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冒険者射話

久しぶりの三作同時更新。

──からの二話同時更新。


 風船のような形をした奇妙な明かりがそこかしこに浮かび、薄暗いその空間を儚い灯で照らしている。どことなく神秘的でなにか秘密の儀式でも始まりそうな雰囲気とは裏腹に、そこでは元気な子供たちがはしゃぎ、たくさんの屋台が並んで、たくましい商売人が声を上げて串焼きを売りさばこうとしていた。


 夏の夕暮れ。カナカナと、変な虫が鳴いている。ボクたちは、マスターのガッコウのお祭りに遊びに来ていた。


「……」


「ね、ねえ」


 でも、今のボクはそんなことなんてほとんど気にすることができなかった。そりゃあ、自分で設置した明かりがこんな風に輝くところを見られたのは感動できたし、さっきからあちこちで香るおいしそうな匂いにも心が躍る。すれ違う子供たちが持っているお菓子にも興味があるし、屋台で行われているいろんな遊びもやってみたいとは思う。


 だけど、だけど……!


「に、似合う……かな?」


 ちょっとはにかんだハンナが、ボクの前でくるりと回る。おじいさんやリュリュさんがよく来ている服とよく似た衣装──赤い浴衣がひらりと翻り、ボクの目の前をクラクラとさせた。


 いつもはお化粧なんてしないくせに、ハンナの顔には薄く化粧が施されている。目元はくっきりしているし、ほっぺもすっごく可愛らしい感じだ。


 髪だっていつもと全然違う、どこか色っぽい感じで、声を聴かなければ絶対ハンナって気づけない。


 本当に別人になったかのように可愛くて、実際、言われるまでハンナだって気づかなかった。


 ……すっごい美人だとぼうっと見惚れていたのは、ボクだけの秘密だ。こんなこと知られたら、びしばし叩かれるに決まっているもんね。


「もう、何とか言ってよ!」


「うわわっ!?」


 ぷっと頬を膨らませたハンナがボクの肩を叩く。いつもと同じ行動のはずなのに、なぜだかボクの体がびくんと跳ねた。なんだろう、ハンナのはずなのにすっごくかわいく見えて……。


「……熱でもあるの? 顔、真っ赤だよ?」


「き、気のせいだよ!」


 ──すっごく照れくさい!?


 ボクは慌てて顔を反らした。なんだかわからないけれど、ハンナに見られるのがすっごく恥かしかったんだ。


「ハンナ、すっごく可愛いよ」


 それだけ言って、ひったくるようにハンナの手を握る。こういう人ごみの中だと、うかうかしていると離れ離れになっちゃうから。初めて来る場所だし、ボクもあまり土地勘はない。昼間に一通り見て回ったけど、薄暗くなった今はまるで違う場所のようで、もし迷子になったら合流するのは結構難しいだろう。


「……へへ♪」


「ど、どこ行こうか?」


「どこでもいいよ!」


 手をつないだまま、あてもなくぶらぶらと屋台を巡っていく。いつもは全然気にもならないのに、左手ばかりに意識が集中して、せっかくのお祭りの内容が全然頭に入ってこない。


 ハンナはいつも以上にご機嫌で、鼻歌なんて歌っていた。本当にどうして、こんなにもハンナが可愛く見えるんだろう?


 ぺたぺた、ぺたぺたと二人分の足音が喧騒の中でやたら大きく聞こえる。草履と呼ばれるちょっと変わったサンダルは、ちょっとコツがいるけど慣れると結構歩きやすい。


 そういえば、ボクも浴衣姿なのにハンナは何も言ってこなかったような?


「あれなんか面白そうじゃない?」


「いいね」


 さて、早速ハンナが目を付けたのは一つの娯楽の屋台だった。段々になった台の上にお菓子やおもちゃなんかの景品が設置されている。


「もうちょっと右だよ!」


「ああっ! また外れた!」


 ポン、と何かがはじけ飛び、浴衣姿の子供たちが残念そうな声を上げた。どうやら彼らが持っているこの弦のないボウガンで、景品を狙い撃つ遊びらしい。弾が当たって倒せたものを、景品としてもらえるようだ。


 ……ボウガンってだけでもかなりの高級品でめったに見られないのに、弦もないのにどうやって弾を飛ばしているんだろう?


「はい、残念。残念賞は飴玉です」


「まぁ、また時間とお金があったら挑戦するといい。……おや、ハンナにエリオじゃないか! 久しぶりだな!」


「……あっ!」


 屋台の受付をしていたのは、綺麗な黒髪のポニーテールの女の子と、穏やかな笑顔を浮かべる男の子──ヤナセとレイジだった。二人とも浴衣姿だったから前と印象が全然違って、気づかなかったみたい。


「うわぁ、マドカの浴衣もすっごく可愛い!」


「ハンナもすごいじゃないか! お化粧もばっちりだし。私なんてすっぴんだからな」


「でも、髪飾りはマドカのほうが何倍も可愛いじゃない! あたし、そんなに髪長くないから、どうしても見劣りしちゃうし……」


「……仲良く手をつないだ状態でそんなこと言われてもなぁ」


 バッと互いに手を離した。レイジとヤナセがにやにやとこっちを見て笑っている。


 赤くなった顔を隠すために顔を反らしたら、その先にあった屋台のおじさんと目がばっちりあった。


 ──すっごいにやにやした顔で、サムズアップを返された。


「と、とにかく! あたしたちにも遊ばせてよ!」


「はいはい」


 弾は十二発貰えた。レイジが弾の込め方を教えてくれ、ヤナセが簡単なルール説明をする。


「その机より手前から撃って、景品を倒せたらそれがもらえる。当たっても倒せなかったらもらえないから、その辺は注意してくれよ?」


「任せなさい!」


 さっそくハンナは机のギリギリまでよって、銃を構える。狙っているのは、多分お菓子の詰め合わせ。お菓子そのものが台に乗っているわけではないけれど、厳つい人形がそう書かれた紙を持って挑発的なポーズをとっていた。


ポン! ポン! ポン!


「残念だったな」


「えええっ!?」


 ハンナはあっという間に全部の弾を使い切ってしまった。威勢よく撃ちこんだのはいいものの、どの弾もかすりすらしない。ハンナはせっかちだから、うまく狙ったつもりでも細かい調整が出来てないんだよね。


「エリオぉ……」


「どれが欲しいの?」


「お菓子の詰め合わせと、あとあのぬいぐるみ……」


 優先順位は、お菓子の詰め合わせのほうが上だ。あっちのうさぎのぬいぐるみは大きい分倒しにくそうだし、何より安定しきっているから何発か撃ちこまないと倒れはしないだろう。


「……」


 銃を構えて、静かに心の照準を合わせる。弾の軌道と挙動はさっき覚えた。このくらいの距離なら、むしろ弓よりも素直な感じがする。弾の下がりもほとんど考慮しなくていいはずだ。


 心を落ち着けて──そう、明鏡止水を宿して引き金を引く。


 ポン!


「やったぁ! エリオ、倒れたわよ!」


 ボクの放った弾は見事に人形の頭に直撃し、ころりとそれを転がした。わっと近くにいた人たちから小さな歓声が上がり、少し遅れて跳ねかえった弾がころころと足元に転がってくる。


「そ、そういえばエリオは弓を扱うんだったね……。もしかして、一番やらせちゃいけないやつにやらせちゃったかもしれない」


「レイジ、もしかしてボクがやるのは反則だったの?」


「弓道部は倍の距離からやるってルールなんだ。でも、エリオは弓道部じゃあないからなあ……」


「なら、大丈夫じゃない! この調子で全部取っちゃいましょ!」


「頼む、それは流石に商売あがったりだからやめてくれ」


 とはいえ、弾はまだ一発しか使っていない。持ち弾の数くらい、自由にしてもいいだろう。せっかくのお祭りなんだから、楽しまないと。


ポン! ポン! ポン!


「すっげー!」


「あのにーちゃんプロなんじゃね!?」


「これがエリオの実力なんだから!」


 ボクが引き金を引くたびに、小さな悲鳴と子供たちの憧れの声が響いた。自分でもちょっと大人げないとは思ったけど、やっぱり気分がいい。なぜだかハンナも自分の事の様に鼻高々で、取れた景品を見せびらかしている。


 最終的に取れた景品は五つ。お菓子のセットと、よくわからない玩具と、手のひらサイズの小さなぬいぐるみだ。ハンナが欲しがっていた大きめのぬいぐるみはなかなかにしぶとく、あと二、三発は撃ちこまないと倒れそうになかった。


 でも、十二発のうち外したのは二発だけだ。それを考えれば、結構上出来だと思う。


「……本物の的屋だったら破産してたな」


「さ、さすがにこれ以上は勘弁してくれよ?」


 なんでも、この的屋はガッコウが主催だから儲けを度外視しているらしい。ここ以外の場所だったら、もらえる景品は一つだけのところがほとんどだそうだ。


「ねぇ、私にもそれ、やらせてもらえないかしらぁ?」


「「──ッ!?」」


 突然、ボクたちの後ろからねこなで声が聞こえてきた。いくら浮かれていたとはいえ、冒険者であるはずのボクたちに一切気づかれずに後ろをとっている。


「あ、あなた……」


「なぁに?」


 うふん、とその女の人は笑った。眼がちょっととろんとしていて、すっごく色っぽい。ここでは珍しいかなり目立つ赤毛だから、ボクたちと同じような人だと思ったけど、こっちのデザインであろう見たことのないゆったりした服を着ている。この人も隠れ里の人なんだろうか?


「……組合の人、ですか?」


 ヤナセが聞く。しかし、女の人は首を振った。実際、この人はボクたちの知り合いでもなんでもない。


「ただの観光よぉ。友人がこっちの出身でぇ、遊びに来たのよぅ」


「弓道とか、銃の経験あったりします?」


「キュードー? 正真正銘、今日が初めてよ? 銃だって、映画でしか見たことないわぁ。私の国には、こんなお祭りなかったもの」


 それもそうか、とヤナセもレイジも納得したようだった。この屋台はこの隠れ里特有のものらしく、彼らの間にも異邦人の眼には珍しく映っているという認識があるらしい。


「やり方はさっき見せてもらったからわかっているわぁ」


 女の人は銃を構えて上半身を机の上に伏せた。……ぎゅっと圧迫されて、胸元がちょっとだけ見える。


「……このバカ!」


「恥を知れッ!」


「「いったぁ!?」」


 ボクとレイジ、思いっきりお腹を殴られた。げほ、と息が漏れ、眼に涙が浮かぶ。一体どうして、ハンナは僕をこうも簡単に殴るのだろうか。


「こんのッ……! ちょっとはカッコいいと思っていたのに……!」


「せっかく人が浴衣姿なのに、別の女見て鼻の下を伸ばす奴があるかっ!」


 でも、それはしょうがないことだと思う。ボクもレイジも男だ。ついつい目で追っちゃうのは本能みたいなものだ。レイクさんもそう言っていたし、しょうがないことのはずなんだ。


 ……鼻の下を伸ばしたつもりはなかったんだけどな。


「だいたい、お客さんに失礼だろうに! 礼治、お前いつからそんな男になったんだ!?」


「ごめんなさいねぇ。そんなつもりはなかったんだけどぉ。こっちも気にしていないし、サービスだと思っていいわよぉ?」


「サービスだなんて、そんな……」


「──だって、これからちょっと可哀想なことしちゃうしぃ?」


ポン! ポン! ポン!


 弾が、寸分の狂いなく人形の頭を撃ち抜いた。流れるような第二射は、その隣にあった人形の足を撃ち抜く。三発目なんて、気づいたときには奥のほうの、小さな的を吹っ飛ばしたところだった。


「「……」」


「あのぬいぐるみもいいわねぇ……?」


 倒れかけていたうさぎのぬいぐるみを、弾丸のラッシュが襲う。自重を支えていたその箇所にピンポイントに弾がぶち込まれ、とうとうそのぬいぐるみはコテンと倒れた。


「う、うそ……」


 全段命中。商品獲得数、八つ。ボクが倒せなかったうさぎのぬいぐるみも獲った。


 この人──手練れだ。


「全部貰って、いいのよね?」


「は、はい……」


 女の人は貰った袋に無造作に景品を入れる、お菓子だけしか入っていないというのに、ずっしりと重そうだ。あれだけ食べるのに、いったいどれだけの時間がかかることだろう。


「……少年、あなた、私に何か言いたいことはないのぉ?」


 女の人は、うさぎのぬいぐるみをちらちらとぶら下げながら話しかけてきた。その眼はとっても挑発的で、口元は悪巧みをたくらむ子供の様に歪んでいる。ハンナはそのぬいぐるみを、知らず知らずのうちに目で追っているようだった。


「私と、勝負しない?」


「わわわっ!?」


 がしっと肩を組んできた。髪の毛が首筋に当たってすっごくくすぐったい。あと、なんかすっごいいい匂いがする。それと、出来るだけ考えないようにしているけど、めちゃくちゃ柔らかい。


「ねぇ、レイジ、だっけ? あの輪投げってのやってもいいでしょう?」


 輪投げって言うと、射的の隣にある屋台だ。どうやらヤナセとレイジたちが共同で管理しているらしく、受け付けは射的と同じになっている。


「あのぉ、さすがにこれ以上はちょっと……」


「いいじゃないのよぉ、ケチぃ」


「うわわっ!? わかった、わかりましたからっ!」


「やたっ♪」


 レイジも肩を組まれた。女の人、ボクとレイジを一緒に抱きしめているかのようになっていた。レイジの顔も一瞬で真っ赤になって、ぶんぶんと頭を縦に振っている。きっとボクも同じように真っ赤なんだろう。


 ハンナとヤナセが、冷め切った眼でこっちを見下していた。


「……二人とも、ちょっとはカッコイイとこ、彼女さんに見せてあげなさいよ?」


 親切そうに呟いたけど、絶対この人の目的はそんなことじゃないと思う。


 ほら、言葉とは裏腹に、すっごいにやにやして笑っているじゃないか!


 しかも──


「あらぁ、張合いがないわねぇ?」


「最高得点をマークした……だと……?」


 輪投げ、とっても強かった。六つ渡された輪っかのうち五つを、一番遠くの一番難しいところに入れてしまった。


 当然のことながら、ボクの負け。カッコイイところを見せるとか、そんなレベルの話じゃない。もはや乾いた笑いしか出てこない。


「まぁ、結構楽しかったわぁ! これはそのお礼にあげる! まだどこかで遊びましょうねぇ!」


「な、何者なのよあのオンナ……!」


「どっかのサーカスの人なのか……?」


 この人、目立ちたがり屋で面白いことが好きなだけだ。結局、たくさんのお菓子の戦利品を手に入れた彼女は、うさぎのぬいぐるみだけをボクに押し付けてさっさとどこかへと行ってしまった。


「なんか、すっごく悔しいっ!」


「ま、まぁまぁ……ぬいぐるみ貰えたからいいじゃない」


 緊張がすっかり抜けていつもと同じようにハンナと接していたことに、僕はまるで気づいていなかった。いつもと変わらないこのやりとりに、なんだかすごく楽しくなってくる。今なら、さっき以上にこれからのお祭りを楽しめる気がしていた。


「なんか、嵐のような人だったな」


「確かに。これ以上面白いことなんて、そうそうないはず……!?」


 レイジが固まった。何事かとヤナセがその方向を見て、同時にぴしりと固まる。


「どしたの、マドカ? 何か面白いものでもあった?」


「あ、ああ。あれ……!」







 ヤナセの視線の先。浴衣姿のセインさんが、やっぱり浴衣姿の綺麗な女の人と歩いていた。















 浴衣と言うのはどうもすーすーして落ち着かない。薄い布一枚を身に纏っているからか、あちこちから風が入り、胸元もかなりさらけ出しているような感じがして不安になる。涼しいのはいいのだが、この状態で人ごみの中を歩くのは結構度胸がいるな。


 いつもは金属鎧を着ているから、より顕著にそう感じてしまうのだろう。あっちはあっちで重くて蒸し暑くて着心地はかなり悪いのだが、魔物の牙や爪、時には悪漢のナイフから身を守ってくれるという安心感がある。


「ひ、久しぶりですね……。こないだはどうもお世話になりました」


「はは、お久しぶりです。まだほんの二週間ほどしかたってないはずなのに、どうしてこうも貴女と会うのが懐かしく感じられるのでしょうか」


 私の目の前に、女神がいた。魔晶鏡をかけた、理知的な雰囲気を持つ才女。若く、美しく、さらには頭脳明晰と三拍子そろったまさに理想の女性。


 明るい色の幾何学模様の入った紅い浴衣。どこか春を連想させる紫色の帯。ずっと会いたかった彼女が、私の目の前ではにかんでいる。


 以前、私がスケアリーベアーから助けた──ユキさんだ。このガッコウで教師を務めており、そして、私の密かな想い人でもある。


「今宵会えたのも何かの縁。よろしければ、ご一緒しませんか?」


「よろこんで!」


 何とか自然に、彼女を誘うことに成功する。生まれてこの方、これほどまでに緊張したことがあっただろうか? ここだけの話、声が上ずってしまっていないかとかなり不安なのだ。


「そちらは最近どうですか? なんでも、お仕事が忙しいとか」


「ははは……生徒が長期休暇に入ったのはいいのですが、相変わらずやることも多くてですね……。この祭りの準備もそうだし、イベントが多い分、しわ寄せもすごいんですよ」


「指導者と言う立場も、ままならないものですなぁ」


 違う、そうじゃないだろ! なんで私はもっとこう、デートっぽい会話をすることができないんだ!? くそっ、こんなことならレイクあたりにいろいろ聞いておけばよかった!


「そういえば、セインさんはこっちのお祭りは初めてなんですか?」


「恥ずかしながらそういうことになります。いやはや、目に映るものすべてが珍しいとは思ってもいませんでしたよ」


 浴衣、提灯、草履、下駄……ちょっと見渡しただけでこれだけ知らないものがある。周りにいるのが黒髪黒瞳の人間たちばかりだというのも新鮮だ。彼らは私たちに比べてみな童顔で、顔立ちに特有の愛嬌がある。


 その魅力を最大限に活かしているのが浴衣だろう。黒髪と浴衣は非常にマッチしており、上品な色気と言うものを醸し出しているのだ。そう、ユキさんのうなじのあたりなんて特に……。


「そ、そんなにじっと見つめられると、照れますよ……!」


「す、すまない!」


 恥かしそうに笑っているから、たぶんセーフのはずだ。


 頼む、セーフであってくれ。そうでないとさすがにへこむ。


 ……なんだか、少年に戻った気分だ。こういう時、ゼスタならもっと大人な感じで相手をリードできただろうに。


 気まずいような、恥ずかしいような、そんな私には到底似合わない空気の中、私たちはぺたぺたと当てもなく屋台の間をぶらぶらと回る。


「セインさん、これ、やってみませんか?」


 ユキさんは一つの屋台の前で足を止めた。そこには大きな大きなたらいが置いてあり、中で何十匹もの魚が泳いでいる。


 魚の大きさは掌に軽く収まる程度だろうか。赤いような、オレンジ色のような、色の当たり方によっては金にも見える、なんともきれいな珍しい色合いの美しいものだった。


「金魚すくいって言うんですよ」


 なるほど、金魚と名付けられるのもうなずける。これはきっと食用じゃなくて観賞用の魚なのだろう。気付くのにあと少し遅れたら、二人前ほど注文するところだった。


 先客の子供たちの後ろにそうっと立ち、その様子を眺めてみる。しゃがみ込んで真剣な表情で揺れる水面を睨む子供たちの手には、薄い紙を張った奇妙な道具があった。


「……えいやっ!」


 ぱしゃん!


 どうやら、あの奇妙な道具──ポイと言うらしい──で金魚をすくう遊びらしい。ポイは小さいうえに脆いから、水に長時間つけていると破れてしまうし、上手く金魚をすくえたとしても、さっさとお椀に入れないと暴れられて破れてしまう。いかに素早く、慎重に事を進めるのかが重要なようだ。


「あうう……おじさん、もういっかい!」


「お嬢ちゃん、おこづかいはいいのかい? もう四回目だぞ? 一匹はあげるんだから、他のことに取っておいたほうがいいんじゃあねえか?」


「やるもん!」


 シャリィちゃんよりも小さな少女が、真っ赤になって鼻息を荒くする。子供にも、いや、子供だからこそ負けられないプライドと言うものがあるらしい。


「私も結構下手くそでしてね……。小さい頃、何度もやってお金を全部スっちゃったっけなぁ……」


 ユキさんはこれにかなりの思い入れがあるらしかった。ならば、ここは一肌脱ぐのが男と言うものだろう。


「店主よ、私にもやらせてもらえまいか?」


「あいよ、ルールはわかるな? 破けたらお終いだから、慎重にな!」


 お金を支払い、ポイを貰う。浴衣の腕まくり──腕まくりでいいのか? をして、しゃがみ込んだ。


 ユキさんが腰をかがめて私の手元を覗き込んでいるのが感じられるが、なるべく意識しないようにする。じゃないと、ドキドキして手元が狂う。


「がんばって……!」


 耳元でささやかれた。今の私は、金魚より真っ赤になっている。


「──」


 あいつはダメだ。立派な体だが、ポイが耐え切れない。

 アイツもダメだ。すくいやすそうだが、素早すぎる。

 これは……論外だ。見た目が貧相で元気もない。


 狙うのなら……あいつだ!


 揺らめく水面の下、優雅に泳ぐ何十匹もの金魚の中から、たった一匹の標的を定める。水の動きを読み、ヤツの動きを先読みし、最適な入射角を直感で求めた。


 あとはタイミング──そこだ!


 水を切るようにポイを入れる。手首の返しを十分に生かし、すくうというよりも跳ね上げるように金魚をとらえた。胴体だけはしっかり乗せたまま、暴れる尾びれだけを外へ上手くキープ。もたもたせずに、お椀へとぶちこむ。


「わっ! やりましたよ!」


「なんとか、なりましたな!」


 まだ紙は破けていない。これは──成功だ!


「やるなぁ兄ちゃん! 俺ぁ、てっきり失敗するかと思って二本目を用意したのに!」


「はっはっは。甘く見てもらっては困るぞ?」


 続けざまに、今度は少し大きめのものを狙う。いくらか紙の耐久度が減っているとはいえ、一度やったからコツはつかめた。


「──そら!」


 ぴちょん、と赤い生きた宝石がお椀の中に増える。最終的に、私は七匹もの金魚をすくうことができた。どれも色合いが微妙に違い、この薄明りの幻灯に照らされて、言葉で表現しがたい光の芸術と化している。


「おじさん……すごいね……」


「い、一応まだぎりぎりお兄さんのはずなんだがね……」


 女の子に褒められた。なんだろう、うれしいはずなのに悲しい気分だ。


「セインさん……その……」


 ちらちらと、ユキさんは私の手の中の金魚と少女を見比べた。彼女の言いたいことを察し、私は腰を落として少女と視線を合わせる。ここで気前のいいところを見せるというのも、結構ポイントが高いはずだ。


「さすがにこんなにいっぱいは飼えないから、何匹か貰ってくれないか?」


「やったぁ! ありがとう、お兄さん!」


 実際、七匹も居ても私じゃ飼うのは不可能だ。店主に頼んで七匹のうち三匹を少女に渡す。


 受け取った少女はぺこりと何度も私に頭を下げた後、にっこにことそれをじぃっと見つめながら、喧騒へと消えていく。


「すみません……せっかくあんなに獲れたのに」


「いいんですよ。あの笑顔のほうが、金魚よりも価値のある報酬です」


 一応、腐っても私は騎士だ。今でこそ冒険者をやっているが、もともとは人々の笑顔を見たいがために私は騎士になったのだ。


「ユキさんも、どうぞ」


「では、ありがたく」


 四匹の金魚を半分に分ける。透明な袋の中を優雅に泳ぐ姿は、生きたアクセサリーのようだった。口をパクパクと動かし、ゆったりとひれを動かす姿が何とも愛らしい。くるりとターンを決める姿は、光のベールを纏っていると錯覚してしまうほどだ。


 提灯の明かりに照らされて、それはいつぞやの”ぜりー”のように輝いている。


「……なんだか”きんぎょくかん”を思い出しますな」


「錦玉羹? なんか意外ですね」


 やっぱりというか、彼女はそれを知っているらしい。まぁ、マスターと同じ学校にいる以上、知っていてもおかしくはないのだが、どことなく残念と言うか、悔しい気持ちがむくむくと湧き上がってくる。ちょっとこう、驚かせてみたかったのだが……。


「以前マスター……ユメヒト君からご馳走になりまして。そう、ちょうどこんなかんじの、錦鯉のやつでした」


「……もしかして、中に緑色の水草がありませんでした?」


 ぺたぺたと歩いていたユキさんの足が止まった。びっくりしたように、丸い目を見開いている。


「確かにそうですが……」


「それ、私が作った奴ですよ!」


 彼女は興奮して語る。ユキさんは調理部とお菓子部というクランのようなものの顧問をしている。このお菓子部と言うのはマスターも所属しており、彼はここで試作品を作ってから私たちにお菓子を提供するのだ。


 そして、”きんぎょくかん”の試作のときに、ユキさんも居合わせていたらしい。


「さすがに鯉や桜を作ることはできませんが、水草はうまいって褒められて、いっぱい作ったんですよ」


 水草は決まった形を持たない。ゆえに、あの揺蕩う感じを出すのが非常に難しいらしい。ユキさんは細工師としての技術がないからこそ、その自然な形を作ることが出来たそうだ。


「意外なところで、私たちにはつながりがあったんですね……!」


「私もびっくり……!?」


 微笑む彼女の姿に、何かが重なって見えた。


 紅い衣装。紫の帯。

 雪のように白い肌。

 黒曜石のように黒い髪。

 リンゴのように赤い頬。


「ど、どうしました……?」


 耳に心地よく響く甘い声。

 そして──瀟洒なその姿。

 嫣然と微笑む、その姿。


「そうか……! そういうことだったのか……!」


 あのときの、幻想の世界で出会った女性だ。どうして、私は今まで忘れ去っていたのだろう?


「はは、ははは!」


 うれしくなって、おかしくなって、私は思わず笑ってしまった。つられるようにユキさんも笑い出し、通行人が何事かとこちらを見てくる。


 ──ユキさんが作ったものを食べたから、ユキさんを見ることができたのだろう。私は彼女に会う前から、彼女を心の底から愛してしまっていたのかもしれない。


「ユキさん!」


「きゃっ!?」


 ちょっと強引と思われようが、関係ない。無理やり手を取って、その暖かいぬくもりをしっかりと堪能する。これほどまでの幸福感を、私は今まで味わったことがあったのだろうか?


 もう誰にも、この女性(ひと)を見せたくない。出来る事なら、私の腕の中にずっと閉じ込めておいてしまいたい。


 でも、その前に。私のこの想いを、どうにかして伝えなければ。


 さしあたっては──






「あちらにおいしそうなものを見つけました。ぜひ、一緒にどうですか?」


「……はいっ!」





 彼女の手を握ったまま、走り出す。なるべく早く、お邪魔虫を撃退しなければ!





20150321 誤字修正

20160419 文法、形式を含めた改稿。


 昔さ、射的で景品を撃ち倒したのに、『奥に落とさなきゃダメ』って言われて唖然とした。倒すだけでも精一杯なのに、吹っ飛ばして落とせるわけないだろうが……!


 子供の時は金魚すくいを見かけたら絶対カーチャンにねだってやらせてもらったけど、いつしか『やっても飼えないからやめとこう』って思考がシフトチェンジしていた。オトナになるってこういうことなのね。


お家で見る金魚よりも、袋の中で泳ぐお祭りの光に照らされた金魚のほうがきれいに見える。

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