分恥ずかしいわよ……!」


「ほら、行って!」


セリグチに促され、私とシャリィちゃんは舞台へと上がる。

途中でミソラとなんとなくハイタッチし、眼でその健闘をたたえた。

近くで見るまで気付かなかったけど、野営訓練のときの医者の人だった。


「がんばって!」


「もちろんですとも!」


マイクと呼ばれる道具をもって舞台の中央へと向かう。

ぎゅっと握ったシャリィちゃんの手は、離さない。


『お次は飛び入り参加! 深淵の森からやってきた月の歌姫と、

 プリティ&キュートな愛されガールが殴り込みを仕掛けてきた!

 国境を越えた奇跡の歌声をその耳に焼き付けろ!』


「「ふぉおおおお!」」


大舞台の上からは、たくさんの人間を見ることができた。

大人も、子供も、老人も。みなが酔っぱらったかのように浮かれており、

広がる屋台群で買ったのであろう串焼きやお菓子を頬張っている。


これを、私たちの歌声で魅了するのだ。なんともやりがいがある。


『曲目は【渇ク神々ノ杯】!

 凄烈な旋律に震えるがいい!』


♪~


ちょっと気取ったポーズをとって、マイクを口元にもっていった。

今こそ、練習の成果を見せるときだ。







『う゛ぇ──や♪ ぱぱや♪ ぱや♪

 う゛ぇ──や♪ ぱぱや♪ ぱや♪』

『Veah! pa paya! paya!

Veah! pa paya! paya!』



♪~



『ぱぱぱやぱやぱや♪』

『pa pa paya! paya paya!』



♪~



『めぇとぅりぃーはぁ♪

 とぅーれまぁー♪

 うぃーすてぇみりまぁー♪

 めぇぐりぃーてぇるぁーせぇばー♪ てにてぇせぇはぁでさー♪』

『Meu to rie ha!

Too ri ma!

Veas te mi ri maa!

Meu Gu Ri Tea ras e vaw! teni tes eu eha dhi saw!』



~♪~♪~♪♪~



『ふらーいもふらーい♪

 てにへやこぁーすてにぺやにょーん♪

 ふらーいもふらーい♪

 てにへやあるぁーすぁとれさめたけいれんのぉー

 けぇーにこみある♪

 きぃれぇなぁーけれーなこみある♪

 ほりゃこりゃこりゃあぁーん♪』

『Fu-ray ma Fu-ray!

teni hea koas teni peyea youn!

Fu-ray ma Fu-ray!

teni hea luas wat resa meta kweiren naw!

keni camial!

kei rew naw ke rew naw camial!

Hou ryha ko ryha ko rhya eaun!』



~♪~♪~♪♪~


「「おおおおおっ!?」」


歌った。歌いきってやった。三回全部歌ってやった。

以前歌った時よりもさらに喉の調子はよく、キレもいい。

BGMと合わさって、軽快ながらもおどろおどろしい雰囲気がよく出ていたと思う。


『いぇい♪』


『…いぇい♪』


「「うぉぉぉぉっ!」」


最後の最後でシャリィちゃんとにっこりとほほ笑みあい、

興奮する観衆に向かって二人でポーズを決めてフィニッシュを飾る。

……自分でやっててなんだけど、ミィミィでもやらないような猫被ったポーズだ。


『なんかすげぇ! 歌詞とか全然わかんねぇけどなんかすげぇ!

 声がめっちゃ綺麗だった! あと浴衣姿がめっちゃきれいだった!

 これは意外なダークホースが現れたぞ──!』


「よくやったぜねーちゃんたち!」


「よっ! さすが歌姫!」


「アンコールしろアンコールぅ!」


盛大な拍手を体に纏い、そして私たちは舞台袖へと戻っていく。

頬がいくらか上気し、軽く汗ばんでいるのが自分でもわかった。

異国の祭りの興奮にあてられてしまったのだろう。

いつもとかってはだいぶ違うが、こういうのも悪くない。


「結果発表が楽しみですね!」


「…だね」


次の人の邪魔にならないよう、そそくさとはけて人ごみから離れていく。

私たちの次に歌うことになった少年は、緊張しきってしまっていた。

もっと肩の力を抜いて自分も楽しまないと、いい歌は歌えない。

お祭りなんだから、もっとリラックスすればいいのに。


「とりあえず、結果が出るまで屋台でもめぐりましょうよ!

 おいしいお菓子に、楽しい遊びもいっぱいあるんですから!」


「…そうだね。実は、さっきからあのふわふわな──ん?」


「おおお?」


私とシャリィちゃんはぴたりと足を止めた。

私たちの視線の先に、泣いた子供を引き連れたしかめっ面の学者がいた。








「ええい! もう一回だ!」


「もう七枚目ですよ……」


面倒くさい準備が終わり、着替えも済ませ、僕は一人でぶらぶらと屋台を巡っていた。

聞きたいことや教えたいことが限りなくあったが、変に目立ってはいけない。

この優秀すぎる知識欲をどうにかこうにか押さえつけ、

ここで見聞きしたこと全てを忘れないよう記憶に焼き付けていたとき、

僕はこれをみつけてしまったのだ。


「クリアした奴がいるんだろ?

 ならば、僕に出来ない理由がない。

 さぁテルテルよ、僕にそれを渡したまえ」


「もう、なんでみんなテルテルで通じちゃってるのよ……」


浴衣姿のおさげの女が奇妙な薄い板を渡してきた。

そう、ここは型抜きと呼ばれる娯楽の屋台だ。

この薄板には様々なシンボルマークが施されており、外枠をうまく削って

仕上げることができれば景品や賞金が貰えるのだという。


当然、僕はこれに飛びついた。

最近マンネリ気味だった魔法陣の研究に役立つかもしれないし、

なによりこのデフォルメされた種々のシンボルはなかなかに興味深い。

薄板一枚も本当に大した値段じゃないし、職業上、細かい仕事も好きだ。

好きなことしてモノを貰えるのだから、これ以上いいことはない。


「にーちゃん、まだやってんの?」


「難しいのじゃなくて、簡単なのにすればいいのに……」


「困難であるからこそ、勝利に栄光が伴うのだ」


だが、どうしてなかなかこいつが難しい。

シンボルマークの複雑なところや細くなっているところは非常にもろく、

ちょっと力加減を間違えただけですぐにポッキリといってしまう。

安全マージンを多めにとって作業を行えば、合格がもらえない。


「くそっ!」


「はい、残念賞の飴玉です……まさか一人で残念賞をコンプするとは……」


テルテル──こいつ、エリオの話に出てきた女だ。

聞く限りではあいつと同じくいくらか引っ込み思案なところがあると思っていたが、

もうすっかり僕に慣れてしまったのか、扱いがぞんざいになりつつある。


「私が言うのもなんですが、他の屋台を巡ってみてはいかがですか?

 型抜きだけで時間を潰しちゃうのはもったいないですよ」


「今ここで事を為さねば、僕は一生後悔する」


なにより悔しいのは僕以外にこの最高難易度の型をクリアした人間がいることだ。

お手本とはいえ、それでは僕のプライドに関わってくる。


僕がこんなにもこれに固執するのも、ほとんど意地のようなものだった。


「よし、今度こそ──」


かりかりかり、と慎重にそれを削り取っていく。

薄ピンクの粉がちらちらと舞い、僕の指先にこびりついた。


第一関門はクリア。第二関門もクリア。

先ほど失敗した一番難しいところも、これなら──


「……」


どくどくとうるさい心臓を押さえつけ、指を動かす。

ぴしっといい感じにひびが入り欠片がぽろっと外れそうになった。


「見たか! やってやっ……」


「うわぁぁぁぁぁん!」


「あ」


どん、と背中に何かが体当たりをかましてきた。

体に走った衝撃は自然の摂理に従って僕の指先まで届き、針に伝わっていく。

繊細な力のバランスはあっという間に崩れ、乾いた音と共にそれが砕け散った。


「いったい何だ!?」


「うわぁぁぁん! うわぁぁぁん! うわぁぁぁぁぁん!」


「こ、子供?」


子供だ。男の子だ。見た感じ、五歳かそこらといったところだろう。

この隠れ里にしては珍しく小麦色の髪色だ。

一瞬僕たちと同じようにお忍びで来ているのかとも思ったが、

着ている服はこっちの人間のそれだった。


「おい。なぜ泣いている。そしてなぜ僕にしがみついている?」


「えっぐ……! ひっぐぅ……!」


ダメだ、話にならない。

顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、こっちのことなんてまるで考えちゃいない。


「泣いてばかりじゃわからん。答えろ」


「あばばばば……」


「僕の服で顔をふくな」


「はい、ちーんしましょうね」


テルテルが慌ててティッシュとやらを持ち出し、ちーんと鼻をかませてあげた。

現金なことに、僕がいくら優しく声をかけても落ち着かなかったというのに、

そいつは少しだけ元気を取り戻し、泣き声がわずかに小さくなった。


とはいえ、耳障りな事には変わりない。


「小僧、口を開けろ」


「もがっ!?」


残念賞の飴玉を口に突っ込んだ。

泣いて煩い子供は口に食べ物を詰め込むに限る。

ノーノだって、泣き喚いていても木の実一つを口に入れればたちどころに

笑顔になったものだ。こう見えて、僕は子供相手の経験が豊富だったりする。


「うまいだろ」


「……ぼく、オレンジあじのほうがすき」


「贅沢言うな」


こいつ、さりげなくブルジョワ発言をしてきた。

飴玉なんてうまいものを食べられることが、

どれだけ恵まれているのかわかっていないのだろうか?

古都だったら金貨を積んでも買えやしないというのに。


だがまあ、甘いものを食べていくらか気分が晴れたのか、

声に落ち着きが戻りつつある。

話が通じるようにさえなれば、あとは容易いと言っていいだろう。


「落ち着いたところで応えろ。

 まず、お前の名前は何だ?」


「レン、です」


「なぜ僕に抱き付いた? そしてなぜ泣いたのだ?」


「う、うぇぇぇ……!」


「あ」


せっかく泣き止みかけていたのに、まだ涙を眼に浮かべ始めた。


「ふぃーねーちゃとい、いっしょにやきとりさんたべ、たべてたのにぃ……!

 ぼ、ぼくがちょっとだけおもちゃみ、み、みにいってたらぁ……!

 みんないなくなっちゃったのぉぉぉ……!」


「迷子……ですかね」


「ふぃーねーちゃたちがみんなまいごなのぉぉぉ……!」


「いや、迷子はお前だ。で、なぜ僕に抱き付いた?」


「だってぇ……! パースさんだとおもったんだもん……!」


誰だ、パースって。

少なくとも僕の知り合いにそんなやつはいない。

正確に言えばパースという名の二つ名持ちの特級冒険者を聞いたことがあるが、

そいつを指している可能性は限りなく低いと言っていい。


だってこいつこっちの服着ているし。


「しかし、パース、か……」


名前の響き的に黒髪の種族でないことは確かだ。

おそらくこいつは迷子になって、黒髪じゃない奴を探して彷徨っていたのだろう。

そして、黒髪でない僕の背中を見つけ、無我夢中で飛び込んできたといったところか。


これだけの情報でここまで推察できてしまう自分が恐ろしい。

なんて僕は頭の回転が速いのだろう。


「あっ……そういえば、さっきのお客さんにこの子いたような……?」


「なんだ、知り合いか?」


「ってわけじゃないですけど、ちょっと前に子供連れと外国人の集団が来たんですよ。

 組合の人じゃなかったんですけど、銀髪の人もいましたし。

 この明るさだからアルさんの髪と間違えたんでしょう」


子供がいっぱいいるのはわかっていたが、

こいつも一緒なのは気づかなかったそうだ。


この祭りにはこれだけ多くの子供が集まるのだ。

忘れていたとしてもテルテルを責めることはできない。


「アルさん、すみませんがこの子の保護者を探してもらえませんか?

 たぶん、酷く顔色の悪い男子高校生と外国人の女の子のはずです。

 お爺ちゃんのところまで連れてってくれれば全部解決すると思いますけど……」


「他に手段はないのか?」


「……あるにはありますけど、あまりつかいたくありません」


「なら、致し方あるまい」


レンをひっつかみ、僕は席を立った。

当たり前だがノーノよりもずいぶん軽く、そして扱いやすい。

二度と面倒なことにならないようにしっかりと手をつなぐ。


「ありがとうございます!」


「泣く子供には敵わない。それだけだ」


屋台を後にし、僕はレンの手を引いたままぶらりと足を進める。

この僕がついている以上こいつが迷子になることは二度とないし、

そもそもこいつだって二度も迷子にはなりたくないだろう。


つまり、多少好き勝手に歩いていても問題ないことになる。

むしろ、あえてゆっくり歩くことで相手側の発見のチャンスが増えるはずだ。


ゆっくりと子供の歩調に合わせて屋台の前を歩いていく。

こんな風に歩くのは、いったい何年ぶりだっただろうか?


「わあ! あれすっごい!」


「ちょろちょろするな」


「あれおいしそう!」


「そうだな。だが進行方向ではない」


「ねえねえねえ! あれどうなってるの!?」


「僕が聞きたい」


……こいつ、注意力が散漫だ。迷子になったのもうなずける。

気を抜くとすぐに手を放してどこかへと行きそうになり、

昔の──いや、今も大して変わらないノーノを彷彿とさせた。

こいつの保護者も相当苦労しているだろうことがうかがえる。


「あっ! あれ! ぼくあれやってみたい!」


さて、ここにきてレンがぴたりと動かなくなってしまった。

ぐいぐい引っ張っても、意地でも動こうとせずに抵抗する。


その視線の先にあったのは『ヨーヨーすくい』と描かれた屋台だ。

いや、より正確に表現するならば屋台ではなくスペースと言ったほうがいいだろう。

なにやら広くとられたそこに、

不思議な材質でできた水色の巨大な桶が設置されている。


当然のごとく中には水が注がれており、さらには不思議な玉がいくつも浮かんでいた。


「すっごくきれい……!」


「それは同意する」


透明な赤、青、黄色、緑……あの喫茶店で見るお菓子に勝るとも劣らない色合いの

それらが気持ちよさそうに水に浮かび、深海の宝珠のような輝きを放っている。

どれもに微妙に異なるカラフルな縞模様や水玉模様が入っており、

一つとして同じ玉はない。


大きさとしては僕の手の平にぴったり収まる程度だろうか。

まさに握りやすい形状をしており、そして見た目は柔らかそうでもある。

いくらかの弾力性も見て取れることから、触り心地はさぞ面白いに違いない。


元々は袋か何かなのだろう。

上の方できゅっと紐のような何かで縛られており、

長く余裕を持たせたその片端は小さな輪っかになって水面に揺蕩っている。


「おにいさん……!」


レンがすっごくきらきらした顔でこちらを見上げてきた。

その顔は、悪巧みをする時のシャリィを連想させた。


──いや、逆か。

シャリィのほうが、悪巧みをする時に子供の無邪気な笑顔を武器とするのだ。


「ダメなものはダメだ。さっさといくぞ」


「でも……! でも……!」


レンの眼に涙が浮かぶ。

今は涙腺が緩くなっているのだろう。


「保護者との合流が先決だ。多少の寄り道やゆっくり散策するならまだしも、

 ここでがっつり遊んでしまっては本末転倒だと言える」


こいつはきっと相当甘やかされているのだろう。

おねだりすれば何でも叶うと思うのはやめたほうがいい。

できないこともあると教えなければ、こいつのためにならない。


「う、うう……!」


「泣いてもダメだ。

 なに、そんなにやりたいならまた保護者に連れてきてもらえば──へぶしっ!?」





すぱぁん、と乾いたいい音が響く。

左の頬に痛み。耐えられなくはないしダメージも少ないが、ひりひりする。

引っぱたかれたのだと気づくのに時間はかからない。






「…最低」


手を振り切り、氷のまなざしで見下してくる女がいた。リュリュだ。

小走りでこちらに近づいてきたのだろう、少々息が上がっている。

ついでにシャリィもいた。なんかすっごくにやにやしている。


「…怖かったね。さぁ、おねえさんのところにおいで?」


「うわぁぁぁん!」


あいつ、僕を見捨ててさっとリュリュの胸に飛び込みやがった。

リュリュは自分の衣服が乱れるのも厭わずにレンをぎゅっと抱きしめる。

その表情は慈愛に満ちており、女がもつ母性というものを強く感じさせた。


リュリュは非常ににこやかな笑顔でぽんぽんとそいつの背中を叩くと、

僕をキッとにらみつけた。


「…子供の誘拐、ダメ、絶対。

 今なら遅くない……自首しよう」


「誤解だ」


泣く子供を無理やり連れ去ろうとしていたら、たしかに誘拐に見えなくもない。

だが、よりにもよってこの僕がそんなふざけた真似をするはずがないと、

どうしてこのエルフは考え付かないのだろうか。


「…現行犯でしょ?」


「そいつは迷子だ。保護者探しをしている。

 だが、注意力散漫でちっとも進まない。だから無理やり連れて行こうとした」


「…嘘くさい。アルが、自分の得にならないことをするとは思えない」


「おいちょっと待て」


……このエルフ、僕をいったい何だと思っているんだ?

何か嫌われるようなことをしたのか、本気で心配になってくる。


「シャリィ、おまえならわかってくれるだろ?

 誘拐だなんて、それこそ僕になんの利益もない」


「わかってますわかってます。あたしにはぜぇんぶわかってますよ!」


シャリィは大仰にうなずき、にこにことこちらに近寄ってくる。

そして、僕の肩──に微妙に届かなかったので背中を叩きながら言った。





「──隠し子ですよね? 大丈夫、誰にも言いませんから♪」







少女の小さな悲鳴が祭囃子に溶け込んでいく。


拳骨ではなくデコピンで済ませた僕は、世界一やさしいに違いない。








ヨーヨー釣り? ヨーヨーすくい?


町のカラオケ大会って身内だけのノリがあって楽しいよね。

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